四十二話
「別に誑かしてなんていないけど、アルリーフさんの説明にそう答えられると不快にはなりますね」
気持ちはわかる。
難病とか癌とかに掛って余命幾ばくも無いって所で確認させてくれと、親戚の子が連れてきた怪しげな奴だしな。
取り入って騙そうって考えにだってなるだろう。
「アルリーフをダシに使うか!」
「信頼に応えたいのは当然でしょう? それに……嘘は言っていない。アルリーフさんの料理を食べる事が出来るのは本当だ」
「ふん。なら試すか?」
「良いですよ? アルリーフさん、申し訳ないですが、頼めますか?」
「は、はい」
と言うやり取りをするとルリカさんが若干青い顔をしてアルリーフさんを厨房へと案内する。
それからしばらく俺とウェインさんとで睨み合いが続いた。
石化した様な体で弱っているけれど眼光はしっかりとしている。
『……昔、小娘の始祖となったアイツの仲間に似た様な者を見た覚えがあるぞ。確かドワーフだったな』
ドワーフ……正確にはヴェノの翻訳でそう聞こえるだけだ。
で、ドワーフと言えば鍛冶で有名な種族だったはず。
その末裔って事か。
確かに、それなら腕が良いのも間違いないか。
そんな感じで静かに睨み合いを続けていると、アルリーフさんがガスマスクを付けて皿に料理を乗せてやってきた。
あ、ルリカさんとお手伝いは鼻を覆ってどうにか距離を取っている。
それほどの異臭を放っているんだろう。
俺には良い匂いに感じるんだけどさ。
今回は……形状はパンを切ってトーストにして焼いた物の上に……目玉焼きを乗せたのかな?
……なんかフォークをバラみたいに咥えて色っぽいポーズを取っている。
お前は食べ物だ。妙なポーズを取るな。
Idyきtーsト ?s d
パンを??の製法で焼き?mだまyあkを乗せtシンプルな料理。
なんか前見た時よりもさらに料理の文字化けが悪化している。
何がどうしてこうなったのか分からないけど、間違いなくパワーアップしているね。
『う……感覚共有をしておらんのに匂いが鼻を突いて来る気がするぞ。急いで換気せねば危険ではないか?』
「ムゥウウウ!?」
ムウも出来る限り距離を取るべく、部屋の隅……窓を開けようと手を伸ばしている。
ウェインさんは持ってきた皿を見て限界までドン引きする様な顔をした。
なんでこんな事態になってしまったんだろうって後悔する様な……そんな顔だ。
「じゃあ、頂きますね」
「はい」
俺はアルリーフさんから皿を受け取り、目玉焼きトーストっぽい代物を掴――って勝手に口に入るな!
口の中に限界まで広がる毒味……一般的な五味の味わいの描写は省く。
敢えて言うなら味わいがより深く……確実に獲物を味覚だけで仕留めようと極めつつあるのだけは伝わってくる。
如何に不味く、この世の中でもっとも不快な感覚を味わわせようと、舌の上に、鼻に味を擦りつける独特の味わいがする。
今回は目玉焼きトースト故に、黄身の部分の味が凄く良い。
とはいえ、そんなに味わっている暇は無いので適度にサクサクと頬張った。
なんか俺の口内で自身の不味さが通じないと判断したのか暴れている様な気がしたけど無視して飲み込む。
うん、美味い。
『おえ……共有していないはずなのに気持ちが悪くて吐きそうになってくるぞ』
カッと毒吸収が作動して俺の能力値が大幅に跳ね上がる。
前よりも倍率が高い。しかも回復効果も高まっているぞ。
毒の沼地じゃなくても自然回復で戦えるんじゃないか?
アルリーフさんの毒料理の腕前が上がったんだろうな。
本人は望んでいないけどさ。
で、完食したのを確認したウェインさんは頭だけ限界まで引いて奇異な目を俺に向けて来る。
「ああ、倒れたりなんてしませんよ?」
「……本当に、食えるのか?」
「そうでなければアルリーフさんの父親が娘を嫁がせようと躍起になりますか?」
「……」
おい、そこは否定してくれよ。
突きつけたのは俺だけど、どうにも釈然としなくなるだろう。
「ネタばらしをしますと、俺は毒を吸収出来る体質なんです。だから色々とその手の知識を蓄えています。信じなくても良いので見せてもらえませんか?」
ウェインさんは俺の若干無礼な態度に不愉快そうな顔をしつつ一旦目を瞑り……。
「良いだろう。だが……その匂いを消してから来てくれ……石化する前にそれで死にそうだ」
そう言って泡を吹き始めた。
……匂いだけでコレとか。
『精神力で漂う瘴気と毒素を耐えておったのか……病に冒されてもその様な強さを見せるとはな。コヤツ、評価に値するぞ』
なんか締まりの無い状況になってないか?
みんな、なんでこんな事をしてしまったんだろうって気持ちでいっぱいだぞ。
「おじいちゃん!?」
「ウェイン御爺さん!?」
急いで室内を換気し、ウェインさんの容体が少し回復するまで待ってから俺はウェインさんの容体を確認する事にした。
ウェインさんの硬くなっている皮膚を凝視する。
近くで見るとますます石……と言うかコンクリートみたいと言うのか?
例えるなら石膏像に近い。そんな皮膚をしているんだ。
『肉まで削った後があるな……随分と痛かったであろうな』
うわ……そんな真似までしたのか。
そりゃあ諦めたくないよな。
ここに来るまでどれだけがんばったのかと思うと同情の気持ちが湧いて来る。
『何の薬が効いたか確認してくれ』
「少し容体が良くなる事があったそうですが、何を服用したんですか?」
「ゴルドニード軟膏が最初に効果があったが、今はセージフェニックス剤で辛うじて柔らかくなるに留まっている」
『その名の薬剤に覚えがある。随分と希少な薬を使用しているのだな』
それだけ鍛冶師としても腕前があって、蓄えもあったって事なんだろう。
で、治せそうか?
『正直に言って良いか?』
ああ。
『見た所、イボだな。随分と独自のイボをしておる』
え? これってイボ……魚の目とかそんな類の奴なのか?
体中にイボ?
『イボも細菌に犯されてなる物があるのだぞ? ある意味消毒が必須の病だ』
ま、まあそうなんだろうけど……。
『ただ、随分と頑固過ぎるイボであるのは事実だ。名のある魔物が戯れにブラッドフラワーの様に作ったのではないか?』
そんな代物なのか?
じゃあどうにか治せる方法は? 薬で治せないのか?
『薬でも根絶が難しいしつこい代物だ。セージフェニックス剤で治せないとなると、調整した薬を長期的に投与する必要がある。それでも治るか……が、我が知る薬剤知識での判断だ』




