117・主人公になれないなら引っ込んでろ
玉座の間に戻ってきた。
「なんてこと!」
窓から外を眺める。
王都の至る所で煙が上がっている。魔族達が人々を襲う様子が見え、ここからでも悲鳴が聞こえてきた。
「ギリギリ間に合わなかったか……!」
ナイジェルが悔しそうに顔を歪める。
「ど、どどどどうする!? エリアーヌはまだ始まりの聖女の力を得ていない! このままでは魔王が復活してしまうっ!」
震えた声のクロード。
確かに状況は最悪。
もう少しで始まりの聖女の力を得られそうだったのに、寸前のところで魔族が国に攻め入ってきた。
何故だか女神と交信出来なくなってますし、今の私達だけで魔族達の侵攻を食い止められるのか……と言われると疑問です。
しかし。
「こうなってしまっては、それを嘆いても仕方がないでしょう。今は魔族を倒し——そして魔王の復活を、なんとしてでも阻止しなければなりません」
「そうだね。出来なかったことを悔やむことよりも、今は僕達が出来ることをしよう」
ナイジェルの言葉に、この場にいる全員が頷く。
「襲われている人々が心配です。私の治癒魔法があれば、みなさんを癒すことが出来るでしょうから……」
「分かった。エリアーヌ達は怪我人がいそうな場所に向かってくれ。僕はこの場に留まり、玉座を守っておくから」
「一人で大丈夫ですか?」
「もちろん」
ナイジェルが力こぶを作る。
「今が踏ん張りどころだからね。エリアーヌ、悪いけど……もう一度、女神の加護を付与してもらっていいかな?」
「はい」
先ほどと同じように背中に手を当て、女神の加護を付与する。
だけどやはり女神と交信出来そうにない。
どうして《道》は手に入れたのに、女神と話せなくなっているのか……疑問だったが、今はそれをゆっくり考えている場合でもありません。
「ナイジェル。ここは任せました。この部屋にも結界を張っておきましょう。少しの間なら持つはずですから」
「うん、ありがとう」
あの上級魔族のバルトゥルでさえ、ナイジェルの前では敵ではなかった。
だけど……やはり不安が募る。
女神の加護は私が離れれば離れるほど、効力が薄くなってきます。だから周囲の状況がはっきりすれば、すぐに戻ってこなければなりませんね。
「ボ、ボボボボクも行こう。レティシアとエリアーヌはボクが守ってみせる!」
「クロードになにが出来んのよ。でもその覚悟は立派。わたしも力になるわ」
歯をガチガチさせているクロード。そんな彼を見て、レティシアは溜息を吐いていた。
今はそんな二人の心遣いがただただ嬉しい。
「ありがとうございます。ナイジェル、すぐに戻ってきますからね!」
◆ ◆
部屋から出ると、城内は怒号と悲鳴が飛び交っていた。
「絶対にこの城に魔族を近付かせるな! オレ達の命を犠牲にしてでも、国王陛下だけは守るんだ!」
「くっ……しかし怪我人の数が多すぎる! 治癒士はもっといないのか!」
私やクロードが来ても、みなさんは脇目も振らずに動き回っている。
床のいたるところに怪我人が横になっていて、とてもじゃないが、今いる治癒士では治療が追いついていないようです。
「あとは頼む……オレは一足早く、死んだ妻のもとに行く」
「おい、なに言ってやがんだ! まだ死ぬんじゃねえ!」
血を流している騎士。そんな彼を傍らの友人らしき騎士が、必死に励ましていた。
見るからに致命傷。放っておけば死に至るでしょう。
だが。
「安心してください。みなさん、治しますから——ワイドヒール」
私はこのフロア一帯に治癒魔法をかける。
聖なる光に包まれた方々の傷が、あっという間に癒されていく。
「まだまだ怪我人の方はいそうですね。クロード、レティシア! 行きますよ!」
「あ、ああ! それにしても君の治癒魔法はすごいな。どうして昔のボクは君の力を認めていなかったのか……」
「やっぱり聖女ね。あんたの力は本物だわ」
治癒魔法にクロードとレティシアが驚き、私を賞賛した。
その後、私達は城内を走り回り、傷ついた人々を治していった。
「ふう……なんとか一段落付きましたか」
額に浮いた汗を腕で拭う。
今、私達は城の中庭まで降りてきていた。
当初、城内は混乱の坩堝と化していましたが、今ではなんとか少し落ち着いてきたみたい。
「城内を走り回ったおかげで、大体の状況はつかめましたね」
「ああ」
私の言ったことに、クロードが首肯する。
みなさんから聞いた情報をまとめると——魔族がこの国に攻め入ってきたのは数時間前。硝子が割れるような音がしたかと思うと、大量の魔族が姿を現し、人々を襲い始めたらしいです。
そして魔族達の目標は城内に向けられていた。この城の地下に、魔王が封印されていることは把握済みなのでしょう。
そんな魔族相手にドグラスもドラゴン形態になり、必死に戦っている。
騎士団長のアドルフさんとクラウスさんも魔族相手になんとか持ち堪え、怪我人も最低限に抑えているんだとか。
みなさんの総力戦のおかげで、魔族との戦いは今のところ五分。
でも……あとなにか一つでも魔族側の戦力が投入されれば、戦況は大きく変わるでしょう……ということでした。
「は、はは。なんだ、魔族も大したことがないじゃないか。もしかして……始まりの聖女の力がなくても、このままだったら戦いに勝利することが出来るんじゃ?」
「クロード。油断は禁物よ。聞いたでしょ? 上級魔族がほとんど姿を現していないって。今みんなが戦っている相手は、魔族の中でも下っ端よ」
表情が緩んでいるクロードを、レティシアが注意する。
「その通りです。とはいえ、私達のやることは変わりありません。このままの調子で戦い……」
と続けようとした時でした。
「あらあ。聖女はこんなところにいたの?」
上空から声。
見上げると、そこには羽を生やした人形の異形が浮遊していました。
禍々しい羽の模様。
そう……まるでその見た目は巨大な毒蛾のよう。
彼女は口元にうっすらと笑みを浮かべ、余裕げに私達を見下ろしていた。
「魔族……!」
誰かが声に出し、その場にいる騎士全員が剣や槍を構えた。
しかしその様子に毒蛾のような魔物は、気分を悪くしたのか、
「弱っちいヤツ等が私に逆らうんじゃないわよ。取りあえず、聖女もろとも死んでね」
と羽をヒラヒラと動かした。
羽から紫の鱗粉が散布され、私達に降り注ぐ。
……いけません!
私はすぐにこの場をすっぽりと覆いつくすように結界魔法を張る。
鱗粉は結界に阻まれた。
しかし城壁に少量の鱗粉が付く。すると鱗粉がかかった壁の一部が、まるで砂糖菓子のようにポロポロと崩れ落ちた。
「強力な毒です」
私はみなさんに声をかける。
「少しでもこれにかかってしまえば、たちまち死に陥るでしょう。みなさん、なるべく私から離れないように……!」
みなさんは私の声に戸惑い、そして恐怖に顔を歪めた。
それを見て、毒蛾のような魔物は恍惚の表情を浮かべる。
「ふふふ。その恐怖に満ちた顔が、私の大好物なのよ。ちょっとは持ち堪えているみたいだけど……もう終わり。だって、私みたいな上級魔族に、乗り込まれているじゃない? 魔王様は城の地下にいるってことは聞いているわよ。他の上級魔族も今頃、魔王様のもとに向かっているんだから」
「……っ!」
毒蛾の魔族の言葉を聞き、私の脳裏にはナイジェルの顔が思い浮かんだ。
この魔族が言っていることがはったりの可能性もありますが……とてもそうとは思えません。
それにこの場にいる騎士の方々を、一瞬で全滅させようと思えばさせられる実力。上級魔族だということも間違いなさそうですね。
結界魔法が使える私は、この場から離れることが出来ません。
だけど……こうしている間にナイジェルが!
「エリアーヌ」
焦る私の肩に、ポンと誰かが手を置く。
「レティシア……」
「この場はわたしに任せておいて。こいつくらい、わたしがちゃちゃっとやっちゃうから」
レティシアが毒蛾のような魔族から目線を逸らさず、力強い言葉を放った。
「あら、あなたになにが出来るっていうの? あんたでしょ。この国に紛れ込んだ毒虫って」
挑発する魔族。
だが、レティシアは怯まなかった。
「確かに……わたしはこの国の毒虫なのかもしれない。なら、毒なら毒同士、あんたもわたしと仲良く踊りましょう?」
くいくいっとレティシアが魔族を誘うように、指を曲げる。
不快そうに顔を歪めた魔族は、羽を動かして鱗粉を散布する。
私はすぐにもう一度結界魔法を張り、毒を防ごうと思いましたが……寸前にレティシアが手で制してきた。
「これくらいなら、わたしでも大丈夫。わたしの思いの強さを舐めんじゃねえわよ」
レティシアから黒いオーラが奔流する。
オーラは降り注いだ鱗粉を包み込み、そのまま消滅。
毒を無効化してしまった。
「ちっ……ちょっとはやるようじゃないの、毒虫」
「そういうあんたは、意外と大したことないのね。毒蛾」
二人の間でどす黒い感情が交錯する。
「さあ、エリアーヌ。なにぼーっとしてんのよ。あんたはさっさと王子様のところに行きなさい。この場はわたしで十分だから」
「レ、レレレレティシアはボクが守るから! お前は安心して、あいつのところに行け!」
レティシアとクロードが言う。
「は、はいっ! ありがとうございます! レティシアも……どうかご無事で」
「はっ! 誰に言ってんのよ!」
この場に背を向け、私はナイジェルのもとに走り出した。
レティシア達もだけど……それ以上に今はナイジェルが心配。
魔王が復活してしまえば、終わりですからね。あの魔族が本当のことを言っているなら、なにかしら行動を起こしてくるはず。
それに……レティシアは一度、私とナイジェルを苦しめた張本人です。
こんなところで負けるはずがありません!
「さて……と。あんたも難儀ね。あんたの考えていることはよく分かるわ。主人公になれないくせに、表舞台の中央に立とうとしてる」
最後に——後ろから微かにレティシアのそんな声が聞こえた。
「主人公になれないならなれないで、さっさと舞台から降りなさい。わたしはもう諦めたわ——この世界の主人公になることをね」
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