六十九話
「ふん!」
セリスさんが剣に手を添えて、サーフクリムに放った技と同じ動きをする。
「ルミナスブレード!」
光の軌跡を起こす綺麗な剣が俺に向かって振り降ろされる。
「うおっと!」
咄嗟にムウが使わなくなったので俺が腰に差していたフライアイアンの剣をクロスボウから手を放して引き抜いて受け止める。
ガツッと僅かな衝撃と共にフライアイアンの剣は二つに折れてしまったが一撃を逸らす事は出来た。
「だが!」
セリスさんは振り降ろした剣を振り上げてくる。
俺は地面に落ちたクロスボウに足を引っかけて空中で掴んで後ろに飛ぶ。
そこから隙を見せたセリスさんにボルトを三連射した。
金属音を立ててセリスさんは俺が放ったボルトを叩き落とす。
「……良い動きだ」
「逆にセリスさんは迷いがあると思いますけどね」
強靭な意志で俺に剣を振るっているが、その動きはサーフクリムを相手にした時よりも遥かに鈍い。迷いがあるからこそ、どうにか対処出来ている様なもんだ。
さて……どうしたもんかね。
『正面からでは毛頭勝てる相手では無い。毒付与をすれば僅かに可能性はあると思うが……』
それは当たれば、という前提だな。
まあ、毒霧とかを散布したりすれば可能性があるが、セリスさんを倒してもこの場から逃れられる訳じゃない。あくまでここから脱出する手を考えないといけないんだ。
「セリスさん」
「なんだ?」
「俺は死にたくないから決闘なんて正直ごめんなんですよ。それはわかりますよね?」
「……」
セリスさんは黙って俺の懐まで急接近。
だからこの人早すぎだって。ステータスの差って恐ろしいわ!
紙一重で剣を避けたら蹴りを放たれた。
「うわ!?」
いってー! 三メートルくらい吹っ飛んだぞ。
どうにか受け身を取ってクロスボウを向けた。
「セリスさん、貴方がしなくちゃいけない事はなんですか? 魔女狩りですか? ドラゴン退治ですか? 違いますよね?」
「ああ、そうだ。だが、不当な疑いを受けた仲間の無実を証明するのも私のすべきことだ! たとえ抵抗されたとしても!」
うわー超頑固。だけどこの返答は嫌いじゃない。
「それではダメです。俺の事なんて気にして、一番大事な人を蔑ろにしちゃいけない。迷っちゃダメです。貴方には救わなければいけない人がいるでしょう!」
「ふ……ここに来てそんな事を言うとは……呆れるぞ! コーグレイ、貴殿の教えた解除方法が疑われているのだ。証明をする為に捕まってもらいたい!」
「ですから俺が捕まっても潜んでいる犯人を捕らえないと証明も無意味です」
人間、大分馴れて来るもんだ。
物凄く早く俺の懐まで突っ込んで来るセリスさんの動きに馴れて来て、俺も勘に近い感じで見切れる様になってきた。
追撃はボルトで封殺する事で追いかけっこが続いている感じだ。
「ユキヒサさん……」
「ムウウウ……」
アルリーフさんとムウが成り行きを見守っている。
もちろん、警戒は怠っていない。どこから攻めて来ても対処できる様に周囲に気を配っている。
決闘の横槍を許すわけにはいかない。
司祭の方は俺を早く殺させようとセリスさんへ命令を繰り返している。
……ヴェノ、どうせ黒だと思われているんだ。
セリスさんも内心迷いがあるし、確信材料なんて無い様な物だ。どうにか出来ないか?
『無理だ。補充された魔力を解き放ってもツメを出す事すら出来ん』
ここでフッと、俺の視界に浮かぶ毒と毒料理ブーストの項目に目が通る。
ヴェノ、確かお前の体の一部は強制憑依召喚の影響で空間魔法を通らないんだよな?
『今更何を言っておる。当然だろう』
だけど……糞便は通る。
『そうだが……汝、何を閃いた? しっかりと思い浮かべんと読めんぞ』
ここまで深く一瞬で考えた事はさすがのヴェノにも届かないか。
じゃあ考えるぞ。お前が作ったお前自身の毒は通るのか?
『なるほど……考えた物だな。我の体液、血に近い代物だ。だが……血では無い。ツメや鱗などよりも僅かに小さく……一滴なら奴等も察知できない程の力で開けた小さな穴で行けるだろう。ここまで封じられては力を解き放つに近いが……うむ。出来そうだ』
なら、出来る限り強力な毒を一滴だけで良いから出してくれ。
『絶対に人に使うでないぞ。それと落とすなよ。ほんの僅か気化しただけで一般人では致死する代物だからな! く……こんな所でも我の魔力を阻害しおって……ふん!』
ヴェノが少ない使用出来る魔力を振り絞り、毒竜としての毒を生成……一滴だけ俺の手に持つボルトの先に載せる。
よし! 俺は力強くボルトの先端を再度自らの腕に刺す。
瞬間――全身の血が沸騰し、爛れて転げ回る様な痛みが走った。
バチバチと視界に浮かぶステータス画面は砂嵐を引き起こし、視界が白黒と目まぐるしく変わってくる。
光度の調整が混乱し、吐き気を催す。
全身の穴から出血を引き起こしているが、同時に……猛毒吸収のお陰で傷も早く治っていく。
けれど、回復よりも毒の症状の方が強く出ている。
古代毒竜の劇毒α
そんな文字と能力上昇の効果が発生し、セリスさんの動きがより明確に見えるようになった。
おいヴェノ、お前の毒ってアルリーフさんの毒料理なんて目じゃない毒性を持ってるじゃないか!
『今、どうにか限界まで生成出来る代物を出しただけだ。こんな物でも殺せない相手がいるのを知れ!』
くっそ、俺達はまだまだ弱いって事を言いたいのか!
『そもそも小娘の毒料理と我の毒を合わせたのだ。さすがの汝でも限度を越えたと言う事だろう』
どうだかな。
……さすがに今回ばかりはアルリーフさんも状況が状況なだけに不満そうな顔はしていない。
どちらにしてもこれでセリスさんと良い勝負が出来る。
「こ、コーグレイ!? 大丈夫か!」
「はは、奥の手ですよ。ちょっと自分の限界を越えないと逃げ切れそうにないんでね」
全身が悲鳴を上げている。あまり長時間は戦ってなんていられない。
「……切り札を切らず、何処まで敵を想いやっているのだ。いや、時間を掛けてはいけないな。コーグレイ、早々に蹴りを付けよう!」
ああ、毒をセリスさんに使わない様にしている事を理解されている。
本当、セリスさんの武人な振る舞いに感謝しか出来ないね。
とはいえ、俺に出来る事なんてクロスボウで射抜く事しか出来ない。
幾らステータスが上昇したからと言っても、セリスさんがボルトを弾けないとは思えない。
なら――。
「じゃあさっそく……はああああああああああああああああああああ!」
ムウのウォークライを真似して雄たけびを上げながらセリスさんに接近する。
もちろん皮鎧に付属された効果であるクローキングなど意識して蛇行気味に動いて残像を出す様にして近づく。
「な、早い!? それに幾重にも残像を……」
セリスさんは瞬間的に姿を隠しながら動いて近づいて来る俺目掛けて剣を振るう。
迷いを見せていたセリスさんだけど、俺との一騎打ちをしている内に動きの精度が上がってきた。
戦いの方に意識を切り替えて来たって事だな。
だけど……考えられる限界までブーストを掛けた俺の速度には追いつけていない!
く……けど、体が痛い。頭がおかしくなりそうな程、ガンガンするし、視界は相変わらず白黒だ。
でも……それでも……間に合う!
俺はセリスさんの胸部、鎧がしっかりとある所にクロスボウをぶつけながら、パワーショットを意識して引き金を引く。
ドスンとクロスボウからボルトが放たれてゼロ距離から強烈なボルトが放たれてセリスさんの鎧に突き刺さった。
ゲーム的な要素の無い日本だったらこんな至近距離で撃ったら貫通して即死させかねない。
けれど、この世界ではそんな物理法則とは異なる法則で動いている。
「うぐ……」
その証拠にセリスさんを貫通……出来ず鎧に大きなヒビを与え、同時に衝撃がセリスさんに響き飛び抜けて行く。
バッとそのままバックステップで距離を取り、ガチャリとクロスボウをオートでリロードさせる。
「な、中々……だが――」
胸に手を当て、声を荒げさせてセリスさんは答える。
タフだなぁ……倒れてくれないと困るんだけど。
『汝が急所を外して攻撃したからであろう。毒を使わんしな』
だってそれだと殺しかねないじゃないか。俺はセリスさんに諦めて欲しいんだ。




