118・真の聖女
【SIDE ナイジェル】
「くっ……!」
玉座の間にて。
僕——ナイジェルは上級魔族と相対していた。
「女神の加護があっても、そんなものー? バルトゥルを倒したんだから、もっと強いって誤解してたー」
そんな間延びした声を放つのは、子どものような見かけをした魔族。
フィロメナと名乗った上級魔族を相手に、僕は防戦一方だった。
フィロメナは華麗に剣を振るい、僕を斬りつけようとする。
一方僕はそれを受け止めるのに精一杯で、なかなか攻撃に転ずることが出来ていなかった。
「そんな軽口を叩いている暇はあるのかな? 君の攻撃が遅すぎて、リズムがなかなか合わないだけだよ」
「んー? 人間は変なことを言う。お前の言っていることが、本当か嘘かはフィロはお見通しー。お前はフィロに勝てない」
挑発するが、フィロメナはそれを軽く受け流す。
上級魔族が城内に潜り込んでいることは、僕達にとって凶報だ。
他にもいる可能性が高いだろうしね。
エリアーヌが心配……といいたいところだけど、今はそれどころじゃない。
彼女が離れれば離れるほど、加護の効力は薄くなっていくと聞いていた。女神の加護も万能ではないんだ。
そのせいで今の僕は上級魔族一体に手間取っている。
「どうしてお前等、人間はフィロ達の邪魔をするー?」
剣を振るい続けながら、フィロメロが僕に問いかける。
「どうせなら、お前もフィロ達に寝返るー? そっちの方が合理的。フィロには勝てないとはいえ、人間にしてはなかなかやるヤツー。フィロが他の連中にも言ってやる」
「はっ!」
思わず噴き出してしまう。
こいつの言っていることが本当だとも思わないが……僕が魔族側に寝返ることなど有り得ない。
「君達は人間の素晴らしさ——強さを知らないんだろうね」
「?」
フィロメロの瞳に疑問が浮かぶ。
——最初、エリアーヌが王国を救いたいと聞いた時は驚いた。
でも心のどこかで「彼女ならそんなことを言い出すんじゃないか」と思う僕もいた。
王国は彼女に酷いことをしてきた。
あんな優しい彼女に対して、この国の王子は婚約破棄と国外追放を言い渡した。考えられないことだ。
そして今のような窮地に陥っているのは、エリアーヌを追放した王国の自業自得だ。
あの時は、まさか王都に魔王が封印されているなんて知らなかったし……このままこの国が滅びても、僕にはなんら差し支えがなかった。
それはエリアーヌだって同じだろう。
しかし——彼女は王国の救済を望んだ。
『どうして? あの国を救う義理なんて、どこにもないはずじゃないか』
エリアーヌから聞いた時、僕はそう語気を強くしてしまった。
だが、エリアーヌは真っ直ぐな瞳で僕を見て。
『あなたの言いたいことも分かります。しかしいくら王国の人々が私に酷いことをしてきたとはいえ、同じ人間なのです。その中には私の存在なんて知らない子どももいるでしょうし、そんな方々の笑顔まで奪うことになるなんて……私には耐えられないです』
『しかし……』
エリアーヌの言葉に、あの時の僕はさぞ苦い表情を浮かべていただろう。
彼女の言っていることも分かる。
だが、僕はとてもじゃないが彼女の言うことに素直に頷くことが出来なかった。
王国を救うとなれば、一筋縄ではいかない。
クロード王子や国王陛下にも顔を合わすことになるだろう。
その際にまたエリアーヌが傷ついてしまうかもしれない……そう考えたからだ。
しかしエリアーヌの意志は固かった。
『ナイジェル。私はこう考えます。強きものは弱きものを守る義務があると』
『その通りだね。強きものが力を振るい、弱きものを虐げる世の中ではダメだ。だが……王国の場合は違う。あっちが勝手に滅びていくだけだ』
『あなたの言っていることにも一理あります。だけど……私はこうも考えます。私はそのために生まれてきたのでは?』
一瞬、僕はエリアーヌの言っていることが理解出来なかった。
『王国——いえ、世界中の人々を幸せにするため、私は聖女としての力を授かった。ならばこの力を使い、使命を果たさなければいけません。それが真の聖女なのですから』
すぐに反論しようと思った。
しかしそれ以上に僕は、エリアーヌの覚悟に圧倒された。
——彼女はなんという女性なんだ!
自分の周りだけではなく、世界中の人々に目を向けている。
いくら力があるとはいえ、それは並大抵の努力で出来ることではない。
彼女の器の大きさに、僕は諦めるしかなかった。
『……分かったよ、エリアーヌ。僕は君の意志を尊重する』
『ありがとうございます!』
エリアーヌがパッと表情を明るくする。
『ですが……私一人の力では、あの国の救済は難しいでしょう。悪いですが、ナイジェル。手伝ってくれますか?』
『……っ!』
その時、僕の体内に電撃のような感覚が走った。
——手伝ってくれますか。
今まで、彼女は自分一人でなにごとも片付けようとしていた節がある。おそらくバルトゥルの一件がなければ、僕に相談せずに、一人で王国に向かっていたに違いない。僕を説得するより、そっちの方が早いだろうから。
だけど彼女は僕を頼ってくれた。
そのことがなによりも嬉しかった。
『もちろんだよ、エリアーヌ。僕は君の剣となり盾となろう』
僕が返すと、エリアーヌは花のような笑顔を浮かべた。
……そして現在のような状況になっている。
「自分達のことにしか目を向けられない、君達の浅ましさ。一方、聖女は世界中の人々を救おうとしている」
「それはバカー。どうして他の人まで幸せにならなきゃいけないの? 理解出来ないー」
「まあ君はそうだろうね……理解してもらおうとも思わない。だが……っ!」
「っっっっっ! 力が強く……っ!?」
僕が剣で押し返すと、フィロメロの顔が初めて歪んだ。
エリアーヌのことを考えたら、不思議と力が湧いてくる。
『ナイジェル。もう少しです。私も力を貸しますので』
彼女がそう言って、僕の両手に手を携えている幻想が見えた。
「僕は僕の大切なものを守るために、君達に負けるわけにはいかない! どんな障害が目の前に立ち塞がっても、僕は一歩も退かないっ!」
フィロメロがよろめいたのを見て、僕は剣を一閃する。
両断されたフィロメロは、そのまま黒い血しぶきを上げ、床に倒れ伏せた。
「はあっ、はあっ……なんとか凌ぐことが出来たか?」
動かなくなっているフィロメロ。
しかし……僕はまだ剣をおさめることが出来なかった。
なんだ?
この禍々しい魔力は?
一体どこからやってきている——。
「フィロメロ、よくやった。それだけ聖女の付属品を消耗させてくれれば大丈夫だ」
邪悪な声。
フィロメロが倒れている床。
その下から……何者かの手が伸びる。
そして何者かは床から現れ、体内にフィロメロを取り込もうとしていた。
「させないっ!」
なにを考えているか分からないが、二体目の魔族が現れたのだ。しかも今この状況で現れるとなると、上級魔族である可能性が高い。
僕はすぐさま剣を振るい、それに攻撃しようとした。
だが、その者はクルリと攻撃を回避し、フィロメロを抱えながら僕の前に立った。
「遊びは終わりだ。片を付けよう」
フィロメロの体がずぶずぶと、新たに現れた魔族に入っていき……そして消滅した。
そして次の瞬間。
魔族は距離を詰め、僕の体を持ち上げた——。





