二十六話
「え、えっと……ユキヒサさん?」
「ん? 何?」
モグモグと食べながら顔面蒼白になっているアルリーフさんとその両親に目を向ける。
「そんなに食べて……大丈夫ですか? 無理をしてはいけませんよ」
アルリーフさんの母親が我に返って店の方から無数の解毒剤を抱えて持ってくる。
「大丈夫ですよ。むしろ、不思議な食感で飽きさせない味わいです。しかも力が漲ってくる様な気がします」
とりあえず、ステータスを確認してみる。
おお……凄い!
全能力値上昇と体力と魔力の回復速度上昇、そして経験値増加とスキル習得速度アップの効果が掛かっている。
しかも毒属性攻撃上昇まで……どこまで優秀な効果が掛かるんだ。
更に興味本位で毒生成を開いて項目を確認してみる。
アルリーフの毒料理の毒素
何か文字がユラユラと動いている様に見えるけど、項目が増えていた。
実に酷い名称だ。
これ……かなりの猛毒にカテゴリーされるんじゃないか? 何も弄れないぞ。
なんて確認しながら食べていたら皿の上の物は無くなっていた。
「ごちそうさまでした」
うん。凄く体が軽い。
少なからず蓄積していた疲労まで無くなっている。
今から沼地の方に狩りに行きたいくらいだ。
「ちょっと確認させてくださいね」
アルリーフさんの母親が俺の手や額に触れる。
後で聞いた話だけど、アルリーフさんの母親の職業は治療師という職業だそうだ。
「健康体よ。何の影響も受けていないわ」
「コ、コーグレイは収納魔法が使えるよな。食った振りをしているんじゃないのか?」
「あなた? 家の娘の料理はレジストされるのを忘れたの? これを収納出来たらそれこそ化け物よ」
レジストって……そんな効果もあるのかよ。
つまりこの料理は仕舞えないのか? いや、どういう原理なんだ?
「そ、そう言えば……」
アルリーフさんの父親が考える様に腕を組み、ぶつぶつと呟く。
「冒険者から聞いた噂なんだが、沼地のコーグレイが毒の沼地に入浴して体を洗っていたって話があったが……さすがに無いって笑われていたけど、もしや……」
ギク!?
まさか見られていたとは……どうやら非現実的過ぎて笑い話扱いみたいだけど、信憑性が出来てしまった。
ブラック企業直伝のポーカーフェイスで乗り切れるか?
「初めて会った時も沼地で浮かんでいましたよね。もしかして……」
ここでアルリーフさんの援護射撃が炸裂!
く……どうする!? どうやって乗り切る?
魔法で全て解決出来るのか? 教えてくれ、ヴェノ!
『……ぶくぶくぶく』
くっそ! 役に立たないドラゴンだな! 泡を吹いているんじゃない!
ならばしょうがない! ここは少しばかり開き直させてもらう!
「え、ええ……実は俺は毒使いという毒が効かず、毒で能力が上がる希少な専門職業でして、立地的に戦いやすいこの村に流れて来たんですよ。ですから食べる事が出来たと言いますか……」
少し厳しいけど事実は事実なんだ。
これくらいは話してもどうにか出来るだろう。
むしろ隠していた方が疑われてしまう。
ブラッドフラワーは古くからある病だろうし、俺が原因だと因縁付けるのは難しいはず!
「なんと!?」
「そんなものが……だが……ふむ……」
アルリーフさんの父親は更に考え込んだ。
少なくとも俺がアルリーフさんの料理を食べられた事は納得してくれたと思う。
「毒に関しては専門なんで人体に安全な量の調合は得意なんですよ。だから知り合いも熱心に俺に教え込んだんです」
やがて父親は娘であるアルリーフさんの肩を叩いた。
「アルリーフ、これは運命かも知れん。コーグレイ……彼ならお前の全てを受け止めてくれるだろう。絶対に逃がすんじゃないぞ」
「アンタは何を言っているんだ?」
娘を行き送れにさせようとしていたんじゃなかったのか?
「コーグレイ。これから俺の事は気安く、お義父さんと呼んでくれ」
この手のひら返しはある意味清々しい物がある。
どこの誰が毒物で俺を脅したんだっけ?
「お言葉は嬉しいのですが、アルリーフさん当人の気持ちと言う物があるので保留させて頂いてよろしいですか?」
当初の予定通りアルリーフさんはあくまで俺の手伝いと言う形で、しかも俺がこの村近隣に滞在する間だけの関係にしておくべきだろう。
「ユキヒサさん……えー、お父さんからの許可も下りましたので……これから色々とよろしくお願いします」
いやいや、なし崩し的に交際の許可が下りたけど何か違わないか?
そして……その日の内に俺の二つ名、沼地のコーグレイはアルリーフさんの毒料理を完食した男……毒喰らいのコーグレイへと変貌する事になったのだった。
「いやー! はっは! まさかアルリーフの料理を完食出来る程の逸材がこの世に存在するとは思わなかった! ワッハッハ!」
改めて昼食を食べる事になり、アルリーフさんのお母さんが料理をして食事を取る事になった。
こちらは普通に食べる事が出来る様だ。
その最中、いつの間にかアルリーフさんの父親が何処からか酒を持って来て昼間から豪快に飲み始めた。
ご機嫌である。
一体どうしたら娘を溺愛し、告白する者を全部追い払っていた癖に、娘の婿候補が見つかったと喜べるのか。
この父親の精神を俺は理解できそうにない。
「現金すぎると思いますよ?」
「これが笑わずに居られるか! アルリーフの全てを受け止められる者が見つかったんだぞ! これで娘が毒殺魔の汚名を被る様な目に会わずに済むんだ。これ以上の犠牲も出ない。喜ばないはずは無い!」
……もしやこの父親、娘が嫁入りする事に反対していたのはアルリーフさん自身を可愛がっていたのもあるけど、告白した相手の身の安全も考えても居たのか?
下手すりゃ殺人に至りそうな毒料理の才能を持つアルリーフさんが余計な不幸に遭わない為に……。
「いつか絶対にお父さんの料理に私の料理を混ぜますからね」
「やれるもんならやって見るが良い! ハッハー!」
いや、娘を挑発するなよ。
笑顔の裏で殺気を放ってるアルリーフさんが怖いんだから。
「ムー」
『なんとも……おぞましい味だったぞ。ドラゴンすらも昏倒させる料理とは……人間は時に恐ろしい偉業を成す物だ』
ムウはしばらくして意識を取り戻して動き始め、ヴェノもそれより僅かに早く回復した。
何だかんだ言って回復が早いのは毒ドラゴンであるからかもしれない。
『味覚だけでアレだぞ。実際に食したらどうなるかわからん』
とりあえず失神している最中に何があったのかをヴェノは察した様だ。
『あまり手の内を明らかにするのは勧める訳にはいかないが、あの状況と汝が得る食事によるボーナスを天秤に掛けたら悪い物では無い』
そりゃあ……。
魔物退治に出る際にアルリーフさんの料理を食べて行けばそれだけで能力が上がるし、スキルの成長補正も上がる訳だ。
追っ手の気配が来るまでは利用しない手は無い。
しかもアルリーフさんに頼んでお弁当でも作ってもらっておけば生半可な回復薬を上回る効果を期待できるだろう。
まあ、あくまで俺は珍しい職業である毒使いだと言う事で誤魔化している。
ドラゴンを内包していますなんて話は一言も話していないし、ヴェノに繋がりはしない。
そう思うほかない。
「まったく……食事前に酒を飲んではしたない……さ、出来ましたよ」
アルリーフさんのお母さんが出来上がった料理を並べ始める。
おお……具沢山のスープとピザみたいな料理だ。
中々に鼻をくすぐってくれる。素直に美味しそうだ。
「では食事の前に祈りを捧げましょう。コーグレイさんは気にしないで良いですよ」
「お構いなく」
アルリーフさん一家が椅子に座り、テーブルに肘を乗せて祈る様に手を合わせる。
「「「大地に眠る我等が聖竜様、本日も貴方様の慈悲により私達はこれから食事をする事が出来ます。この食事を糧にし、より善き世界を人々の営みを育んで行く事をここに誓います」」」
アルリーフさん一家は揃って祈りながらその言葉を呟いた。
食前の祈りって奴だろうか。
俺はあまり宗教に熱心では無い方なのでよくわからないけど、宗教徒には重要な事なんだろうな、位の認識で黙って待つ。
とは言え聖竜様って祈り方からするとヴェノが敵対している国とは関係無さそうで何より……かな?
『確かにそうであるな。聖世界樹教は母なる大樹よ~とかを食前に呟いておったはずだ』
「ムウムウムウ……」
ムウが真似して何か呟いて祈っている。
その動作はアザトイと言えるくらい可愛げがあるな。
「それじゃあ頂きましょう。コーグレイさんも食べてくださいね」
「ははは。コーグレイはアルリーフの料理をこれからたらふく食うんだからそこまで気にしなくて良いよな?」
「お父さん、いい加減にしないと怒りますよ」
「ええ、今回はアルリーフに取って良い日だと思うから保留にしているだけなんですからね」
「はっはっは! 俺はこの程度じゃ引かねえぞ!」
ご機嫌なアルリーフさんの父親の話を聞き流す方向で食事をする事になった。
うん。アルリーフさんのお母さんの料理はとても美味しいと思う。
酒場で出される料理とか硬い肉とかが多くて自炊する様になって来たけど、それを差し引いても美味しい。
かなり良い肉や食材を使っているのではないだろうか?
御馳走の次元だと思われる。
うーん。
アルリーフさん達には硬い肉を美味しくする軟化毒を利用したステーキを後で提供するのも悪くはないかもしれない。
毒を使用しているけど味はとても良いし、事情もある程度理解してくれるなら問題ないだろう。
「そうそう、話が途中で脱線してしまったけど、コーグレイさんにはアルリーフが出来る事を説明しないといけませんね」
アルリーフさんの母親がそう誘導するとアルリーフさんが若干照れくさそうに視線を逸らしつつ頷く。
「えっと、はい。私は特殊初期職からの派生で薬師をしていまして、特殊初期職に戻すことでユキヒサさんの仲間として奉仕して行きたいと思っています」
「え? アルリーフさんも俺みたいに変わった職業に就いていたんですか?」
「と言うよりも家の家系独自の特徴と言うべきでしょうか」
「そうだぞ。家はどうも変わった系譜らしくてなー! 親戚には教会で聖職者も経験している奴が居るんだぞ」
アルリーフさんの父親……飲んだくれが何やら誇らしげにしている。
「ここは個人差が出るのですけど、私はDサイアースと言う魔法資質の高めのアースから薬師に転職をしたんですよ。DサイアースのLvは13、薬師はLv18ですが戦闘の手伝いをするなら別の職業をするべきだと思っています」
ふむふむ……どうやらアルリーフさんは毒料理を作る以外は魔法寄りの基礎資質を持っていると言う事か。
ところでその頭文字のDはデットリーとか怪しげな所から来ていたりしませんよね?
毒料理の才能があるみたいですし。
「なので転職前からマジックセンスは所持していたので攻撃も回復も魔法は少しばかり使えます。本格的に覚えないと行けませんが……」
「その頭文字のDは……」
「……」
あ、アルリーフさんが視線を逸らした。
「私……生まれつき『死へ誘う料理』ってスキルを習得していまして……」




