学級委員長は百鬼夜行を率い…たくないよ!
先月オープンした大型商業施設に友達と足を伸ばして来てみればこれだよ。
「あれぇ、カーノジョぉ大丈夫ぅ?よければオレと涼しい所で休まなぁい?」
暑さに弱い友人と二人でベンチに座って休んでいれば、ベタ過ぎるナンパ男が声をかけてきた。
「あ、大丈夫なので放っておいて下さい。」
キッパリと断ると、私など眼中になかったナンパ男は「え?居たの?」とばかりに驚いた、二人組だと今気付いたらしい。
この流れももう慣れた。
隣に座る彼女と出掛けると一度は起こるイベントだ。
雪女の彼女、せっちゃんは、ただでさえ高校生と思えないくらい綺麗なのに、さらに最近の暑さで儚さ増量中であり、自然と男が寄ってくるから困ったものだ。
ここからいつもなら男が「は?お前に聞いてねえよ。」となり、私が迷惑だとハッキリ言えば、熱に浮かされていた男が少し冷静になって、悪態をついて去って行くのが大概なんだけど。
今日はちょっと違った。
「は?おま「おー、委員長じゃん。何やってんの?」
委員長とは学級委員長をしている私の事だ。
ナンパ男の台詞をぶった切って、手を挙げてこちらに向かってくるのは同じクラスの男子二人。
声の主、鴉天狗の黒羽君と妖狐の尾九君だった。
近づくイケメン二人にナンパ男は分かりやすく怯んで、舌打ちしてそそくさと逃げていった。
「まったく、また絡まれてたのか。雪、お前なら簡単に追い払えるだろう?」
そう呆れるのは、耳も尻尾も隠した尾九君。
「委員長が守ってくれるのが嬉くって、つい、ね?」
色っぽい流し目を向け、悪びれる様子も無い雪女もいつものこと。
しかし、腕を組んで不満そうな黒羽君にせっちゃんの色気は効かないらしい。
「だからって俺達の委員長を盾にするのは駄目だろー?委員長はただの人なんだぞ、何かあったらどうするんだよ。」
そう、私は普通の人間だ。
そして、彼らは今どこからどう見ても人だけど、れっきとした妖なのだ。
切れ長の目をした尾九君が私の前にすっと膝まずく。
「やっぱり君を人の世に置いておくのは不安だ、早く俺のところに嫁においで。俺がずっとずっと…全てから守ってあげるよ。」
色気が凄い。
最善の策だと信じて疑わない眼の奥に怪しい光が灯っている、気がする。
真剣な眼差しに少しだけぐらついたが、せっちゃんが隣でうんざりと肩をすくめた。
「ちょっと、尾九はもう振られてるでしょ?委員長はウェディングドレスを着て教会で結婚するのが夢なの、狐の嫁入りなんて、わざわざ雨の中とか夜中に山の中を重たい花嫁衣装で歩きたく無いわよ。」
うん、私、言ったね。
前に同じようにプロポーズされて、私の頭は一周回って冷静になった、そうして妖狐からふと思い出したのが狐の嫁入りだ。
よくは知らないけど、なんかやだなぁ折角なら…と思ったら、うっかり思考が言葉になっていたんだけどね。
今度はせっちゃんがひんやり冷たい手を私の手に重ねる。
「私と里に帰れば、委員長をずぅっと若いままで時を止めてあげられるよ?」
間髪いれず黒羽君が突っ込む。
「お前のそれは氷付けだろ。」
「うっさい。愛の形は人それぞれなの、山に籠って修行ばっかりして、女の喜ばせ方も知らないあんたに言われたくない。」
「い、今勉強しているとこだよ!」
顔を赤くして黒羽君がせっちゃんに反抗すれば、先程から他のお客さんにチラチラ見られていたのに更に注目を浴びてしまった。
私は一つため息をついた。
慣れって恐ろしいなぁ。
「…少し落ち着いて、ここは学校じゃないの、いい?」
私の雰囲気を察して三人は心なしかしょんぽりした。
いつもこのくらい言うこと聞いてくれると学級委員長としては助かるんだけどな…。
私が何故か妖怪達に愛されているのは、なにやら私の前世が関係しているらしく、生まれ変わる以前の私は数多の妖怪を率いていたらしいが、私は全く覚えていないし、思い出す気配も無い。
私の幼い頃はこっそり成長を見守っていたのに、ついに我慢出来なくなった彼らは、人間界で不自然にならないよう私に接触するため、皆で同じ高校に通うという結論に至ったらしい。
記憶のカケラもない私からするとなんとも迷惑な話だった。
私はというと、寮付きの高校への推薦が決まって喜び勇んで入学してみれば、クラスメイトは全員妖怪、担任は吸血鬼、おまけに校長は妖怪マニア。
はは、なんて笑えない。
ご丁寧に階段を挟んで孤立した教室は他の生徒との交流を少なくし、化けるのが苦手な妖怪も安心仕様になっていたりするし。
柄でもない学級委員長を押し付けられ。「日が落ちれば…。」が口癖の、昼は使えない担任吸血鬼の代わりに、個性の強すぎるクラスを纏めて一年、私の苦労は絶えない。
今日も月曜日の朝から学園祭の出し物を決めなくてはならず、私は教壇に立つ。
相変わらず教室の隅で青白い顔をしてぐったりする、ボサボサの長い髪で顔の見えない担任はつかえない。
「―――じゃあ今年の学園祭、クラスでやりたい事がある人は挙手して下さい。」
「はいはーい!お化け屋敷がやりたいでーす!」
「却下で。」
「早いっ!」
指名する前に、手を挙げたと同時に鴉天狗の黒羽君が喋り出したので即効却下してやった。
「酷い!去年は我慢したのに!」
「はい、その去年の学園祭を踏まえ、私としては今年は地味で地味で地味な展示物にしたいと思います。妖怪の歴史を纏めて展示するのはどうですか、このクラスなら凄く良いものが出来る筈です!」
凄く、と、良い、を強調し言えば、教室がざわつく。
「ど、どうする?委員長が褒めてくれるかも…!」
「そりゃ自分の事だもんな、調べる必要も無い。」
「はぁぅ!僕の黒歴史がついに解放されてしまう!」
「…恥ずかしい。でも、委員長が喜ぶのなら…。」
よしよし、いい流れじゃない?
座敷わらしの屋敷さんが照れながら後押ししてくれたお陰で推しきれそうだ。
去年は譲歩して縁日にしたら大変な事になってしまったから、今年は普通に過ごしたい。
それなら…と妖狐の尾九君が笑みを深めて提案する。
「各々想い出の品を展示するのもいいんじゃないかな?」
あ、これはヤバいと私の直感が警報を鳴らす。
ざわついていた妖達がぴたりと止まって、尾九君を見た。
「例えば、俺なら主様に頂いた愛刀を飾りたいね。」
それを切っ掛けに妖達に火が着いた。
「じゃあ僕は主様に頂戴した呪面を…!」
「俺は主様から賜った龍の鱗の扇を飾る!」
「ぬ、主様と刈った獲物とか、どうかな!?」
「…山。」
ダイダラボッチの山田君、それはちょっと無理では…。
…いや、いやいや!よく考えろ!全部ダメでしょうが!!
主様って前世の私でしょ…?!前世何者だよ!?恐ろしくて余計に思い出したくなくなったわ!
盛り上がるクラスメイトの口から次々にヤバい品が挙げられ、慌ててストップさせる。
「そ、そーゆー展示品はどうかと思うよ…?!もっと健全な物にしようよ!」
言えば前から不満の言葉が押し寄せてきた。
「皆反対みたいだよ、展示が駄目ならお化け屋敷でいいよね?委員長?」
尾九君…!!
「…わかりました…、今年はお化け屋敷で実行委員会に申請します。」
たぶん要望はすぐ通るだろう、妖怪マニアの校長が喜ぶ姿が目に浮かぶ。
くそぅっ、彼の思惑道理になってしまった。
やけに楽しそうな彼を見て思う。
…私の事好きなら、もう少し私のお願いを聞いてくれてもいいんじゃない?
と、いつの間にか猫の姿に戻っていた猫又の三毛ちゃんが足にすり寄って来たので抱き上げる。
猫又は、撫でるとごろごろ喉を鳴らし気持ち良さそうに目を閉じた。
ふぅ、癒される。
ずるいっ!と誰かの批難の声がした、もちろん、猫又に対して言っているものだ。
少し落ち着いた所で言っておかねばならならい事がある。
「だだし、妖力の使用は禁止します。」
想像通り盛大な反対が起きても、去年の反省を踏まえ、折れる気はない。
去年の学園祭。表向きおかしな所はなかった、準備も教室の外も。
ところが教室を一歩入れば、立派な朱色の鳥居が構え、本来の広さを無視した夜の境内に様変わりしていた。
幻惑かなんなのか、生徒や外部の客は事のおかしさに気付かないどころか素直に感心していて。
ぼんやり灯る鬼火と提灯が空を飾り、何処からともなく祭り囃子が聴こえる、面を被ったクラスメイトは実に楽しげに接客していた。
なんじゃこりゃ!?と私が怒るより前に、出迎えた河童と小豆洗いが胸を張って言った。
「ようこそ委員長!びっくりした?ねえ、びっくりした?」
「あ、主様はお祭り好きでいらしたから、委員長も喜んでくれるかなって、皆で…。」
前世なんて知らないけど、期待に輝く視線に責める気持ちは何処かへいってしまった。
たぶん、可愛い奴等めと思ってしまった私も、祭の熱気にあてられていたんだ。
妖達に代わる代わる手を引かれ、手伝う暇もなく、逆に次々にもてなされてしまい、終わってみれば十分に堪能してしまっていた自分がいた。
そんな去年があったからこそ今年は妖怪らしさを封印したいと思っていたのに。
私の気持ちも知らないで、黒羽君が口を尖らせた。
「ちゃんと記憶はぼかしただろー?今年もそれでいいんじゃねー。」
「…そうだね。お客さん全員がうろ覚え過ぎて逆に怪しくなっちゃったけどね…。でも、それよりも私は…。皆がつくったものをほとんどの人が忘れちゃうのが悲しい。」
私が吐露すると、しんみりした空気が教室に流れた。
「………いーんだよ、委員長が覚えていてくれんなら。…俺達は…、人間に忘れられるのは慣れてる。」
覇気の無い黒羽君の言葉を誰も否定しない。
私は胸が締め付けられる思いになった。
前世の私はなんで彼らを置いていってしまったんだろう、こんなにも想われて居るのに。
そして、未だ思い出さない私は、きっとまた彼らを残しいってしまう。
人間の私を、皆はどんな思いで見ているんだろう。
もどかしさと不甲斐なさと、得体の知れない恐怖が私の中で渦巻いた。
「それでも、今年は覚えて貰える学園祭にしようよ、私は、クラスの一員として、今度は皆と忘れられないお化け屋敷を作りたい。駄目かな…?」
こんなの単なる私の我が儘だ、でも見渡せば、妖達は困ったように笑った。
「委員長がそう言うなら仕方ねーな!いっちょやってやろうぜ!」
いつも通りに戻った黒羽君に続いてそれぞれが賛同の意を示すと、教室もいつもの明るさを取り戻した。
私が居なくなった時、彼らが少しでも人間の私といた時間を良かったと思える記憶を作ろう。
前世の私もそうだったからこそ、今こうしていられると思うから。
学園祭当日。
妖力禁止のお化け屋敷は、妖力を使い人に化ける事を禁じられた彼らの素の姿、つまりありのままの妖怪によって最恐のお化け屋敷となり、大騒ぎになるのはまた別の話。