112・わたしの欲しいもの全部
地面に激突する寸前に結界魔法を発動。
ふんわりと柔らかい感触が私達を包み、ことなきを得たのでした。
「大丈夫ですか?」
「うん。ありがと」
レティシアは素っ気なく言って、服をパンパンと払った。
「随分落とされてしまいましたね……」
上を見ても、クロード達の姿が見えない。
前を見ると、長い廊下が続いているよう。
奇しくも辟易していた長い階段も終わったようですね。
この先になにかがある……そう思わせるものでした。
「取りあえず、ナイジェル達がここに来るまで待っておきましょうか?」
「そんなことをしてる暇なんてあるの?」
質問を質問で返すレティシア。
「ええ、焦っても仕方がないですから。それに長い階段のせいで歩き疲れました。休憩しましょう」
「…………」
私が近くの座れそうな瓦礫に腰掛けると、レティシアもそれに続いた。
短いスカートから伸びる白い太ももが、やけに眩しい。
胸の大きさも服で隠しきれていない、露出が多い服装だ。
女の子らしいライン……と言っていいんでしょうか。
そういうところにクロードは惹かれたのかしら……私はそう感想を抱いた。
「……レティシア。あなた、なんのおつもりですか?」
「なんのつもりって?」
怪訝そうなレティシアの表情。
「ほら……どうして、私達に付いてきたのか。それについてまだちゃんとお聞きしていなかったので」
「なによ。もしかして、わたしのことをまだ信頼出来ていないわけ?」
「はい」
正直に答えると、レティシアは「ふっ」と自嘲気味に笑った。
「まあ仕方ないわね。わたしがあんた等になにをしたのか知ってるんでしょ? わたしが呪術師であることも、あらかじめ知ってたみたいだし」
「…………」
「それなのにいきなり味方になるふり……って、あんたからしたら怪しすぎるにも程があるってことね」
うーんとレティシアは両足を伸ばす。
「……わたし——今までナイジェル殿下のことが好きだった」
「え……?」
レティシアの言葉に、思わず驚いてしまう私。
声を出さなかったのは、動揺しませんよ……と私の意地でしょうか。
「だからあんたがナイジェル殿下と結ばれそうになってる……そう聞いて、どす黒い感情が湧いてきた。みんなみんな、壊したくなった」
「だからあのような真似を?」
レティシアが首肯する。
「今思えばバカな真似なんだけどね。そんなことをしても、ナイジェル殿下は手に入らないし、あんたが困るだけ。でもわたしのそんな浅い考えのせいで、あんた達を酷い目に遭わせてしまった」
「…………」
「わたしは今まで欲しいものは全部手に入れてきた。金も名誉も男も……ね。だからあんな行動をしてしまったかもしれない」
「だからなんですか? 許して欲しいとでも言うおつもりですか?」
自分でも驚くくらい、険のある言い方になってしまった。
しかしレティシアは首を左右に振り。
「ううん。許してもらおうとは思っていない。でも……あんたのことが羨ましくってね。さっき、あんたがナイジェル殿下といちゃいちゃしている時、クロードが羨ましそうな顔をしていたし」
「い、いちゃいちゃなんかしてませんよ!」
恥ずかしくなって、思わず否定してしまう。
それを肯定も否定もせず、レティシアは自分の話を続ける。
「きっと……なんだかんだで、クロードはあんたのことが好き。わたしはクロードだけは手に入れたつもりだったけど……それも手に入れられなかった。わたしの欲しいものを全部全部手に入れてしまったあんたが羨ましくって、仕方がない」
レティシアの表情には影が帯びていた。
うーん……そんなことはないと思いますけれどね。別にクロードは私のことが好きではない。そのことは王国にいる時から嫌でも分かっていましたし。
「そして——あんたには借りがある。それだけは確か。だからなんとしてでもその借りを返そうと、しばらくあんたを見張ってたんだけど……」
「え、えぇ!? もしかして……最近私が感じていた視線は、あなたのもの……?」
「まあ多分それはわたしよ」
レティシアが頷く。
どうして直接来ないんですか……と一瞬思ってしまったが、これも彼女らしいのかもしれない。
素直に「役に立ちたい」と言うのは、どうしても抵抗があったんでしょうね。
「だから借りを返そうとしただけ。まあこれで返せるもんだとも思ってないけど……」
「そうだったん——」
言葉を続けようとすると。
「……っ! レティシア、敵です」
邪悪な気を感じ取って、すぐに立ち上がる。
前方から白いもやのようなものが、ふらふらと浮遊している。
本来なら気にかけない程度のものでしたが……。
「あれは……呪い?」
「みたいね」
レティシアも私の隣に立って、白いもやを見やる。
白いもや——呪いはそのまま鳥のような形状に変化し、私達に襲いかかってきた。
……っ! 呪いを解除!
いや、間に合わない……!?
それでも前に手をかざして、呪いに対抗しようとした時。
「退がってて」
レティシアが一歩前に出る。
彼女も手を前に突き出す。すると手の平から黒いオーラが渦巻き、白いもやを包んだ。
そのまま黒いオーラは、白いもやごと消滅してしまった。
「呪いならわたしは誰にも負けない」
手を払うレティシア。
「レティシア。先ほどのは……」
「うん。呪いを呪いで相殺しただけ。それにしても、強く……そして古い怨念だった。こんなものがあるなんて、この先には相当の『恨み』を持った者がいそうね」
推察するレティシア。
咄嗟に呪いに呪いをぶつけられる、レティシアの呪術師としての実力。やはりタダものではありません。
「恨みを持ったもの……敵がいるということでしょうか」
「それはないと思うわ。なんというか……わたし達をやっつけようとした呪いじゃなくて、勝手に体から溢れてくるような……そんな呪いだった。でも普通はそんなことなんて出来ない。でも……たとえば、あんた達の言う魔王だったらそれも出来るかもしれないわね」
「じゃあやはりこの先には……」
魔王が封印されている——。
そう思わせる出来事でした。
「早くナイジェル達に戻ってきて欲しいところですが……あっ」
そうこうしていると、二人の人影が階段を降りて、こちらに向かってくる姿が見えた。
ナイジェルとクロードです。
「良かった……これで先に進める」
私もナイジェル達のもとへ駆け寄ろうとすると。
「いい?」
レティシアが私の腕をつかみ、早口でこう捲し立てた。
「わたしはわたしの欲しいものを全部手に入れる! この考えは変わらない! でも……今度からは狡い真似を使わない! 正攻法であんたと……そしてこの現実と戦ってみせるわ! それを忘れないで」
彼女なりの宣戦布告だったんでしょう。
レティシアはそう言い放った後、照れ臭くなったのか頬を赤色に染めた。
「ええ。受けて立ちます。私も私の大事なものを手放すつもりはありませんから」
でもレティシア……あなたの欲しいものの一つはもう手に入っていると思いますけれどねえ?
こちらに向かってくる、クロードの目は私……ではなくレティシアに向けられていたのですから。
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