五十九話
『汝、ボサッとするな。攻撃はアヤツに任せ、汝は毒でサーフクリムの動きを止めよ。加減など考えずに行け!』
……わかった!
この状況で俺が出来る最善の手はアレしかない。
俺はボルトに毒付与を施してクロスボウにセットする。
これがセリスさんに当たったら洒落にならない。
だから出来る限り注意して狙いながら発射前にセリスさんに告げる。
「セリスさん! 絶対にこのボルトに当たらないでください。出撃前のアレを使っています!」
「何!?」
サーフクリム相手に完全に不敵な笑みを浮かべていたセリスさんが信じられないと言った表情で大きく飛びのいて距離を取った。
すごく速かったぞ!
『逃げ足も速くなければ冒険者など勤まらんと言うが……』
ヴェノが若干呆れた様な声を出したけど、あれだけ強さを見せているセリスさんが一目散に逃げ出す代物と言うのが悲しくもある。
『逃げるな!』
おっと、命中させなきゃな。
「援護します! ウィップバインド!」
アルリーフさんが俺にボルトを当てやすい様に葉っぱを蔓に変化させて縛り付けるウィップバインドの魔法を放つ。
お? アルリーフさんの魔力が上がっている影響か、蔓が木の幹みたいになっている。
魔力の増加ってこんなにも威力が上がるのか。
『この程度で止められると思うな!』
だがサーフクリムはそんな拘束をモノともせずに動き出そうとしている。
だけどな。それだけの隙があれば十分だ。
「コイツを喰らえ!」
バシュッとパワーショットを意識して俺はクロスボウの引き金を引く。
ジュッとボルトが溶解しながらサーフクリムに命中した。
『な、なんだ!? ぐうあああああああ!? これは毒か!? 私を侵食するほどの猛毒だなんて! ぐあああああああ!』
猛追を仕掛けようとしていたサーフクリムは俺が放ったアルリーフさんの毒でのたうちまわり始める。
「……上手く行って喜べば良いのはわかるのですが、複雑な気持ちになります」
敵の反応が自分の作った料理を食べた相手と同じだからか、アルリーフさんは役に立てて嬉しいのか、料理の不味さを恥かしがれば良いのかわからない、言葉通り複雑な表情を浮かべている。
「ムウウウ!」
なんて攻防をしている最中、背後でムウは必死にサーフクリムの取り巻き相手に孤軍奮闘をしていた。
まだ大丈夫そうだ。がんばってくれ。
『ぐうう……この程度で有利になったと思うな!』
うわ! アルリーフさんの毒料理の毒素を受けて戦闘続行が出来るのか!?
エルバトキシンですらも追い詰めた毒を耐えきるなんて。
そして距離を取っていたセリスさんは何やら力を込めている。
あれは溜め技って奴か?
「良くやってくれた! ここまで弱らせてくれたら十分! コーグレイ達はLvよりも遥かに力を持っている素晴らしい者達だ! 後は任せろ!」
セリスさんが素早く接近していく。
「決める!」
力強く振りかぶるセリスさんの剣がサーフクリムの片腕を切り飛ばす。
『な――!? ぎゃあああああああああああああ!』
毒で呻いていたサーフクリムは絶叫を上げる。
それからセリスさんはのたうち回るサーフクリムから軽く距離を取り、再度剣を振りかぶった。
『くそおおおおおおお! 乱逆の竜に敗れるならともかく! 人間程度に負けてたまるものか!』
サーフクリムは片腕の痛みを乗り越え、片腕でハンマーを……何か放つ気か!?
ハンマーが赤熱している。
『受けろ! メギドクエイ――』
だが、そんな事はお構いなしとばかりにセリスさんは追撃を仕掛ける。
「これでどうだ! はああああああああああああああああああああ!」
『ク――な……バカ、な!? グフ!?』
スパンと首と腕を一直線に切り付け跳ね飛ばした。
『なんと……先ほどから思っておったが、人間がサーフクリムの体を切断出来るとは、あの鍛冶師の言う事は間違いなかった様だな。アヤツならワイバーンを単騎で討伐出来るだろう』
なんてヴェノがのん気な感想を述べている間に、サーフクリムの巨体が音を立てて横たわった。
「よし! 快勝だ。行くぞ!」
セリスさんはサーフクリムの死体を前に剣を振ってからムウが足止めしていた取り巻き達への殲滅に切り替える。
俺達も後に続いた訳だけど……いや、幾らなんでもセリスさん強すぎない?
『それだけの実力があると言う事だろう。サーフクリムも我からしたらエルバトキシン並みの雑魚であるのは変わらん』
うーん……上を見たらキリが無いけど、追跡者がセリスさん並みに強かったら俺達じゃ相手にならないかもしれない。
少なくとも今の俺、アルリーフさんの毒素で能力アップしているのに後ろで援護射撃をするので精一杯だったんだし。
『しかし……先ほどの剣の動き、どこかで見た覚えがあるな……?』
なんてヴェノの呟きを聞き流しながら俺達は戦闘に完全勝利した。
いや、マジでセリスさん強いな。
俺達の中で飛び抜けてLvの高いアルリーフさんよりも遥かに戦闘力が高い。
うん、この人と一緒に魔物退治に来て正解だ。
「さて……とりあえず楽に大物を仕留める事が出来た訳だが、どうやってコレを持ち帰るか……本来は運搬を担当する者に小分けにして任せる訳だが……」
セリスさんがサーフクリムの死体を見ながら呟く。
「あ、俺が収納魔法でどうにかしますよ」
「む? そうか? しかしこれだけの巨体を納めるのは難しいのではないのか?」
「この辺りはこう……俺の師匠となる人物から秘伝のコツを教わっているので、どうにかして見せます」
『モノは良いようだが、これだけの巨体を納めるとなるとそう言った言い訳は必要か。全身素材の様な奴を仕留められて幸運だな』
なんて感じでヴェノはサーフクリムの死体を収納魔法で納める。
『ちなみに魔法耐性のある代物は基本的に収納魔法で収め辛い事を汝は覚えておけよ。サーフクリムはそう言った素材特性を持っておる。普通の人間では収めきれるか怪しい代物だぞ』
わかってるって、アルリーフさんの料理がレジストするって話だったもんな。
「しかし……勝ったは良いが、剣が刃こぼれしてしまったな……」
セリスさんが剣を見て困った様な顔をしている。
言われて確認すると確かに刃が欠けていた。結構な業物っぽいから非常に申し訳なく思う。
「手を煩わせて申し訳ありません」
「いや、私が戦おうと決めていたのだ。それにコーグレイ達があの魔物の注意を引き、極限まで弱らせたからこそ、ここまで短い時間で片付ける事が出来たんだ。本来だったら数日は戦う羽目になった化け物かもしれん」
「……そんな長時間の戦闘をしなくちゃいけない時があるんですか?」
「当然だろう? 我々人間は魔物共に比べたら弱い。だからこそ知恵と勇気で苦難を乗り越えて行くのだ」
『ふむ……面倒な事だな』
ヴェノの場合は強者側だからこそ、言える事だろうか。
「しかし……アルリーフ殿の力は果てしない物がある。あの魔物を苦しめたのにも使われているのか」
「ええ、ボルトに性質を染み込ませた物を使用してましてね。切り札ですよ」
「……えー、その……はい」
アルリーフさんは困った表情で頷いた。
まあ本来は料理な訳だし、役に立てたとはいえ反論したい気持ちもあるんだと思う。
「ムウー……」
「ふむ……私も前線で常用させたいと思われるほどの性能を持った代物だ。譲って欲しいとは思うが下手をする暴走の危険もありそうだ……コーグレイ以外は使用できないのだろうな」
どうなんだろう?
アルリーフさんの料理をセリスさんに渡して、セリスさんが戦う様な所で敵に向かって投げる想像をしてみる。
『我が具体的な形でシミュレーションしてやろう』
セリスさんがアルリーフさんの料理が入った箱を敵に投げつけ、箱から食物が飛び出し、魔物共を蹂躙する。
直後、セリスさん一行にも食物達が群がる光景が浮かんできた。
どうにか対処はするが、魔法はレジストされ、素早く動く食物達に翻弄される。
少しでも隙を見せると食物が口に入りこみ、仲間達が次々と倒れて行く。
勝つ事は出来るが犠牲も大きいか。
『しかもこれは人間が勝てるだろう魔物からの算出だぞ。我クラスなら食物が来る前に焼き払うわ!』




