114・ありがとうございます
私達は再会を喜ぶのもほどほどにして、先に進んでいった。
しばらく歩くと、開けた場所に到着。
そして部屋の中央にあるものに、私達は目を大きく見開くことになったのです。
「魔王……!?」
見た瞬間、声を出さざるにはを得ません。
両腕を鎖で繋がれた巨大な化物。
下半身は床に埋まっているみたいですが、それでもその大きさに目を疑います。指一本が私と同じくらいでしょうか……。
化物の表情は苦痛で歪んでいた。
なんとか鎖を引きちぎろうとしているが、出来ずにいる……そんな表情です。
しかし化物は現在、石になっているみたいで微動だにしなかった。
「うん。見ただけで分かる。これが王都に封印されている魔王である可能性は高いね」
「ものすごい怨念……きっとわたし達を襲った呪いも、この魔王から発せられているみたい」
ナイジェルとレティシアが順番にそう口にする。
彼女が言った通り、すさまじい怨念が魔王から感じ取れる。
この場に立っているだけで気持ち悪くなってくるくらいで、今すぐ逃げ出したい願望に駆られた。
封印されてなお、これほどの怨念が発せられるとは……封印されていなければ、どれだけの怨念を世界にまき散らしていたでしょうか。
「お、おいっ! 魔王の前に女がいるぞ!」
クロードが声をあげる。
化物——魔王があまりに異質すぎて、気付きませんでした。
ハッと目がいくが、どうやらその女性も魔王と同じく石になっているよう。
女性の石像は膝を突き、魔王を見上げている。両手は固く組まれ、なにかに祈りを捧げていた。
「始まりの……聖女……?」
私は彼女に近付きながら、そう声を発する。
ただの石像に見える女性……魔王とは対照的に、体から神聖な魔力が漏れている。
これほどまでに神聖味を帯びた魔力は、今まで見たことがありません。
それに……女性の表情は哀れな者を慈しむ聖女そのもの。
——始まりの聖女は……自らを犠牲にして、魔王を封印……今も魔王と、この地で眠って……る。
私に語った、女神の言葉を思い出す。
「どうやらこの方が始まりの聖女……そしてこの異形の化物、魔王を封印したと考えれば辻褄が合いますね」
しかし魔王から発せられている怨念、そして始まりの聖女の魔力。
この二つを結び合わせれば、そう結論づけることは難しくなかった。
「本当に……王国に魔王が封印されていた……? 城の地下にこんなところがあるとは知らずに、ボク達は普通に暮らしていたのか」
クロードの声が震えていた。
「わたしでも分かる。その女の持つ魔力は膨大なもの。そんな彼女でも、自分の身を犠牲にしてでしか封印することが出来なかった魔王って……」
レティシアは呆然とする。
「でも彼女が頑張ってくれたからこそ、今まで世界が平和に保たれていたんだね。言うなれば、僕達が生まれたのも彼女のおかげだ。全ての母……と言っても過言ではないんじゃないかな」
ナイジェルは始まりの聖女の前で膝をつき、手を合わせていた。
今はもう石像になっている彼女の頬に、私は右手で触れる。
魔王を封印することが出来る強大な力。彼女は世界全域に結界を張ることが出来ていたのだという。
私とは比べものにならないくらいの力です。
聖女は彼女から脈々と流れる力を、代々受け継いできた。
私に至るまで何人の聖女がいたのかは分かりません。
だけどこうしていると、今までの聖女達の思いが私にも伝わってくるようでした。
「ありがとうございます」
私の口からは自然と感謝の言葉が出ていた。
それは魔王を封印した始まりの聖女だけではない。
今まで王国を守り、そして世界を守ってきた聖女達に伝える言葉。
私は時に、自分が聖女であることを呪ってしまった日もあった。
こんな力なんてなければ、今頃普通の女の子として暮らしていたのに……と。
でも今は聖女としての崇高な思いを引き継いでいることに、ただただ誇りを覚えていた。
それに……巡り巡ってナイジェルともお会いすることが出来たんですからね。
今の私がいるのは聖女達のおかげともいえます。
私達はそうやってしばらく、物思いにふけていたが……。
「ん……? なんだあれは!?」
クロードが指差す。
指の方に視線を移すと、始まりの聖女の頭部の一片が光っていた。
さらによくよく見ると、一本の細い糸のようなものがある。どうやらこれが光を放っているようです。
「これは……髪の毛?」
大事に私はそれをつまみ上げる。
女神は始まりの聖女の体の一片でもあれば、《道》を作ることが出来るとおっしゃっていました。
「エリアーヌ。もしかしてそれがあれば……」
「ええ。始まりの聖女の力を得ることが出来るかもしれません」
私の言葉に、ナイジェルだけではなく他の二人の顔も明るくなる。
ここまで長かった。
ようやく私達は魔王に対抗出来る力を得ることが出来たのです。
まるで女神達と始まりの聖女が私達を応援してくれているような……そんな感覚を抱いた。
私達を待っててくれたんでしょうか?
「間に合いました……」
ほっとする。
しかし私はすぐに気持ちを切り替えて。
「ナイジェル。急いでもう一度、女神と交信しましょう。こうしている間にも魔族が攻め入ってくるかもしれませんので」
「そうだね」
私達はそうお互いの目を見やる。
そしてあの時と同じように、再びナイジェルに女神の加護を付与しようとすると……。
『エリアーヌ! 緊急だ! この声は聞こえるか?』
寸前。
ドグラスの声が念話として、頭に響いてきた。
「あら、ドグラス。どうしたんですか?」
彼の声からは焦っているような感じを受け、とてもじゃないですが、ゆっくりお話ししようとしているわけでもなさそう。
「今、魔王が封印されている場所にいます。始まりの聖女さんもいましたし、あとは……」
『そ、そうだったのか! それは朗報だな。しかし……少し遅かった。今すぐ戻って……』
とドグラスが続けようとした時でした。
ドゴォォォォオオオオオオオン!
そんな爆発音と共に、大きな地震が城内を襲ったのは。





