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三十七話

 翌日。

 エルバトキシンを討伐したお陰でドリムスヴォイタの流行は急速に鎮静化し、近隣地域での騒動は一応に終わりを見せた。

 アルリーフさんの容体は大丈夫なのかな?

 なんて心配になって薬屋に顔を出すとアルリーフさんの父親が声を掛けて来る。

 ちなみにムウは宿屋でおかみさんの仕事の手伝いをしている。

 完全に病を根絶したお陰かますます元気さに磨きが掛かっているっぽい。


「おうコーグレイ。今回はお前の所のパーティーが疫病をまき散らしていた魔物の討伐をしたんだろ? 役場に倒した魔物の一部を持って報告に行けば報奨金がもらえるぜ」

「ええ……」


 こう言う報告は大丈夫なんだっけ?


『一応はな。エルバトキシンの討伐証拠か……奴の目玉で良いか?』


 なんで目玉?


『仕留めた後、汝等の武具などに使う素材に出来るかも知れんとな。何、剣で抉り取った事にしておけばそこまで踏み込みはせんだろうよ』


 目玉とか何か嫌だなぁ。

 なんて思いつつアルリーフさんの父親から聞いた通りに役場に行って報告と証拠とばかりに目玉を提出した。

 他に分かりやすい部位として尻尾の先端とかも渡したけどさ。

 それで相手が何の魔物であるのかを役場の人達が鑑定するっぽい。

 結果的に今回の騒動の犯人であろうと判断されて俺に報酬が支給されたのだった。


 報酬は近隣の町村からの援助金と、蔓延させた原因が冒険者が理由だとしてギルドからも支給されて四〇万ラグに登った。

 後はエルバトキシンの素材も売れば高値で買い取りしてくれるっぽい。

 凄いな……一泊2000ラグで食事付きの宿屋に泊まれる訳だから二百日分も泊まれる。

 だけど宿泊費に使う事は無い……これから逃亡生活に入るので良い出発資金になったと思う。


「あ、ユキヒサさん」


 役場で報酬を受け取っているとアルリーフさんが元気に俺に声を掛けてきた。

 あれ? 背中にはカルマブレイズを背負っている。

 黙って出発しようかと判断していたと言うのに……。

 と言う所でザッザと音を立てて役場へと全身鎧を着た団体が入ってくる。


「ユキヒサさん、こっちへ」

「コーグレイ、こちらです」


 不審な気配を察したアルリーフさんと役場の受付が役場の奥の方へと誘導してくる。

 確かこっちって裏口じゃなかったっけ?

 平静を装いつつ当然の様に受付が何か俺達が視界に入らない様にしている。


「我等はセントユグド国の騎士隊だ。我々はこの付近に人間に化けた邪悪なドラゴンが潜伏しているとの反応を察知した。情報提供を求める!」


 との声が聞こえて来る。

 うえ……もう嗅ぎつけてきたのかよ。随分と早いな。


『既に何かしらの手段で探知し、近くまで来ていたのかも知れん』

「そう言えばこの近隣で疫病を振りまいた危険な魔物が居たとの話だったな。それが邪悪なドラゴンではないのか?」


 役場の受付に全身鎧の連中が詰問している声が聞こえる。

 大丈夫なのかアルリーフさん達の方を見ると何か頷かれてしまったぞ。

 裏口から役場を出た俺達はその足で薬屋の方へと案内される。

 あれ? 宿屋のおかみさんとムウも一緒にいて、教会の神父もいるぞ?


「来たか、コーグレイ」

「えーっと、これは一体どうしたんですか?」


 平静を装いつつ俺は村の人達に声を掛ける。


「まー……俺も事情を完全に把握してる訳じゃねえ。けど、他国から我が物顔で村に来て根掘り葉掘り聞いた挙げ句、やる事がドラゴン退治と来れば黙ってはいられねえんでな」

「はぁ……それってどう言う?」


 なんて俺の質問をアルリーフさんの父親は無視してアルリーフさんに声を掛ける。


「つーわけでアルリーフ、昨日お前がアレだけ熱意を見せたんだ。ここで引く様な真似をしたら他の連中が名乗りを上げちまうぞ」

「はい」

「教徒アルリーフ、絶対に使命を達成するのですよ」


 何か教会の神父まで一緒に何かアルリーフさんを送り出す様な言葉を言っている。

 いや、何かちょっと空気に付いて行けないんだけど?


『人間とは時に謎の行動をするのだな。素直に尋ねれば答えてくれるのではないか?』


 いや、質問をしても聞き流されちゃったんだけど?

 なんてヴェノと話をしていたらアルリーフさんの父親がこっちを向いた。


「コーグレイ、驚くのも無理じゃないのは百も承知だ。お前、俺達に何も告げずに出て行く気だったんだろ?」


 ギク……完全に読まれている。

 しかし、何故バレた?

 俺がヴェノを宿している事がわかる様な事はしていないはずなんだが。


「だけどそうはいかねえ。まあ、あんなにも早く嗅ぎつけて来るとは思わなかったが、しょうがねえな」


 チラッとアルリーフさんの両親は役場の方に視線を向ける。


「とりあえずコーグレイ。家のアルリーフが今後も継続してお前の旅をサポートする。存分に頼ってくれていい。各地で逃げるのに協力してくれる連中もいる」

「いえいえ……いきなりアルリーフさんを出送る態度はどうなのかと思いますが……そろそろ俺も旅立とうかとは思っていましたが、アルリーフさんを危険な旅に同行させる訳にはいきませんよ」


 敬語マシンガンで当初の予定通りにアルリーフさんを置いて行こう。

 そう思っていると、なんか凄く切ない顔でアルリーフさんに見つめられてしまう。

 やめて、その目は何か心が痛い。


「ムー……」


 ムウにされても痛いけど、お前は置いて行くなんて話はしていない。

 そもそも置いて行ったらどうなるんだよ。

 ……アルリーフさんの家で飼われるのか?


「私はユキヒサさんにどこまでも付いて行きますよ。だってユキヒサさんが何か間違った事をしている様には思えませんから」

「いや、俺は……」

「どんな汚名を被っているとしても一緒に行きます。逃げたって追いかけますからね」

『随分と決意に満ちた目をしておるな……これは振り切るのは中々に面倒だぞ』


 面倒だとしても振り切るしかないだろう。

 俺達と無関係な人を巻き込む訳にはいかないんだから。


『奴もこんな感じの娘が傍におった……やはり血か』


 いや、何か懐かしんでいるけど、これって逃避行にアルリーフさんが絶対に付いて来る事なんだぞ。

 ……どう誤魔化したものか。

 というか、なんでそんなに付いてくる気マンマンなんだ?

 まずそこがわからない。


「なんていうか……危険だよ?」

「え? そんな危険な人物であるユキヒサさんと一緒に行動していた事が、さっきの人達に知られたら私はどんな拷問されると思っているんですか?」


 う……それは滅茶苦茶痛い。

 さっきの連中ならアルリーフさんを拷問してある事無い事聞き出しそうな雰囲気はある。

 はあ……なんか成り行きなんだけど、アルリーフさんを絶対に連れて行かなきゃ行けなくなってしまっているな。


「良いんですか? 大事な娘さんなんですよね?」


 俺がアルリーフさんの父親に声を掛けると、力強く頷かれてしまった。


「コーグレイ、お前は家の娘の毒料理を完食出来る世界で唯一の男……たとえ何があろうと娘の婚期を逃す気はねえ」

「逃せよ! アルリーフさんの短所で傷口を抉るんじゃねえよ」


 思わず罵倒してしまった。

 それを言ってもしょうがないくらいの事をぶっ放してるぞ。

 俺の突っ込みを無視し、アルリーフさんの父親が何やら古ぼけた書物を取り出して俺に手渡す。


「その本には村の家訓となっている話が書かれていてな。この村はドラゴンを友とするって決まりがあるんだよ」

「は、はあ……そうなんですか」


 何か凄い家訓……そう言えば祈りにドラゴンを信仰している様なフレーズがありましたね。

 それと関係があるって事なのか?


「で、その話と何の関わりが?」

「……昔、毒に汚染された土地がありました。その土地に住むドラゴンから私達の先祖は土地を預かり新たな国を作ろうと開墾を始めました」


 アルリーフさんが祈る様に両手を合わせて語り始める。


「開拓が順調に進み、人が住める土地になり始めた頃……利益を求める者達と、邪悪な魔物の侵攻に遭い、私達の先祖が力を合わせて抗いました。そんな出来事の全てを見届けていたドラゴンはこれ以上、不毛な争いが無い様に自らを犠牲にして、その身を世界樹に捧げて眠りに就きました」


 俺もここまではヴェノの追憶で見た。

 心当たりがあり過ぎるぞ。


「世界は平和になり、新たに生まれた国では新たな世界樹の実と人々の働きで長き、眠ったドラゴンが目覚めるまで平和が続くと……思われていました」


 繁栄があれば衰退もあると聞くけど……なんか不穏な感じだな。


「しかし人間は愚かだったのです。国を纏める代表の目を盗み、新たな世界樹の恵みを独占しようと悪しき研究を始めてしまったのです」

『!?』


 ヴェノが驚いた様な声を出した。


「その研究は失敗し、世界樹は消え去り、失敗の影響で世界中に瘴気が溢れ出してしまいました。その失敗を人々は……失敗時の爆発の時に見えたドラゴンの所為にして責任を逃れ、更に何も知らない国の代表をしていた者達にも責任があると追放処分にしました」


 えー……なんだその流れ。

 完全に恩を仇で返す行為じゃないか。


「俺達と言うかこの村の連中はそんな追放処分にされた奴等の末裔って奴よ。瘴気を浄化するってのも先祖の願いを叶えたいって願いの為なんだ」


 なるほど。

 どうやらアルリーフさんはドラゴンクローを見ていた様だ。

 だから先祖の話と照らし合わせて俺がそのドラゴンと関係があると考えた訳だ。


「そして、辺境の地に住みついた私達の先祖は、強力な魔物さえも立ち所に駆逐出来る術の開発に危機感を抱きました」

「この本にはそう言った魔法や儀式、魔術なんかの打開策を研究した物の断片が記されてんだ。目くらいは通しても悪くは無いと思うぜ」


 そういう事なら受け取っておいて損はないな。

 ヴェノの追想に出て来た人達も信用出来そうな感じだったし。


「先祖の記述によると完成してもかの国や権力者が絶対に潰そうとして来る事を見越して世界各地に断片化させて子孫にばら撒いたって話だ」

『強制憑依召喚の解除方法の手がかりだぞ。こんな所に転がっていたのだな』


 確かにそうだけど、なんとも複雑な気持ちにしてくれる。

 ヴェノが力を振るった所為で罵倒される事は無いのがわかったのが安心だけど、逆に村の人達が余計な被害を受けないか不安だ。


「ま、その証拠とばかりに沼地にあった最初の村はそう言った連中に一度破壊されてしまった挙げ句、件の爆弾で汚染されたそうだけどよ」

「お父さん」

「ああ、昔話の間に入って悪かったな。続けてくれ」


 どうやら続きがあるらしい。

 アルリーフさんは一度頷き、続きを語り始めた。


「私達の御先祖様はいつか目覚める大切な友人に贖罪と願いを込めて子孫である私達へ遺言を残しました。世界中に、大切な友に何かあった時に助けになる様に仕掛けを施す……まず危険な事があった際、始まりの村へ逃げ伸びれるよう魔法を使い、目覚めたドラゴンが少しでも長く生き延びれるように、と」

『何? では我が汝と一緒にあの沼地に落ちたのはそう言った理由があったと言う事か? ぐぬぬ……』


 ヴェノが魔法に抗ったからこそ逃げ伸びる事が出来たのは事実だと思う。

 でも、俺達に取ってあまりにも活動しやすい環境に飛んでしまったのはこう言った理由があったのかもしれない。

 ヴェノが毒属性のドラゴンである事を知っていただろうしな。

 偶然で片付ける事は簡単だけど、符合する事は多い。

 あの朽ちた祭壇にあった像や力の加護……その全てはヴェノの為に用意されていたからこそ、あんなにもアッサリと馴染んだのか。


「そりゃあ世の中には危険で悪いドラゴンがいるってのは知ってるぜ? だけど良いドラゴンもいる。そのドラゴン様かもしれない奴からこれだけの恩を受けたんだ。それに応えねえなんて、御先祖様に顔向けできないんだよ」

「ですから、私はユキヒサさんの旅に付いて行ってお手伝いをさせて欲しいんです。じゃないと恩を感じている村の……私以外の人達が付いてきますよ」


 うわぁ……これは断れなさそう。


『そうか……我は……裏切られた訳ではないのだな』


 ヴェノも何か遠い目をしながら震えている様に感じる。

 泣いているのかな?

 ぞろぞろと役場の方で喧騒ではないけど人が集まっている物音が聞こえて来る。

 このままだと俺達を探知されるのは時間の問題だ。


 ……しょうがない。

 村の人達やアルリーフさんは何があっても梃子でも譲らない決意を見せている。

 どこかで妥協しないといけないか。


「……わかりました。ですが、とても危険な旅になりますからね? 生きて帰って来れないかもしれないですよ?」

「承知の上です。お父さん、お母さん。今まで私を育ててくれて、ありがとうございました」

「ああ、行って来い。そして色々とやらかして聖竜様……コーグレイと一緒に帰ってこい」

「ええ、私達は貴方達が無事に帰ってくる事をずっと願っているわ」


 なんてアルリーフさんは両親と抱き合っている間に神父様が教会の御神体である像を俺に差し出す。


「コーグレイ、貴方様にこの像の加護を」

「さ、触っても大丈夫なんですか?」

「ええ、問題ないですよ」


 なんか怖いけど、そっと像に触れる。

 パチッと静電気が走り……何か力が流れて来るのを感じた。

 あの時の感覚と似ている。

 きっとヴェノの魔力が少し回復したんじゃないだろうか。


「ムウちゃん、さびしくなるわね。私が教えた事をしっかりと覚えて役に立てるのよ」

「ムー!」


 宿屋のおかみさんとムウも別れの抱擁をしている。

 何か凄くしんみりしてるなぁ。

 それと部屋にあった物のほとんどをムウに持たせているみたいだ。

 後でヴェノに収納してもらうか。


「手配した馬車がある。お前等が乗り込んだら急いで出る様に行ってあるから行ってくれ」

「何から何まで……ありがとうございます」

「何言ってんだコーグレイ。いや……聖竜様か?」


 もう隠すのはやめておくか。

 ここまで手伝ってくれたんだ。少しくらい話したって問題ないだろう。


「俺はドラゴンじゃないですよ。とはいえ、ドラゴンは俺にピーチク毎度毎度喋ってますけどね」

「そうか。今度あったら聖竜様の話を聞かせてくれよな」


 おお、信じてくれている。

 先祖の話の影響力、凄いな。


「ふふふ、ユキヒサさん達を驚かせる事は他にもあるんですよ?」


 アルリーフさんはそう言うと自らの耳を指差して答える。


「先程からユキヒサさんの後ろ辺りから別の人の声が聞こえるんです」

『何? 我の声が聞こえるのか?』

「はい。ステータスを確認したらオラクルというスキルが出ているので、その所為だと思います」


 うわ……アルリーフさんにもヴェノの声が聞こえる様になったのか。

 内緒話が出来ないぞ。


『安心せよ。聞こえない様に小声で囁く事も出来る』


 そうですか。

 ヴェノも手慣れてきたな。


「聖竜様。ご先祖様の無念を、償いをさせてください」

『……良かろう。小娘、汝の先祖に代わり、コヤツと共に付いてくるがいい』

「ありがとうございます!」


 おいおい、そんな簡単に決めて良いのかよ。

 いずれ人間は裏切るとか、そういう捻くれた思考はどうしたんだ。


『事情が変わったのだ』


 あっさり手の平返ししやがって……ちょろいドラゴンだな。


『ふん……もう一度だけ機会をやろうと思っただけだ』


 まあ、気持ちはわかるけどさ。

 自分を裏切ったと思っていた相手が、本当は裏切ってなかったんだからな。


「じゃあ行ってきます!」

「おう。行って来い」

「がんばってねー」


 と、一通り別れは済んだ様だ。

 そうしてアルリーフさんの父親が言った。


「コーグレイ、後の事は俺達に任せとけ。奴等は可能な限り足止めしておく」

「わかりました。色々とお世話になりました」


 本当にお世話になったからな。

 まあ毒草を買い取ってもらっただけな気もするが……あれだ、アルリーフさんの料理とか、これからもお世話になるしな。


 それにしても……セントユグド国だったか。

 連中がアルリーフさんの先祖を裏切った奴と関係があるのかは知らないが、胸糞の悪い話だ。

 聞けば聞く程、ヴェノは悪くないじゃないか。

 この辺りも調べないといけないだろうな。


「じゃあ……行こうか」


 村の人達が手を振る中、俺達は旅立つ為に走り出した。


「はい!」


 俺の言葉にアルリーフさんが頷いて追ってくる。


「ムー!」

『ふむ……術式を受けた当初はどうなるかと不安であったが、得られる物も非常に多かった。ヒヤヒヤする事も多いが、中々に貴重な経験がこの先も続きそうだな』


 なんてヴェノの言葉を聞きながら俺達は急いで馬車に飛び乗り……優しい人達が沢山いた村を後にしたのだった。

 この人達が俺の所為で酷い目に遭わない事を祈る。


 こうして俺達の本当の旅が始まった。



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