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105・手がかり

「助かったよ。本当にありがとう」


 ジークハルトさんが私に礼を言う。


 相変わらず、目元が前髪で隠れているので表情が分かりにくい。

 顔立ちは整っているように思えるので、散髪でもすればカッコよくなると思うんですが……さすがにそこまで言うのは大きなお世話だと思ったので、口を閉じておいた。


「……今度から定期的にお片づけをしてくださいね」

「返す言葉もない。それにしても、君みたいなお嬢さんに片付けをさせてしまって本当に申し訳ないね。抵抗あっただろ?」

「……? そんなことはなかったですが……」


 王国で聖女をしていた頃は、雑用みたいな真似もさせられていましたからね。

 今更、片付けくらいでどうこう思ったりしないのです。


「そうか。うん……君は本当に素晴らしい女性だ。よかったら、僕のところにお嫁にこないかい?」

「お断りします。婚約者もいますので。それに……冗談とはいえ、初めて会った女性にそういうことを言うのは、あまり褒められたことではありません」

「はは、ごめんごめん。君みたいな人の婚約者になれる男は、本当に幸せものだね。顔を拝みたいくらいだ」


 それが「隣国の王子殿下です」なんて伝えたら、ジークハルトさんはどんな顔をするでしょうか……。


 案外、この人のことだから「ふーん」と興味なさそうに返すかもしれませんが。


「それで……本題に入ろう。わざわざ僕に会いにくるってことは、なにか用があるんだろう?」

「えーっと、そのことなんですが……」


 私はクロードに書いてもらった紹介状を、ジークハルトさんに見せる。


 すると彼は驚いた様子で、


「まさかクロード王子がこんなものを書くなんて……」

「どういうことですか?」

「僕は国王陛下に嫌われていたからねえ。そのせいで、こんな辺鄙へんぴな場所で研究することになったんだし」


 国王陛下に嫌われていた……?


 事情は分かりせんが、それならこうして人目も付かないところに住んでいるのも頷ける。

 部屋が散らかっているのは説明付かないですけれどね!


「どうして嫌われていたんですか?」

「僕が歴史学者だということは、殿下からもお聞きになっているだろ?」

「ええ」

「その中でも僕は王国に代々伝わる『聖女』の研究に力を入れていたんだ。それが国王陛下の意に沿わなかったらしい」


 聖女!

 その言葉を聞いて、さぞ私の目は輝いていたことでしょう。


 それはジークハルトさんも気が付いたのか。


「紹介状を読むに、君は王国の聖女だったらしいね。いつの間にか追放されていたなんて知らなかったよ」

「そうなんですか?」

「なんせ、こんなところに住んでいるからね。情報もあまり伝わってこなくって」


 とジークハルトさんは肩をすくめた。


「王国もバカなことをするものだ。聖女の力はまさしく本物。だから魔族なんかが、この国に攻め込んでくるんだ」

「そのことはまた別にお話ししましょう。今は時間もありませんので……」

「どういうことだい?」


 今度はジークハルトさんが目を丸くする。


「実は……」



 私はこの国の事情について、ジークハルトさんに説明した。



「なるほど……」


 彼は俯き加減になって、ひとしきり考えるように顎に手を置いた。


 その瞬間、彼の右目がチラリと見える。


 キレイな瞳……。

 そして深淵を覗き込む探求者のような、鋭い目つきでした。


「時限式の結界……その結界が消滅すれば、確実にまた魔族はこの国を攻めるだろうね。なんせこの国には大昔の魔王が封印されているんだから」

「そのこともご存知だったんですか?」

「もちろん——まあこのことをいくら国王陛下に進言しても、聞き入れてくれなかったけどね」


 自重気味にジークハルトさんが乾いた笑いを零す。


「そして君は『始まりの聖女』の力を得たいと」

「ええ。それしか、今は方法がありませんから。間違った方法だとお思いですか?」

「いや、そんなことはないよ。賢明な判断だと思う。始まりの聖女の力は、それほど強力だから」


 ジークハルトさんの言葉に、私はまた沈んだ気持ちになる。


 私……聖女として大したことがないんでしょうか。

 精霊王フィリップは褒めてくれたけれど、始まりの聖女に比べて、私は出来ないことが多すぎる。


 そんな私の気持ちを読んでのことか、


「気にしなくていいよ。始まりの聖女が規格外なだけだったからね。それにもし君が世界全域に結界を張れようとも、寿命がきて死んでしまえば、結界が消滅してしまう。そうなってしまっては、結局同じことだ。

 次代の聖女が同じだけの力を得られるとも限らないし、君がそんなに罪悪感を持つ必要はない」


 とジークハルトさんは慰めるような口調で言った。


 ジークハルトさん、とても優しいです。

 それに彼の声を聞いていると、なんだか心が落ち着く。ちょうど良い波長と言うんでしょうか。


「それで……ジークハルトさん。私が始まりの聖女と同等の力を得るため、なにか良い方法はないですか?」


 気を取り直して。

 私はジークハルトさんに、あらためて問いかける。


 すると彼は一層真剣味を帯びた声で、


「……僕には分からない。始まりの聖女は特別だったんだ。悪い言い方になるかもしれないけれど、それ以降の聖女は彼女の出涸でがらしみたいなもの。君一人で、彼女と並び立つことは……難しいと思う」


 と口にした。


 それを聞いて、私は崖底に落とされたような気分になる。


 そんな……。

 簡単にものごとが進むとは思っていなかったけれど、ここまで手がかりをつかめないなんて……。

 また振り出しに戻ってしまいました。


 しかし。


「……だが、一つだけ心当たりはある。女神だ」

「女神……ですか? 確かに聖女は女神の代行者と呼ばれていますが」

「その通り。君が一番知っていると思うけれど、聖女は女神の加護を授かって、力を発揮することが出来る。つまり始まりの聖女とはいえ、彼女も女神から力を授かったに過ぎないわけだ」

「ということは、『始まりの聖女』ではなくて『女神』をあたってみるべき……そうジークハルトさんはおっしゃるんですか?」


 私が問うと、ジークハルトさんは頷いた。


 なるほどです。

 始まりの聖女に目がいきがちでしたが、そういう方法もありましたか。


「だけど……そう簡単にいくんでしょうか? 始まりの聖女についての手がかりもないのに……」

「君と始まりの聖女の間には直接接点がない。そう考えたら、まだ女神をあたってみる方が確率が高そうだろう?」


 ジークハルトさんの言うことにも一理ある。


 けれど重要なことがある。

 女神の加護を授かっているとはいえ、私は一度も()()と直接話したことがないことです。


 言うなれば、女神は一方的に私達聖女に力を授けている。

 女神をあたってみると……といえども、どうしていいか分かりません。


 そういうことをジークハルトさんに伝えた。


 すると。


「確かに……聖女というものは、あくまで女神の代行者。聖女自身が女神になれるわけではない。だけど……加護に適合出来る者は、最も女神に近いともされていることも確かだ」

「適……合……」

「なにか知らないかい? 女神の加護に完璧に()()出来る人は、世界が危機に陥っている今みたいな状況だったらその人を通して、君が女神と交信出来るかもしれない」


 ジークハルトさんが言ったことに、私はすぐに気付く。


 女神の加護に適合した者。

 私にとって大切な人。


「ナイジェル……」

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