113・ボクの欲しかったもの
【SIDE クロード】
「レ、レティシアとエリアーヌは本当に大丈夫なのか!?」
二人が階段の崩壊に巻き込まれ、落下した後。
クロードはナイジェルに詰め寄った。
「うん。エリアーヌは結界魔法が使える。地面に激突する時にも、それを張れば大丈夫だと思うから」
「そ、そうか……」
ナイジェルにそう説明されたが、いてもたってもいられない気持ちには変りない。
心配そうに貧乏揺すりをしているクロードを見て、ナイジェルはあろうことかクスリと小さく笑った。
「ふふふ。君は本当にあのレティシアって子が好きなんだね。安心しなよ。エリアーヌは彼女を許した。だからきっと、彼女も助けてくれるだろうから」
「だったらいいんだが……」
「今は早く彼女達と合流する方が先決だよ。行こう」
「う、うむ」
ナイジェルが先を歩くと、クロードは慌てて彼に付いていった。
(ボクがレティシアを選んだから、エリアーヌと婚約破棄することになった。レティシアのことを恨んでなければいいが……)
しかし身勝手な真似をしてしまったのは自分だ。文句は言えない——とクロードは考える。
「それにしてもナイジェル。君は落ち着いているんだな。エリアーヌのことが心配じゃないのか?」
歩きながら、クロードはナイジェルに問う。
「心配? まあ彼女のことは信頼しているからね。彼女が大丈夫と言うなら、大丈夫だよ」
「だ、だが! 薄情すぎないか!? エリアーヌも女の子で——」
そう言葉を続けようとした時、クロードは見てしまった。
なんともなさそうに口にするナイジェルの右拳が、強く握られていたことに。
(……! そうだ。ナイジェルもエリアーヌのことが心配なんだ。だけど必死にその気持ちを押し止めている。そうすることが、最終的には良い結果になると思っているから……)
一方のクロードはレティシアの身を案じるばかりで、大局的なものを見ていなかった。
隣国リンチギハムの王子殿下……ナイジェルはクロードと同じ歳だと聞く。
それなのにここまで差が生まれるということか。
クロードはそれに気付き、愕然とした。
「……すまない。君もエリアーヌが心配なんだな。ボクの気持ちばかりを押し付けて申し訳ない」
クロードは反省する。
だが。
「ん……? そんなことないけどね。エリアーヌを信頼しているのは本当さ」
とナイジェルは余裕げに返した。
彼がそうすればそうするほど、クロードは自分との差をまざまざと見せつけられているようで、情けない気持ちになる。
(……そうえいば昔はよく、隣国の王子殿下……ナイジェルと比べられていたな)
クロードの教育係が口を酸っぱくして言っていたものだ。
いわく、ナイジェル殿下は幼い頃から『神童』と呼ばれている。
六歳にして学院の入学試験の合格基準点に達した。剣の腕前も一流で騎士団長も舌を巻くほど。
それでいて王族としての誇りも持ち合わせている。社交界におけるマナーも完璧で非の打ち所がない……と。
(対してボクは……物覚えが悪かった。まあ勉強よりも遊ぶことに時間を費やしていたから、当然だったが……。
そういえばあの頃のボクは、忠告してくる教育係の女性を疎ましく思い、辞めさせてしまったな)
考えれば考えるほど、ナイジェルと自分との差が分かる……そうクロードは思った。
(だが……そんな完璧な男がエリアーヌのことを、これほどまでに心配している? 聖女としての力を欲しているだけではなさそうだが……)
ナイジェルの背中を見ていると、不意に興味が湧いてきた。
それに——先ほど、エリアーヌが足を踏み外そうとした時。
咄嗟に彼女を支えるナイジェルの顔を見ていると、その気持ちが強くなった。
ナイジェルと話している時のエリアーヌの様子も、王国にいる頃はお目にかかれないものであった。
そのため驚いて、変な風に二人を見てしまったことを思い出す。
「なあ、ナイジェル」
「なんだい?」
ナイジェルの顔がこちらを向く。
「君はエリアーヌとどういう関係なんだ? ただの国民の一人……というわけではなさそうだが」
「エリアーヌは今の僕の婚約者さ」
その言葉を聞いて、クロードは驚く。
「そ、そうだったのか……しかしエリアーヌは貴族の出でもない。それなのにどうして婚約を?」
王国では『聖女』として扱われ、王子と婚約する必要があったという事情があるから、別にしてでもだ。
「まあ僕も王族の一人だからね。ただ愛する人と結ばれたいと思うのも、本来はダメなことだと自覚している」
ナイジェルは話を続ける。
「だけどそれ以上にエリアーヌが魅力的な人だったのさ。それに国民のみんなもエリアーヌとの婚約を認めてくれると思っていたからね。君が逃した魚は大きいんだよ?」
ナイジェルが挑戦的な笑みを向ける。
エリアーヌはクロードの元婚約者だ。
ゆえに複雑な気分になってもおかしくないが……。
(不思議だな。それを聞いても、今のボクはエリアーヌの幸せだけを願っている)
とクロードは本心から思う。
「もしかして……エリアーヌのことが惜しくなったとか?」
ナイジェルが鋭い視線をクロードに向ける。
「そ、そんなことはない! 今のボクはレティシア一筋だ。エリアーヌには悪いかもしれないが、今はレティシアのことしか見えていない」
「そうだろうね。今の君を見ているとそう思えるよ」
柔らかな表情になるナイジェル。
レティシア。
彼女の顔を思い浮かべるだけで、クロードは幸せな気持ちになった。
(彼女は自分のことを呪術師だと言っていたが……まあそれでも気持ちは変わらない)
何故だか、彼女の話し方が変わっている。
しかし逆にそのことによって、素のレティシアが見れた気がして、嫌な気持ちにはならなかった。
今までレティシアは仮面を被っているような感覚は、クロードも抱いていた。
それがたとえ彼の前でも……だ。
そんな彼女が仮面を脱いで、自分と接してくれている。
クロードはそのことをただただ嬉しく思った。
「まあ……でもね」
ナイジェルの視線が再び鋭くなる。
「たとえ君がエリアーヌのことを惜しくなったと思っていても……僕は君に負ける気はないんだからね。その時は正々堂々と勝負しよう」
「そ、そんな勝負をするつもりはない。それに……万が一、そんな事態になってもボクは君に勝てる気がしないよ」
「そうかい」
そう言い、ナイジェルはクロードから視線を逸らした。
「……君は本当にいいね」
前を向いて歩き続けるナイジェルに対して、クロードが言葉を投げかける。
「エリアーヌの気持ちをちゃんとつかんでいる。ボクは……不安になるばかりさ。本当にレティシアはボクのことが好きなのか……? って。
今までこんなことは考えたこともなかった。だが、王国がこんな目に遭って、レティシアの内面も変わって……否応がなしにそんなことを考えてしまうんだ」
それに——クロードは思う。
これはクロードの勘だが、レティシアのナイジェルを見る目が普段と違う気がするのだ。
そりゃあナイジェルは隣国の王子殿下だ。他の者を見るのとはまた違うだろう。
しかしそれとはまた別に、ナイジェルを見るレティシアの目が熱っぽいような……そんな印象を抱く。
(まあナイジェルはカッコよくて、頭も良さそうだからね。こんな王子としての自覚もないボクなんかより、ナイジェルの方が魅力的に見えるんだろう)
クロードはそう自嘲した。
しかしナイジェルは、そんなクロードの内面も読んだのか。
「……そんなことないと思うけどね?」
「え?」
「レティシアは君のことが好きだと思うよ。それは僕が保証する」
ナイジェルが自分の胸をポンと叩く。
それを見て、クロードは思わず乾いた笑いが出てしまった。
「はは、なにを根拠に言ってるんだ。励ましてくれなくてもいいんだぞ」
「そんなつもりはないけどね。事実を言っただけだよ」
——なんだそりゃ。
だが、彼が冗談を言っている様子でもない。
(ならばどうしてナイジェルは……?)
混乱していると。
「あっ、あれ。もしかしてエリアーヌとレティシアじゃないかな?」
ナイジェルが指差す方へ目をやると、二人の女性がこちらに手を振っている様子が見えた。
二人ともどこか怪我を負った様子でもない。
「あ、ああ……! 間違いない! レティシア達だ」
「言っただろ? エリアーヌなら心配ないって」
ナイジェルの顔を見ると、彼もほっと胸を撫で下ろしている様子であった。
(やっぱりナイジェルもエリアーヌのことが心配だったんだ……)
正直……ここに来るまでに話していて、あまりにもナイジェルとの差が大きいためか、彼を同じ人間とは思えなかった。
しかし今の表情を見て、ナイジェルも同じ人間だ……と。
いつか彼に追いつき、そして追い越せるような王子になりたい——クロードは切に願った。
「行こう」
「ああ!」
クロードとナイジェルは階段を駆け下り、レティシア達のもとへ向かっていった。
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