七十四話
「それでコーグレイ、私達はコーグレイに施した人化の魔法を解いた方が良いはず。今、術者を集
めている所だ」
ああ、そう言えばセリスさん達に施された魔法なんだっけ。
とはいえ、セリスさんには事情を説明した方が良いよな。
「さっきも説明はしようしたけど、俺とセリスさんが祈ったドラゴンは別の存在だよ」
「それはどう言う事だ?」
「セリスさんが魔物に掛けて人化させる魔法だと思っているそれは、魔物の魔力を媒体に異世界から人間を召喚して、媒体の魔物と命を共有させて憑依させる物なんだ」
『うむ……』
「何?」
「召喚された直後の人間は当然この世界とは違う理で生きていたLvのか弱い存在。弱くて当たり前で容易く殺せる。結果、魔物も一緒に死んで死体が出来るって訳」
俺の言葉にセリスさん達が激しく動揺の表情を見せ始めた。
「つまりドラゴン、ヴェノ=イヴェバールと俺は別人であり、異世界から俺は召喚されてしまったんだ。確か異世界から人間を呼ぶ魔法の伝承とかもあるんでしょ?」
ヴェノの話ではそう言ったお伽噺があると聞いた覚えがある。
するとセリスさんは青い顔をしながら頷く。
「そ、それでは……私達が魔物を弱体化させるつもりで使っていた結果……」
「ヴェノの話じゃ、見知らぬ人間一人の命で強力な魔物を殺せるなら儲け物だと思っているのだろうだってさ」
「くっ……この事実をセントユグド国に一言一句そのまま伝えよう。そのような方法で私達は魔物達を倒していたとは……許されない。私は……どう罪を償えば……」
「既に沢山の異世界人が犠牲になっているから俺も都合の良い言葉は言えない。けど……セリスさん達は、これから罪滅ぼしは出来るんじゃないかな?」
失ってしまった命は帰って来ない。
セリスさん達の手は血にまみれているのかもしれないけれど、こんな世界だ。
悪いのは強制憑依召喚なんて魔法を産み出した連中な訳なんだし、これから世界中で使用を禁止して行ければ良い。
「そう……だな。本当に、私はコーグレイに道を教えてもらってばかりだ」
「気にしなくて良いよ。俺も隠さず腹を割って話せた事が良かったと思うから」
そう、俺はセリスさんに握手を催促する。
セリスさんは俺の催促を受け、少しばかり恐れている様な感じで握手を交わしてくれた。
「ありがとう……それじゃあ」
どうやら強制憑依召喚の術式を解いてくれるっぽい。
「ユキヒサさん……」
「ムウウ……」
アルリーフさんとムウがさびしそうに手を合わせて見て来る。
「もしかしたら……ユキヒサさんは元の世界に、帰ってしまうのですか?」
「ヴェノの魔力を媒体にこの世界にいるのなら、そうかもしれないね」
『そうだな。我の魔力でこの世界に維持されている可能性は否定できん』
魔法が解けたら俺は日本に帰れるのだろうか?
「そんな……」
う……アルリーフさんが涙ぐんだ瞳で俺を見つめて来る。
それは凄く痛い……けど、俺達の目的は強制憑依召喚の解除な訳だからどっちにしてもこうならざるを得ない。
「帰って……しまうんですか?」
「まだわからないけど、うん、まあ……その、アルリーフさん」
俺はアルリーフさんの手を握る。
「俺がいなくなってもヴェノがいるんだ。だから……その、そこまで悲しまないで」
『悪いが我は小娘の毒料理は食えんぞ』
そこは黙ってろ! おしゃべりドラゴン。
『まあ、小娘……もしもコヤツが元の世界に帰ったら、我が召喚の魔法で手繰り寄せられないか試してやろう』
え? 今度はヴェノの都合で呼び出されるわけ?
凄い理不尽な召喚に巻き込まれた訳だけど、今度も理不尽に呼ばれるのか?
『イヤなのか? アレだけ元の世界の愚痴を言っている癖に』
んー……まあ、家族にも会いたいし、ブラック企業に制裁を与えたい。
それこそヴェノがヴィレイジュにかましたみたいに相手を再起不能にしてからならこの世界に戻って来たい気もする。何だかんだ楽しい日々だったし。
「聖竜様……」
『そんな訳だからそこまで恐れるな』
「はい」
「どうやらアルリーフ殿はドラゴンの声が聞こえる様だ。そして話は纏まった様だな」
「ええ」
「それでは来てくれ。術者達が待っている」
と言う訳で凄い数の魔法使い達が集まった教会の広場で俺に施された強制憑依召喚の魔法を解除する儀式が始まった。
沢山の魔法使いが俺に向かって幾何学的な魔法式を唱えて……魔法を解除する事を試みる。
一応、町の人達は聖竜降臨の儀式って事で見世物として遠目で見ている感じだ。
「では行きます!」
術者の代表が掛け声を上げて、俺に向かって強制憑依召喚の魔法が放たれる。
フッと先ほどの様に体に力が流れ込み……少しして再度着地した。
……特に変化は無い。
「えっと……魔法は解除されるのでは?」
「おかしいな? 逆式で解除させようとしたのに……」
魔法使い達が強制憑依召喚の魔法式を無数に調べ上げて尚、首を傾げていた。
……掛ける事は出来ても解けないのかよ。
「す、すまない。コーグレイ」
「い、いえ……話が上手過ぎましたよね」
これで解除出来たらとんとん拍子も良い所だったのになぁ。
『く……しばらくこの生活も続くと言う事か』
そうなりそうだ……。
「失敗に終わったが……私達の感謝の気持ちは変わらない。コーグレイとドラゴン……イヴェバール殿、聖竜教共々、セントユグド国は聖世界樹教は貴殿達を聖人として歓迎いたす。生活は絶対に保障しよう。どうか私達の気持ちを受け取ってくれ」
「あ、はい。これからよろしくお願いします」
と言う訳で俺達はそれから三つの宗教から聖人として迎え入れられ、色々と派閥的な問題からは遠ざけられた所で丁重に出迎えられた。
国の王宮にまで抱えられて熱烈な歓迎をされたっけ。
ああ、ニスア村の人達に掛けられた呪いはヴェノが広めた魔法式で簡単に解除出来たそうだ。
逃亡者から一転、聖人となった。
頼めばみんな二つ返事でお願いした事を迅速にしてくれるのは少しばかり気持ちよかったかな。
人生、本当に何が起こるかわからないもんだ。
生き残る為に隠れに隠れてどうにか生を繋ぐかとヒヤヒヤしていたもんなぁ。
ともかく、やや文化は古いけれど、生活自体は激しく安定し、戦う必要も無い所に抱え込まれた。
『良いではないか! うぃぃいいいヒック! ここまでの贅沢は久しぶりだ』
ちなみにヴェノは城の酒蔵から良い酒を結構もらって飲んでいたっけ。
俺は……毒使い故か酒を飲んでも毒素として吸収してしまって、軽く酔うだけで二日酔いにならないんだよな。便利な体だ。
権力闘争なんかで暗殺されるかと思ったけど、やはり毒吸収のお陰で毒は効かない。
精々、暗殺者に注意って所なんだろうけど……護衛が結構いるし、なんかセリスさんが妹を治しに帰らず、護衛もしてくれた。
そんな安定した生活を……二週間程過ごした頃。
「本当に良いのだな?」
俺は夜の闇に紛れた所で、手厚く歓迎してくれている国の宮殿から、竜殺しの任を解かれて実家に帰ろうとしているセリスさんにお願いして脱出を試みていた。
「うん」
「ムー」
「ユキヒサさん、また追われる事になりますよ」
「そうだね。だけど、あの環境にいたら俺はダメになって行くのがわかるからさ」
うん、セレブな生活を二週間程した頃、自分でもダメだって思えるほど堕落した生活をしてしまっていた。
挙句、お手伝いとして在留してくれたアルリーフさんを愛人にして最終的には正妻……なんて酷い考えをしていた所で我に返った。
まあ、下心で鼻の下を伸ばしていた所でムウが部屋に隅で全身を使ってピストンしている所で気付いた訳だけど……なんかムウの目が俺とアルリーフさんとのエロを期待するイヤな目だった。
このままじゃダメになると思った俺はセリスさんに必死に頼み込んで旅に出る事にした。
だって強制憑依召喚は解けていない訳だしね。
『全く……社畜と言う蔑みの言葉を汝は言っておったが、異世界の人間と言うのは贅沢がそんなにも苦手なのか? 満足に休む事も出来んとは、哀れなものよ』
「俺からしたらこの世界にいる事自体が休みなの。これ以上の休息は腐敗なんだ」
「コーグレイは真面目だな。私も見習いたいものだ」
宮殿から脱出した俺達はセリスさんが手配した馬車に乗って進んでいく。
「コーグレイ、これから貴殿は逃げた聖人としていろんな方面から追われる事になるぞ。今なら戻れるが、本当に良いのだな?」
「ええ、一応置き手紙をそれなりに置いてきたんで」
脱出前に机の上は元よりいろんな所にそれらしい内容の文面、まだこの世界では困っている人々がいて、自分はその為に行動している、とか耳当たりの良い言葉を残して出てきた。
もちろんセリスさんとかにも被害が及ばない様にここ三日くらいは旅に出たいと呟きまくって周りの印象は与えていたから……大丈夫なはず。
「それでも貴殿を捕えて抱え込みを図る連中から追われる事になるだろう」
「ま……それくらいならね。逃げるのはもう馴れて来ているし」
「じゃあ今度はどこへ行きましょうか? 強制憑依召喚を解く為、私の親戚を探すんですよね?」
『そうであるな。正直、まだまだ小娘の先祖の記述は足らんぞ』
「とはいえ、先回りされていそうなんだよなぁ……」
「アルリーフ殿の親戚の所を巡ると思われているのであるなら尚更、隠れ蓑に出来るだろうコーグレイ達が私の故郷に等行くとはまず思われないはずだ」
灯台下暗しって訳じゃないけど、一応、セリスさんが先に王宮を後にしている訳だから俺との関係は少し遠いか。
「そうだね。じゃあお願いします」
「わかった。それでは行くとしよう」
「はい! どこまでも付いて行きますよ」
「ムー!」
『やれやれ、仲間は増えたが結局我等は逃亡者か』
ああ、そうだな。まずは強制憑依召喚をしっかりと解除しなきゃ始まらない。
俺の職業は相変わらず毒使いだ。そして逃亡者でもある。
『そうだな。けれど、前よりも我は良くなって行っていると感じるぞ。悪くない』
「否定はしない。みんな、迷惑を掛けるけど……行こう!」
「「おー!(ムー!)」」
……毒使いの逃亡者はまだまだ当分、続きそうだ。
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