三十五話
「バウ!」
「ムウウウウ!」
ドリムスヴォイタの浸食から僅かに回復したミッドナイトブルーウルフリーダーがムウを乗せて再度接近してくる。
そしてムウの斧に鼻を近づけた後、俺のクロスボウを二度鼻で突いた。
『毒付与を施せと言っておるのだ』
ああ、はいはい。
ヴェノは沼地の毒素を凝縮した毒とスプレイグリーンモスキートの毒素を指示する。
言われるままに毒付与を施す。
『舐めるなぁああああああああああああああ!』
エルバトキシンが全方位に毒放出を放って来る。
「ワオォオオオオオオオオオオオオン!」
ミッドナイトブルーウルフリーダーが俺を盾にして大きく飛び上がると同時にムウが斧をブンブンと振り回し、投げ付けた。
『な、何!?』
ガツーンと全方位の毒放出を放った隙を受けてムウのトルネードアックスがエルバトキシンの眉間に命中、斧が突き刺さった。
うわぁ……凄く痛そう。
『ぎゃああああああああああああ!?』
絶叫が辺りに響き渡る。
エルバトキシンの全身が腫れ上がって行く。
『な、なんだ……く、苦しい。全身が痒い! 何故私がこんなにも早く毒が回る? この毒は……』
『無様な姿を晒すものだな。その毒に覚えがないとは言わせんぞ? 地表にこんこんと湧き出しておる物と、スプレイグリーンモスキートの毒だぞ』
『沼地の毒とあの雑魚の毒だと!? そのような脆弱な毒をよくも私に使用したな!?』
うーん。何か効果がある様に見えるけど、なんで?
コイツが変則的な手を使う、実は弱いから効果があるとか?
俺のゲーム経験とかだとボスって毒が効くイメージ無いんだけど。
『だから汝の知識に置いて毒の認識は随分と低すぎないかと我は指摘しておったであろうが』
ヴェノが呆れる様な口調で説明して来る。
『いいか? 毒と言っても種類は無数にあるのだ。そして毒を使う者だからと言って、その全てに耐性を持つとは限らん。むしろどんな毒であろうとも内包出来る汝が異質なのだ!』
後半はかなり小声でヴェノは俺に注意した様に聞こえた。
エルバトキシンに聞こえない様に言ったのかな?
とりあえずヴェノに指摘された事を考えてみる。
アレだ……別種の毒蛇同士が戦ったらどうなるのか? って感じなのかもしれない。
両方とも相手の毒に耐性が無かったら毒を受けた方が死ぬ、みたいな感じ……か?
SE経験で判断するとパソコンのウィルスが近いのかもしれない。
幾ら対策プログラムや駆除プログラムがあっても少しばかりの亜種で防御を突破される事がある。
抗体があっても対応できる限界は確かに存在するだろう。
うーん……毒って実は深い物なんだな。
ゲームとかだと一緒くたに毒ってだけで解毒魔法で一発治療が出来るのに。
『それは……まあ、薬草類には解毒作用が万能な物もあってだな……魔法でもそこそこカバーされる物もある』
言ってて悲しくならない?
『種類に寄るぞ? 血清が無ければ死ぬまで効果があったり即死させるほどの猛毒だってある! 毒は無限大なのだ!』
ヴェノの言いたい事はわかる。
俺の世界でも致死性の高い毒とか有名だ。フグ毒とか。
なんて問答をしているとエルバトキシンの周りで緑色の光が展開された。
間違いなく解毒されたんだろうなぁ。
見る見る腫れが引いて行く。
「ムー!」
「ワオーーーン!」
その隙をつくかの様にムウ達が巧みなステップで接近してツメと拳を叩きこむ。
が、効果は薄い。
素手のムウは腕力はあっても射程が心もとない。
しかもミッドナイトブルーウルフリーダーに乗った形ではそこまで力も出ない。
ミッドナイトブルーウルフリーダーは早さこそあるが攻撃力はあまりない様だ。
弱っているし、根性で動きまわっているに過ぎない。
『はぁ……はぁ……馬鹿にするのもいい加減にしろ!』
あ、なんか言葉遣いが変わった。
エルバトキシンが尻尾を振りまわしてムウ達を薙ぎ払う。
間一髪で避けたムウ達。
鈍足毒でもボルトに付与して速度を落とせば良いか?
『後はコレの実験もすべきだろう』
アルリーフの毒料理の毒素その1
……おい。それはあまりにも無慈悲過ぎないか?
ちなみにその1になっているのはその2とかもあるからだ。
鈍足毒と……アルリーフさんの毒料理の毒素その1を付……ぐ……体から物凄く力が抜ける感覚がある。
ステータスを確認すると魔力の項目がガクッと減った。
なんだこれ? 使用する時に魔力が減るマイナス効果でもあるのか。
一応、深呼吸をする事で濃い瘴気から魔力が補充されて意識が回復して来る。
よし……ボルトに付与して発射準備……ボルトが少し溶けてる! 早く放たないと危なそうだ!
『そう何度も当たってたまるか!』
「おっと……お前が毒や細菌を使う様にこっちも色々と手はあるんだ」
毒放出で毒霧を散布して視界を覆いながら俺は動きまわる。
それから漂う霧の範囲が膨らんだ所でエルバトキシンが突撃して来てツメや尻尾で薙ぎ払って来た。
うぐ……僅かに掠った。
「ムウ!?」
『ふははは! そこか! 毒や細菌は効か無いようだが物理的に葬れば良いだけ! 脆弱な人間の体になった事を後悔しろ!』
一撃でも当たったら確かにやばそう。
俺の能力はアルリーフさんの毒料理や瘴気の深いこの場だからこそ上がって居ただけ。
『それはどうかな? あんまり舐めないで欲しい物だな』
急いでクロスボウの引き金を引いてエイミングショットで射出。
ブチュっと嫌な音を立てながらボルトが大きく腕を振り上げたエルバトキシンに向かって飛んで行く。
『何の!』
うお! 凄い速度で回避して壁に引っ付いたな。
だが、アルリーフさんの毒料理を舐めちゃいけない。
外れたボルトが溶解しながら壁を反射して、俺の方に意識を向けていたエルバトキシンに向かって飛んで行く。
『な、何!? うぐあああああ……なんだこの毒は……苦しい。身体がおかしくなりそうだ! こんな毒、知らない!?』
アルリーフさんの料理の毒を付与したボルトが命中すると同時に悶絶を始め、呻くエルバトキシン。
しかも鈍足毒も効果があった様で悶える動きが見る見る遅くなって行く。
「凄いです! ユキヒサさん。ムウちゃん達、追撃しましょう」
「ムー!」
アルリーフさんの掛け声に合わせてムウがミッドナイトブルーウルフリーダーから降りてエルバトキシンの頭に刺さっていた斧を引き抜きつつ、薪割りクラッシュの構えに入る。
「ゼェ……ゼェ……」
「休んでいてください」
ミッドナイトブルーウルフリーダーが息を切らしているのをアルリーフさんが手当てをしながらリーフショットの魔法でエルバトキシンを攻撃する。
「ユキヒサさん、凄いですね。見る見る相手が弱って行きますよ! 一体どんな攻撃をしたんですか?」
「えーっと……」
返答に困っていると、アルリーフさんは何をしたのか察したのか微妙に切ない顔になった。
「実は……あの動き見覚えがあります。私の料理を食べた人に似ています」
「ご、ごめんね」
「いえ、ここで役に立てるのなら……あと一息です! がんばりましょう」
「そうだね!」
うん。Lvとかいろんな面で心許ないかと思ったけど、案外どうにかなりそうだな。
『うぐ……ふざけるなぁあああああああああ!』
「ム!?」
エルバトキシンが怒気を放ちながら起き上がり、素早く腕を薙ぎ払ってムウに攻撃を命中させる。
ムウは驚くほどの速度で壁に叩きつけられ、傘に亀裂が入る。
「ムウ!?」
「ムウちゃん!?」
『人間に弱らせられた程度で私に勝てると思ったか!』
ムウがやられる! くそ! 回りこんで守れるか!?
急いで駆け出そうとしたが守れるか怪しい。
『フハハハハ。この程度で馬脚を現すとは……我に勝とう等、笑わせてくれる』
ヴェノがここぞとばかりにエルバトキシンを挑発している。
ムッとした表情でエルバトキシンは振りかぶるツメを止めこっちに顔を向けた。
「ム……ムウ……」
ムウがヨロヨロとよろめきながら転がって距離を取る。
よし! 相手を挑発する事になったけどムウは無事だ。
『死にたくなければ素直に負けを認めてドリムスヴォイタの蔓延を解除せよ。これは我からの慈悲だぞ?』
ああ、ヴェノはエルバトキシンへ少しは慈悲を与えても居るのか。
無駄な殺し合いは面倒な精神はここでも一貫としている訳ね。
この手の姑息な事が好きな奴って素直に負けを認めるのか?
ヴェノがさりげなく俺だけに聞こえる様に小声で囁く。
『慈悲では無い、煽っているのだ。そして視線を逸らすな。見抜かれたら奴が冷静になる。冷静になったらこのまま逃げられるぞ。そうなったら逃げる奴を追い続けなくてはならなくなり、仕留めるのが難しくなる』
わかった。
俺はエルバトキシンを相手に一歩も引かずクロスボウを構えて睨む。
『ふん……分の悪い賭けは私も好みません。ですから……私が貴方にとって驚異となる成長をすれば良いだけなのですよ!』
両手を上げたエルバトキシンから今までよりも遥かに強い振動波が発生する。
「ム!? ムウウウ……」
「ウウウウウウ……」
するとムウを初めとしたミッドナイトブルーウルフリーダーの皮膚からドリムスヴォイタの結晶が膨れ上がり、ブラッドフラワーらしき文様が浮かび上がる。
「ムウちゃん達!?」
アルリーフさんは無事なのか?
見ると背中に背負った剣の宝石が光っていて、淡くアルリーフさんを覆っている。
守っているって事なのかもしれないが、今にも消えそうな光だ。
「な、何をしている!?」
『貴様……』
『何を驚いているのですか? 貴方が思ったよりも強いので切り札を切ったまでですよ。本当はもう少し範囲を広げてから一斉に魔素を吸引しようと思っていましたが、しょうがありません』
ゴゴゴと辺り全体が震えているかのような空気の震えと共にエルバトキシンの体が変色して膨らみつつ密度が上がっていく。
な、何が起こっているんだ?
『奴め……感染者達に寄生しているドリムスヴォイタとブラッドフラワーに干渉して魔素を強引に吸引し、成長しようとしておるのだ。今頃感染者……人も魔物も含めて、まともに動けなくなっているだろう』
とんでもない事態になっているじゃないか。
『奴は後少しで名のある魔物に至れる領域に差しかかっておったのだ。そこまで行けば人間が勝つのは困難になる。今戦えるのだけでも運が良かったのだぞ』
チラッとヴェノがアルリーフさんの所持する聖剣に意識を向ける。
発動してくれたら勝てるのか?
『おそらくな。だが……あの程度の光ではな』




