二十五話
「まあ、腕は確かだろうよ。あの魔力薬の腕前を見るとな」
「あなた、コーグレイさんの方が薬作りの腕前は上なんじゃないかしら?」
「なんだと?」
ああもう……アルリーフさんの両親が睨み合いを始めてしまった。
この夫婦、仲が悪いのか?
「いえいえ、俺は割と頭でっかちでして、経験はそこまでないですよ」
実際、ヴェノに言われるままに作っているだけだから精度と言うか色々な所で拙い所が多々出て来る。
どうも毒使いという職業にある毒生成のお陰でセンスやマスタリーは補完されているみたいなんだけど、結局は経験が足りない。
薬作りを本職にする訳じゃないから今のままでも良いのかもしれないけど。
むしろ毒作りをもう少しやるべきなんじゃないかとも考えている。
毒吸収のお陰で俺専用で回復薬代わりになるし。
この先、逃げる場合は毒の沼地以外の場所に行く事だって増えるだろう。
そうなった際の手立てとしては必要な物だ。
「一応、流れの冒険者ですし、薬売りではないんで……」
「ふむ……その点での相談は今の内にすべきか?」
「ええ、コーグレイさんはアルリーフをどのポジションで運用するつもりで?」
「え?」
もう既にアルリーフさんを奉仕するのが確定事項としている件については置いておこう。
しかし、ポジションって何を言いたいのだろうか?
「えーっと……俺が採取してきた薬草や毒物をアルリーフさんに調合を代行してもらったり、売りさばいてもらったりって事でしょうか?」
「そうじゃねえよ」
違うって事は……えー、奉仕するとしてエロい事は論外と見て……何をさせるって?
「冒険者であるコーグレイさんはアルリーフを戦闘時にどの役割を持たせる事を望んでいるか、ですよ」
「ああ、そっちですか」
「家のアルリーフは薬師として修業を積んではいますが、魔法もそこそこ修練しているので役には立てると思いますよ」
「だが、コーグレイも魔法使いだろうし、連れてる人造生物に前衛を任せてるとなると、どう考えてるのか聞きたい所だぜ」
何だろう。
アルリーフさんの両親って戦いの心得とか持っているのだろうか?
『あそこまでブラッドフラワーの浸食を受けて生きておった訳だからな。それなりの強さは持っておるのかも知れんな』
まあ、店を持つまでは薬師として行商とかしていたのかもしれない。
アルリーフさんも行商に行かせていたみたいだし。
そもそもアルリーフさんは頻繁に山やダンジョンに出掛けている。
となると多少の心得があるのは当然か。
「アルリーフ、後で教会に行って転職をするんだぞ? 薬師は奉仕が終わってからでも出来る」
「コーグレイさんと一緒に居れば学ぶ事は出来るから薬師業は後回しにした方が近道よ」
両親が薬師からの転職を勧めてますが、アルリーフさんはそれで良いわけ?
この世界の常識というか、家族観がよくわからないな。
「いえいえ、アルリーフさんが薬師で居たいのでしたらそのままが良いかと思うのですが」
「何言ってんだ。家のアルリーフの妙な所はまだまだあるんだぜ」
おいおい。まだ何か隠してる訳?
あ、アルリーフさんの料理の匂いがしてきた。
……何か良い匂いだなぁ。
「ムー!?」
なんて思っていると……ムウが突如痙攣し始める。
フラフラと部屋の隅の方に逃げるように座り込み……ん? 普通のキノコでーすとばかりに擬態……じゃないな、根を張る様な体勢で目が白くなった。
いや、どうした!
『……失神しておる。何があった?』
ヴェノ自身も首を傾げながらムウの方に意識を向けている。
俺が首を傾げながらアルリーフさんの両親に視線を戻すとぎょっとした。
いつの間にか二人揃ってガスマスクを付けているのだ。
ムウだけじゃない。お前等もどうした。
「コーグレイさん、解毒魔法が使えるのでしたね。是非とも早めに使用すべきですよ」
「もしくは……ほら」
ポンと俺の前の前にガスマスクが置かれたけど……一体何が起こっているんだ!?
このガスマスクで何を耐えれば良いんだ。
「……出来ましたよ」
そこでやや不機嫌そうなアルリーフさんが何やら調理を終えてドンと……一皿の料理を机に置いた。
俺はそこで絶句してしまった。
『なんと……あの材料でどうやったらこのような代物が作れるのだ? 実に不可思議な事が起こっておる! まさに魔法としか言い様がないぞ』
そこには……カラフルな色合いをした蠢く何かが料理として自己主張していた。
何コレ? SAN値チェックに失敗すると精神が思い切り削り取られそうな代物なんだけど?
ミモザワイルドボアの??? 品質 不可思議
ワイルドボアの肉を独特の製法で加工した???
付け合わせに???のサラダも添えてバランスの良い付け合わせの料理。
おい。文字化けしてんぞ。
???ってなんだよ、ヴェノ。
しかも品質が不可思議ってなんだよ。
単位なら凄いって事なんだろうけど、これは不思議って意味での品質で間違いないだろ。
俺が無言で皿に載っている、料理を主張する何かを指差すとアルリーフさんの父親は頷いた。
「これが家の娘の特技にして行き遅れの原因だ! これの所為で家の娘を妻にしたいと求婚しに来た貴族も尻尾を巻いて逃げ出し、村の男共は揃って手を引いた」
「酷いです。お父さん」
「ええ。娘の恥をコーグレイさんに見せつけるなんて」
「だが、黙っていたら無駄な悲劇を起こしかねないだろう? コーグレイは恩人なんだからな」
などと言いながら最低にして最高の笑みを浮かべる父親。
えーっと、これは何なんでしょうかね?
「さあ、一口食ってみるか? ちなみに家の庭にこれを埋めたら草木一本生えなくなった。今では除草剤代わりに村の道には一定間隔で埋められているぞ。更に村を守る為に四隅に置く時もある」
それって大丈夫なんですか? と言いたいのをぐっと堪える。
一応アルリーフさんの手作りだしね。
「同様に沼地に捨てに行ったら毒性が増した所があったんだったか。アルリーフの魔物避けの香にはコレを希釈した物が使われているんだぜ?」
いや、自慢にならない事を言われましてもね。
あの異臭の正体はこれか。
つまりアルリーフさんは毒料理……ポイズンクッキングの才能を持っていると。
材料は極平凡な食材しか使用せず、何か不思議な工程を踏んでいる訳でもないのに、こんな代物を作ってしまうと。
俺が学生時代に読んだライトノベルじゃないんだから……。
最近では絶滅したと聞いたけど……さすがは異世界。実在するんだな。
『どういった原理でこうなるのか……実に興味深い。我の知識にも無い未知の現象だ』
ヴェノの方は出来上がった蠢く料理に興味津々だ。こっちはどうでも良い。
ムウが失神しているのはこの匂いの所為か。
おそらく長い事嗅いでいると、普通は毒が回って意識不明になるんだろう。
思い切りアルリーフさんが厨房の窓を開けて換気している。
「アルリーフが料理をしてるぞー!」
なんか外で村人らしい声が聞こえてきた後、静かになった。
恐怖の象徴として名物になってないか?
酷い話だ。
「えー……っと」
アルリーフさんの方を見ると居心地が悪いのか恥ずかしいのか、顔を赤くして俯いている。
自覚症状はあるらしい。
人に食べさせたくないみたいだ。更に言えば、料理は好きじゃないって顔をしている。
これが創作物語とかだと無自覚で主人公に食わせる訳だけど、自覚ありでやりたがらないのだから許されるべきだろう。
「料理をしない所に嫁入りをすれば良かったのでは?」
貴族からも誘われていたんだろうし、この短所を事前に知って居れば受け入れる事くらい出来るだろう。
自分の料理がこういう状態なのを自覚している訳だし。
「ここまでの代物を作れると言う事はそれだけ疑いを掛けられやすいとも言えるわけでして……」
ああ、毒殺とかそう言った事も出来るから、何か事が起こった場合は非常に疑われやすい。
そんな短所を安易に受け入れられないって事か。
「この辺りの村々じゃ料理が出来る女が第一でな。こんな特徴を持ってるアルリーフじゃ難しいんだよ」
美少女で顔も良くて、性格も真面目っぽいのに、短所一つで婚期を逃しそうになっているのかぁ……。
そこは男側が甲斐性を見せろと言いたくなるけど、アルリーフさんの父親を見て、納得した。
どうせ『家の娘が欲しけりゃそんな逃げをするんじゃねえ』とか言っているんだろう。
目が笑ってるし、娘離れで出来ないダメ親なのは一目でわかる。
「薬作りでは大丈夫なんだけどねぇ……何故か料理となるとこうなっちゃうのよ」
「つーわけで、家の娘と仲良くしたきゃこれを食え。嫌なら普通に雇用主として対応するんだな」
挙げ句、脅しかよ。
アルリーフさんと母親が軽蔑している理由がわかった。
「お父さん。何、ユキヒサさんに食べさせようとしているんですか。これはお父さんに作った物ですよ」
「そうよ。あなたが食べる為にアルリーフは作りました。さ、ちゃんと食べてください」
「俺を殺す気か!」
殺すとまで言い切ったぞ。
酷い父親だな。
「良いから食べなさい」
「い、嫌だ! 俺は一週間も寝込む訳にはいかない!」
無理して食うと一週間は寝込む程の代物なのかよ。
おそらく、一口で一週間って所だろうなぁ……全部食ったら死ぬ類なんだと思う。
「さあ! 所望していた物ですよ」
アルリーフさんが金属製のフォークを刺して父親に食わせようとしている。
ジュッと金属製なのに焼ける様な音がしたんだけど……。
母親の方は父親のガスマスクを外させようとしている。
まるで新手の拷問みたいだ。
「ぐぬぬ……こんな所で殺される訳にはいかない!」
「身から出た錆びです」
「ええ、店は私に任せてください」
生死の攻防が目の前で繰り広げられている様に見えなくもない。
しかし……匂いが凄く食欲をそそるな。
何だろう。
こう……何か人としての部分が警報を出しているんだけど、とても抗いがたい甘美な香りとして俺の鼻を刺激し続けている。
何に似てるんだ?
なんとなくだけどカレーの様な、良い匂いとして感じているんだと思う。
『中毒でそう感じているだけかもしれんぞ? もしくはそう言った誘発成分が入っているか……興味深い』
「あの……試しに食べてみても良いですか?」
俺の好奇心なのか、それとも本能的な何かが俺に抗いがたい何かを訴えかけている。
「は?」
信じられない言葉を聞いたとばかりにアルリーフさんと母親が俺の方を凝視している。
そしてどうにか逃げ切れると判断したのか、喜びの表情に変わった父親が笑っている。
何か不快だからここで引き下がるのも良いけど、食べてみたい衝動がなくならない。
これは……アレだ。
俺の毒吸収のスキルが訴えかけているに違いない。
「あの……」
言葉に迷うアルリーフさん達を無視して置いてあるフォークで肉だと思う蠢く何かを口に運ぶ。
「あ!?」
驚きで固まるアルリーフさん一家をしり目に肉を咀嚼する。
む……この肉、口の中で動くぞ!
しかも全力で舌に纏わりついて来て、味を擦りつけて来る。
如何に自分が不味いのか、その全てを味あわせ、その感覚で麻痺した獲物の体内……喉に向かって潜り込んで行こうとしている。
もはやこれは寄生生物の次元だ。ある意味ブラッドフラワーと大差がない。
さて、味の評価だが……これは生物の食べる物では無い代物だと、人間としての味覚、人間が持つ五基本味の甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の全てが拒絶している。
不味いなんて話じゃない。死を感じる味だ。
だけど他の何か……俺独自が持つ毒味とも呼べる器官が全てを上回っていると主張している様に感じた。
こう……舌の上でとろける濃厚な毒味が極上の霜降り肉に勝るとも劣らない肉汁を出しつつ、口の中で踊り続け、色々な味わいに変化して行く。
牛の様な豚の様な鳥の様な。
ヒレの様なモモの様な、レバーの様な……と、一口で無数に変わっていき、飽きさせない不思議なハーモニーを奏で続けている。
……なんで俺はここで食事漫画みたいな感想を述べているんだ?
『ふむ、そんなに美味いのか? どれ、感覚共有して我も味わって――ウッ!?』
そう言った直後、ヴェノが静かになり、声が全く聞こえなくなった。
心なしか感覚のどこかで泡立つ音が聞こえている様な気がする。
ヴェノ? おい、どうした?
『……』
ヴェノ、しっかりしろ!
そう思いつつも、パクパクと皿に載っている料理を食べ続ける。
フォークが止められない。




