二十四話
「報酬……依頼を受けた訳じゃないと思っていたのですが?」
「そこはけじめだよ。コーグレイはタダで仕事を受けて皆を治療してくれるなんて話が独り歩きしてみろ。困るのはお前だろうが!」
あ、はい。
と思わず頷くことしか出来ない。
ヴェノの懸念した問題をアルリーフさんの父親も既に把握しているんですね。
「何分、この村は裕福じゃなくてな……ブラッドフラワーを一発で治せる程の治療薬の知識に見合うだけの報酬を現金で支払うのは無理だ。もちろん、俺の店を担保にしてもな」
「えっと、払える範囲で良いですよ」
「だから甘い事を言ってると余計な奴に絡まれるって言ってんだ」
「でも……」
正直に言わせてもらうと下手に目立つのも危ない訳で。
俺は何だかんだ言ってヴェノの命を狙う連中に追われる立場だ。
酒場に張られている賞金首の張り紙に載っている位だし。
「お父さん、ユキヒサさんを怒鳴らないでください」
アルリーフさんが庇ってくれる。
良いね。君は俺の清涼剤だよ。
何よりブラッドフラワーの件以降、尊敬する眼差しもあって非常に気分が良い。
うん。
思わず鼻の下が伸びそうになってしまう。
ここはキリッとしていかないと。
「……はぁ。俺達一家は元より、村の連中もお前には感謝している。だからそんなコーグレイにタダ働きをさせるってのはいけない事なんだ。甘えるのは腐敗の始まりだ。相手を想うならしっかりと報酬を要求しろ。商人だったら舐められんぞ」
アルリーフさんの父親は若干愚痴る様に言ってくる。
「それでは……その報酬ですが、どうします?」
「ああ。そんな訳だから俺達が出せる報酬はコーグレイの提供した知識には釣り合わない。けど、これが出せる限界として……」
そう言ってアルリーフさんの父親は金袋を出してカウンターに置く。
「ブラッドフラワーの治療薬の売り上げと村からの寄付金、それと……家のアルリーフが足りない報酬分、お前に精一杯奉仕する。それで我慢してくれ」
「は?」
今、アルリーフさんの父親は何て言った?
金に関してはわかった。だが、問題はその次だ。
アルリーフさんが、なんだって?
『足りない報酬の分をそこの娘が奉仕する事で賄うと言っておったぞ。良かったな性欲を存分に満たせるのではないか?』
いやいやいや!?
唖然とした表情でアルリーフさんの方を見ると、若干頬を染めつつアルリーフさんは俯いている。
おいおい、薬代を捻出するために娘を売るって事か?
『汝、よく考えてみよ。若干ボケっとしているがブラッドフラワーの治療薬の作り方を知る者だぞ。絞れば更にいろんな薬の作り方を知っているに違いない。ならば娘を奉仕させて逃げられない様に囲い込む……人間共がよくする手だぞ』
そうなんだろうけどさー。
けじめとかの話はどうなった!?
『それはそれ、これはこれと言う奴だな。おそらく知識の報酬を支払える金は所持しておるに違いない。なんと強かな者達だ』
おかみさんに誘われて断った舌の根が乾かない内に来た縁談話に困惑を隠せないぞ。
「くそ……」
何かアルリーフさんの父親が悔しげに呻き、少し離れた所でアルリーフさんの母親が……扉から覗きこんでいる。
ちょっとホラーだけど、アルリーフさんの父親は母親に命じられて渋々言わざるを得なかったって事なのか?
「勘違いすんなよ! 奉仕ってのは仕事の手伝いだからな! 俺の娘に手を出すんじゃねえぞ!」
「お父さん!」
「ああ、弟子入りして長い事手伝いをする事で報酬分タダ働きさせるって事ですか」
なるほど、奉仕ってのはそっちね。
本気でビックリした。
だけどアルリーフさんの母親は婚姻の方を狙っているっぽい。
そんな訳で俺にとっても都合の良い方向に、俺も誘導する。
何だかんだ言って俺は追われる身だ。
俺に掛けられた容疑を払拭できるまでは婚姻なんて出来るはずもない。
そもそもヴェノに掛けられた魔法が解けたら俺はどうなるんだ?
元の世界に帰れるのか? それともこの世界に永住するのか?
まだ見通しすら立っていない。
こんな状態で嫁とかを考えては、アルリーフさんに失礼だろう。
『案外身持ちが堅いのだな。この娘を妄想のおかずにして悦に浸っておる癖に』
ヴェノ、うるさい。
それとこれとは別だ。一緒に冒険したいなーとは思ったけど、こう言うのは違うだろ。
「そうだ!」
アルリーフさんの父親も都合の良い俺の意見に賛同してくる。
とりあえずブラック企業勤務で備わった消極的商談術でうやむやにさせる方向で行くとしよう。
「とは言いましても……俺も冒険者だし、根なし草ですから何処へ行くかわかりませんよ? アルリーフさんにそんな無茶はさせられませんよ」
「か、覚悟はしてます! ユキヒサさんが高位の冒険者なのも承知しています。この恩を返す為、絶対に着いて行きますのでご指導をよろしくお願いします」
「ム?」
仲間? ねえ、仲間が増えるの?
って感じでムウが目を輝かせているけど、否定したい。
「えー……まあ、俺がこの辺りを拠点にしている間は手伝いをしてもらえれば助かります……」
暗に村に滞在している間で良いですよ、と伝えるとアルリーフさんはせつない顔をし、父親の顔が徐々に晴れやかになっていく。
娘離れできないダメおやじって単語が脳裏を過る。
「絶対に着いて行けることを、ユキヒサさんがいる間に証明して見せます」
アルリーフさんも懲りずに熱意を見せている。
別に俺はそんなに強くないから!
「えー……じゃあしばらくの間、よろしくお願いしますね」
「はい!」
とは言っても、村での依頼で金稼ぎする場合、この薬屋が依頼主である事が大半なんだけどなぁ……。
まあ、治療薬の代金でかなり財布も潤っているし、滞在費はどうにかなるか。
問題は武器のメンテナンス代金か。
割とキワモノな武器であるクロスボウや鎧を使っているので、メンテナンス代は高いのではないかと思っている。
最悪、何処かで使いやすい武器に持ち返る事も視野に入れるべきだろう。
アルリーフさんに関しては、本格的に逃げなきゃいけなくなった時、迷惑にならない様に別れれば良いか。
「家の娘に手を出したら承知しないからな!」
だから落ち付け父親! 頷いてないだろ。
「ふ……まあ良い。家の娘の恐ろしさをコーグレイ、お前にも叩きこんでくれよう」
と、言った所で……なんだ? アルリーフさんの父親が微妙に勝ち誇ったとも言える表情で呟く。
逆にアルリーフさんはユラッと初日に見せた殺気を父親に向けている様な?。
「ところでコーグレイ、腹は減って居ないか? 良い機会だから家で飯を食って行ってくれ」
「……お父さん、貴方って人は」
「なんだ? 隠し通そうとしてもその内、バレるんだ。なら先に把握してもらうべきじゃないか?」
「最低です」
「これは譲歩する訳には行かねえんだよ。コーグレイは元より、アルリーフ。お前の為にもな」
あの……俺は飯を食う事に対して頷いていないのですが、勝手に話が進んでいませんかね?
店の奥の方を見るとアルリーフさんの母親が溜息を吐いている。
何? 一体何が起ころうとしているの?
「家の娘の手料理を披露するぜ。良いだろ?」
謎の剣幕で詰め寄られてしまう。
「あ、はい」
そんな謎の空気の中で俺は、アルリーフさんの家で料理を御馳走になる事になった。
「この度は、命を助けていただき。ありがとうございます。直接話が出来る機会が無くて、申し訳ありません」
薬屋の奥に案内された俺はアルリーフさんの母親が丁寧にお辞儀をして挨拶をしてきた。
「いえいえ、当然の事をしたまでです。経過は順調でしょうか?」
「ええ、むしろ前よりも調子が良いくらいで」
「ああそれは何よりです。宿屋のおかみさんも元気になって良かったです」
あまりにも変貌が激しい人物を矢面に立てて話を切り出す。
「彼女に勝るとも劣らない程ですよ。ふふ」
えー……宿屋のおかみさんほどの変化をアルリーフさんの母親からは感じられません。
出来れば変わらない欲しい。
こう……風船が膨らむみたいな変化をこれ以上見たくない。
「ムー」
「しかしコーグレイさんは随分と薬学や錬金術に精通している様ですね。随分と利口な人造生命を使役しているご様子」
アルリーフさんの母親はムウの頭を撫でながら答える。
ムウのお陰で俺が薬学とかに詳しいという印象を付ける事が出来る。
説得力はあるけど、実際は妙な化学反応で変異してしまった配下でしか無いんだけどね。
「本当……夫の横暴な命令には困らせられます。アルリーフも夫の所為で……」
父親の所為で……なんだ?
そこはしっかり答えてくれませんかね?
「お前! わかってるだろ? 隠し通したって良い事は何もねえよ」
あ、アルリーフさんの母親が鋭い眼光で夫を睨んでいる。
一体何があるんだ。
アルリーフさんがご飯を作るだけじゃないのか?
『毒を盛ってその場で暗殺をたくらんでいるのではないか? まあ、汝に効くはずがないであろうがな』
ヴェノが何か言ってるけど、そう言うのとも何か違う気がしないか?
アルリーフさんの母親の反応もそうだし、本人もノリ気じゃないのが引っ掛かる。
どうにも父親の空回り感があるんだよな。
『ふむ……何があるのであろうな。我も若干興味がある』
などとアルリーフさんはキッチンの方で料理をしている最中だ。
「コーグレイ、ちゃんと材料に目を通して置くんだぞ!」
「お父さん!」
アルリーフさんが注意する中、俺は材料に目を通す。
ヴェノの知識による目利きは作動している。
異世界に来て色々と酒場や宿で飯を食べた。
知らない食材では無い。
俺も調理した事のある肉や、酒場で出る野菜料理の材料等、割と平凡な物と、硬いパン。
どれも見た事のある食べ物ばかりだ。
うん。特に何かある様には見えない。
俺が確認をし終わった事を理解したアルリーフさんの父親は、顎で合図を送って調理の指示を出す。
不快そうな表情を浮かべるアルリーフさんは指示通りに厨房に立って料理を始めた。
手付き自体におかしな点は見受けられない。
「まったく……いつまでも娘離れ出来ないのは恥ずかしい事ですよ」
アルリーフさんの母親も咎めるように言う。
「だが、事実だ。そして余計な火の粉を撒きかねないんだぞ?」
「はあ……」
アルリーフさんの母親の溜息には積年の思いがある様に感じられる。
「この話は後にしましょう。それでコーグレイさんは一体どこで薬学の知識を得たのですか? もしくは……良い所の出なので?」
やっぱり根掘り葉掘り聞かれるのは当然か。
娘を奉公に行かせようとしている訳だし、多少なりとも気にならないはずはない。
「えー……薬学に関して詳しい者がいましてね。何かある度に教えられたんですよ。家は普通の家ですよ」
嘘は言っていない。
俺の知るブラック企業での処世術……隠したい事は真実の中に隠せ。
求人広告ではアットホームな明るい職場なんてフレーズがよく使われるが、これは長所を主張出来ない事の裏返しである事が多い。
確かに……長くいる社員同士は仲が良くてアットホームなんだろうが、新入社員には村八分で厳しい仕事や残業を強要する。
こう言った真実とも言える要素を前面に出しつつ、隠したい事を誤魔化すのだ。
そうすると案外人ってのはアッサリと信じてくれたりする。
事実と違う求人広告が無くならないのは騙される奴が居なくならないからだ。
この場合、薬学に詳しい者=ヴェノが人間であるかどうかを誤魔化しつつ、逐一教えてくれる状況を過去に学んだと錯覚させる。
これだけで細かく話す必要は無くなる。
何せ教わった事だと誤魔化せるんだからな。
しかも普通という相手の感性に委ねる説明も合わさって誤解を招きやすい。
『汝も中々に口が達者と言えるのか……? 異世界は騙し合いが白熱した場所なのだな』
ヴェノの感想に少しばかり嘆きたくなる。
異世界と日本だったらどっちが良いのだろうか……。
少なくとも命の危機は付き纏うけど、異世界での生活も悪くないとは思ってしまう。
何より、残業が無く熟睡出来るのは素晴らしい。
「そうなんですか。とても素晴らしい師匠をお持ちだったんですね」
「お陰で流行り病の根絶が出来たので何が幸いするか……」
「是非ともお礼を言いたい方ですね」
なんて話をしているとヴェノが何やら誇らしげに胸を張っている様な気がする。
『どうだ。我の知識は』
はいはい。助かってはいるけど巻き込んだのはお前なんだから大人しくしていてくれ。
これ以上余計な詮索をされると首が絞まるぞ。




