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九話

「じゃあ俺の手伝いはこれくらいで……」

「はい。とても助かりました!」


 特にこれ以上の関係はありませんよと装いつつアルリーフさんの父親に視線を向ける。


「ここで買い取りしてくれると聞いてマルフィーナの採取をしてきたんですが……」

「あ、ああ。マルフィーナの買い取りか」

「え? マルフィーナを採取して来たんですか? あの……大丈夫でしたか?」


 俺の買い取り交渉を聞いてアルリーフさんが心配そうに聞いて来る。


「大丈夫じゃないとここまでピンピンしてないよ」

「はー……凄いですね。マルフィーナの群生する沼はあのあたりじゃ一際毒性が強いですのに……」

「じゃあ出してくれ。グラム単位で図る」


 ちなみにグラム単位とは言っているが、ヴェノが翻訳しただけで別の言葉だ。

 覚えやすい言葉に変換した方が良い。

 俺が収納魔法を使えると判断したアルリーフの父親が買い取り用の秤を持ってくるのでポンとマルフィーナを出して積んで行く。


「随分と採取したんだな……毒の沼でここまで採取するなんて幾ら解毒魔法が使えても苦労しただろう」

『ちなみに乾燥させたマルフィーナは主に嗜好品となる。人間が服用するとハイになる物だ。他に痛みを緩和させたり止血効果等、難しい薬の材料にもなるが』


 ヴェノの説明に若干眉を寄せる。

 それって大丈夫なのか? 現代日本的にはかなりアウトな代物な予感。

 なるほど、通りで高額買取するはずだ。

 とりあえず誤魔化しておこう。あまり触れて良い品かどうかもわからない。


「魔法はどうにか出来るけど、手持ちが心もとなくてね」


 やや上級者ぶって見る。


「ふーん……まあ、こっちもアンタの事情は知らないがな。ふむ……適切に絞ってはいるか。湿らせて重さを水増しする奴もいるが、しっかりと最低限の処理はしてるか」


 処理? 適当に毟ってきただけだが?

 ……ああ、ヴェノがやっておいてくれたのか。


『暇なのでな。ちなみに絞った水も出せるぞ? 毒水だが』


 今はいらん。

 そんなこんなで薬屋は俺が持ってきたマルフィーナを測り、硬貨の入った袋を置く。


「今回のマルフィーナの買い取り合計は三六二〇〇ラグだ。しっかりと数えろよ」


 どうやらラグって言うのがこの世界の金の単位みたいだ。

 チャリチャリと薬屋が硬貨を一枚一枚並べてくれるが、どれくらいの価値なのか今一つわからん。


「わー……ユキヒサさん凄いですね。今日の私の稼ぎが、ここまで手伝ってもらって三〇〇〇ラグですのに……」


 え!? あの山の様な籠の中身を全部売ってもそれくらいの稼ぎ?

 軽く十二倍近く稼いでいるじゃないか。


「そりゃあ経験が浅いお前とマルフィーナを採取できるほどの解毒魔法を持った熟練の冒険者とじゃ違うだろうよ。アルリーフ、俺達薬師の仕事は素材の買い取りだけじゃないんだぞ?」


 ここは……アルリーフさんに分け前を上げた方が良いのかな?

 そんな空気が漂ってくるけど……俺、初心者すら抜け出せてませんよ。

 どれだけイージーモードな訳?

 一応、アルリーフさんは父親のお手伝いをしているっぽい。


『まあ、毒の沼に生えている毒素の強い苔の採取であるからな。おそらく、本来は採取するのに専用の道具が必要なのだろう』


 うへぇ……毒吸収(弱)って凄いのな。

 単純に相性が良かっただけなのかもしれないが。


『高額な依頼を達成したつもりになっておるだろうが、我が提供した武具は大金を積まねば手に入らん物だからな。そこまで対した事はしておらんよ』


 そうなんだろうけど。

 まあ……高価な薬草を採取してきた訳ではないって事なんだろうさ。


『武具は値が張るであろうし、宿代も馬鹿には出来んぞ』


 そうだよな。RPGとかの宿屋って結構安いけど現実の旅館の宿泊費って値が張るし。

 冒険者がどれくらい稼げるかわからないけど。


「えーっと……」


 もらった金を受け取って収納し、アルリーフさんの方を見る。


「少し分けます?」

「いえいえ! それはユキヒサさんが一人で達成した依頼のお金です! むしろ色々と持って来てもらった私がお礼を支払わないといけない位です」


 ブンブンとアルリーフさんが首を横に振って拒否してくる。


「いや、ついでだったし。更に言えば助けてもらったのはこっちだから気にしなくて良いよ」


 ここまで収入の差を見せつけた挙げ句、相手から分け前をもらうなんて俺には出来ない。

 そこまで図太くなんかないし、ブラック企業で働いていた社畜SEからすると働きに見合った報酬を受け取ってもらいたいと思う。

 何より、手伝う事は重要だ。

 俺だって余裕がある時は、同じ職場の仲間の手伝いをしたしね。


「何かとても申し訳なく思いますので、結構ですよ」

「アルリーフ。お前の場合はむしろアレだ。注文は珍しいと思うけど一発の稼ぎなら――」


 父親が間に入って何か言おうとした所でアルリーフさんが滅茶苦茶殺気らしき物を放っている。


「……お父さん?」

「うぐ……」


 その圧力に、父親は黙りこんだ。

 なんだ? 何かあるのか?


『う、うむ? 中々の殺意を出せるようだな。この娘は立派な戦士になれるかも知れん』


 ヴェノの余計な分析は気にしない様にしよう。

 何かアルリーフさんも知られたくない秘密があるんだろう。


「その……あははは」


 誤魔化す様にアルリーフさんが苦笑いを浮かべている。

 知り合ってそんな時間は経ってないけど、良い子だな位は伝わってくる。

 そして一人であんな場所まで出歩けるって事はそれなりに強いんだろう。

 こんな子が俺に負い目を感じたら悪い。


「あれだ。アルリーフさんの知り合い繋がりとかで宿屋とか探してもらえると助かるかな? 値引きとかしてもらいやすくなるでしょ?」

「抜け目のない奴だ」


 アルリーフさんの父親が警戒気味に俺に言う。

 うるさい。こっちは理不尽な異世界召喚をされているんだよ。

 アンタの美人の娘を目の保養くらいしても罰なんて当たらないだろ。


「そ、それならこの村で宿を紹介しますね」

「うん。ありがとう」

「ほんじゃ依頼を受けてくださいましてありがとうございました。また何かあったらよろしく頼む」


 すげー定型文みたいな棒読みの接客でアルリーフさんの父親に店から追い出されてしまった。

 塩とか撒かれそう。


「ふん……いつまで鼻の下を伸ばしていられるかな?」

「お父さん!」


 その余裕は何なんですかね?

 アルリーフさんに何か問題でもあるのだろうか?

 清純そうに見えて、実はとんでもない遊び癖があるとか?


『毒女だな。汝にピッタリであろう』


 うるさい。

 アルリーフさんを汚すな。


『最初に汚しているのは汝だと思うが?』


 そんな訳で財布も多少潤ったのでアルリーフさんの案内で村の宿屋へと案内される。

 途中で村の中を再度確認する。

 なんて言うか……うん、やっぱりちょっと荒廃的な村って感じで雰囲気は良くない。

 風邪を引いているのかゲホゲホ言っている人が多いな。

 せめてもの癒やしはアルリーフさんだけだ。

 で、アルリーフさんが案内してくれたのは村で一番大きい宿屋……ではなく、その二つ隣のちょっと古臭い感じの宿だった。


「いらっしゃい。ってアルリーフちゃん」


 宿屋の……中年入った痩せ形のおかみっぽい人がカウンターでアルリーフさんに声を掛けて来る。

 やや風邪気味って感じだ。時々咳をしている。


「まだ薬は切れちゃいないよ?」

「違いますって。そちらではなく、今日は泊めて欲しい人を案内しに来たんです」

「あら? そうなの?」


 アルリーフさんが俺の方に手を向けてから紹介する。


「コーグレイ=ユキヒサさんです。出来れば良い部屋を紹介してくれませんか?」

「よ、よろしくお願いします。小暮幸久です」


 何か釣られて挨拶してしまった。


「コーグレイさんかい」


 アルリーフさんもそうだったけどなんで小暮がコーグレイになるんだろうか?

 発音の所為か? 外人が日本の名字を妙な発音で喋る感じのアレ。

 小暮をコーグレイと聞こえてしまうって事だろうか?


『小暮、コグレであろう?』


 ヴェノがここぞとばかりに俺の名字を呼ぶ。

 お前は普通に呼べるのな。


『どっちでも呼べるぞ? 我も所持スキルで翻訳しているだけなのでな』


 つまり日本語も話せるし、この世界の言語も喋れると……便利で羨ましいなー。


「えっと名字が小暮で名前が幸久です」

「随分と変わった名前だねぇ。どっか異国の人かい?」

「え、ええ……まあ」

「そうだねぇ……二階の奥にある部屋はどうだい? アルリーフちゃんの紹介だから……朝食付きで一泊1600……いや、1500ラグにおまけするよ」


 アルリーフさんの本日の稼ぎの半分ですか。

 それって安いの?

 ここで太っ腹を見せつける為にアルリーフさんの宿代も出すとか言ったらどうなるだろうか?


『汝、よく値段を見ておるか? この宿は宿泊費が朝食込みで2000ラグだぞ? 二つ隣の大きな宿屋をチラッと見た所、良い部屋で6000ラグだったから破格の値引きをしてくれているのだ』


 なるほど、それなりに安くしてくれているんだ。

 アルリーフさんの顔の広さが如実になったな。

 値段の概念が掴み辛いけど利用しない手は無い。


「よろしくお願いします」


 と、ヴェノに硬貨を確認してもらってから1500ラグをカウンターに置く。

 おかみっぽい人から鍵を受け取った。


「体を拭く為にお湯や布とかが欲しかったら別口で言っておくれ。30ラグでお湯を用意するよ」

「はい」

「しばらくこの村を拠点にするのかい? 内は連泊も対応しているよ」


 どうやらその分、色を付けてくれるみたいだ。

 しかし……俺はこの村を拠点にするのか?

 ヴェノの話では俺を狙っている追っ手がいるはずだ。

 そいつ等から逃げる事を考えると同じ場所に留まるのは危ないかもしれない。

 早めに移動をしたい所ではあるけど……。


『まだ情報を集める段階だ。二、三日は様子を見ても良いのではないか?』


 了解。


「じゃあ、よろしくお願いします」

「あいよ。料金はその都度で良いよ。冒険者ってのは何日も留守にする事が多いからね。泊まらない日があるのは事前に教えてくれると助かるね」

「わかりました」


 と、挨拶を終わらせた後、アルリーフさんの方を見る。


「それじゃあ私はこれで」

「うん。また機会があったら」


 何から何まで人里では色々と良くしてくれて助かるなぁ。


『汝もこの娘に良くしていると思うがな。とりあえず部屋に行くのが良いだろう』


 はいはい。

 そんな訳でアルリーフさんに手を振り、俺は手前の階段を上っておかみさんの言った通りの奥の部屋へと入った。

 割とシンプルな部屋だけどそこそこ広い。

 ベッドは……硬いな。

 とはいえ、一応手入れはしてあるみたいだ。


 さて……と、若干濡れ気味な衣服を脱いで窓辺で日に当てて乾かそう。

 毒の沼に入るのは良いけど濡れるのはちょっと嫌な感じだなぁ。

 さっそくベッドに寝っ転がって見た。

 あー……何か楽な気がする。

 昨日まで社畜として地獄のスケジュールで仕事をしていた分だけ、楽に感じてしまう。


『どれだけ汝は厳しい戦場で生きておったのだ』


 ふふ……企業戦士を舐めるなよ。

 なんて思いつつ、これからの事を考える。

 現在の所持金ならば一カ月位は連泊したって平気な位の金はある。

 問題は俺の手配書とか出回ったらそれまでだけどさ。

 それまではどうにかなる。

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