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116・愛する女のためなら


【SIDE ドグラス】



「くっ……数が多すぎる!」


 迫り来る魔族の大軍団を前に、ドグラスは顔を歪めた。


 エリアーヌの結界はあと一日は保つ計算だった。

 彼女は結界が完全になくなるまでに魔族が攻めてくる可能性も示唆していたが……皆が油断していた部分もあっただろう。

 それほどまでにエリアーヌの力は強大であり、皆が全幅の信頼を寄せていたのだ。


(ゆえに魔族達は己が力が大きく削がれることを織り込み済みで、結界を突破してきた。我等の意表を付くためにな)


 現在——ドグラスはドラゴン形態になっている。

 王都の上空を飛び回り、そこから魔族達の対処をしているのだ。


 地上ではアドルフやクラウスが率いる騎士団が、魔族と戦っている。

 一般市民は逃げ回り、街はごった返したような騒ぎになっていた。


(前の時はアンデッド形態の魔族が多いことが幸いであった。聖水を散布すれば全滅させることが出来たからな)


 しかし今回はそうでもない。

 ドグラスから上空から業炎ごうえんブレスを吐いて殲滅しようにも、味方に当たってしまう可能性もあるのだ。

 そうでなくても、我が物顔で空から攻めてくる魔族軍団にドグラスは手間取っていた。


 一体一体はドグラスにとって大したことがなくても、いくら倒してもキリがない。

 これではいくらドグラスが魔族を殲滅したとしても、追いつかないだろう。


『ドラゴンよ。どうして人間の味方をする?』


 槍を突きつける一体の魔族が、ドグラスに話しかける。


「ガハハ。ドラゴンが人間の味方をしていることはおかしいか?」


 ドグラスはそれを固い鱗で受け止めながら答えた。


『ドラゴンとは神聖な生き物であったはずだ。我等魔族にとっては目障りな存在であったが、その強さと誇りは共感していたぞ。それなのに……自分より弱くて愚かな人間共の味方をするとは、ドラゴンも堕ちたものだな』

「はっ! なにを言い出すかと思えば『堕ちた』とはな! 汝等の目は腐っているのか?」


 空を飛び回り、戦いながらドグラスは思う。


 ドグラスは生まれてこのかた、王国の近くで巣を作り、そこで暮らしてきた。

 自分の父親と母親は見たことがない。ドラゴンの母というのは自分の命を持って、子を産む。さらに人間のように家族共々仲良く暮らすということもなく、父はとうの昔にどこかに行ってしまった。

 それがおかしなこととは思わぬ。ドラゴンの慣しであったからだ。


 退屈な日々だった。


 昔は一部の人間がドラゴンを狩ろうとしていたらしく、両者の間で毎日戦いが繰り広げられていた。

 しかし平和な世の中になって、無駄にドラゴンに歯向かおうとする者もいなくなった。

 ドグラスもなにもないのに、人間に害を加えようとは思わない。


 ゆえに巣でドグラスは孤独に、なんら代わり映えのない日常を過ごしていた。


(だが……その時にエリアーヌと出会ったのだったな)


 最初は念話からだった。

 エリアーヌは当初、ドグラスの正体に驚いていたようだが……すぐに隔たりなく接してくれた。


 エリアーヌとの念話は面白かった。

 彼女と話していると、ドグラスの乾いた心が潤っていくようであった。


(エリアーヌは優しい心の持ち主であった。普通なら、あれだけ強大な力を持ち、かつ他の者から虐げられていたら国を恨むのが必然であろう。復讐を考えてもおかしくない。だが……エリアーヌはそんなことは頭にないようであった)


 エリアーヌは自分が追放されるまで、国から出ようともしていなかった。

 あんなに酷いことをした王国なのに、彼女は結界を張って守ろうとしていたのだ。


 真の聖女。


 ドグラスにはエリアーヌの姿が眩しく見えた。


『お前が人間側の味方に回った理由……それは聖女だな。どうして聖女にそこまで肩入れする?』


 ドグラスの猛攻に圧された魔族が、それでも問いかけてくる。


「聖女……か。汝は聖女の名を知っているのか?」


 質問で返してみたが、魔族から答えは返ってこない。知らないのだろう。


「彼女は聖女である前に、一人の女の子だ。誰にでも優しく、そして隔たりなく接してくれる彼女に……我は()()()のだよ」


 エリアーヌと出会うまで、ほとんど人間には遭遇しなかった。

 しかしたまに命知らずの冒険者が、自分の名を上げようとドグラスのもとに来たりする。


 大体の者はドグラスの巨躯を見て、悲鳴を上げて逃走。さらに残りのごくごく一部がドグラスに歯向かってきた。

 彼等彼女等はドグラスを『ドラゴン』とでしか見ていなかった。その瞳の奥には恐怖や野望といった不純物が混じっていた。


 だが、エリアーヌはそうではなかった。


(彼女は……我をドラゴンとしてではなく、一人の()として見ていた節がある)


 だから今まで他愛もない話もいっぱいした。

 一番最初は日常の愚痴話。それが終わると、最近読んだ面白い恋愛小説の話をしてくれた。


 ドラゴン相手に、人間の間で流通している恋愛小説を熱く語る女がどこにいる?


 ドグラスは当初、そのことにおかしさを感じていたが、徐々に純粋なエリアーヌに心を開いていった。


(そんな彼女が国から追放されたと聞いて、あの時の我は憤慨したものだな。それなのに今は王国で戦っているとは不思議なものよ)


 ニヤリと口角を吊り上げるドグラス。


「汝等は愛する女はいるか?」


 ドグラスが問う。


 だが、魔族から答えは返ってこない。


「命をしてでも守りたいと思う女だ」


 ドグラスが口内に魔力を溜める。


(やれやれ……我が昔、ナイジェルへの説教をもう一度言うことになるとはな)


 業焔ごうえんブレス——発射!


 炎が唸りを上げ、前方で蠢いていた魔族共を呑み込んでいく。


「惚れた女の我がままくらい聞いてやれる男でないと、エリアーヌの隣に立つ資格すらもない。守るべきものもない輩に、我は負ける気がせん」


 炎が消えると、空には一体の魔族すらも残っていなかった。


 すぐにドグラスは地上に行き、応戦しようとしたが……。



「はっは! 最近のドラゴンというのも、おかしなことを言うものだなっ?」



 前方から大きな魔力が発生。

 すぐにドグラスはそちらに視線を向けた。


 すると……なにもない空間が歪み、そこから一体の魔族が顔を現した。

 サイズは人間とさほど変わらない。それが宙に浮かび、真っ直ぐドグラスを見つめている。

 しかしその小さな体から放たれる魔力、そして威圧感は他の魔族と比べものにならなかった。


「上級魔族か」


 姿を見て、ドグラスはそう推論を口にする。


 上級魔族は首を縦に振り、


「ご名答。オレの名はゴドフロア。手合わせ願おう」


 と右手に剣を顕現させ、ドグラスに襲いかかる。


「ふんっ」


 鼻を鳴らし、それを魔法で防ぎながらドグラスは言う。


「身の程知らずのヤツだ。今から汝も消し炭にしてやろう」


 ……とはいえ、すぐに地上やエリアーヌのもとに駆け寄ることは不可能だろう。


(少々時間がかかりそうだ。我が行くまでなんとか耐え忍んでくれ……! エリアーヌ)


 ドグラスは上級魔族——ゴドフロア相手に戦いながら、それでもエリアーヌの無事を祈っていた。

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