五十六話
聖世界樹教が俺達の敵ではなく、それを国教にしているセントユグド国が敵か……確かにそうだな。
「ムウムウムウウ」
ムウに関しちゃ真似って感じで気にしない。
「では頂こう」
「はい」
他宗教だからとイヤな顔をしたりしないのだから、こっちもいちいち気にしていたって良い事は無い。
「それじゃあいただきますっと」
そんな訳で俺達はさっそく出来た料理を食べる。
「む……不思議な食感の魚だな。美味い」
「喜んでもらえてうれしいです」
「こちらの肉も……柔らかくて肉汁が溢れて来る。貴族のパーティーで似た様な物を食べた事がある」
セリスさんはモグモグと食べつつ感想を述べてくれる。
「不思議な美味しさがありますよね」
「ああ」
「ただ……美味しいとは思うのですけど、ちょっと私はこの魚は苦手な食感ですね」
アルリーフさんが苦笑いをしながらウナギの蒲焼きモドキの評価をしている。
「確かに、美味いが癖が強いと私も思う。だが私は肉よりも好きだな。皮が香ばしくて酒が進みそうだ」
まあ、この辺りは好みが別れるのは当然だ。
蒲焼きがパンに合うかと言うと微妙だろうし、アルリーフさんの口に合わなくてもしょうがない。
俺も蒲焼きを食べてみる。
うーん……白焼きと両方食べ比べてみたけど、確かに少し微妙かもしれない。
ウナギを食べた事のある者からすると代用食品感が強いな。
何だかんだ言って霜降り肉っぽいのも少し味わいが違うし。
「うま味と言うのか。そう言った美味さは十分にある。これは良い食事だと思うぞ」
「うーん……もう少しちゃんとした熟成を視野に入れるべきかもしれませんね」
霜降り肉=絶対に美味しいとは違うのは俺だってわかる。
その人それぞれの好みがある訳だし、美味しくても絶賛出来るかと言うとまた別だろう。
誰だってあるだろう? 美味いとは思うけど、また食いたいと思うかは別、みたいな感覚。
俺が軟化毒で柔らかくした肉はうま味が染み込んでいて確かに美味しくはあるんだ。
だけど、強引に旨味を入れた人工的な物が前面に出て来てしまっているのかもしれない。
まあ、不味い肉を美味しくする工夫なんだからしょうがないんだけどさ。
「ちなみにこの肉、何ラグだと思います?」
「ん? これは相当値が張るのではないか? 貴族や豪商が好んで食べそうだが……」
「実は一枚一○ラグ前後なんですよ」
「な……それはクズ肉や切れ端ではないのか?」
「ええ、ミモザワイルドボアですね。しかもそこの一番硬い肉を使ってます」
「なんだと? だが、これは……」
セリスさんが肉と俺を交互に見て驚きの表情をしている。
「いや、何かの冗談ではないか? さすがにこのクラスの肉がそのような値段売っているはずが無い」
「そこは秘密ですけど、そこまで高い肉をこうポンポンと出せます?」
「ふむ……思えばコーグレイ殿はウェイン殿を治療した実績がある。肉を美味くする術を知っていても不思議ではない」
まあその辺りと結び付けるのが簡単か。
「ネタばらしだと、ウェインさんに使った薬を薄めた物で漬けた肉ですよ。あ、食べても大丈夫にはしているんで安心してください」
『……汝、自慢したいのはわかるが状況を考えた方が良いぞ?』
なんかヴェノに注意されてしまった。
「あの……」
アルリーフさんも居心地が悪そう。これは失敗したのかもしれない。
「硬い肉を柔らかくする薬を使っているのか……そう言えばウェイン殿の家に行く途中で村人がウェインどのが脱皮したと言っていた」
セリスさん、全然気にしてない。あれだ。神経が図太いのかもしれない。
さすがは上位の冒険者。この程度では動じないって事か。
「貴族達が好む味がこの値段だと思うと笑い草に出来そうだな」
捨て値でほぼ同じ味が楽しめる場合があるんだぞ? なんて話題のネタになると。
そう言った考えは俺もした。
「まあ金銭だけが全てでは無いが、格安でこれだけの味わいが楽しめるのだ。存分に英気を養って、これからの狩りに備えようではないか」
「そうですね」
そんな訳で賑やかに食事は進んで行った。
一応好評だけど、日本基準の味は時に異世界では通じないって事なんだな。
『そこは人それぞれであると我は思うがな』
郷に入れば郷に従えって言葉もあるし、俺個人で楽しめばいいのさ。
『開き直るのも時に重要であるな。もしくは余裕がある時に広めて美味しさを共有すれば良いのではないか?』
そうだな。機会があればそうしよう。
「あの、ユキヒサさん」
アルリーフさんがリュックの中から箱を出してくる。
ああ、そうだね。そろそろ効果時間も切れるし、ついでに食べておくのが良いか。
「うん」
俺はアルリーフさんから箱を受け取って開ける。
すると中にはハンバーグがコンニチワ。サクッとフォークで刺してから食べる。
カッとアルリーフさんの毒料理で俺の能力がアップする。
「ん? なんだ? 他におかずがあるのか?」
セリスさんがそんな俺達のやり取りに気付いた。
「ああ、コーグレイへの弁当を作っていたのか……言う機会を失わせてしまっていたのか?」
「いえ、そう言う訳ではない……です」
口の中で動くハンバーグをどうにか飲みこんでいる最中にアルリーフさんが答える。
かなり気まずそうだ。
「ふむ……見た所ハンバーグではないか、私も食べて良いか?」
「ダメです! 幾らセリスさんとは言え、これを食べたら死んでしまうかもしれません!」
即答に等しい早さでアルリーフさんが答えた。
当然だよね。何せリフエルの下水道にいる魔物を皆殺しにした料理なんだ。
毒なんて次元じゃない。この猛毒を俺以外の人間が食べるなんて事、あってはならない。
「ふふ……コーグレイは幸せモノだな。こんなにも彼女に思われているとは」
セリスさんがここで茶化してくる。
いや、割とマジで危険な代物なんですけどね。
「だが、他人が食べている物と言うのは美味しく見えるものだ。私も是非とも仲間に入れてほしい。仲間の作った物を食べる事も信頼へと繋がるものだろう?」
「気持ちは痛いほどわかりますが、これは……」
と言う所で僅かな隙を突いてハンバーグの切れ端が箱から突撃!
「あ!」
ターゲットはセリスさんだ!
ヤバイ! 咄嗟に手を伸ばしたけど、俺の手は空を切り、アルリーフさんを説得しようとしていたセリスさんの口に入って行った。
「むぐうううう!? む! ムウウウウ――」
セリスさんがムウじゃ無いのにムウみたいな台詞を吐いて口に手を当てて暴れ回る。
『急いで吐き出させろ! 死ぬぞ!』
「はい!」
「ムウウウウウ!」
『汝は急いで解毒剤の作成に入れ! 命に関わる!』
迅速な指示で俺達はセリスさんの口に飛びこんだハンバーグを処理する事になったのだった。
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「奪われた自分を探して」
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