魔族
玉座の下から現れたのは階段であった。
ご丁寧にも僕を誘うかのように光が灯されている。角度的にその先に何があるかはわからない。冒険者的には「お宝発見か?」と、喜ぶところなのだが、元魔王城である事を考えると調べ尽くされている確率の方が高いだろう。
それに、万が一新発見だとしても罠とかが怖い。一応、罠探知系の道具はあるものの、魔王城という事を考えると<盗賊>や<野伏>と言った専門のジョブを持つ人に調べてもらわないと危険だ。
しかし、そうとわかっていても僕は立ち尽くす。危険、危険なんだけど、新発見だった場合の事を考えると、ね。
「……もう一回、隠せ無いかなぁ?」
僕はそう考え、玉座に仕掛けがないか調べ始める。座っていた部分や背もたれを重点的に調べる。しかし、いくら調べても不自然な出っ張りなどは見つからない。
「……ん〜」
となると、僕の言葉が原因か?
言葉には魔力が宿るし、可能性は高いか。よし、とりあえずもう一度言ってみよう。
僕は玉座に向かって声をかける。
「えっと、確か……世界滅びないかなぁ〜」
我ながら縁起でもない言葉だが、本気ではない……いや、まぁ、落ち込んでる時は大なり小なり、人はそんな思考に陥るでしょ?
「…………」
しかし、玉座は微動だにしなかった。
どうしようか。一か八か中に入ってみようか。でも、罠があったら洒落にならないしなぁ……本当にこう言う時にパーティを組んでいたらと思うよ。
「……ん?」
そんなふうにまごまごとしていると、ペタペタと言う音が僕の耳に届いてきた。
方向は……玉座の下の隠し階段だ。
マズイ。
何か居たのか? 百年以上も前の魔王城だから、凶暴な魔物はいないだろうと踏んでいたのだが、発見してしまった事によって起動したのか?
僕は考察をそこそこに直ぐさま柱の陰に隠れた。魔王城の隠し階段にいるような存在だ、隠れても、逃げても無駄かもしれないが悪あがきはさせてもらおう。
「…………」
柱の影から階段の方を見張る。
まだ下手他人は出てきていない。代わりに緊張で冷や汗が出てきた。極力気配を断つため、呼吸をおさえているので鼓動もうるさい。
あー、何だか凄く腹が立ってきた。
ちょっと世界の破滅を願っただけでこうだ。僕よりももっと邪悪なやつはいるだろ。よし、こうなったら靴や足を舐めてでも生き残ってやる。
そんな決意をしているうちに、ついに階段から人影が見えた。
「……!」
僕は一瞥した後、すぐさま柱の影に全身を隠した。驚いた、やって来たのは寝間着を着た少女であった。白い鎖骨とスラリと伸びた腕と脚は寝間着と言う事もあって露出しているが、こんな場所だと言うのに素足である。長く青白い髪は月明かりに照らされ、神秘的な雰囲気を醸し出し、青い大きな瞳は半目で眠たげだ。事実、小さな唇を開け「……ふぁ〜」と大きな欠伸をしていた。
これだけ見ると、一見何処ぞの貴族の令嬢のように見えるが、問題は額に生えた大きな二本の角であった。一つ大きく波打ちながら上向きに生えた角。間違い無く、彼女は普通の少女ではないだろう。
相手はおそらく<魔族>。
強靭な肉体と強力な魔法を操り、非常に長い時を生きる種族。殆ど他種族とは関わる事はないため──いや関わる必要がないのか──名前から魔物と混同されがちだが、違う存在だと言われている。しかし、個として完成され過ぎているゆえか、善悪観の基準が理解し難く、一見しただけでは敵意を持っているのかわからないのだ。
「……さっさと、出てくるんじゃ」
魔族の少女の声が響く。
確実に僕が居る事がばれている。柱を挟んでいてもこちらを向いている事がわかる程の圧力。見た目からは想像の出来ない力を持っている事は明白だ。
覚悟を決め無くてはいけない。
脚を舐めてでも生き残る覚悟を、あの幼い少女の見た目をした魔族の脚を舐める覚悟を! クソッ! なんて屈辱だ! 冒険者を始めて以来こんな屈辱は初めてだ! だが、僕には少女の白い脚を舐めなくては活路はないのだ。
「……わかった」
覚悟を決めた僕は大人しく姿を晒す。
敵意はない事と降参の意を示すため、両手を上げてだ。
魔族の少女は目を細めて僕を見る。
値踏みするような視線。柱を挟まない少女との対峙。ゾクゾクと僕の背筋に緊張が走る。
そして、少女は小さな口を静かに開いた。
「おめでとう。お主が次期魔王じゃ」
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