三十話
「上位職なんかは何か違いがあるんですか?」
神父に聞いてみよう。
珍しい職業らしいしあっちも踏み入る事は無いはず。
「えー……この書物には詳細が描かれていませんが、薬師の上位職である錬金術師や治療師にもなれる……可能性はあるでしょう。他には精霊術師などにも派生する様です」
「結構出来る転職先が広いのでは?」
「そうですね……本来、薬師は戦士系派生職の剣士の様な職業ですので、ある意味では可能性が広まるでしょう。ただ、その分出来る事やれる事を定めなければ苦労もすると思いますよ」
可能性を絞って出来る事をわかりやすくしたのが薬師だとするなら、その大元が呪術医って事になるのかな?
「じゃあ折角だし試しになって見る? 何事も経験だと思うよ」
何より俺の影響ってのが少し気になる。
選択としても悪い話じゃない。
現にアルリーフさんって生まれつき魔法が使える才能を持っていた訳だしね。
「ユキヒサさんがそう言うのでしたら……やってみます」
そんな訳でアルリーフさんは呪術医になるのを決めた。
うん。これで仮に俺が賞金首だと知って失望した際、薬師にすら拒否感を抱かずに済むだろう。
アルリーフさんを中心に淡い光が集まって散った。
どうやら上手く転職をする事が出来た様だ。
新たに開いたセンスなどをアルリーフさんは確認している。
「えーっとマジックセンスを更に掘り下げたプラントマジックセンスと言ったスキルが発現しています。後は……はい。メディカルセンスがドクターセンスに変わっていますね」
「薬師と違いは無さそう?」
「いえ……他に呼吸時間延長が付いてます。確かこのスキルは漁師等の水中戦闘が得意な職業が習得する物だったかと思うのですが……」
アルリーフさんが神父に尋ねると頷かれる。
「そうですね。この辺りの地方では瘴気等を少しでも吸わない為に持っていると有利なスキルです。中々良い職業が発現しましたね」
「はい!」
「それではアルリーフの転職の洗礼を終了します」
神父はそう言っていつの間にか出したベルを鳴らす。
「それで……コーグレイは転職を行いますか?」
「いえ、俺は問題ないです」
ステータスを確認すると転職可能ってスキルが出ていないんだ。
上位にも下位であるポイズンアースにも戻れない。
今は少しでも前に進む以外は無いんだよな。
ムウはどうなんだ?
なんて思いながらムウを見ると。
「ムウムウ」
しないとばかりに手を振られた。
「それでは、当教会を利用して頂き、ありがとうございました。またいつでも来てくださいね。人々は貴方達の活躍を期待しています」
神は、と付けないのな。
こう言った所が俺の知るゲームや宗教との違いか。
「ありがとうございました」
アルリーフさんも神父にお礼を言っている。
それからステータス画面を弄りながら何やら考え込んでいる。
古いとはいえ珍しい職業になったのだからどうしたらいいかを考えているって所だろう。
『では恒例となりつつある我の転職祝いを授けるとするか』
大丈夫なのか?
色々と出所が怪しい代物を渡して疑われたらやばいぞ。
『汝の所持する武具という事で誤魔化せばよいであろう? まあ、小娘には過ぎた武器を支給するのもどうか、という意見も参考にするとして……では物品ではなく知識を提供すれば良いか』
などとヴェノは呟きながら何かをし始める。
『ではこれを娘に渡せ』
そうしてパッと俺の目の前に羊皮紙……ってこれ、加工した毛皮じゃないか。
で、何やら文字が書き込まれている。
「ユキヒサさん?」
『プラントマジック。おそらく植物を媒介とする魔法群の資質が開花したのならば、この辺りの魔法式を覚えれば良いであろう』
おま……実は魔法職じゃない俺が収納魔法を使える事を忘れていないか?
こんな完全に魔法に関して熟知してますよー、なんて代物渡したらますます怪しまれるだろ。
『汝が広めた我の立ち場で誤魔化せ。今は遠くにいる師匠扱いでな』
くそ……質問されても詳しく答えられないんだぞ。
その時はお前の台詞を音読するからな。
『良いであろう。ゆっくりと、魔法に無頓着な汝もわかりやすい発音で魔法式を描かせれば良いだけの事よ』
思わずため息の出そうになるのをぐっと堪えて羊皮紙をアルリーフさんに手渡した。
「これは……?」
「植物系の魔法ならこの辺りを習得すれば良いんじゃないかな? 前に師匠が描いたのをもらっていたからさ」
「な、なるほど……」
アルリーフさんがヴェノの描いた羊皮紙に目を通す。
「これ、凄いですよ。わかりやすく応用の幅が利きながらも最低限の魔力で発動可能な魔法式です!」
食い入るようにアルリーフさんが羊皮紙を読みこんでいるのがわかる。
それってそんなに良い物なのか?
「ユキヒサさんって凄い人の弟子をしていたんですね!」
人じゃないけど……まあ良いか。
『ちなみに我が記した魔法はウィップバインドとリーフショット、そしてアロマヒールという植物を媒介にして使用する初期魔法だぞ』
ヴェノが細かく説明してくれる。
ウィップバインド、蔓の鞭で相手を縛り上げる拘束魔法。
リーフショット、この葉に魔法を付与して切れ味を増して素早く射出する攻撃魔法。
アロマヒールは植物の力を活性化させて傷の手当てを行えるそうだ。
『我の推測でオススメなのはアロマヒールだ。ムウと植物栄養剤を媒介に使えばムウを効率的に癒やせる。同時に我等も手当てできる』
「ムウ?」
ああ、そう。
こんなに一気に覚えられるか些か不安だけど、大丈夫なのかな?
「待っていてください。すぐには使えそうにないので」
「気にしないで良いよ。狩りも終えたし、今日は解散で良いかな?」
「ダンジョン前ですれ違った冒険者に関して調べないんですか?」
「ああ、あったね。それくらいなら俺も酒場に行くついでに調べて来るから気にしないで。アルリーフさんは父親ともう少し話をすべきだと思うし」
こう……俺の嫁に出す事が確定事項になっている様な気もするしね。
その辺り、親子でしっかりと話し合った方が良い。
いや、割と本気で。
「……わかりました。今日採取した薬草類の買い取りもしてもらって置きます」
俺の意図を察したアルリーフさんは頷いた後、宿敵とも呼べる自らの父親の元へと戦いに行ったのだった。
俺はその足で酒場に行って、酒場のマスターに声を掛けたり冒険者の様子を確認したんだけど特に異常らしい話を耳にする事は出来なかった。
何かしらの敗走をしたとして、村に来るまでに手当てを終えて黙り込んだって事なのかもしれない。
そんなこんなでその日の狩りを終え、俺達とアルリーフさんのパーティー活動一日目は問題なく終了したのだった。
深い深い土の底、ぼんやりと意識が覚醒して行くのを視界の主は感じる。
強張った体を少しずつ解き解し、失われた魔力を吸いこむかの如く呼吸をする。
まだ体のだるさは抜けきれないが、視界の主は闇の中を泳ぐように土をツメで掘り出しながら地上を目指す。
アレからどれだけの年月が過ぎているかわからない。
ただ眠った様に、体感的には先ほどまで大決戦の真っただ中だった。
それでも、戦いは既に終結しているはず。
目覚める前に夢見た、目覚めの時に見える未来を思い描きながら視界の主は掘り進み、地上へと顔を覗かせる。
そこに映し出された光景は……廃墟と呼ぶべき光景と何らかの爆心地の名残。
「……」
思い描いていた国など微塵も存在しない。
空気を吸い込んでみる。
僅かに何かの匂いが鼻を擽る。
脆弱な生き物では肺に入れるだけで焼けただれそうな、汚染された空気だと即座に理解する。
自身の力で成長させ、育てたはずの世界樹は何処にもない。
朽ちた残骸と思わしき物があるだけだ。
「ギャアア! ガヤアア!」
目を凝らして遠くを見つめると、汚染された空気が凝縮して魔物を形作る。
「……ここは一体……」
視界の主は頭を抱える様に羽ばたいて辺りを見渡した。
人の生活していたであろう残骸は所々に名残が見える。
開拓の夢を語った男やその仲間達と飲み交わした思い出の丘もある。
目立つ広場に降り立ち、辺りを見渡すとそこには何やら石像の残骸があった。
そこには……英雄として崇められる者達と、粉々に砕かれたドラゴンらしき像。
「アレから、我は……どれだけの時間を眠っていたのだ?」
理解はしていても、まさかそんなにも長い歳月を眠っていたのかとドラゴンは茫然と佇む。
あんなにも語り合い、ずっと続く平和な国を目指したとしても、こんなにもアッサリと滅ぶ物なのか……。
羽を広げ、その地を飛び立つ。
いきなりの変化に追い付けず、視界の主は飛びまわった。
そして汚染された空気……瘴気の薄れた地方まで飛んで人里に近づいたその時!
「キャアアアアアア!」
「ド、ドラゴンだ! 邪悪な、世界樹を汚したドラゴンが現れたぞ!」
いきなりの悲鳴と共に無数の兵士や冒険者達が視界の主が声を掛ける前に先制攻撃を仕掛けてきた。
「ま、待つのだ! おい。我は貴様などと戦う気は無い。話を聞け!」
「ドラゴンが声を発したぞ! 声に耳を傾けるな!」
「そうやって世界樹に取り入り、力を奪い取った後に世界樹を消失させたんだな! 今度は何をするつもりだ!」
等、人間達は視界の主に向かって武器や魔法を手に襲いかかってくる。
「良いから話を聞かぬか! あやつを……かの国はどうなったのだ!?」
その問いに答える者はおらず、その場を撤退することしか出来なかった。
後に、偶然話をする事に至った人間や、話が通じた魔物仲間から話を聞いた所……開拓の夢を語った男の国は数十年で滅んだとの話だった。
発展した魔法科学文明がよりよい世界を作ろうと世界樹の力を増幅させたその時、世界樹に寄生していた邪悪なドラゴンが奪い取り、世界樹や国の重要機関を破壊。
汚染された空気をまき散らして去って行った。
これは全て、恩着せがましく人間の味方をしていたドラゴンの企みだったのだ。
などと語り継がれていた。
身に覚えのない罪を背負わされたドラゴンは失望を胸に抱いた。
世界樹を利用できなくなった人間達は魔法技術を消失……視界の主が眠る前よりも文明が後退している。
「ふ……所詮、人間などこんな物なのかも知れんな」
アレだけ大層な夢を語ったその口で、技術に溺れ、力に溺れ、失敗した責任をその場にいなかった我に擦り付けたのだろう。
開拓の失敗を押しつけるには丁度良い生贄だ。
エルフ共は世界樹を悪用して身の破滅を産み、その愚かさを見ていた人間は何も学ばず、同様に愚かな事を仕出かしたのだろう。
「愚かな夢を見たものだ……より良い世界など、ありはしないのだ」
そんな期待を裏切られた失望の中で、視界の主は空を飛んで行く。
何も変わらない。
より愚かな方向へと転がって行く生き物達……視界の主は増えて行く瘴気の世界を傍観する。
ああ、退屈だ。
あの輝かしい日々は幻想であったとしても、それでも楽しくはあった。
だけど……こんな思いをするのならば、あの時も傍観者でいるべきであったのだろう。
視界の主の溜息は深い。
怠慢か、それとも信じる神にすら見捨てられたか、もしくは仲間すらも信じられないのか、名のある魔物を倒す手段さえも変化していた。
強制憑依召喚という人間共が唱える魔法式を耳にして、呆れる。
正当な決闘である戦いさえも冒涜する技術ばかり発展している様に見受けられる。
古代魔法にある異世界人を呼び出す魔法をこのように悪用するとは……どうしようもない。
まあ……いずれ人間共は世界中に蔓延する瘴気の飲まれ、消え去るだろう。
自らが生み出した、汚染された空気で滅ぶとはなんとも愚かしい事か。
エルフと変わらん。
人間共が滅んだら、今度はどんな生き物がこの世界を我が物顔で闊歩するのか興味がある。
今度こそ、手助けなどしない様にしよう。
そう心に決めた……。
アレから三日が過ぎた。
俺達の魔物退治による鍛錬は中々に順調だろう。
毒の沼地に入ってチビチビ戦っていたのが嘘だと思える位には快適だ。
ヴェノが書いて渡した羊皮紙の魔法式をアルリーフさんは渡した翌日には使える様になった。
そのお陰でより効率が上がった。
蔓を地面に刺すと相手の足元から生えて来て縛り上げて動きを止め、葉っぱを持って魔法を唱えながら投げつけると手裏剣みたいに魔物を切り裂く。
挙げ句、ムウが自己再生する際のスタミナ消費をアロマヒールで回復させることで、ムウの消費を大きく減らせるのだ。
しかもLvが上昇した影響なのか、呼吸時間延長が成長したそうで、実験に瘴気の濃い場所でも何とか戦えるくらいの余裕があるらしい。
割と上位冒険者じゃないと瘴気の濃い場所では厳しいそうなので、そう言った意味では基礎職と同じ位置にある呪術医は瘴気のある地域では優秀な職業だと言える。
ヴェノが教えた魔法も使いこなしているし……やや背伸びして沼地のダンジョンの地下深くへ挑んでみるのも悪くないかもしれない。
あ、ちなみに沼地でLvをそこそこ引き上げた後、瘴気の無い沼地の反対側にある岩山の方に出かけた。
さすがに沼地以外での戦闘も経験しておきたかったからだ。
やはり瘴気の無い所だと俺の能力も若干の低下が見受けられた。
何だかんだ言って地形効果って馬鹿に出来ないってのが素直な感想だな。
とは言ってもアルリーフさんに料理を作ってもらってブースト状態で戦っているんだけどさ。
「今日も楽に戦えましたね」
「うん。これもアルリーフさんのお陰だね。申し訳ないと思うけど、もっと凄い料理をしてみてほしい」
「は……はい。なんか複雑な気持ちになりますが、がんばります」
まあ、自分の料理が不味いを超越した代物であるのを理解している人に、もっと凄い物を作って見てくれ、なんて言ったら複雑な気分なるだろう。
だけどしょうがない。
俺は食える訳で、もっと効果的な料理があるかを実験しなくちゃいけないんだからな。
そもそも俺自身の毒吸収が何処まで吸収出来るのか限界を知らなくちゃいけない。
これは食えない、許容オーバーだと思えるラインが分かれば自然と出来る範囲を理解出来る。
そう言った意味でアルリーフさんの毒料理は良い目安に出来る可能性を秘めている。
彼女の毒料理はまだ伸び代があるんだ。
「ムー……」
ムウが物凄く困った顔をしてこっちを見ている。
猫みたいな口がよりギザギザになっていると言えばわかりやすいかな。
アルリーフさんの料理がそんなに嫌か。
さて、ここ三日で出来る事が増えたのは何もアルリーフさんだけじゃない。
ムウだってそうだ。
ただ、その前にステータスの確認をしておいた方が良いか。
小暮幸久 毒使い Lv31
所持スキル 憑依リンク 毒吸収 毒放出 毒合成 毒物目利き 毒付与 ハンティングセンス ハンティングマスタリー4
エイミングショット トラップマスタリー2 コールファンガス 見切り フットワーク
ムウ ミューテーションマイコニド 戦士 Lv23
所持スキル 胞子散布 自己再生 スタミナ回復速度アップ(中) タフネス 毒使いの配下 転職可能 ウォーリアーセンス ウォークライ アックスマスタリー3 薪割りクラッシュ3 トルネードストライク2
基礎的なステータスの向上は元より、新しいスキルも習得している。
ただ、どうやら自力で習得しなきゃいけない物はLvが上がったからと言って即座に使えるようになるわけでは無い。
俺の場合は生成出来る毒物の種類が増えた。軽度麻痺毒から中度麻痺毒とかな。
トラップマスタリーとかは毒放出で落とし穴とかに毒を流し込む罠を設置する精度が上がったお陰だろう。
最近では誘惑毒という、幻覚毒と麻薬類を混ぜた毒物を設置する事で魔物が自然と罠を踏みやすくした物を使える様になった。
誘惑毒……落とし穴に仕掛けることで効果を発揮するんだけど難点もある。
受けた相手が興奮状態になって力が増す所だ。
なので使いどころを誤ると、結構悲惨な事になる。
その所為でムウがかなり酷いダメージを受けた。
傘の部分が吹っ飛んでバラバラにされて痛々しかったのは記憶に新しい。
……数時間後には自己再生でケロッとしていたけどさ。
見切りは接近戦も多少するようになって、魔物の攻撃を避ける為にがんばっていたら覚えた。
まあ……ヴェノが魔物の知識をそれなりに知っていて避け方を助言してくれるから助かる場合も多い。
フットワークは攻撃を避けようと意識すると体が少しばかり軽くなる。
明確にスキルを習得すると結構違いが出るので驚く。
俺はこんな感じ……次にムウに関してなんだけど、大体が前衛の戦士が行う戦い方なのは変わらない。
アックスマスタリーは斧の使い方に馴れてきたからだろう。
で……残り二つは自然に習得した物じゃない。
なんと宿屋のおかみさんに教わったスキルだそうだ。
「ムウ」
「そうそう……こうやって、薪を割る様に斧を振りおろす!」
ドン! と言う音と衝撃が宿屋の室内で調合していた俺の所まで響いた。
「な、なんだ!?」
驚いて見に行くと……。
「おや、コーグレイ、どうしたの?」
「いや……凄い地響きが聞こえてきたから……」
宿屋の裏手にある薪割り用の台毎、地面に地割れが出来ていた。
薪なんて木端微塵になっていたよ。
どんな剛力で斧を振り下ろしたんでしょうかね?
『ふむ……当たり所が悪ければ我も痛そうな一撃であるぞ』
ヴェノの感想に俺も同意する。
おかみさん、最初に会った時の貴方は細身の女性だったのに、今は小太りの剛力アマゾネスですねと言いたい。
「ムウちゃんは物覚えが良いわね」
「ムー」
ゆらゆらとムウがおかみさんの真似をして薪割りをしていた。
そんな感じで教わったのが薪割りクラッシュ。
ヴェノの話によると植物系の魔物に効果の高いスキルだそうだ。
で、そんな凶悪な斧の振り下ろしのベクトルを横に、且つ斧を投げ飛ばす応用スキルがトルネードストライクなんだそうだ。
便利だけど……教えてくれた人が納得いかない。
宿屋のおかみさんって何者なんだよ。
『汝、冷静になって良く考えよ。血の気が多い冒険者を相手に宿屋等を経営する肝の据わった者だぞ。実は相応の経歴を所持していても不思議ではあるまい』
ヴェノの言う事にも一理ある。
あのおかみさんにはあんまり失礼な事は言えそうにないなぁ。




