僕と……
本日最後の投稿。
「ま、まおう?」
素っ頓狂な声が僕の口から飛び出した。
まおう僕が次期魔王だって? 脚は舐めなくて良いのか? とりあえず僕は死ななくて良いのか? わけがわからない。
「わけがわからない」
思考が口を突いて出る。
しかし真剣な僕とは違い、魔族の少女は半目の青い瞳に欠伸の涙を溜めながら説明する。
「ふぅぁ〜……お主らの言うところの<魔臓を喰らう物>を統べる存在じゃよ」
<魔臓を喰らう物>通称魔物。
正式名は久しぶりに聞いたが、僕ら冒険者が日夜闘う、スライムやゴブリンといった普通の魔物の事である。
心臓は魔臓とも呼ばれている。
僕らは魔臓、つまり心臓から魔力を全身に回しているためだ。そして、魔物はその魔臓を狙って僕らを襲って来ているのでは? と考えられていた。しかし、それは勘違いだったらしく、結果として通称の魔物だけが残ったのだとか。冒険者でなければ、いや冒険者であっても知らない人はいるだろう知識だ。
「ほれ、これはお主の物じゃ」
僕が何かを言う前に少女は何かを投げる。山なりに投げられた其れを僕は受け取る。菱形をした紫色の宝石がついた首飾りだ。
「あの、これって?」
「魔王の証じゃ。効果はお主では引き出せないじゃろうが、強いて言うならこの城はお主の物じゃ。儂は義理は果たした。好きにするが良い」
好きにすればって言うが、廃墟だし、そもそもこの領地の貴族の物だし。
「……って、僕は魔王に成るつもりは無いって!」
死んじゃう死んじゃう!
一度、勇者を見た事があるが、あれは次元が違う存在だ。僕なんて一太刀、いや半太刀でもやられちゃうって! 魔王の証なんてもん渡さないでくれ!
「そうか、では魔王に成らなければ良い」
狼狽える僕を前に、少し赤みがかった膝をぽりぽりと掻きながら少女はあっさりとそう言った。
「え? 良いの? 僕を殺すとか、僕が断ったから世界をぶっ壊すとか無しだよ?」
「儂にはお主の命も世界がどうとか興味はない」
目をこすりながら言うその様は心底興味がなさそうだ。さながら、父親の趣味に付き合わされている少女のようである。
良かった。
魔族でも邪悪な存在ではないようだ。嘘をついていなければ、と言う前提ではあるが、そもそも魔族にとって脆弱な存在である僕と会話する時点で、そこそこ友好的なのは確実だ。それに僕に嘘をついて何の得にもならないし、何か企てているなら魔王の証は自分で使うはずだ。
後はこの物騒な物を彼女に返却してしまおうか。
「じゃあ、コレは返しますね」
僕は近づき、魔王の証である首飾りを少女に渡す。彼女は困ったように眉を寄せるが、
「儂もいらないんじゃが……」
と言って握り締めた。
これで大丈夫。まさか、ちょっと世界が滅びる事を望んだだけで、魔王にされかけるとは。口は災いの元とは良く言ったものだ……なんて、内心で笑いながら一安心していると、ふと少女と目があう。
「………………」
「………………」
沈黙が僕と少女の間に広がる。
えっと、僕はもう帰っていいのかな?
「あのー、これで終わりですか?」
やっぱ、おぬしころすぅ〜とか無しだかんな。
「ん? なんじゃ、代わりに何か欲しいのか?」
少女が首飾りに目を落としながら言う。そんなつもりで言ったわけでは無かったが、僕は貰える物は貰う主義なので頷く。ほら、こんな強そうな魔族だし凄い物持ってそうじゃん。着ている寝間着が凄い防御性能あるとかさ。
「まぁ、良いじゃろう。お主が開かなければ、いつ起きられたかわかったものじゃなかったからのぉ」
少女は快諾してくれた。
ヤッタネ! 少女の寝間着だ!
「さて、言うてみぃ、お主の願いを。儂の叶えられる範囲でじゃがな」
仰々しく少女は手を差し伸べ、僕へと問う。僕はじっくりと考える。
「…………」
どうしようか。
いざ、その段になると本当に寝間着で良いのか迷ってしまう。確かに少女の寝間着は魅力的だ。きっと高く売れるだろうし、自分で使う事だって出来るかもしれない。しかし、たった一度切りの好機。もっと、有用な、お金で買えないような、僕が、セイ・ライフが、心の底から望んでいる事があるんじゃないか?
「ん? どうした? 遠慮する事はない。このエーデル・アテ・ティアヴォーロが叶えてやろう」
得意気な顔で少女ことエーデル・アテ・ティアヴォーロが、腰に手を当てて踏ん反り返りながら言っている。
「……その角って隠せますか?」
「ん? まぁ、可能じゃが……」
エーデルは少しモジモジとした後、角に手をやり、キュポっと言う音と共に取り外して見せた。額には赤い痕がついているが、これでどっからどう見ても少し恥ずかし気にしている人の少女だ。
「ほ、ほれ、取ったぞ。これが望みか?」
「違います。僕が、僕が本当に望むのは……」
あれしか無かった。
それは望んではいけない事なのかもしれない。でも、それでも、焦がれ、憧れ、叶う事の無かった願いが、今すぐそこまで来ているんだ。
僕は意を決して大きな声で言った。
「僕と……パーティを組んで下さいっ!」
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