110・偽の聖女は変わろうとする
レティシアも……?
「本気ですか?」
私が質問すると、レティシアは真剣そうな表情で頷いた。
正直、あまりレティシアを傍に置きたくない。
何故なら私はまだ彼女のことを完全に信頼していないからです。後ろから背中を刺されないとは限りませんから。
王国時代、彼女の虚言癖には散々頭を悩まされてきた。
そのせいもあるからでしょう。
どうしても彼女に対する抵抗が取れず、簡単に頷くことは出来ませんでした。
でも……。
「ナイジェルはどう思いますか?」
「ん……そうだね。確かに僕も心配だ。でも同時に呪いのスペシャリストを仲間に引き入れたいことも事実。この先、なにがあるか分からないからね。呪術師がいるとなったら頼もしい」
「ですよねえ……」
どうやらナイジェルも私と同じ考えみたい。
正直、レティシアのことは心配。
しかし彼女が一級品の呪術師である事実には変わりない。
玉座に強力な呪いを施していた相手ですから……この先にも、同様の罠が仕掛けられている可能性も高そうですしね。
「…………」
じっと私はレティシアの両眼を見つめた。
その視線をレティシアは真っ直ぐ受け止める。
……キレイで大きな眼。
ロマンス小説に出てくるヒロインみたいです。
私が聖女をしていた頃のレティシアは、瞳にもっと闇が孕んでいた。いつ爆発してもおかしくない、というんでしょうか……。
でも今のレティシアにはその淀みがない。「足を引っ張らないようにするから」という言葉は、私達を騙そうというわけでもなく、本心……のように思えます。
「……分かりました」
私は肩の力を抜いて、レティシアにこう言う。
「しかし少しでも怪しい動きを見せれば、すぐに帰ってもらいますからね。私達の指示にも従ってもらいます。それでもよければ……」
「話が分かる聖女じゃん」
パチンとレティシアは指を鳴らした。
まるで無邪気な少年のような表情。
今までのレティシアだったら考えられないことなのに……クロードと同様、彼女も大きく変わろうとしているんでしょうか。
……そうです。
「クロード。あなたはどうしますか?」
私の視界の片隅で。
なにか言いたげにしていたクロードに私は声をかけた。
「へ、へっ!?」
急に呼びかけられ、クロードは素っ頓狂な声を出す。
「私達はこれから地下に潜ります。危険があるかもしれません。レティシアが話してから、あなたは落ち着かない様子でしたが?」
「レ、レティシアが危ないと思ったからな。彼女は可憐で弱々しい少女だ。それなのに危険が多そうな地下に、君達と一緒に行ってもいいのか……と思って」
クロードは私から視線を外しつつ、俯き加減で言った。
ふふふ。まだレティシアのことを、どこにでもいるただの少女だと思っているようですね。
いちいち指摘するのもあれだし、言いませんが。
「もしよかったら、クロード王子も同伴するかい?」
私の言いたかったことを、ナイジェルが代弁してくれた。
「は、はあ? ボクもだと? だが、ボクはなんにも出来ないぞ。あまり人数は増やしたくないと言っていたのに……」
「それはそうなんだけど、クロード王子一人だけなら大丈夫だと思ってね。それに君とは腹を割って話をしてみたかった。レティシア嬢のことが心配なら、いっそのこと付いてくればいい」
「…………」
ナイジェルの言葉に考え込むクロード。
しかし結論を出すのには、あまり時間はかからなかった。
「よ、よかろう! でもボクは本当になにも出来ないからな! 足を引っ張らないようには気を付けるが、それでもよければ……」
「うん、分かった」
とナイジェルが微笑んだ。
足手まといは増やしたくない。
だけどレティシアの方に視線をチラチラやって、いてもたってもいられないクロードを見ていると、とてもじゃないが置いていけないのも事実です。
あとから追いかけてこないとも限りませんからね。だったら最初から連れて行く方が、まだ安心です。
「レ、レティシア! ここから先はボクから離れるんじゃないぞ! 君のことはボクがきっと守ってみせるから!」
「はいはーい」
強い言葉とは裏腹に、両足が震えているクロード。
そんな彼の傍らに、レティシアが呆れたような顔をして寄り添った。
これじゃあ、どちらが守ってもらう側なのか分かりませんね。
「じゃあ行こう」
「はい」
こうして私達は謎の地下空間へと足を進めるのでした。
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