七話
俺は脱いだ鎧を着直して、ご機嫌な気分で歩いて行く。
毒の沼地故に植物が閑散と生えている程度なので見晴らしはそこそこ良い。
スプレイグリーンモスキートみたいな魔物が近づいて来てもすぐに対応できる範囲だ。
剣の切れ味も良いのでかすりさえすればスプレイグリーンモスキート辺りはアッサリと仕留められる。
仮に攻撃されてもさっきの毒の沼地で回復すれば良い、という安心感もある。
致命傷を受けない限りは安全に戦えるって良いな。
蔓や虫を剣で切るだけのことしかしてないけど。
割とイージーモードな感覚を覚える……大丈夫か?
ヴェノの話だと命を狙ってくる奴が居るんだろ?
『そうだな。我も順調としか言いようがない。汝と同じく、逆に不安になってきたぞ』
勝って兜の緒を締めろって言葉もある。
こう言う時に油断しない様にしよう。
蔓を切った時に蚊に刺されたみたいにな。
なんて感じに軽めに歩いていると……。
「ワオオーーーーン」
何か少し離れた所で狼の遠吠えみたいな声が聞こえた。
目を凝らして確認するとヴェノが認識したのか強調表示される。
ミッドナイトブルーウルフが4匹。
ミッドナイトブルーウルフリーダーが1匹。
それぞれ現れた。
どうやら同種の魔物で群れを成した魔物の様だ。
オオカミ型の魔物だよな? 一匹一匹そこそこ大きいぞ。
ゴールデンレトリバーより少し大きい。
しかもリーダーは更に1,5倍くらいある。
これ……かなり危なくないか? 本能的な恐怖が全身に走っているんだが。
『む……この数は手を焼くぞ』
ヴェノが注意してくる。
そんなの平和ボケした俺だってわかるよ!
ミッドナイトブルーウルフリーダーが俺をしっかりと認識しているのか凝視しながら唸っているし。
つーか、数が多い! 一匹でも相手出来るか怪しいラインだ。
「バウバウ!」
そこそこ距離があったのにあっという間に群れを成して俺の方に駆け寄ってくる。
その速度だけで格上だってわかった。
蔓や虫の次元じゃない! 囲まれたら終わりだと本能的な部分が囁く。
「鎧を仕舞ってくれ!」
『おう!』
距離を詰め寄られ切る前にヴェノに頼み、鎧を収納しつつ近くの深めの沼に飛びこむ。
ザバッと沼の中を泳いでから振り返ると沼地の岸辺でミッドナイトブルーウルフ達が唸り続けている。
俺を容易く葬れる格好の獲物だとでも判断しているのだろう。
ハハッ! 犬畜生、こんな危ない沼に入れないだろう?
やがて業を煮やした一匹のミッドナイトブルーウルフが毒の沼に飛び込んで犬かきで俺に飛びかかってきた。
くそっ! 入ってきた! 生息地が生息地なだけに毒耐性がある可能性を考えていなかった。
「ぜぇ……ぜぇ……」
お? 息切れしているぞ?
入ってきた時は毒に耐性があるのかと思ったが、違ったらしい。
「馬鹿め! ここは俺のフィールドだ!」
羽の様に軽い体で泳ぎ、剣でミッドナイトブルーウルフに水中で突く。
くっそ、幾ら軽いと言っても水の中であるのは変わらないか。
思ったよりも上手く刺さらない。
「ガウ!」
サッと俺の突きを受けつつ俺の首目掛けてミッドナイトブルーウルフが噛みつこうとしたので腕でガードする。
いてぇええええ! 折れる折れる!
なんて力なんだ、この魔物! しかも暴れやがる!
とはいえ、辛うじて噛み切られていないこの状況、一気に仕留めないとミッドナイトブルーウルフが次々と沼に飛び込んで来るかも知れない。
ガッと根性を出し……毒吸収で見る見る回復して行く体力を強引に振りしぼって噛まれた腕を水中に下ろして背後から抱き付き、沈める。
「ガボボボボ!?」
ミッドナイトブルーウルフの一匹は沼に沈められて息が出来ずに噛むのをやめて顔を水面に上げようとしている。
『息をさせるな!』
上から圧し掛かる様にして妨害しつつ、持っている剣でやみくもに突き刺す。
沼の水中がみるみるミッドナイトブルーウルフの血の色に染まり、沼の怪しげな色に混ざって行く。
「ギャ……ギャン――」
お? みるみる弱って行くのがわかるぞ?
『この症状は毒にやられた様だな。汝からすると格上の魔物であるが、工夫すれば戦えるぞ』
ビクビクと痙攣を始めたかと思うと、ミッドナイトブルーウルフは動かなくなった。
思ったよりも手早く仕留められたな。
「ワオオオオオオン!」
仲間を殺されて激高した様な声をミッドナイトブルーウルフリーダーは上げるが、一向にこっちに来る気配は無い。
当然か。どうやらミッドナイトブルーウルフ達は毒に対して耐性が其処まで無い様だ。
しかも噛みつかれた所が徐々に癒やされて、目に見えた形で癒やされて行く。
『さて……奴等がどう出るか見物であるな』
凄いな。毒の沼がある限り俺は死なないんじゃないかって思える位だ。
で、ミッドナイトブルーウルフリーダーが取った戦略が何かと言うと、俺を絶対に逃さないとばかりに威嚇しながら沼の周囲を歩き続けるだけ。
安全地帯から出てきたら殺そうって考えなのか、それとも俺がここで毒にやられて死ぬ事を見越しているのか。
『かの魔物のリーダーがここでの戦闘を経験しておるなら後者を待った方が容易い。愚かな部下が死んだに過ぎんのだろう』
なるほど、毒の沼に自ら入った愚かな獲物って考えか。
じゃあ今の内に仕留めたミッドナイトブルーウルフの死体は収納しても問題は無いな。
『ああ。折角だから我が毛皮を剥いでおいてやろう。骨はいるか?』
一応……。
『では頂くとしよう』
何か俺の脳内でヴェノがオオカミの死体を引き裂いて肉を美味しく舐め取っている様なイメージが浮かんでくる。
実際はどうなんだろうか?
と言うか戦闘中に食うな!
『ここで汝が死ねば我も死ぬ! 我は喰らう! 死ぬ前に飯を食いたい!』
ああもう……役に立たない見てるだけの傍観者ドラゴンめ!
「うーん……」
うろうろと俺が絶命する瞬間を待っている様だけど、毒の沼で俺は死ぬ事は無いはず。
……毒吸収の上限があったらまた別だけどさ。
なのでその辺りを懸念しつつ、攻撃に使えそうな方法を考え、実行に移す。
毒放出をイメージして発動。
沼地の毒素
スプレイグリーンモスキートの毒素
ん? スプレイグリーンモスキートの毒が追加されている。
ラーニング系の能力なんだろうか?
確認すると残量みたいな物が表示されたので貯蔵しているみたいだ。
とはいえ……つまり沼地の毒素はほぼ無尽蔵に使えるって事じゃないか。
『ふむ……安全圏から攻撃出来そうだ。上手く行けばどうにかなるかも知れんぞ』
ヴェノがモグモグとした声を出しながら言いやがる。
「おりゃああ!」
手を掲げてミッドナイトブルーウルフリーダーに向かって毒放出で作り出した大玉を投げつける。
「バウ!」
さすがに俺の攻撃が命中する前に避けられてしまったが、いくらだって投げつけてやろうじゃないか。
しかも無尽蔵故に幾らでも出せる。
何せ今、俺が居る場所は毒の沼なんだからな!
そんな感じで息切れすることなく何十発も投擲し続けていると……。
「ワオオオオオーン!」
「バウ!?」
「バウバウ! バウ!」
ミッドナイトブルーウルフリーダーは俺が毒で死ぬ事は無いと悟ると同時に地の利で制する事が出来ないと判断したのか一斉に逃げて行った。
『不利を悟って逃げたか。リーダーに至るだけの資質は持っていると言う事だな』
仲間を殺された復讐とかで、狙って来られたらたまったものじゃないが……。
『この程度で執念を燃やされては群れも壊滅してしまうぞ? 相手を侮った自身の敗因でしか無いと思っておるだろうよ』
それなら良いんだが……。
安全圏からの一方的な攻防とは言っても、俺自身の弱さが浮き彫りになった様な気がする。
あんまり調子に乗らない方が良さそうだ。
『うむ……また一歩前進だ。共同生活1日目でここまで把握できたのは大いなる進歩だと思えるぞ』
はいはい。
沼から出て辺りを見渡す。
他に魔物は……居ないか。
安全そうなのでヴェノに頼んで服を出してもらう。
一瞬で着替えたりも出来るから中々便利だ。
とりあえず探索はこれくらいにしておくか?
『ん? 汝、あそこを見よ』
言われてヴェノが強調表示した所を見る。
するとそこには洞窟があった。
『おそらくダンジョンであろうな』
ダンジョン?
ダンジョンってあれか? RPGとかに登場する宝が眠っている場所。
この世界にはダンジョンまであるのか。
『うむ……とは言ってもダンジョンには色々と種類があるのだがな』
種類?
『それを説明すると長くなるが良いか?』
多少は知っておいた方が良いんじゃないか?
『うむ……では簡単に説明するぞ。まずはある種の空間の捻れで生成される物、魔物の圧縮魔法が妙な反応を起こして作られた、とか魔素が集まって作られたとか色々とある。この手の物は、その魔素や捻れを解消すると消えたりする』
空間の捻れね。
ある意味淀みとかなのか。
『次に遺跡等の残骸。人の世とは移り行く物であるからな。過去の遺物が眠っている事も多い。まあ高密度の魔力を感知して魔物の巣になっている事が大半だ。我も知識欲を頼りに強引に入った事もある』
ドラゴンがトレジャーハント……よく考えてみればドラゴンの集めた宝って何処から出て来るのかってのはあるよな。
人間から奪ったとか簡単に想像できるけど、収拾欲があるなら宝探しをするのもドラゴンの性質か。
『理解が早くて助かる。そして、魔物が自作したダンジョン。我の巣穴とか、名のある魔物の住居が該当したりする』
ああ、ドラゴンの巣とかアリの巣みたいな感じでダンジョンが出来上がる訳ね。
で? この洞窟はどのタイプな訳?
『さすがに我もそこまで感知出来る訳ではないが……おそらくは自然生成か遺跡のどちらかであろう。警備の魔物などがおらんからな』
ふーん……じゃあ入るの?
『今はやめておけ。一人で入るほどダンジョンは甘くは無い』
まあ、そうだよな。
ダンジョンの外であれだけ苦戦した奴が入るのは無謀だ。
なんて話をしていると……。
「アレ? そこにいらっしゃるのは……」
ガスマスクを付けた謎の人物……じゃない。
この声は……アルリーフさんが洞窟からひょっこりと顔を出し、俺を見つけて声を掛けてきた。
背中には沢山の薬草が詰まった籠を背負っている。
どうやらこのダンジョンでアルリーフさんは採取をしていたらしい。