未練王の墓①
10万字は書きたいなあ
静謐な間に老婆が一人。
床には大きな星が描かれ、その中央に座す彼女はいかにも<占い師>といった風体だ。天井からは月明かりが差し、手元の水晶を照らしている。その水晶を彼女はジッと見つめ、動かない。
それがどれ程続いただろうか。
月明かりも水晶への気遣いをやめ去ろうとしていた時、彼女は大きく目を見開いた。
そして、数瞬後、
「キェェェェェッ!!」
老婆の絶叫が響き渡った。
「ど、どうされましたかババ様!」
その声を聞きつけた者たちが一斉に部屋へと入ってくる。誰もがババ様と呼ばれる老婆の元へと一直線に向かう。尋常では無い様子に狼狽えながらも、回復魔法を行使出来る者が彼女を癒していく。
「ま……」
「ま? ですか?」
「まおうが……」
天井を向き、よだれを垂らすババは絞り出すように言葉を紡ぐ。
「まおうが、あらわれた」
◇
最初に会った時の寝間着を着たエーデルと僕は、冒険者用の宿泊施設である<ヤドヤ>の一室で顔を突き合わせていた。部屋にある唯一の寝具に腰掛け、エーデルが欠伸しながら問う。
「それで、今日は何をするんじゃ?」
「……この前クロエさんが言ってた無償クエストだよ」
先日起こした騒動の責任を取るため、僕たちは報酬のなしでクエストを受けなくてはならなくなった。面倒だからと言っていい加減にはやらない。それが見つかった時に受ける被害を考えると、きちんとやらない選択肢はないのだ。
「面倒じゃ……」
枕に顔を埋めるエーデル。
「……お酒飲めなくていいの?」
僕がそう言うと、エーデルは片目でチラリとこちらを伺う。色々と足し引きをした結果、僕らは酒場に借金をこさえる事となってしまったのだ。それに、パーティ結成初日であんな騒動を起こしたものだから、ギルドには少し目をつけられている状況だ。しっかりと仕事をしなくちゃいけない。
「……何をすれば良いんじゃ?」
観念したエーデルは僕に問う。
クエストは既に受けているが、その前にエーデルに確認しないといけない事があった。
「その前に、エーデルのステータスを教えて欲しいんだ。僕らがパーティでやっていくには多少は知っておかないとね」
エーデルはだるそうに立ち上がると、無防備に文机の上に置いたステータス・カードを、
「ほれ」
お腹をポリポリと掻きながら、こともなげに僕に向かって投げた。突然の行動に驚き、僕は何回かお手玉をしてから受け取る。
「い、いいの? 見ちゃって?」
「何を言ってるんじゃ、見たいと言ったのはお主じゃろ」
首を傾けて不思議そうにする。
そうか、エーデルには説明し忘れていた。
有名な話にこんなのがある。
その昔、ステータスを国全体で導入し、個人の資質を目に見えるようにした国があった。これで個々人が得意分野を活かしながらも競争が発生し、より良い国なると考えられた。しかし、そう上手くいかなかった。
ステータスだけで人を判断するようになってしまったのだ。ステータスが低ければ、全てを否定されるそんな世の中。期待されていた競争も努力による向上だけではなく、他人を蹴落とす足の引っ張り合いが起こる始末。
そして、最たる悲劇は親と子の間で起こった。自分の子どもはこんなステータスではない、と嘆き子を捨てる親が出てきたのだ。最悪の場合は言わずもがな。
その教訓としてかは不明たが、ステータスは無遠慮に曝け出すものではない、とされるている。ステータスを閲覧するには本人の魔力認証が必要だし──エーデルは使ってすらいないが──ギルドですら有事の際以外には各個人のステータスを見る事はない。冒険者とはステータスではなく、やってきた行いによって評価されるのだ。
「だからステータスはあんまり大っぴらにするものじゃないんだ。必要な部分だけ見せてくれればそれで充分なんだよ」
たぶん、最初はこんな感じで、長くパーティを組もうと思ったら、お互いにステータスを見せ合うのかな? まぁ、僕は正式にパーティを組む事が初めてなので、このやり方であってるかはわからないが。
「良い。そもそも儂には何が書いてあるのかさっぱりじゃ」
エーデルはそう言って、ごろんと寝転がってしまった。「SSSが最高値で──」と僕が説明するものの、彼女は足を上げて、膝を上下に揺らしてぱたぱたと遊び始める。完全にステータスを自分で読み取る事を放棄しているな。
「……わかったよ。見させてもらうね」
僕は少し緊張しながらエーデルのステータス・カードを見る。人のステータスをこうやってみるのは初めてなのだ。
「……っ!?」
エーデルのステータスが凄すぎて僕は目を丸くする。ステータスは軒並みSやSSランク。魔力量に至っては最高値であるSSSランクを弾き出していた。嬉しい事に耐性も驚く程高く──耐性はレベルが上がっても変化しない──僕の状態異常魔法の影響を受ける事はなさそうだ。
レベルは500とめまいがしそうな程高い。このステータスならそうそう困難に直面する事も無いのに、このレベルなのは魔族は生まれた時から高いのかもしれない。それとも、彼女がそこまでの修羅場を……とも考えたが、膝を抱えてコロコロと転がる姿を見ていると、どうも想像出来なかった。
「ありがとう。それとこれ、僕のステータスだけど見る?」
エーデルに返却すると同時に、いちおう僕のステータス・カードも差し出す。
「大丈夫じゃ。それより、早く本題をじゃなぁ」
頬を少し膨らませ、プリプリしだすエーデル。
「そうだね。ごめんごめん」
僕はエーデルにクエストの説明する。
今回僕たちが挑むのは、とある高名な魔法使いがアンデッド化した事により発生した<未練王の墓>と呼ばれる、<ダンジョン>に巣食う魔物を討伐する事だ。
ダンジョンとは魔物の作り出す幻想、と言われている。複雑な構造の建物もなんのその、突如発生して僕らの日常を脅かす。淀んだ魔力が溜まると発生しやすい、と言われているが未だ詳細な原理は解明されていないらしい。わかっているのは最奥に居る主を倒す事によって無くなる事と、主はダンジョンから出られないと言う事だ。
つまり、未練王は未だに討伐されていないという事。それも最低でも数百年に渡って。当然過去に討伐は敢行されたが、結果はことごとく失敗。正直、魔王よりも強いんじゃ無いかと言われている。アンデッドは未練があればある程強力になっていくため、どれ程の未練を残しているのか僕には想像出来なかった。
そんな未練王の墓なのだが、危険度はかなり低く設定されている。何故なら、数百年経っても特に害がないからだ。中に巣食う魔物も弱く、定期的に間引きをしていれば地上に出てくる事もない。未練王を無理に倒しに行って被害を出すより、放置出来るなら放置してしまえと言う精神だ。
「まぁ、要するに雑用かな。新人でも十分に務まるクエストだし、気軽に行けるものだよ」
「仔細はわかった。さっさと行って片付けるのじゃ!」




