100・謝ってください
ドグラスに詰め寄られる国王。
「あ、あ……」
と声を漏らし、ドグラスの迫力を前に動けないよう。
「無礼者!」
「陛下、すぐにお助けします!」
その様子を見て、近くで待機していた騎士の方々が剣を抜く。
彼等はすぐに国王のもとに駆け寄ろうとするが……。
ギロッ。
ドグラスの眼光鋭い視線が騎士達に向いた。
「う……っ」
すると騎士達もまるで石になったように、その場から動けなくなってしまった。
「ドグラス……手荒な真似はお辞めなさい」
場が騒然としている中、私はドグラスを言葉で制止する。
「手荒?こやつがはっきりしないから、我が答えを聞いてやろうとしているだけではないか」
「それでもです。私達はこの国と戦争をしにきたわけではありません。私達のすることを、みなさんに納得してもらわなければなりません」
「……ほんとに汝は甘ちゃんだな」
ドグラスが雑に国王から手を離す。
国王は「ゴホッ、ゴホッ!」と激しい咳をする。それを見て、まるで魔法が解かれたかのように騎士達が国王に駆け寄り、彼の身を案じていた。
騎士達はドグラスに非難するような視線を向けるが、当の本人は涼しげな顔。
「しかし汝等は危機感がなさすぎる。今、王国がどういう立場にあるのか分かっているのか? ドラゴンの一体すら、防ぐことが出来ないのだろう? それを忘れないことだ」
ドグラスが私達のところへ戻ってきながら、国王に声を投げかけた。
ドグラスがドラゴン……ということは、ここにいるみなさんは知らないはずだけれど、謎の男の言葉に重みを感じているようです。
現にドグラスの言葉に、この場にいる誰もが反論出来ないでいるのですから。
「っ……! 分かった。細かいところは大臣達も交えて詰めさせてもらいたいが、大まかなところではそなた等の申し出を受けよう」
そんなドグラスの行為が功を期したのか。
国王が息を整えながらそう言う。
「賢明な判断……感謝します」
ナイジェルがニコッと笑みを浮かべる。
あらら、この様子だとこうなることは織り込み済み?
そういえばドグラスが国王に詰め寄った時も、特に止めようとしていなかったですからね。
話し合いをスムーズに進ませるために、わざとドグラスの行為に目を瞑っていた?
だとするならナイジェルもとんだ策士です。
「ガハハ。ちょっとはまともな思考が出来るではないか」
ドグラスも満足そうに笑う。
あっ、もしかしたらドグラスも、国王からの答えを引き出すために演技していたんでしょうか?
そうだとしたらドグラスも成長して……。
「もし変なことをほざくようなら、このまま叩き潰すつもりであった! まあ我としてはストレス発散が出来なくて残念だが……」
……前言撤回。
うん。ドグラスにそんな小難しいことは出来ませんよねー。
ただ単純に先ほどの国王の態度に腹が立っただけだったらしい。
ドグラスの言ったことに、その場にいる国王や騎士達が青ざめた顔をしていた。
「もちろん、細かいところはこれから打ち合わせをしましょう。しかしその前に……早急にやらなければならないことが残っています」
ナイジェルが淀みなく続ける。
「すぐに魔族の第二軍がこの国を攻めてくるかもしれません。その場合、僕達の戦力を合わせても、簡単に防衛出来るとは思えません」
「う、うむ。歯がゆいが、そなたの言う通りだ。しかし……本当にすぐ来るだろうか? 魔族にとって、果たしてこの国はそこまでする価値があると思っていると?」
「はい。実は……」
ナイジェルは魔王がこの国に封印されている件を、国王達に伝える。
すると。
「な、なんだとっ!? それは本当のことなのか?」
みんなは一様に驚いた表情をしていた。
どうやらこの様子だと、国王も大昔の戦争のことを知らなかったみたいですね。
「はい。でもこれで説明が付くでしょう? 残虐な魔族が、どうしてあなた達を極力殺さなかったのか……この国に執着するのかについて」
「う、うむ。今はそなたの話を信じるしかなかろう。早急になんとかしなければ……」
「その通りです。しかし今、魔族と真正面から戦うことは得策ではありません。そこで……」
ナイジェルが私に目をやる。
やっと私の出番ですね。
私は喝然と前に踏み出し、国王陛下に一礼する。
「陛下、エリアーヌです。お久しぶりです」
「…………」
私の軽い挨拶に、国王が苦虫を噛み潰したような表情。
彼の態度をあまり気にせず、私はこう進言する。
「今からこの国に結界を張らせてもらいましょう。そうすれば魔族も攻め入ることが出来ませんので」
「な、なにっ? それは本当のことか?」
国王が目を見張る。
「ええ」
「というかお主……この国にいる頃は、結界を張っていると世迷い言を言っていたが……あれはまさか本当のことだったのか?」
「…………」
はあ……。
溜息を吐きたくなるものです。
この方は、どれだけバカなんでしょうか?
私の聖女としての力を信じていなかったのでしょうから。
正直、今の発言を聞いて「やっぱ帰りまーす」と言いたくなったけれど、そういうわけにもいかないので我慢する。
私は大人になったのです。
「はい……ですが、この国を覆う結界は一時的なもの。せいぜい二週間程度でしょうか」
いわば時限式の結界。
一度これを張ってしまえば、また同じものを張ろうとしても、そう簡単にはいかない。
時間をかけて魔力を回復しなければいけませんからね。その間に魔族がまた攻め入ってくることはほぼ確実。
本当はリンチギハムに張られている結界を解いて、こちらに流し込めば半永久的に結界は持続するんだけれど……そうなった場合、今度はリンチギハムが危なくなってしまうので頂けない。
さすがにそこまですると時間もかかるし、今は得策ではないでしょうしね。
「それが出来るなら是非やってもらいたいが……二週間後、結界がなくなったあとはどうするのだ?」
「その間に魔族への対処方法を考えましょう。一応あてはありますので」
つまり今から私が張ろうとする結界は時間稼ぎ。
これでは根本的な解決にはなりません。
この二週間で魔族の撃退方法が見つからなかった場合……この国、そして世界は本当に終わってしまう。
それだけはなんとしてでも阻止しなければ。
「分かった。お主の言う通りにしよう。すぐにやるといい」
良かった。
国王の許可も頂けました。比較的スムーズに話が進んでいると言っても過言ではないのでは?
私はこれで満足なんですが、ナイジェルはそうでもなかったようで、
「国王陛下。言い忘れていることはありませんか?」
と厳しい声音。
「言い忘れていること?」
「はい。あなた達がエリアーヌ……この国の聖女にどんな酷いことをしていたのか知っています。まずはそれに対する謝罪と、今回のことに関する感謝の言葉が先なのでは?」
「……っ」
ナイジェルの言葉に、国王が一瞬顔を強ばらせる。
「ナイジェル。私はもう気にしていませんので……」
「エリアーヌはそう言うかもしれないけれど、僕の方が納得出来ない。態度や行動ではのちのち示してもらうにしても、せめて今は言葉だけでもエリアーヌに謝ってもわなくちゃ」
私が言葉を続けようとすると、ナイジェルがそれをさっと手で制した。
クロード以上にプライドが高い国王陛下が、私なんかに頭を下げるでしょうか?
もしかして、これでせっかく上手くいっていた話がご破算になるのでは?
だけど私の不安はどうやら杞憂だったようで……。
「……すまなかった」
国王が立ち上がり、その場で深々と頭を下げる。
「長年……そして今回も我が国のために尽力してくれて礼を言う。こんなことを言っても、お主に許してもらえるとは思っていない。しかし今はどうか、この国を救うために力を貸して欲しい」
その光景に周りの方々も驚いた表情。
それはそうです。
国王陛下がたかが一介の小娘に頭を下げるなんて、本来は有り得ないことなんですから。
「国王陛下。もう十分です」
私が言うと、国王はゆっくりと顔を上げる。
「だけど言葉だけではいくらでも言えます。これからのあなたの行動、期待していますよ」
「も、もちろんだ」
私が牽制すると、国王は震えた声で返事をした。
だって今までイジめられていましたもの。
これくらいの発言は許してくれますよね?
ナイジェルの方を見ると、彼は優しげに微笑んだ。





