五十八話
「何が来るのですか?」
激しくイヤな予感がするのだけど……。
「噂に聞くこの坑道に生息する大物だろう。上手く行けばコーグレイ達は元より、私の武器さえ強化出来るかも知れん」
「それって勝てればって話になりませんか?」
「人間が敵わない類の魔物であれば撤退を推奨しよう。私とて死にたくはないのでな」
ああ、それって名を馳せる化け物クラスの魔物とかだっけ?
エルバトキシンはそれ未満だったらしいけど。
つまりヴェノクラスの魔物だったら撤退するって事で良いのかな?
『当然だ。ちなみにどれだけ強い人間でも普通に挑んで負けるクラスは……ワイバーンがギリギリだろうな。他にマンティコアに正面から挑んで勝てたら英雄や勇者の次元だ』
そこからヴェノが小声で話し始める。
思ったより人間が勝てる相手が居ないんだなぁ。
だからこそ強制憑依召喚なんて魔法があるんだろうけどさ。
『カルマブレイズなどの聖剣を所持する者は例外だぞ? アレの力を使いこなせる者では我も敵わん。他にドラゴン素材などの高位の魔物から作られた武具を所持して居れば、少なからず勝ち目は出て来る。そう高いものではないがな』
あんまり知りたくない事実だなぁ。ヴェノが狙われていたのもこの辺りが理由か。
『そうであろうな』
もうさ……ヴェノがちょっとチクっとする程度で良いから鱗とか剥いでもらってウェインさんに渡すとかでも良いんじゃないの? コレ以外は無いって位の高級素材だろ。
『それがな……強制憑依召喚の影響なのか、我の体の一部は空間魔法を通らないのだ』
糞尿は通る癖に鱗が通らないとは……。
『我とてそこまで判断出来ている訳ではないわ。どうしても通したかったら追跡者に一発でばれるだろうがやるか?』
う……自分達の居場所をワザワザ教えるほどの物じゃないか。
『場合によっては考えておいて損では無い考えだと我も思うぞ。だが、今は近づいて来る者を見極めんとな』
なんてヴェノと話をしていると……坑道の奥から足音の主がやってきたと同時に周囲の壁が広がって行く。
全身鎧を着た五メートル半くらいの巨人だ。
ただ、人間みたいなスラっとした感じではなく、横にも広くて重量がありそうだ。
ん? なんか鎧だと思った所が鉱石にも見えるな。純度が高い鉱石だろうか?
サーフクリム
そんな名前が俺の視界に浮かんできた。
ガシャンと音を立て、サーフクリムは背負っていたハンマーを取り出して構える。
その後方には弓を持った取り巻きの魔物の姿が見える。
俺達も合わせて構え、セリスさんにどう対応するか目で合図を送った。
「大丈夫だ。私の勘が正しければ戦える」
そうか……だけど、こう言ったボスっぽい奴を相手に俺達が戦力として加算されて良いのか?
セリスさんが凄く強いのはわかるけどアルリーフさんがどうにか追いつける程度。
俺も一応、毒料理ブーストで対応できるか? ムウはちょっと不安だ。
『……妙な気配を確認に来て見れば、その気配……乱逆の竜ヴェノ=イヴェバール公がこの様な所で、そのような器に収められているとは、これは私の名を馳せる好機と見て良いか』
『ふん……ここで相手の力量を把握して素直に逃げれば良い物を。自らの力を過信して現れるとは……愚かな。鉱石成金の巣はここであったか。自由に人間を出入りさせた巣を構築して他の名を持つ者から逃げるとは、呆れた者だな』
なんかエルバトキシンの時と同じ様にヴェノが言い合いを始める。
その最中にヴェノが目の前のサーフクリムがどんな経緯で名を得たのかの経緯を簡潔に表示させ、元々はピュアオリハルコンマジックアーマーキングという希少な魔物名を補足された。
どうやら本来の魔物名はこっちみたいだ。
その魔物が長い年月、魔素を得て更に強くなったのがサーフクリムらしい。
『虚勢を張るのは程々にすべきではありませんか? その様な虚弱な人間の器では到底、敵う事はないでしょうに?』
『何を言うか……相変わらず貴様は自身の強さを何も理解しておらんのだな。どうやら人間の住む地域に住まう魔物は身の程知らずが多い様だ。我も呆れて来ているぞ』
『口だけは達者な様で、それがドラゴン故の傲慢だと何故理解しないのですか?』
『傲慢で結構、だが身の程は十分に理解しておるから今もこうして生きているのだぞ? わからんのか、愚か者め』
『それで乱逆の名を付けられたのを忘れたと言うのか!』
『部下の身を考えぬ、王を語る独裁者の元で作り変えられる世界を望むなど、我は到底受け入れられなかっただけだ。誇りに思えど、汚名だとは微塵も思っておらん!』
『その口! 塞いでくれましょう! そして貴方を素材にして更なる高みへと至る!』
『素直にそう言えば良いだろう! 貴様がいる場所は人間よりも遥かに劣る矮小な群れだと知るが良い!』
相変わらずヴェノは魔物言語を喋る相手には雄弁……偉そうに語るな。
そのしわ寄せは俺達に来るのわかっているんだろうか?
「あの……」
アルリーフさんがどうリアクションをしたらいいのか困る感じで視線を向けて来る。
うん、こんな会話をね、エルバトキシン相手にもしていたんだよ。
「―――!」
サーフクリムは高らかにハンマーを振りかぶり……って重量級の割に随分と早い。
だが、セリスさんは元より、アルリーフさんも動きに着いて行く事は出来そうだ。
「ムウ!?」
ムウが完全に動きに対応しきれずに居たので、ちょっと強引だけど傘の部分を鷲掴みにして俺が飛びのく。
それからムウを出来る限りの力で、サーフクリムから遠ざけつつ、弓などの武器で狙撃してこようとしている取り巻きの魔物の方に投げ飛ばす。
「任せたぞ!」
「ムウウウウ!」
任されたと言った様子でムウは手を上げて斧を振りかぶって駆け出す。
取り巻きならムウだけでも対処出来るだろう。
「鈍重な見た目に反して動きは早い様だ……これは多少苦戦するかも知れん」
ズシンとサーフクリムの叩きつけが行われた場所にクレーターが出来上がり、坑道内が揺れ動く。
地震が発生して、若干足が取られそうになった。
『牽制を避けましたか、この程度でこちらの実力を判断したつもりになられては困りますよ』
ハンマーを持ち上げ、猛追の体勢で接近してくる。
そのデカイ図体でそれだけの動きをするとか、随分と嫌らしい奴だな。
エルバトキシンの様な小細工をしない、純粋に素早いパワーファイター型の相手だ。
そういう相手故に若干焦りを覚える。
セリスさんは涼しい顔をしているけれど俺達には荷が重いか?
「アクア……ショット!」
アルリーフさんがアクアブリットとは異なる散弾になった様な魔法攻撃だ。
『アクアブリットの上の魔法だ。詠唱時間もそこまで差は無いがしっかりと命中させねば威力は落ちる。もちろん全部当てる事が出来れば相応に威力が高い。全部当てる工夫が必要であるがな』
で、アルリーフさんの放ったアクアショットは上手くサーフクリムに全部命中していた。
『加減の出来ない魔力分を注ぎ込んで誘導性が向上しているのだろう。上手い使い方だと思うぞ』
バシンバシンと良い音を立ててサーフクリムに命中したが、サーフクリム自体はアルリーフさんの方を忌々しげに見るだけでターゲットは俺とばかりにハンマーを構えて突進の体勢を取る。
「ここは任せろ! はあああ!」
セリスさんが剣を抜刀して高らかに構えて……うわ! はやい! 今までの数倍の速度でサーフクリムに接近している。
『む!? 猪口才な!』
サーフクリムはハンマーを振りかぶって一回転してセリスさんを薙ぎ払わんとしている。
暴風が発生しているとばかりにサーフクリムの周りに風と衝撃波が発生した。
が、その重量級の一撃を掠りもせず、受け流す訳でもなく、風に乗る様にセリスさんが飛び上がってサーフクリムを切りつける。
「はああああ! ルミナスブレード!」
セリスさんが剣に手を添えると、剣が光り輝く。
その剣を力強くサーフクリムに振りかぶるとガツッと剣がサーフクリムの装甲に食い込んだ。
「く……思ったよりも硬いな」
『何!? 私に傷を付けただと!? 人間の分際で!』
痛みに怒りを覚えたのか、激昂したサーフクリムがハンマーを放り出してセリスさんに殴りかかる。
が、それさえも見切っていたセリスさんは紙一重で避けつつ、一回転して遠心力の付いた一撃を与えた。
凄い……俺はあそこまで華麗に戦えないぞ。




