三十二話
「えーっと……」
「ムー」
仮設病室になりつつある役場に行くとムウが先だって歩いて行き、あの日見た冒険者の一人を発見した。
こんなに早く発見出来たのは運が良いな。
村では俺は顔が利く様になっているので駆け付けてきた職員も怪訝な目を向けはするが注意はしてこない。
しかもアルリーフさん一家が同伴しているのである程度は何をしても問題は無いだろう。
コイツの仲間は……居ないな。
逃げ出したのか?
「う……うう……」
ドリムスヴォイタに感染し、体中から結晶を生成させている冒険者を見る。
かなり症状が重いな……話をする事なんて出来るのか?
『まずはドリムスヴォイタに効果的な皮膚上に結晶が出るのを阻害する薬を多めに……毒物と思える濃度で毒付与した刃物で突いてみよ。それから気付け薬を嗅がせれば意識は回復するだろう』
大丈夫なのか?
『冒険者だからこれくらいは耐えきるだろうよ。正直、ドリムスヴォイタは変異が激しくて薬の調合が間に合わん。話をするだけが目的なのだろ?』
「少しチクっとしますね」
大丈夫か不安になるが、言われた通りに調合した毒を刃物に付与して寝込んでいる冒険者の腕を軽くナイフで切る。
「うあ……!?」
何か微妙に痙攣している様な気がするけど大丈夫なのかね。
やがて毒が回ってきたのか呼吸が安定していく。
「治したのか?」
「感覚を麻痺させたに過ぎない。重症なのは変わらない」
日本だったら考えられない野蛮な方法だけど、回復魔法のある異世界ならこんな強引な事をしても大丈夫なのだろうと思うしかない。
で、俺は気付け薬を冒険者に嗅がせる。
「う……うう……こ、ここは」
「仮設の診察室だ」
「お、俺は死ぬのか!? 金なら払う! 助けてくれ……」
『冒険者と言うのは野蛮な奴も多い。誰が生命を握っているのかをわからせてから吐かせろ。でなければ舐められるぞ』
こんな状況で相手を舐めるってどう言った連中だよ。救いがない。
『それが人間……冒険者と言う生き物だ。いずれ汝も悟る時が来る』
ああもう……ヴェノの人間への蔑みがまた始まった。
まあ、言い逃れされたらたまったもんじゃないのは事実か。
推測できる範囲で疫病を広めた主犯格だなんて考えるとな。
「助かるかどうかはお前次第だ。この前、お前はダンジョン前で俺達とすれ違ったよな。まるで何かから逃げる様に……何から逃げたのか話せ」
「そ、それは……ぐ……」
冒険者は辺りを目だけで見渡し、自分達が起こした事件何だろう位は察した様な顔をしている。
責任逃れから黙っていようって考えは理解できなくはない。
下手をすれば村人達に撲殺される可能性もあるしな。
だが、俺達が知らねばならないのは、この病が本当に沼地のダンジョンから出てきた致死性と変異性の高い病か、魔物が関わっている病であるか否かだ。
前者だったらお手上げだ。
「冒険者としての信頼が命よりも惜しいのか? お前が黙っている所為で、お前も……この村も、いや、この地域一帯が全部消されかねないんだぞ?」
アルリーフさんの父親が殺気を放ちながら冒険者の胸倉を掴んで脅しかける。
おー……なんか脅すの上手だな。
さすがは麻薬すらも取り扱っている薬屋。この手の脅しは得意なのかもしれない。
普段はアルリーフさんと奥さんに毒料理を何時食わされるか分からない恐怖に脅されていると言うのに。
「ふん……別にお前じゃなくても良いんだ。お前の仲間は既に捕まえてあるしな」
ん? そんな話聞いてないぞ?
『ポーカーフェイスを心掛けろ。これはハッタリだ!』
ヴェノの指摘を受けて俺は無表情を意識して様子を見る。
ああ、なるほど。別に真実をコイツに話す必要はない訳ね。
こう言う時って良心の呵責とかで素直に白状するものだと思うんけどなぁ。
所詮……自分本位の荒くれ者が冒険者って事になるのかね……。
『どちらに転んでも薬屋一家が状況証拠を役場に報告したらこの冒険者共の信用は地に堕ちるぞ。信用に泥を塗る様な者に次の仕事などありはせんのだ』
冒険者って夢がある様でシビアな所があるんだな。
まあ、我が身可愛さに疫病を蔓延させながら黙っていたら当然の報いか。
「そ、そんな……ち、ちくしょう! わかった。話すから助けてくれ!」
冒険者は渋々と言った様子で語り始める。
あの日、冒険者達は沼地のダンジョンへ度胸試しとばかりに挑戦した。
彼等は中級冒険者……瘴気の濃い沼地のダンジョンでの依頼を達成すれば上級冒険者への足がかりとしては十分だと思ったらしい。
最近、沼地のコーグレイとか言う人造生命であるマイコニドを一匹連れているだけでダンジョンの出入りをしているなんて噂も耳にした。
あんな奴が攻略できるのだから俺達に出来ないはずはない。
そんな自惚れで、不運が冒険者達に振りかかった。
ダンジョンの一階で……大きなイモリみたいな魔物と遭遇したらしい。
冒険者達は普段通りに連携して魔物に挑んだ。
だが、魔物は物凄く機敏に動きまわり一人、また一人と尻尾と噛みつきで全員を弱らせ、魔法は息で吹き飛ばされてしまった。
強いと判断した冒険者達は即時撤退と判断し、逃げ出そうとしたその時。
魔物は大きく息を吸い込んで冒険者達に吹き付けた。
思わず咽る冒険者達だったが、その足でどうにかダンジョンから走って抜け出す事に成功した。
魔物もそれ以降……追ってくる事は無かったが、追われていると判断し、そのまま村までどうにか逃げ伸びた。
その時に、俺達とすれ違ったとの話だった。
『……なるほど、おそらく逃げ切れたのではない。逃がされたのだろう』
そうだろうな。
しかし、ブラッドフラワーの時も思ったけど、魔物の狡猾さに驚く。
病を感染させてから逃がすとか、どんだけだよ。
「だ、だから俺達は何も悪くは――」
パッとアルリーフさんの父親は冒険者の胸倉を掴む手を離した。
「チッ……沼地のダンジョンに新たに強力な魔物が住みついたんじゃねえかって疑惑はあったが、とんでもない奴が住みついちまって、病をばら撒いてやがったのか」
「調査依頼を冒険者ギルドは発行していたけど手遅れだったのね」
アルリーフさんの両親が舌打ちして呟く。
「だが……敵が何者であるかわかった分だけやり様はあるぞ。コーグレイの勘も中々に冴えてるじゃねえか」
褒められている様な気はするけど大丈夫なのか?
ヴェノ、その魔物を倒せばみんなは助かるのか?
『少なくともドリムスヴォイタが即座に変異する可能性は低くなるであろうな。ただ……問題はこの手の絡め手を好む奴は逃げ足も速くてな。仕留めるのは中々に骨が折れるぞ』
じゃあ沼地のダンジョンに既にいないとか?
『その可能性もある。おそらくだがブラッドフラワーをばら撒いたのもこの魔物で、自身の使い魔とも呼べる菌共を連結させて人間共を殺し、魔素を奪い、強くなろうと画策しているのだろう』
うげ……厄介極まりないな。
『浄化部隊がこの地域を浄化などしたら死んだ者達の魔素……経験値を総取り出来る。そうなれば更に強力な魔物に成長するかも知れんぞ』
「役場や国、冒険者ギルドに通報をするべきだ」
「……国は頭が固いから通る可能性は低いな。既に部隊の出発が決定事項になって居たら苦しい言い訳だと判断されるだろうよ」
「じゃあどうすれば……」
「手はあるだろ? この地域でまだ戦える奴等が集まって、原因の魔物を討伐すりゃ良いだけだ」
何かやる気を見せているけど、絡めての魔物相手に倒せば良いってのが上手く行くのか?
こうなった以上、なんとかしないといけないとは思うが、不安は尽きない。
「教会の神父に声を掛けな。こんな事を仕出かす奴の居所を炙り出すんだ! おそらくこんな手を使う奴は逃げ足が速い! 行くぞ!」
「ええ! 腕が鳴るわ!」
なんて言いながらアルリーフさんの両親は役場から飛び出して行ってしまった。
……なんか凄く元気に見えるけど、何なんだ?
無言で俺が指差すとアルリーフさんは若干呆れる様な表情をしながら苦笑いを浮かべる。
「えー……お父さんとお母さん、昔冒険者を少ししていまして、血が騒いでいるのではないかと」
ああ、そうなんだ。
どの程度の強さなのかはわからないけれど、そこそこの腕前何だろう位は想像出来る。
少なくともこの村近隣って結構魔物が強めだとは思うし。
こう……弱い魔物も居るけど基本はそれなりに強い魔物ばかりだから分かる。
ネットゲームとか俺も経験があるので、初期の弱い魔物しかいない地域とは違うなって。
そんな所で生活しているのだから多少は強くなきゃ生き残れないだろう。
アルリーフさんのLvもそこそこあったし、上げたのは誰だって考えると自然とね。
『確かに……瘴気の濃い地域は強い魔物が生息する傾向があるぞ。敵わない程に驚異となる魔物がいる様な場所に住んだりせんだろう』
そんなこんなでその日の内に近隣の村と町とで沼地のダンジョンに疫病の原因である魔物が生息しているのだろうとの話が伝わった。
ただ……沼地のダンジョンに挑めるほどの装備と強さを持っている者は集まりきらない状況であるのは変わらず……村の中でまだ戦闘出来る人員が名乗りを上げるに留まった。
自然と毒に耐性を持つ俺も参加を提案された。
ヴェノは若干怪訝な声を上げていたけど、ブラッドフラワー騒動の時にしっかりと責任を果たす義務を俺自身が背負う覚悟を持っていたので参加する事にした。
「よーし! じゃあみんな! 沼地に居るこの疫病の原因である魔物を倒すぞ!」
「「「おー!」」」
村でもタフな人員が集められており、それぞれガスマスク等の瘴気対策の装備を付けて掛け声を上げる。
「ムウちゃん! がんばるのよ! 私も残された時間をフル活用するわ!」
宿屋のおかみさんが斧を持った歴戦の戦士と言った風貌でアルリーフさんの両親と一緒にいる。
……宿屋のおかみさんも参加するんですか。
いやまあ、ムウの師匠みたいなものだし、頼りなるのかもしれないけどさ。
「ムー!」
ムウに声を掛けてやる気を見せているが……おかみさんの腕にドリムスヴォイタ特有の結晶が生成され始めている。
何だかんだ言って感染者は多いって事だ。
アルリーフさんを初め、アルリーフさんの両親達もいつ発病するかわからないのが恐ろしい。
……出来る限り早めに討伐しなくちゃいけない。
冒険者も参加を要請されていて、戦えそうな奴等は既に出発しているらしい。
ただ……地方の閑散とした村故に名のある冒険者は居ないのが厳しい所だと役場の人がアルリーフさんの父親に愚痴っていた。
そんな即席部隊で沼地のダンジョンへと向かう羽目になった訳だけど……。
「アルリーフ、お前はコーグレイの様に強い訳じゃねえ。だから家の家宝である聖剣を持っていろ。その剣を所持して居れば多少の瘴気はへでもねえだろうし、万が一発動出来れば目当ての魔物なんて簡単に倒せる」
そう言って、アルリーフさんの父親は薬屋の何処かから引っ張り出してきたと思わしき、一振りの剣をアルリーフさんに持たせる。
聖剣? なんで薬屋が聖剣なんて持ってるんだ?
「この剣……お父さん達が持っていた方が良いんじゃないんですか?」
剣を受け取ったアルリーフさんは困った表情で尋ねる。
「どうせお守りにしかならねえし、俺達は大丈夫だ。それよりもまだ未熟なアルリーフこそ持っていろ。御先祖様の加護で万が一の時にどうにかなるかもしれないだろ」
「……わかりました」
アルリーフさんは剣を背中に背負う。
俺はその剣を見て、眉を寄せて凝視するしか出来ない。
『ぬ? あの剣は……まさかこの薬屋一家』
あの剣……夢で見た覚えがあるな。
『何? 夢だと?』
ああ、この世界に来てから時々見る夢なんだけど、その夢で出て来る男が持っていた剣にそっくりなんだ。
『……そうか。確かに、我が憑依している汝ならばそのような出来事があっても何の不思議も無いな。汝の思う所を読み取っても我の記憶が流れ込んでいては気付きもせん。思い出していたと我が思うだけだ』
じゃあ……あの夢は……ヴェノの記憶の追体験何だろうと言うのがなんとなくわかる。
『あの剣はな。人間共に授けられた人々の祈りの結晶、英雄の剣とも呼ばれる一振り。剣種としてはカルマブレイズと呼ばれる……人間共を苦しめる罪深き者に効果を発揮する剣なのだ』
凄い業物をアルリーフさん一家は所持してるじゃないか! 大丈夫なのか?
『正直、危機意識を持っていた方が良いが、何分所持者に資格を要求する。剣の力を引き出す事など稀だし、普段はなまくらも同然の剣だ。だが……人間共を駆逐する勢いで病を振りまく魔物になら、発動したとしても不思議ではあるまいて』
……警戒はしておいた方が良いって事くらいはわかる。
人間が強制憑依召喚で強力な魔物を異世界人に憑依させなくても正面切って戦えるようになる武器なんだと思う。
ただ……ヴェノってあの剣で殺される様なドラゴンな訳?
『ふ……だから、我は恨まれる様な事はしておらんと言っておるだろ。現にアレが発動した際の攻撃で死ぬ事は無かったのだ』
なんか情けない事を言ってないか?
どうもヴェノって生き残る事を最優先にしている様な気がするんだけど……。
『人間共と争っても良い事など無いから避けておったのだ。それにあの剣は中々に厳しい判断をしおってな。欲望を滾らせながらドラゴンに襲いかかる様な人間を殺しても、そんなに業を受ける事は無い。さらに我は半殺しで我慢するのでな』
ああそうですか。
って……つまりアルリーフさんってヴェノの夢に出てきた奴の子孫って事?
『かもしれん……出来れば距離を置きたい所だ』
今までとは距離感のある冷たい含みがヴェノから聞こえた。
……あの夢がヴェノの記憶なのだとしたら、信じてその身を犠牲にしたのにその恵みを無駄遣いした者達の直系がアルリーフさんという事になる。
別にアルリーフさん一家に直接の恨みは無いが、それでも禍根はヴェノの中で渦巻いているって事なんだろう。
「そんじゃ行くぞ! ほら、コーグレイ! お前も続け!」
「はいはい」
ぞろぞろと村の連中でも戦いの心得のある無事な者が続く。
アルリーフさんの両親を含めて、みんな重装備だ。
ガスマスクは元より、酸素ボンベらしき物まで装備している。
「コーグレイは瘴気の中を歩いても平気なんだよな?」
「ええ」
「はー……噂に聞いてたけど凄いわね」
宿屋のおかみさんが俺を見ながら呟く。
「ほらアルリーフ。コーグレイにお前特製のお弁当を食わせるんだろ? しっかりと食わせて戦いに備えさせるんだ」
「……はい。なんかお父さんに言われるのは釈然としませんが……」
アルリーフさんが俺に冒険に出る際に作ってくれるお弁当箱を受け取る。
中身を確認……パンの角で二足歩行するサンドイッチみたいな物が箱の中で運動会をしていた。
なんて言うか……毎度の事ながらいろんな意味で凄い代物だと思ってしまう。
自覚があるし作りたがらないのを効率の為に無理言って頼んでいるのだから食べよう。
一つ……いや、一匹手に取って頬張る。
前に食べた肉と同じ様にこの世の不味さを俺に教え込んでやる! とのメッセージを叩きつけるような味わいが口の中に広がって行き、俺独自の器官である毒味がその味わいに酔い痴れる。
うん、相変わらずめちゃくちゃ美味い。
「あ、あ、あ……あはは。さすがは、毒喰らいのコーグレイ。この程度の瘴気なんてなんとも無いのね」
何故料理を食った事に対する返答を意図的に避けた。
瘴気の話はちょっと前に終わっただろう。
「そうだぜ。家の娘の殺人料理を毎日食っているからコーグレイは今回の疫病騒ぎで感染しねえんだ」
「なるほどねぇ」
納得しないで頂きたいけど……否定も出来ない。
これが物凄い猛毒で俺の体の中を駆け巡っているのだとしたら生半可な毒物や細菌は死滅してしまうのではないだろうか?
体に良い細菌とかも同時に殺してそうだけど……俺、大丈夫かな?
『今更ではないか?』
言うなよ。悲しくなるだろ。




