104・ジークハルトさんにお会いしました
私はナイジェルと別れた後、クロードから貰った地図を片手にジークハルトさんのところへ向かっていた。
「どんな方でしょうか……」
特殊な方だとは言っていましたが……。
学者というものは偏屈な方も多いと聞きますし、ジークハルトさんもその類?
クロードに書いてもらった紹介状もあるし大丈夫だと思いますが、門前払いにされないでしょうか。
「うーん……でも会う前からこんなぐだぐだ考えていても仕方がないですよね。尻込みしている場合ではありません」
そう自分を奮起して、ジークハルトさんのところへ急いだ。
地図を頼りに歩いていると、どんどん道が入り組んできた。
中には表通りから外れて、路地裏に入ったり……と不安になってくる。
「本当にこっちで合っているんでしょうか?」
クロードにも言ったが、聖女の頃はあまり城外に出してもらえなかったので、王都の地理には詳しくない。
建物と建物の間の小道を歩いているので、真っ昼間なのにあまりお日様の光が当たらない。
そのせいで薄暗くじめじめした道を歩くことになった。
「あっ……もしかしてここ?」
やがて……突き当たりの壁に、小さなサビた扉を見つけた。
「地図にはここと書いていますが……」
言葉は悪いですが……建物自体が汚れていて、とても人が住んでいるものとは思えません。
なんなら魔物がこの中にいる……と言われた方が、幾分か信じやすかったかもしれない。
まさかクロードが嘘を吐いている?
そんな考えが浮かんでくるが、すぐに首を振って否定する。
「今の状況でクロードが嘘を吐くメリットはありませんし、ここで正解でしょうね」
……入ってみるしかないか。
私は覚悟を決めて、扉を二回ノックする。
それから少し待ってみるが、扉の向こうからなにも返事がこなかった。
「おかしいですね。留守でしょうか?」
ならば無駄足だったということになる。
だけどここでとんぼ返りするわけにはいかない。
現状、ここしか手がかりはないのです。
あまりもたもたしている場合でもありません。
私達には結界が解けるまでという、タイムリミットがあるんですからね。
「あまり行儀の良いことではないですが……! 失礼します!」
返事を待たずに、思い切って扉を引いてみる。
ギイィッ……。
嫌な音が聞こえた。
「わあ!」
私はその室内を見て、つい驚きの声を上げてしまった。
「ものがいっぱい……!」
そう。
部屋には書物とガラクタで溢れていたのです。
足の踏み場を見つけることすら困難なくらい、散らかった部屋。
「でも……電気も点いているし、人がいる気配もします。誰かがここで住んでいることは間違いなさそうですが……」
信じたくないけれど!
正直、この部屋を見てじゃっかん怖じ気づいてしまった。
回れ右してすぐに王城に帰りたいくらい。
でも……こんなに散らかっているのに、不思議と嫌な匂いはしない。
それどころか室内には香水のような甘い香りが漂っていた。
だからなんとか我慢出来ているけれど……さすがにこれだけ散らかっていると、私も言葉を失ってしまうんです。
「……ん〜? 誰か来たのかな?」
私が唖然としていると。
書物の山になっているところがゴソゴソと動き、中から右手が出てきた。
生き埋め!?
だけど声の主は平気そうな顔をして、山から顔をひょこっと出して、
「おやおや、キレイなお嬢さん。僕になにかご用かい?」
と私に声をかけた。
「あのー……私は歴史学者のジークハルトさんにお会いしたくて、ここまで来たんですが……」
「ジークハルトだったら僕のことだね。どうしたのかな? ——っと。このままの姿で、君のようなキレイなお嬢さんと喋るのは失礼だね」
男性——ジークハルトさんは書物の山から抜け出し、パンパンと服を払った。
ボサボサの髪型。そのせいで目元が前髪で隠れてしまって、いまいち表情が読みにくい。
だけど……随分若いような?
イメージとは少し違っていました。
「……どうしてこんなに部屋が散らかっているんですか?」
「散らかっている? なにを言っているんだい。これでも片付いているんだよ。散らかっているように見えて、完璧に配置してあってね……すぐに読みたい本とかに手を伸ばせるように、こうなっているんだ」
とジークハルトさんは誇らしげに両腕を広げた。
とてもそうは思えないんですが……。
「……ここには歴史学の本が?」
「うん。世界中のほとんどの歴史学の本が、ここにはあるんだよ。集めるのだって苦労したんだから」
「では一つ聞きますが、王国の三百年前の文化について書かれた本はどこにありますか?」
適当に本を指定して、ジークハルトさんに質問する。
すると彼は「えーっと……」と考えて、
「確かこのあたりに……いや、ここだったかな? あれ、違った。じゃあこっちに……」
と周囲にある本を手当たり次第、取り出して行った。
強引に探しているせいで、本の雪崩が起きちゃったりなんかして、さらに部屋が悲惨な状態になっている。
五分くらいジークハルトさんは本と格闘していたでしょう。
やがて……。
「……ないようだね」
「ない? 最初からないということですか?」
「いや、どこかにはあると思うんだ。だからもう少し時間を貰えれば……具体的にはあと半日くらい」
「……もう一度聞きますが、この部屋はどうして散らかっているんですか? 片付いていると?」
「いや、ごめん。完璧な配置とかじゃなかった。正真正銘、散らかっている。ただ片付ける時間がもったいなくて、いつの間にか部屋がこうなっていた」
あっさりと白状するジークハルトさん。
それを聞いて、私は内心溜息を吐いた。
「仕方ありません。まずはこの部屋の片付けをお手伝いしましょう! そうでないと、まともに話し合うことも出来ないでしょうから」
「え、本当にいいのかい?」
「もちろんです。とはいえ、座れるスペースが出来るくらいですが……」
正直……この部屋を見てウズウズしていた部分もあったんです。
「少し待っていてくださいね。えーっと、まずは本を本棚に入れて……」
私は急いで、部屋の片付けを始めるのでした。
当作品がKラノベブックス様より書籍化が決定しました。
ここまでこれたのは、応援していただいたみなさまのおかげです。本当にありがとうございます。
発売日は2021年2月2日を予定しています。
まだ続報があり次第、お知らせさせていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします!





