六十五話
深夜の事。
ふと、トイレに行きたくなって部屋を出て廊下を歩いていると、リビングに誰かが座って居るのが目に入った。
既にみんな寝静まっているのにどうしたんだ?
するとそこには蝋燭をテーブルに載せて灯し、ぼんやりとしているセリスさんの姿があった。
「ん? ああ、コーグレイか。どうしたのだ?」
「セリスさんこそ」
「ああ、ちょっとな……コーグレイ」
「なんですか?」
みんなが寝静まった中でセリスさんは蝋燭を見つめ、俺に声を掛けて来る。
「少し話を聞いてもらっても……良いか?」
「ええ、何か悩みがあるなら話し相手になりますよ。自分なんかで良いのですか?」
「ああ……コーグレイだからこそ、聞いてもらいたい事があるのだ」
俺だからこそ、ね。
何かセリスさんには込み行った事情がある様な気はしていた。
結構露骨にそういう雰囲気だったし。
椅子に腰かけてセリスさんを見つめる。
セリスさんは俺の方を見て呟く。
「ある一人の、冒険に夢見て活動していた者の話だ……」
セリスさんは語り始めた。
それはとある冒険者が少しずつ力を身に付けて冒険者として名を馳せながら活躍して行く話だった。
しかし……その冒険者にある転機が訪れる。
冒険者が冒険をしていたのは家族の生活を楽にしたいという金銭目的でもあった。
だが、その家族……冒険者にとって大切な妹が呪いを受けてしまった。
この呪いを振り撒いているのは忌まわしきドラゴン。
それを知った冒険者は同じ被害を受けた者達と力を合わせて騎士団や魔法使い部隊に所属してドラゴン討伐部隊に所属した。
その部隊には同様の呪いで家族が蝕まれたり、殺された者達で編成されている。
冒険者は国の騎士……勇者とも称えられる存在となって人々を導きながら忌まわしきドラゴンを殺さんと竜殺しを、凶悪な魔物達を殺す戦いを繰り返した。
目指すは大切な家族に……呪いを掛け、苦しめている元凶の息の根を止める事。
そうしなければ……冒険者の大切な妹は死んでしまう。
妹は刻一刻とその命の蝋燭をすり減らしている。
どんな卑劣な手を使っても、卑劣な事をしたドラゴンを殺さねばならない。
「だが……そんなある日のことだ」
「……」
セリスさんはまるで独白をするように夜空に向かって視線を向けてこぼれ出す様に呟く。
「妹を苦しめる呪いが、ドラゴンが原因ではなく人が掛けた代物であり、事実同じ呪いに蝕まれた者が助けられる光景を……冒険者が目にしてしまった。同じドラゴン殺しを掲げる仲間達の前で、さも当然の様に……」
『コヤツ……薄々感じていたが……』
ああ、たぶん、そうなんだろう。
「その冒険者だった者が今している仕事はな。酒場などで貼りつけられている私が代表で弱らせた人化したドラゴンを追跡し、仕留める事なのだ」
ヴェノの視線で俺は覚えている。
俺が強制憑依召喚で異世界に来る事になってしまった原因である出来事で代表をしていた竜殺し。
全身鎧を着ていて姿はわからなかったけれど、その代表が……セリスさんだったのだろう。
思えば符号する所は無数にあった。
セリスさんは聖世界樹教徒の祈りをする凄腕の冒険者で、用事のついでにウェインさんの所に立ち寄っている。
ウェインさんも鍛冶で名を馳せる有名人。一流の冒険者だったセリスさんにとっては恩のある人物であり、妹の様に呪い……病に苦しむ身近な人に手を差し延ばせざるを得なかったのだろう。
「そして……この呪いの原因は人の方にあり、冒険者が命を掛けて戦った結果の収益を貪る存在が示唆された。人々が祈りに使う像に邪悪な呪いを仕込んだ者がいる」
けれど、そんなセリスさんを利用している奴がいる。
一番の悪人は……ドラゴンフォールスチャールヂュを転職に使う像に仕込んだ犯人だ。
だけど犯人が誰なのか……それはわからない。
「その冒険者はどうしたらいいと思う?」
……多分、セリスさんの中で既に答えは出ている。
後押しが、呪いを解く方法を実践して見せた俺へ、どうしたらいいのかとセリスさんは聞いているんだ。
「そんなの決まってるじゃないですか。呪いの解除方法の真偽はともかく、まずは大切な妹を助けるんです。犯人探しをするよりも先に妹を助けないといけません」
当然だろう? 大切な家族を救うために厳しい戦いを続けていたんだ。
その冒険者……セリスさんの目的はドラゴンを殺す事でも、犯人を捕まえる事でもない。
呪われた妹を救う、ただそれだけなんだ。
「そう……だな。ああ、まったくその通りだ。犯人を探すよりも何よりも、あの魔法で一人でも同じ志を抱く者達の大事な者を救う方が大事だ。仲間達もこの事実を世界中に伝えている最中だろう」
顔を俺に向けたセリスさんが射抜くような目で俺を見る。
「コーグレイ、本当に……あの呪いは絶対に解けると断言できるものなのか? 再発する事は……無いのか?」
おい。ヴェノ、どうなんだ?
『……汝、我の言う通りに答えよ』
わかった。
『「どんな事にも絶対という物はない。けれど、あの忌まわしき邪法は過去にも蔓延している。その亜種が更に変化する前に解除すれば再感染するまでは問題ない。しかし原因は身内にある。有能な者には更に別の病魔を仕込む場合もあるだろう。治らない様に見えたら他の病魔が顔を出しているかもしれない」』
これまでセリスさんやその仲間は大切な者の為に戦ってきた。
彼女達の思いを便利な道具の様に利用して嗤っている奴がいる。
便利な道具が使えなくなったら……まるで道具を修理するみたいに、彼女達の大切な人達に別の病を付与させてくるかもしれない。
そんな奴等の思い通りになる訳にはいかない。
「そう……か。皮肉な物だな。力があればある程、解除が遠ざかる」
自嘲するようにセリスさんは呟いた。
「……その冒険者は随分と不器用で遠回りをしてしまっているようだ。そうだな。犯人探しでも呪いの解き方の真偽も関係ない。まずは効果があるのか、妹を助ける為の手段なんて選んではいけないんだ」
それから迷いが晴れた顔でセリスさんは俺を見る。
「よし、湿っぽい話はこれくらいにさせてもらい、私は早めに休ませてもらおう。明日があるのでな」
「ええ、セリスさんはいつ仕事があるのかわからないんですから」
「ああ……そうだな」
セリスさんはそう言うと、蝋燭を持って立ち去って行く。
「コーグレイ、感謝する」
そう、小声で呟くのを俺はかすかに聞こえた。
『どこのどいつかはわからんが、魔物よりも醜悪な面を持つのは、やはり人なのかも知れんな』
最近は前向きだったヴェノが吐き捨てるようにそう呟く。
考えてみればこの世界で瘴気が溢れているのは人間の自業自得な所があるとヴェノは言っていた。
ヴェノが命を掛けて世界樹を蘇らせたにも関わらず枯らした者達がいる。
その責任をヴェノやアルリーフさんの先祖になすりつけたヴィレイジュか……。
魔物の王を語る存在よりも……確かに人の方が、邪悪なのかもしれない。
そう……思いながら俺はヴェノとぼんやりと雑談をしながらトイレに行った後、部屋に戻って休んだのだった。




