八話
「ユキヒサさん、この瘴気の中をマスク無しで来られるなんて凄いですね」
これ、自身の謎の特性だなんて言って良いのか判断に悩む。
少なくとも普通の人っぽいアルリーフさんがマスクを付けているんだし。
『素直に耐性が高いと言えば良いだけでは無いのか? その娘もそこまで疑っておらん。挙動不審である事の方が怪しまれるのだぞ?』
……それもそうか。
俺はヴェノの助言通りに何食わぬ顔で言った。
「まあね。アルリーフさんが手当てしてくれて、村の方で休んでいたら記憶の混濁も治ってきたから仕事をしに来たんだ」
「そうだったんですか。あの、失礼で無ければどんなお仕事を?」
アルリーフさんが俺の格好を見て尋ねる。
一応、冒険者っぽい格好にはなっているしね。
隠蔽効果が何処まで作動しているか判断に悩むけど。
「ああ、この辺りに生えてる苔の採取の依頼をしていたんだ。もう終わったよ」
「なるほど」
「アルリーフさんは……ダンジョンで採取の仕事かな?」
「はい。とは言いましても、このダンジョンの一階は比較的安全なので瘴気さえ気を付ければ良いだけなんですけど」
「へー」
比較的安全なのか。
なら少しばかり興味がある。
「もしかして籠が一杯になったから出てきたのかな? さっきのお礼も兼ねて荷物を持とうか? それならまだ集められるでしょ?」
「え? そんな、悪いですよ」
「いやいや、俺を介抱してくれたんだし、この程度のお礼くらいさせてほしい。ダンジョンの中にも少し興味あるし」
「ですけど……ユキヒサさん、荷物は? それに濡れてますよね?」
「ああ、俺は収納魔法が使えるからね。うん、濡れてるけど大丈夫」
ヴェノが察して先ほどの採取していたキノコを俺の手元に出してくれる。
それからパッと収納して消す。
で、濡れに関してだけど、毒の沼だからなのか何かポカポカして良い感じなんだ。
まだ毒吸収(弱)のお陰で回復効果が持続してる感じ。
「ユキヒサさんって強い冒険者さんだったんですね」
冒険初日の異世界人だなんてとても言えない空気が出ているぞ。
少なくともアルリーフさんよりもLvが下だなんて言えそうにない。
若干良心が疼くけど、俺の命を狙う連中が何処から出て来るかわからないので気を付けよう。
「そんな訳でダンジョンの調査は冒険に不可欠だから、アルリーフさんの知っている安全な範囲で教えてくれると助かるよ」
「わかりました。じゃあもう一度ダンジョンに採取に行きましょう」
うん。アルリーフさんは良い子だね。
眩しいくらいの笑顔で俺に微笑みかけてくれる。
ガスマスクを付けているけど。
そのガスマスク……風の谷の少女みたいだね。
『ふむふむ……中々に面白そうな冒険譚であるな』
ヴェノは俺の脳内で浮かんでくるかのアニメを視聴するつもりの様なので無視する。
そんなこんなで俺はアルリーフさんの案内に着いて行き、洞窟内……ダンジョンに入った。
入り口は自然な洞窟っぽいのに中に少し入ると石畳に変わる。
「こちらですよ」
「うん」
魔物の気配らしき物は感じられない。
ヴェノも視界の範囲で魔物を発見していないという事はいないって事だ。
で、入って少しばかり進んだ所で……なんだ? 朽ちた祭壇の様な物がある。
若干天井が高く作られていて、何処からから光が差し込んでいるぞ。
なんとなく神々しい。
「ここには元々村があって、このダンジョンは……その時に教会として使われていたそうです。やがて事件があって廃村となり、一昔前に名のある魔物が近くのダンジョンを占拠……拡張した結果、その入り口の一つと繋がってしまったそうです」
「ダンジョン一つにも歴史があるんだなぁ」
「ここのダンジョンの一階は魔物が少ないのはここの祭壇が影響していると言われているんですよ。二階層からは別のダンジョンと繋がっていて本格的なダンジョンになりますが……」
信仰が廃れても、立ち寄る人々を魔物の驚異から守る……か。
この世界には神様も実在するのかな?
「では次に行きますね。ここの奥に薬草の群生地域があるんですよ」
「あ、ああ」
そんな訳でアルリーフさんの案内で石造りのダンジョンを進んでいく。
光源として何か光るキノコがそこら中に生えているので、ダンジョン内はそこそこ明るい。
で、アルリーフさんにダンジョン内を案内してもらっているとヴェノが声を掛けてきた。
『……あの祭壇を利用しない手は無いぞ?』
何かあるのか?
『ああ、前に教会で洗礼を授かるとの話をしたな? 実は人間……汝がLvを上げて転職をする場合に行かねばならん場所なのだ』
おお、強くなる為に必要な仕様だな。
……ん? それって何か危険な事なのか?
『教会には色々と繋がりがあってな。犯罪者はもちろん利用できん』
ああ、だから気を付けろって言っていたのか。
それと俺とで何か関わりがあるのか?
『つまり賞金を掛けられて居そうな強制憑依召喚された者等が感知される危険性が付き纏う。一発で追っ手に居場所がバレかねん』
うげ……つまり初期職業だけで生き残れって事かよ。
それはかなり厳しくないか?
『もちろん抜け道はいくらかあるからそこまで難しくはないぞ。いつの世もこの手の姑息な攻防は無数にある。嘆かわしいが利用しない手は無いのだ』
つまり、さっきの祭壇がその抜け道の一つなのか?
『ああ、あの朽ちた祭壇はそう言った繋がりが無いと感じつつ、力の残滓を感知した。上手く利用すれば汝の力を引きだす事の役に立てるはずだ。使い方を我も知っているから利用しない手は無い』
わかった。じゃあ必要になったら確認するか。
今はアルリーフさんが居るし。
『それで良い。だが、まだ転職は出来ん』
よし……覚えておこう。
転職には教会とかの祭壇を使う。普通の祭壇は危ないから注意しろ……っと。
「ユキヒサさん?」
「ん? どうしたの?」
「いえ、何かぼーっとしている様に見えたんで、大丈夫ですか?」
「大丈夫大丈夫」
「そうですか? あ、そろそろです」
アルリーフさんが案内した先に行くと……そこは腐海と呼べそうな植物、カビ等いろんな物が密集した一角に遭遇した。
う……ヴェノが指示する採取できる品々が無数に点灯している。
かなり視界がごちゃごちゃしてきた。
「中々凄い所だね」
「そうですね……色々と群生していて持ち帰るのに困る位です」
自然は偉大だぁ。
「今回、私が持ち帰ろうとしていたのはミールマンとアング・エルド、それとヒルマッシュです」
「わかったよ」
「わかるんですか?」
「まあね」
ヴェノ? わかるよな?
『名称が違わなければおそらくコレだ』
俺の視界に浮かぶ採取物の中でアルリーフさんが指名した品々だけが表示される。
中々に便利な検索をしてくれるもんだ。
「じゃあ採取して行こうか。採り過ぎるのも悪いから、ある程度だけどね」
「はい。あ、触るだけでも危険な毒草とか毒キノコが生えているので気を付けてください」
「大丈夫大丈夫」
そんな訳でアルリーフさんが指示した薬草二種とキノコ(ヒルマッシュ)を抱えきれない程採取して行った。
そしてアルリーフさんの籠を含めて収める。
ミールマンは脇の葉っぱ、アング・エルドは皮だけを採取するだけらしい。
ヒルマッシュはそのまま毟るだけで良いからわかりやすかったかな?
ヴェノのアシストは中々助かる。
「こんな所ですね。さすがにこれ以上は使いきれませんし無駄にしたくないので」
アルリーフさんの指示に従って俺は採取活動をやめる。
「これくらいで良いんだ?」
「十分ですよ。じゃあそろそろ陽も暮れてきますし早めに安全な場所まで帰りましょう」
「うん」
そんな訳でアルリーフさんの案内でダンジョンというか、遺跡の探索を終えて俺達は村へと帰る事にした。
あ、道中は特に危険な魔物とかには遭遇しなかった。
アルリーフさんが焚いている魔除けのお香って奴のお陰っぽい。
虫避けみたいな効果があるんだと思う。ヴェノ曰く、かなりの異臭だそうだけど。
あれ?
「ねえ、こっちの道を使えば早く帰れるんじゃないの?」
帰り道も二度目となると村のある位置まで把握できる。
脳内に描いた地図だと近道となる別れ道をアルリーフさんがワザワザ避けるので聞いてみる。
「そっちは凶悪な魔物の縄張りでして……沼地に行きたいだけの方や村に帰りたい人は大概避けて通ります」
「へー……」
「近道なのは確かなんですけどね」
これはアルリーフさん自身が危険だから避けているって事で良いのかな?
そんな魔物、定期的に強い人が倒せば問題ないんじゃないかと思うんだけどなぁ。
割と村に近くない?
『ありえるのは……回遊型の魔物の経路で、倒しても倒しても出て来るとかではないか?』
ああ……蟻みたいな感じで既に道が固定されてるって事か。
後は魔物との共生関係が多少は構築されていて無意味に狩る必要がないとか思われているとか。
ヴェノとかの例を参考に人が勝てない魔物がたまーに巡回する通路ってだけなのかもしれない。
まあ、それならしょうがない。
少しばかり遠回りするだけで余計な戦いをしなくて良いなら周り道も良いのだろう。
村に戻った俺達。
「えっと……どこまで持って行けば良いかな? アルリーフさんの家?」
「はい。こちらですよ」
「うん……あ、俺が受けた依頼で採取した物を届ける所と同じかな?」
アルリーフさんに何処に届けるのかを聞いてから確認する。
どうやら同じ店だった様で、問題なく薬屋に到着した。
店内は……タンスが無数にある店って感じだ。
これが薬屋なんだろうか?
薬研とかすり鉢とか置いてあってそれっぽい。
他には試験管とかフラスコもあって、ファンタジー風で言うなら錬金術師の工房っぽくもある。
「ああ、アルリーフか。おかえり」
店の薬屋っぽい人が出迎えてくれる。
見た感じだと……三〇代後半位の男性。ちょっと威厳があるか?
俺の事は誰? って感じで首を傾げている。
もしかしてアルリーフさんの親とかだろうか? ちょっと若作りな印象。
「沢山採取してきましたよ。お父さん」
「そうか、助かる」
ああ、やっぱり父親なのか。
「とは言うが……」
どこにと言った様子でアルリーフさんの父親は辺りを見渡している。
アルリーフさんは手慣れた感じで籠を店内から持って来て俺の前に置いた。
「うん」
とりあえずそれっぽく手をかざす。
ヴェノがしっかりと空気を読んで採取した品々を籠の中に出現させた。
「おー……!」
驚きの声を上げた後、お前は何? って目をされた。
まあ、娘に突然謎の男の影が出てきたら怪しんだりするか。
「色々とアルリーフさんに助けてもらいまして、せめてもの手助けにと荷物持ちをさせてもらったんですよ」
「ほー……」
父親の目が鋭くなった様な気がする。
どこぞの怪しげな冒険者と知り合いのアルリーフさんが親しげにしているって事を警戒しているのだろう。
ほら、アルリーフさんは美少女だし人気もありそうだ。
怪しまれない範囲で応答すべきかな。