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冒険者ギルド

 

 今僕が拠点としているのは<カプー王国>にある<ランスター>と言う街である。街から北東にある<サンユウ大森林>を抜ければ<フォクス帝国>の領土となるため、帝国からの品も多く届き異国情緒も感じられる。治安も良く、土壌が良いのかご飯も美味しい。他にも春には<モケモケ>と呼ばれる渡り鳥が、空に浮かぶ<雲綿>を纏ってやってきて、体温調節のために綿を落として行くのだ。そして、その綿を網で収穫するモケモケ祭はこの街の名物である。


 冒険者としては初心者から中堅者まで居るため、ソロの僕でも比較的受けやすいクエストが多く助かっている。最大派閥は街の名を冠する<ランスタークラン>。歴史あるクランであるため、治安維持には多くの力を注ぎ、住民からの人気は高い。もちろん、僕もランスタークランに入ろうとしたが、治安維持には街の警邏も含まれているため、範囲の広い状態異常魔法は不向きだと言われ、「お祈り」されてしまった。まぁ、人気クランなので入団倍率も高いと言う事もあるが。


「とまぁ、ここはそんな街だよ」


 街の喧騒の中、僕は魔族の少女こと、エーデル・アテ・ティアヴォーロに向けて言った。エーデルは予想外な僕の要望を困惑しながらも「このエーデル・アテ・ティアヴォーロに二言はない」と、言って聞き入れてくれたのだ。正直、半信半疑であったが、用意などで一日費やしても待っててくれたので信じて良いだろう。


 その一日で用意したのは服と装備。

 彼女には黒色の服に太ももの出た短めの穿き物と外套を羽織り、そして手には杖を持って魔法使いふうの格好をしてもらった。容姿に関しては森妖精族(エルフ)竜人族(ドラゴンピープル)のような長命種も冒険者の中にはいるため、さほど目立たないだろう。それにランスタークランの団長は竜人族で、エーデルのように幼い容姿をしている。流石に角は目立ち過ぎるので取ってもらい、今は白い額だけが輝いていた。


「街の事はわかったが、目的地はまだかのぉ? 儂はもう歩きとう無い」


 駄々をこねるエーデル。

 少しの付き合いでもわかるのが、彼女が面倒臭がり屋である事と案外気安い事だ。


「冒険者ギルドまではもう少しだよ」


 僕は心躍らせながら言う。

 この大通りを後少し歩いていれば、冒険者ギルドの目印である、創設者の男の横顔が描かれた旗が見えてくる。そこでエーデルが冒険者として登録すれば、晴れて僕は正式なパーティを組めるのだ。正式、ここ重要ね。


「……終わったら酒じゃ。儂は酒を所望す」


 エーデルはぶつくさ文句を言いながらも、きちんと規則は守ってくれるので安心出来る。勢いで魔族にパーティ申請をしてしまったが、相手が彼女で良かったと心底思うよ。


「わかったよ。でも、エーデルの口に合うかはわからないよ」

「ふむ、確かにそうじゃが、口に合う

 のが見つかるまで呑むだけよのう」


 エーデルは頬を緩ませながら思い馳せている。ランスターにも一等酒好きの多腕族(ドワーフ)女狩人族(アマゾネス)が居るため、酒場にお酒は豊富にあるが、支払いは僕なのでこれから財布の中身がどうなるか心配だ。


「お手柔らかに頼むよ」

「わかっておるわかっておる」


 と言いつつも舌なめずりしていて、本当にわかっているのかは微妙なところだ。まぁ、パーティ結成祝いと考えればいいか。


「お、冒険者ギルドとはあれかのう?」


 エーデルが指差し示す場所を見ると、冒険者ギルドの旗が風で揺れている。


「そう、あれあれ」

「では、さっさと行くぞ」


 お酒の事を考えてやる気が出たのか、エーデルは僕を追い越して前を歩く。僕も慌てて彼女の後へと続いた。


 ◇


 冒険者ギルドは何処も同じような構造をしている。その方がわかりやすいからだとか。


 一階には受付とクエストとパーティメンバーやクラン員の募集をする掲示板、魔物のドロップアイテムの換金場など、要所が詰められ、二階にはパーティの相談場として食堂兼酒場ーー酒場は一階の奥にある場合もーーがあり、三階には魔物や薬草と言った、冒険者として必要な知識が詰まった本が蔵書されている。


 そんなギルドの扉を開くと、何時もと変わらない風景が広がっていた。冒険者たちが掲示板の前で唸り、受付嬢たちが笑顔で応対し、酒場からは生きた心地を味わうようにお酒を流し込んでいる。そう、何時もと変わらない、はずなんだけど今の僕には違って見えた。


「エーデルのおかげかな……」

「ん? 何じゃ? なにボケっとしてるんじゃ、早く登録とやらをして酒を呑むのじゃ!」


 僕のしんみりとした言葉もなんのその、すっかり酒呑み気分のエーデルはずんずんとギルド内を進んで行く。登録は受付でする事は知らないはずなので、僕は慌てて後に続く。幸い、受付には他の冒険者はいないため、直ぐに登録が出来そうだ。


 僕らが受付に着くと、カウンターの中にはクロエさんと言う受付嬢がいた。褐色の肌に映える、首元まである短めの黄褐色の髪は黒い斑点や灰色の斑点模様に彩られ、大きな瞳は眼鏡で理知的に輝いている。頭の上からぴょこんと飛び出た耳からわかるように、彼女は猫人族(キャットピープル)である。いつも笑顔で溌剌とした彼女は人気の受付嬢だ。


「ライフさん、おはようございます。今日はどう言ったご用件ですか?」

「おはようございますクロエさん。今日は新規冒険者登録お願いしようと思って」


 僕がそう言うとクロエさんは隣にいるエーデルを見てパッと顔を輝かせる。


「遂にパーティメンバーを見つけたんですね!」

「はい、お陰様で」


 僕は照れながら応じる。

 クロエさんにはお世話になっているし、心配も掛けていたので喜びもひとしおである。


「本当におめでとうございます! あ、私は冒険者ギルドで受付嬢をしているクロエ・マーゲイと申します。よろしくお願いします」


 クロエさんは頭を下げ、エーデルへと挨拶をする。


「儂はエーデル・アテ・ティアボーロじゃ。登録とやらは遺漏ないよう頼むぞ」

「はい、かしこまりました。じゃあ、直ぐに書類を持ってきますね! あ、保証人はライフさんでいいですか?」


 僕が頷き、必要な物を渡すとクロエさんは直ぐに裏へと引っ込んで行った。それを見てエーデルが口を開く。


「終わりか?」

「あー、もう少しかかるかな。あれだったら、お金渡すから先に呑んでても良いよ」

「良いのか? 儂は酒を呑んだら動かんぞ」


 何故か得意気な顔で言うエーデル。


「……それは困るかも。エーデルにして貰う事もあるし」

「そうか……んっ〜、ん? あれはなんじゃ?」


 伸びをしたエーデルがふと、何かに気付いたように疑問を投げかける。その視線の先には一体の銅像があった。


「ああ、あれは<タカシ>の銅像だよ。ほら、ギルドの旗に横顔が描かれている人。昔はクエスト前に回復薬を少しかけて安全を祈願していたらしいけど、掃除が大変とかで今ではひと撫でしていくくらいかな。エーデルは長く生きてるっぽいけど、タカシには会ったことないの?」

「見た事の無い顔じゃ。其奴が生きていた時には儂は寝ていたのかもしれぬ。しかし、何故アソコだけ剥げてるんじゃ?」

「あー、あれはタカシの嫁が108人居た事にあやかって、元気の無い人や子宝に恵まれたい人が撫でていってるからだよ。他にも生きて帰ったら、良い思いをするぞって意気込んでいる人もいるみたい」

「108人とは随分と多いのぉ……表に出ていない者を考えるとそれ以上か」

「魔法使いなのに本当に凄いよね。子どもも沢山つくったらしいし」


 まぁ、タカシは<大魔導士>なんて言われるくらいの魔法使いだったので、引く手は数多だったんじゃないかな。


「そうそう、これからエーデルが作る<ステータス・カード>も、タカシとそのお嫁さんたちが作った物らしいよ」


<ステータス・カード>とは、様々な機能を持つ魔道具であるが、最も代表的なものが魔力の情報を読み取り、その人にどの様に作用しているかを<ランク>と言う形で示してくれる事だ。つまり、僕のように魔法使いの適性がある人は、魔力が身体から離れやすいのだと言う。魔法を扱える反面、身体に定着する量は少ないので物理的な攻撃力には乏しくなってしまうのだ。ちなみにランクは一番上から<SSS・SS・S・A・B・C・D・E・F>と順序付けられている。


 また、もう一つ重要なのが<レベル>だ。レベルは魔力の質の事を言う。上質である程、魔力は多くの力を発揮するため、ステータスを上げる為にはこのレベル上げが必要不可欠である。方法は訓練など様々あるが、魔物と戦い死線を潜り抜ける事が一番効果的だと言われている。もちろん、レベルだけではなく、単純に筋肉も鍛える事もステータスに影響する。


 しかし、正直魔力に関しては未だに謎は多いらしく、詳細に解明されている事は少ないらしい。そんな雑談をしている内にクロエさんが書類を持って帰ってきた。


「お待たせしました。ライフさんは七年間規約違反無しでしたので、保証人として問題はございませんでした」


 冒険者に成るには他者の紹介を必要とする。知り合いの冒険者に紹介してもらったり、最初にクランに所属してしまうのが王道だ。


 僕のように伝手もクランにも所属出来ない者は、街の中で仕事を見つけ、街の人たちと仲良くなっていくしか無い。そうすればいつか仲介をしてくれるような人が見つかるかもしれないのだ。


 ちなみに僕の場合は釣りをしていたおじさんと偶然仲良くなり、その人の保証で冒険者ギルドに登録する事が出来た。何でも街に長く住んでいる人で、周囲からは信頼されていたらしい。趣味が釣りで良かったと、その時心底思ったよ。おじさん……元気にしてるかなあ。


「では、ご記入をお願いします」

「はい」


 クロエさんから書類とステータス・カードを受け取り、備え付けの硬筆を手に取って記入を始める。何だかドキドキしてきた。これが終われば、いよいよ正式に僕とエーデルはパーティを組むことになるんだよな。


「ステータス・カードか……面妖な物を作ったもんじゃ」

「あ、ヤマダ・タカシの話ですか?」

「その、エーデルがタカシの事をあんまり知らなくて」


 タカシはかなり有名なので、僕はすかさず無難な対応をする。まぁ、ギルドに魔族は登録出来ないーーそもそも想定していないのかもしれないーーなんて規約は無いので大丈夫だろうが、無用な厄介事は避けたいのだ。


「あー、確かにお嫁さんの数に目がいっちゃいますよね。でも、凄く偉大な方なんですよ? ステータス・カード以外にも娯楽品から実用品まで様々な魔道具を作って、私たちの暮らしを飛躍的に向上させたって話ですから」


 タカシが108人の嫁とともに様々な物を創り出したのは有名だ。彼の遺産は冒険者たちの間でも高く取引されている。


「ふむ、お主たちの話を聞く限りタカシとは傑物のようじゃな。下半身の方は随分とアレなようじゃがな」


 エーデルの言葉にクロエさんが苦笑いする。


「ステータスの原型はタカシの浮気を調査するために作られた物って、説もあるらしいですよ」

「……その女子(おなご)が孕んでおるかどうかを調べるためじゃな」


 クロエさんが頷く。

 タカシ本人ではなく、相手の女性を調べる辺りその人の怖さがうかがえる。きっと、お金でも渡して「もう、夫には近付かないでいただけます?」とか裏で言ってたんだろうなあ。


「……怖いなあ」

「でも、浮気はいけませんよ。絶対ダメです」


 僕のつぶやきにクロエさんはプンプンだ。僕は書く手を早める。えっと、冒険者番号はーー。


「そうか? 強き者が女子を孕ませ、優秀な稚児(ややこ)を残すのは種としての繁栄に繋がるじゃろう。まぁ、108人はちと多いが」


 魔族だからか、エーデルは弱肉強食を是としている節がある。なのでパーティを組むと言ってくれたが、「儂はパーティとやらを組むだけで、別にお主を守ってやるつもりはないんじゃからな!」的な事を言われている。僕としても彼女におんぶに抱っこは嫌だったので、望むところではあるが。


「んー、私って重い女ですかねぇ?」


 結構本気で悩むクロエさん。

 確か前に、同僚が次々に結婚していく、と長い愚痴をこぼされた事があったか。その時僕は「美人のクロエさんなら大丈夫ですよ〜」と、当たり障りの無い返事をしたっけ。


「……よし、書けた。エーデル、ここに書名お願い」


 今度も僕はまともな返事をせず、書類と硬筆をエーデルに渡す。だって、何が正解か僕にはわからないし。


「書けたぞ」


 そう言ってエーデルが書類を渡すと、クロエさんが仕事状態に戻る。


「はい、拝見させていただきます……大丈夫そうですね。では、<スキャナー>に魔力をお願いします」


 クロエさんが出したのは透明な板。

<スキャナー>と呼ばれる魔道具で、これに魔力を流す事によって、ステータスの更新や登録が出来るのだ。他にも犯罪歴があれば浮き彫りになってしまう……あれ? そういえばエーデルは大丈夫だよね?


「これで良いか?」


 エーデルが手を置くと、スキャナーの表面が少し沈み込み、微かに光を放ち始めた。確か、犯罪歴があれば赤くなるって聞いたような……よし、白い光。大丈夫そうだ。


「ありがとうございます。では、セイ・ライフさんの保証のもと、エーデル・アテ・ティアボーロさんを冒険者として登録させていただきます。尚、登録半年以内にティアボーロさんが規則違反や犯罪行為に及んでしまった場合、保証人であるライフさんにも罰則が科せられてしまうますのでご注意下さい」


 クロエさんはそう言うと、僕が書類を書いている間に用意していたであろう、ステータス・カードをエーデルに渡す。


「これがステータス・カードか……」


 手のひらよりも少し大きいそれをエーデルは興味深そうにためつすがめつしている。僕も嬉しくなって、彼女に提案を持ちかける。


「エーデル、写真撮らない?」

「写真じゃと?」


 僕は<カメラ>を取り出す。

 ものを写す魔道具である。採取や魔物の個体情報を調べる時など何かと使うため、パーティに一つは持っておきたい必需品だ。


「これで僕たちの姿を紙に写すんだ。ほら、パーティ結成記念に、さ。どうかな?」


 クロエさんの微笑ましいものを見るような視線が恥ずかしい。エーデルの表情にはこれといった変化はない。


「良くわからんが、お主がそうしたいならそうすれば良い」

「本当! ありがとう! お願いします!」


 と言う事で僕はクロエさんにカメラを渡す。


「じゃあ、撮りますよ」


 クロエさんがカメラを構え、僕とエーデルはステータス・カードの端をつまんで二人で持つ。すると、カシャリと音が鳴りカメラが問題なく動作した。


「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」


 僕はクロエさんからカメラを受け取る。エーデルに結局どうなったのか聞かれるが、ここでは見る事が出来ないと説明した。後で現像しておこう。


「もう大丈夫ですか?」


 おっと、まだ全てが終わったわけではなかった。


「すみません。お願いします」


 クロエさんの顔が仕事のものになる。

 彼女はエーデルに冒険者としての基本的な事を教えていく。クエストの受け方や失敗した時には違約金がかかるため、自分の実力に見合ったクエストを受けるべきだ、などなどだ。


「詳細はこちらの冊子をお読み下さい」


 一通りの説明を終えると、クロエさんは冒険者の手引きを取り出した。エーデルが受け取るのを確認すると、明るい声で言い放った。


「ようこそ冒険者ギルドへ!」



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