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三十四話

「声が……」

「え? ユキヒサさん、何かありました?」

「いや、大丈夫。何でもないよ」


 ……もしかしてコイツの声が聞こえていない?


「アレが目的の魔物ですね……凄く強そうです……」


 ヴェノの翻訳スキルが俺に伝わっているって事か。


「ムウウウ……」

「バウバウ!」

『あなたが認めなくても私がこの地を占拠する事実は変わりませんよ』


 縄張り争い的な関係なんだろうか?

 いや……この場合はドリムスヴォイタとかの病を無差別にばら撒いている事に対してミッドナイトブルーウルフのリーダーは怒っているんだろう。


『まあ……この際そんな些細な事は気にしないで上げましょう。貴方はとても素晴らしい事を私に施してくれたのですから、後で私の作り出した病で操って上げましょう。沼地を巡回する私の最高の作品にね』


 ふと、脳裏にゾンビドッグと言う魔物が浮かんでくる。

 もしかしたらコイツが生み出した魔物だったりしてな。

 そして……エルバトキシンは俺を舐める様な目で見て来る。


『さてさて、まさか貴方様がその様なお姿で私の前に現れるとは……ここまで運が良いと私の幸運が恐ろしくなってきますよ。乱逆の竜ヴェノ=イヴェバール』


 こいつ!? 俺に憑依しているヴェノの事を見抜いた?

 何かしらの気配とかで一発で分かってしまうって事じゃないか。

 と言うかヴェノって妙な名で名前が通っているのな。


『ふん。妙に姑息な手段で人間共を初めとした連中を甚振っている者がいると思えば……何かあると脅えて命乞いをする矮小なイモリだったとはな。会うまで存在すら忘れておったわ』


 ヴェノの言葉が通じるのかエルバトキシンの頬が若干怒りを纏った様に引きつり始める。


『ふふふ……久しぶりにその声が聞こえたかと思えば、相変わらずの傲岸不遜な態度、貴方は自身がどんな立ち場であるかわかっていらっしゃらないご様子。既に絶対的強者の立場ではない事を理解していますか?』


 妙にキザっぽい口調で言っているなぁ。

 しかし、妙に小物感がある。


『愚かな人間が生み出した邪法、強制憑依召喚。忌々しいとは思っていましたが、私にこのような好機を与えてくれると言うのなら感謝しなくてはいけませんね。ここまで弱っている貴方を仕留める事が出来るのですから。これで私の名にも箔が付くと言う物ですよ』

『フ……強制憑依召喚を掛けられるまでも無い雑魚が抜かしおる。貴様なんぞ、この状態でも遅れなど取らん』


 あのさ、この流れと言うか当初から俺が戦う事が前提なんだから、偉そうに語り合うのやめてくれない?

 なんかヴェノが俺に黙ってろとばかりに何か視界の矢印を交互に動かしてる。

 いや、チラチラするから邪魔なんだけど。

 とは思いつつエルバトキシンに青筋が浮かんでいるのが俺にも理解出来る。

 クール気取って腹を立てているんだろうなってのはわかるな。


『随分と舐められたものですね……その余裕、今すぐ消し飛ばしてやりましょう!』

『ふん。やれるものならやって見るが良い』


 直後、エルバトキシンが俺達目掛けて大きく息を吸い込んで紫色の息を吹き付けてきた。


「バウ!」

「ムー!?」


 ミッドナイトブルーウルフリーダーが前衛で立っていたムウの体に噛み付いて掴み、素早く俺の背後に回り込んで伏せる。


「キャ!」


 しかもアルリーフさんを尻尾で抱え込んで完全に俺を盾にしてんぞ!


「おい!?」


 そう思った直後、エルバトキシンの息が俺に命中。

 ふわっと……何か風が通り過ぎて行く。

 この息って情報通りだとするなら細菌とか病原菌とか毒が混じった物のはずだよな!?

 俺、やばくないか? というかナチュラルに俺を盾にするな!


『何をしておる。今の内に攻撃せんか!』


 ああ、はいはい。

 息で煙の様に視界が曇り、相手がこっちを確認していない間にクロスボウを振るってボルトを装填。 

 毒付与で相手の動きを止める為に中度麻痺毒をセットして発射する。

 ドスっと良い感じに命中した音が聞こえた。


『うぐ!? な、何!?』


 エルバトキシンの驚きの声。

 それからすぐに煙が晴れ、エルバトキシンの腕にボルトが僅かに刺さっているのが確認出来た。


「ワオーン!」


 ミッドナイトブルーウルフリーダーがムウを背に乗せて素早くエルバトキシンへと駆けていく。


「ム……ムウゥウウ!」


 若干目を回していたムウだったけれどしっかりと状況を把握し、斧をブンブンと振りまわし始め、薪割りクラッシュをエルバトキシンに振り下ろした。


『馬鹿め! そのような大技をこの私が受けるはず……何!?』


 まあムウ単体で放ったのなら避ける事の出来る攻撃だったと思う。

 だけど相手はムウだけじゃない。

 ミッドナイトブルーウルフリーダーという俊足のオオカミの背に乗ったムウが放つ一撃だ。

 しっかりと足場が整っている訳では無いので威力は心許ないかもしれない。その代わりと言っては何だが、ミッドナイトブルーウルフリーダーが素早く背後に回り込んでムウの振り下ろしに合わせて跳躍して当てて見せた。


「ムウちゃん! ミッドナイトブルーウルフリーダーさん! 援護します!」


 しかもダメ押しとばかりにアルリーフさんが魔法詠唱を終えてウィップバインドで蔓を呼び出して、エルバトキシンの足を縛って避けられない様にした。

 即座に引きちぎれてしまう程の強度だったが、それだけ隙があれば十分だ。

 背後からドスっと良い感じの衝撃でエルバトキシンが前のめりに仰け反る。


『ぐ……雑魚が調子に乗って! はああああ!』


 エルバトキシンを中心に紫色の液体が噴出した。

 広範囲の毒放出みたいだ。

 俺もアレは真似できそうだ。


「バウ!」


 ミッドナイトブルーウルフリーダーが噴出する液体を見切ってムウを乗せたまま大きくバックステップをする。

 ズルッとムウが叩きつけた斧があった場所からエルバトキシンの体液が滲み出る。

 が、スッとエルバトキシンの背にあった傷はカサブタの様に液体が出て塞がる。

 そしてエルバトキシンは俺が放ったボルトを引き抜きながら睨みつけてきた。


『少しばかり私に攻撃が命中したからと言って調子に乗らない事ですよ。既に貴方は私の放った病に感染しているのですからね。受けなさい! 高速感染増殖!』


 そう言って、エルバトキシンはこの隠し通路に入った時に感じた振動波の様な物を全身を使って放ってきた。


「ウウウウウ……」


 ミッドナイトブルーウルフリーダーがその振動波を受けて、体に生えていた結晶が更に肥大化して座り込んでしまう。


「ムウ! ムウウウ!」


 今度はムウがミッドナイトブルーウルフリーダーを背負う形で俺の方に戻ってきた。


「ムウちゃん達。大丈夫ですか!? 今、手当てをしますね」


 アルリーフさんがアロマヒールを詠唱しつつ薬を取りだしてミッドナイトブルーウルフリーダーを癒やそうと試みる。


「ユキヒサさんとお義父さん特製の薬です……効果があれば良いのですが」


 肥大化しつつある結晶を取り除きながら薬を塗るが、変異性が高いから効果が出るか未知数だ。


「くーん……」


 くそ……ミッドナイトブルーウルフリーダーの容体でどんな攻撃を放ってきたのかわかる。

 病の感染加速化スキルだ。

 効果範囲はどんなもんなんだ?

 ダンジョン内全域だったりしたら俺達の元に駆けつけようとしているアルリーフさんの両親や冒険者達にも症状が出かねないぞ。

 なんて思っているとエルバトキシンが俺を驚愕の目で見てきた。


『な、何!?』

『ふ……何をするかと思えば……貴様は自身の扱う病が絶対の物だと思いこみ過ぎておるぞ。その程度の攻撃が我等に効くと思っていたのか?』

『フフフフ……見栄を張るのはおよしなさい。私の持ちえる病と毒は、例えドラゴンであろうとも抗えるはずがないのです』

『弱って居たら掛かるかも知れんほどの怪しげな感染率ではあるな。その程度で誇られては我も呆れるぞ』


 あのさヴェノ? あんまり煽らないでもらえませんかね?


『……』


 エルバトキシンは俺を凝視しながら眉を寄せる。


『確かに、感染はしていないようですが……これはどうですか!』


 エルバトキシンが指を鳴らすと今度は部屋中の壁から俺目掛けて液体……毒の沼地を連想する何かが飛んでくる。

 避けようとした所でアルリーフさん達に命中しそうだったので俺は必死に立ちはだかった。


 だ、大丈夫か?

 うぷ……水が目と鼻に入った。

 全然痛くないけど濡れる!


 ジュッと嫌な音が聞こえる。

 装備していたスモークアーマーが溶けて行ってるぞ!?

 大丈夫なのか? とは思ったけど俺の肌には何の効果も無い。


 とりあえず毒生成の項目を確認。


 虚弱化の猛毒

 強酸性毒

 ブラッドフラワーの毒素

 ドリムスヴォイタαの毒素

 ドリムスヴォイタβの毒素

 ドリムスヴォイタAの毒素

 ドリムスヴォイタBの毒素

 トロイブレインの毒素

 トロイマジックの毒素


 何かいろんな細菌を俺に感染させようとしていたみたいだけど割と本気で大丈夫なのか?

 戦闘終了と同時に俺が死にそうで怖い。


『何!? これだけの攻撃を受けて装備の破損だけ? いえ、ありえません!』


 若干エルバトキシンがうろたえた様に見えたけど即座に持ち直して飛びかかってくる。


「おっと!」


 かなり早いけどアルリーフさんの毒素と瘴気で溢れたこの空間内での俺の能力は通常では考えられない程、跳ね上がっている。

 しかも毒吸収の効果なのかいろんな付与効果が作動して、更に能力が上がっているのがわかるぞ。

 エルバトキシンはかなり強力な魔物なんだろうけど、今の俺なら対処できない速度では無い。


『無駄な抵抗はやめて素直に負けを認めたらどうだ? 今の我等は貴様の攻撃を初め、辺りの瘴気すらも力とする……我が弱体化していると侮った貴様に勝ち目など無いのだ』

『ぐぬぬ……』


 ヴェノが勝ちを確信したからか言い放ったけど、俺の放ったボルトが命中しても大したダメージを受けている様に見えないんだけど。


『強がりを言っていますが、先ほど貴方の放った毒は随分と脆弱な物でしたね』

『そう思うか? 先ほどの攻撃はけん制でしかないぞ』

『……』


 ジリっとエルバトキシンは俺を睨み付けながら間合いを計る。

 背後にアルリーフさん達がいるから無理な動きは出来ない。

 悟られない様に対処しないといけない。


 しかし、もしかしてチビチビと攻撃をしながらコイツを仕留めるのか?

 俺の毒付与も効果がある様に見えないんだけど?

 いや、アルリーフさんの両親達が駆け付けるのを待った方が良いか?

 怠けていたつもりはないけど決定打がな……。


 細菌や毒を使いこなす強力な魔物であるエルバトキシンに、毒使いである俺は耐性面では有利に働いているが、俺が出来る範囲での攻撃も決定打になりきれない。

 所持属性が同じ……ゲーム風で言うなら両方が効果的な攻撃が出来ない。

 カエルの面に水の様な物だ。

 こんな状況をどうやって打破すりゃいいんだよ。


『おい。何を勝手に絶望しておる。良いから汝の所持する強力な毒を奴に向かって放てば良いのだ』


 ヴェノが睨み合う俺に対して忠告してきた。

 でも……。


『良いから早くせんか! 後は実験……これを使うのだ!』


 ヴェノが指示したのは中度麻痺毒と虚弱化の猛毒だ。

 いや、後者はコイツから得た毒なんだが……。


『ふん!』


 エルバトキシンが俺に向かって飛びかかり、手に紫色のオーラの様な物を纏わせて薙ぎ払ってくる。


「うお!」


 屈んで間一髪で避けた後、ボルトに追加で毒付与を施す。

 考える暇もない。とりあえずヴェノの言う通りにしてみよう。


「ユキヒサさん!」


 アルリーフさんがムウ達の手当てを終えてバインドウィップとリーフショットで援護をしてくれる。


『煩わしい!』


 軽く弾くだけでアルリーフさんの攻撃はカ程にも貢献していないけれど、この隙を俺は逃がさずクロスボウの引き金を引く。

 ドシュっと音を立ててボルトがエルバトキシンに命中、続けざまに連射!


『ぐううう……』


 そのまま前転する形で回り込みつつクロスボウのボルトをチャージして何発も放った。


『ぐああああ……な、なんだ!? ち、力が……』

『それは貴様が一番分かっているのではないか? 先ほど放っていた毒素を変質させたものだぞ』

『私自身の毒を使った? そんな――くううう』


 お? 動きが若干鈍くなっている。

 今がチャンスだ!



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