120・真の聖女は絶対に負けない
【SIDE ドグラス】
一方のドグラス——。
「さすがはドラゴン族だな。オレ一人ではお前に勝てなかったか」
ドグラスと戦闘を繰り広げていた、上級魔族ゴドフロア。
彼は地面に横たわり、人間形態に変化したドグラスを見上げていた。
「ふん。身の程知らずだったのだ。我に歯向かって、勝てると思う方がおこがましかったのだ」
ドグラスは鼻で笑う。
とはいうものの、彼もこの戦闘によって傷を負ってしまった。
ドラゴンは自己回復力が高いため、あまり問題ないが……胸元がぱっくりと割れ、そこから血が出ている。その他の部位にも、決して楽観視出来ない負傷があった。
周囲の建物は崩れ、ドグラス達から離れるようにして人も魔族も逃げたため、不気味な静けさが漂っていた。
(全く……我がこんなヤツに手間取るとはな。魔族にしては、なかなか歯ごたえのあるヤツだった)
ドグラスはそんなことを思いながら、息絶え絶えで、今にも死にそうになっているゴドフロアを見る。
「最後に認めてやろう……心根は腐っているが、汝は強き者だ。もし生まれ変わったら、また戦いたいものだな」
「はっ……オレは願い下げだ」
ゴドフロアの口から乾いた笑いが漏れる。
「しかし……汝等の計画も不発に終わりそうだな。人間共の騎士団もなかなかやりよる。上級魔族ならともかく、他の有象無象の魔族には負けておらぬようだぞ?」
実際、魔族が総攻撃を仕掛けてきたにしては、ギリギリのところで踏ん張っている。
ドグラスの加勢も無論大きいものであったが……数週間前に、魔族になす術なく、陥落してしまった都市とは思えない。
魔族という脅威にもう一度向き合い、みんなが力を合わせることが出来るようになったのが理由だろう。
しかし。
「はっ……魔族を舐めるんじゃねえ。こうなることは想定内だ。オレがやられることもな」
ゴドフロアが表情を一転し、口元を歪める。
「オレのやったことは時間稼ぎ。こうしている間にも、宰相が上手くやってくれている」
「どういうことだ?」
ドグラスが訊ねる。
だが、次の瞬間——空に夜が訪れる。
「!?」
さすがのドグラスも空を見上げ、言葉に詰まってしまう。
それを満足そうに眺めるゴドフロアがこう続けた。
「終焉の始まりだ! もうお前等人間は終わりだ! あの方がとうとう復活するのだ!」
「あの方……魔王のことか? おい、なにをした——」
「…………」
ドグラスが問いかけるが、ゴドフロアから答えは返ってこなかった。
どうやら完全に事切れてしまったようだ。
「エリアーヌ……無事か? エリアーヌ! 応答しろ!」
念話をエリアーヌに飛ばしてみる。しかしなにも聞こえてこなかった。
「念話が出来るほど、余裕のある状態ではない……ということなのか? 一体、なにが起こっている……くっ」
戦いの疲れのためか、ふらあっとドグラスの体が傾き、そのまま地面に座り込んでしまった。
すぐに立ち上がろうとするが、上手く力が入らない。
「命に別状はないが……このままではすぐに二人を助けにいくことも出来やしない。エリアーヌ、ナイジェル……無事でいてくれ!」
今はただ二人の無事を祈るしかないドグラスであった。
【SIDE レティシア】
「はあっ、はあっ……しつこいのよ。やっと終わった」
レティシア。
上級魔族フィロメロとの戦いをようやく終えた。
中庭にいる負傷者もなんとか無事に避難を終えていた。
フィロメロが消滅したことを見届け——肩で息をしている彼女を、クロードが支えている。
「レティシア、こんなに強かったんだな! 役に立たなくて申し訳ない……」
クロードが自らの力のなさを悔いている。
(まあ確かに……正直、ちょこまか動き回って気が散った)
レティシアがフィロメロと戦っている最中。
クロードはなんとか自分も力になろうとして、石を投げたりしてフィロメロに応戦しようとしていた。
しかし上級魔族相手が、そんなもので怯むはずがない。
結果的にクロードも守りながら戦うことになったので、戦闘が長引いてしまったのだ。
そのことをクロード自身も分かっているのか、悔しそうに顔を歪めていた。
「ねえ」
レティシアが言う。
「わたしの正体、分かったでしょ? わたしは薄汚れた血族の生まれ。呪術師として生まれ、相手を呪い殺す力も持っている。あんたの好きなわたしじゃなくて——ごめんね」
彼女は今まで自分の目標を達成するため、偽りの仮面を被ってきた。
嘘ばかり吐き、本性を現さなかった。
しかし……今、レティシアの口から語られるものは本物のもの。嘘偽りのない真の言葉だった。
(まあ……クロードもこれでわたしのことが嫌いになったでしょうね。呪術師の女の子なんて……好きになるわけないんだから)
——気持ち悪い!
——あっち行け!
かつてレティシアがまだ呪いの力に目覚める前のこと。
呪術師の一族に生まれた彼女は、家族の見えないところでそんな罵倒を投げかけられた。
呪術師というは一般的に、あまり胸を張れる立場ではない。
忌み嫌われ、気味悪がられるのがほとんどだった。
だからクロードもレティシアのことを気味悪がろうと考えた。
だが、レティシアの予想は違った。
クロードは血相を変えて、
「な、なにを言っている! 君が呪術師だかなんだろうとも、ボクは君のことを愛している! ボクは君の心を好きになったんだ! こんなもので嫌いになるはずがないじゃないか!」
と声にした。
(ああ——)
それを聞いて、レティシアが今まで自分の胸にかかっていたもやもやがなくなっているようであった。
(そうだ……わたしはただ、その言葉が聞きたかっただけかもしれない)
彼女がどんな見た目でも。
彼女が呪術師であっても。
変わらず、愛してくれる人——。
レティシアはただそんな人を求め続けてきただけなのかもしれない。
今までなにも思っていなかったクロードの顔が、誰よりも——ナイジェルよりもカッコよく見えた。
(ふっ。わたしもバカね。ようやく本当の気持ちに気付くなんて)
「レ、レティシア!?」
クロードが慌てる。
レティシアがまるで全身の力をなくしたように、彼にもたれかかってきたのだから。
「だ、大丈夫か。レティシア。死ぬんじゃなあああああああい!」
空まで突き抜けるような、クロードの悲痛の声。
しかしレティシアは目を開け、
「……うっさいわね。死なないわよ。わたし、結構しつこい女なのよ。ちょっと疲れただけ。だから……胸を貸してくれる? 王子殿下」
と口元に薄く笑いを浮かべて言った。
——あっ、わたしって。こんな風に笑うことも出来たんだ。
呪いの力を使いすぎたせいで、頭がクラクラする中……彼女は素直に驚いた。
「まあ……あとは他の人達に任せておきましょ。さすがにもうわたしも戦え——!?」
しかしレティシアは異常に気付き、目を見開く。
それはクロードも同様であった。
突然、空が闇に覆われてしまったのだから。
「どうした? また新しい魔族か……?」
「いや……これは」
——魔王。
地下で見た魔王がまとっていた空気に酷似しているのだ。
まとわりついてくるような嫌な怨念だ。
「エリアーヌとナイジェルは無事なのか? このままだったら……」
「大丈夫。あんたも心配性ね」
しかしレティシアは力強い言葉で、こう続けた。
「彼女に任せておけば大丈夫。なんてたって、彼女は真の聖女なんだからね」
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漫画家さんは松もくば先生です。
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