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9月15日 20時半

 ⋯⋯彼女は確かに輝いていたと思う。南の空、沿岸の工場の明かりに負けないように美しく、しかし一つ寂しく輝くあの星のように。しかし、それも今更だった。時は経ち、夜空は回り、星は沈む。それと同じだったのだと、俺は⋯⋯





「走ってくる」

「勉強は?」

「もう十分」

「そうか、事故るなよ」

「分かってる」


 あらたはおざなりに答えてリビングを通り過ぎる。明日の数学は得意で平均点ぐらい取れるだろうし、事故にはいつも気をつけている。走れなくなっては元も子もないのだ。


 新の体は、狭い自室のベッドで既に十分なぐらい伸ばされていた。

 靴紐を確認して最初の一歩から力強く踏み出す。


 ⋯⋯山、登るか


 ここ数日はテスト期間で部活のないため体力が有り余ってしまっている。いつもの部活終わりに走る時よりハードなルートを選んで、交差点を曲がった。


 県内でもトップクラスのランナーの新は15分とかからず家から数キロ離れた小さな山にたどり着き、軽い足取りで400段の階段を駆け上がっていった。


 自分の住む明るい街からはずいぶんと離れ、木々が覆う頭上の空からも、明るい三つの星が覗いていた。夏の大三角だ、しかし、ひたすらに明るい星に面白みを感じてはいなかった。






「ちょっと美波、どこ行くのよ」

「踊ってくる」

「あなた、勉強はちゃんと──」

「やってる。行ってきます」


 美波は母親の忠告に耳を傾けようともせず、愛用の黒のスウェットのポケットに突っ込まれていた音楽プレーヤーが奏でる音楽の世界に没入した。


 明日のテストは数学だ。今更どうしたってどうせまた再試に決まっている。それならダンスの練習をした方がいい。

 ただでさえマンション暮しで家で踊るわけにはいかず、さらには父親が厳しく満足いく時間が取れていない。


 ⋯⋯さっさと向かわなきゃ。


 父親が帰ってくる22時までには家に戻らなければいけない。いつも誰かに見つからないように練習をしている公園は低い山の上にあるのだが、暗い夜道では登りきるのに10分ほどかかった。

 今から行って練習できるのは2時間もない。それでも、練習時間は貴重だ。


 美波は月明かりもない暗い道を慎重に、しかし早足に登っていく。5回目のリピートが始まる頃に山頂の公園に辿り着く。この時間、ここにやって来る物好きに、美波はまだ出会ったことが無かった。





「あーなーたーにー」

「⋯⋯時任ときとう?」

「恋を⋯⋯、え?」


 夜には始めて来る山頂の公園に、リズムを刻んだ小さな声と砂利を踏むが響いていたから、新は興味本位でそちらに近づいていた。不審者でも逃げ切れる脚があるという自負もあり、警戒は薄かった。


 しかし、驚いたのはそこにいた人物が知り合いであることだった。

 同じクラスの時任美波。普段はあまり誰もつるまず、メイクもしていないのにくっきりとした二重の切れ長な目で教室の外を眺めている姿が印象的な女子だった。それが。


「アイドル?」

「な⋯⋯」


 先程美波が歌詞を口ずさみながら踊っていたのは、最近売り出し中であるはずのアイドルグループの曲であった。

 あまり芸能に興味もなく、アイドルなんかにはとんと疎い新も聞いたことはある。


「えーと、悪い、邪魔した」


 見てはいけないものを見てしまった、というやつではないだろうか、と半ば確信しつつ、新は即座に回れ右をして再び、走り出そうとする。


 あまり見ないようにはしていたが、ちらと目に映った彼女があまりにも驚愕したと言うように口をぱくぱくと動かしていたものだから、余計に罪悪感が増していた。一刻も早くこの場を去った方がいいだろう。


「⋯⋯待って! 魚見!!!」


 新は、背中に自分の名を呼ぶ声を聞いて、足を止め、振り返る。


「ちょっと、お話しましょう?」


 顔を真っ赤にして、必死の形相で新を引き止めた彼女に、新はただただ、分かったと頷くことしかできなかった。





ありがとうございました。

反応次第で続きます。

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