二十二話
「お父さん、他に必要な物はある?」
「今、作る分はこれで大丈夫なはずだ。とは言っても次の分が怪しいから早めに作らねえと」
ゲホっと震えながら薬屋は答えた。
今回の分……なんだか不安を誘ってくれる。
「お手伝いさせてもらいますね」
なんて言いながら荒れた室内の整頓を始める。
アルリーフさんもそれに習って、父親が少しでも楽に調合出来るように補助を行っている。
父親は咳こみながら薬の調合を続ける。
薬研で毒草や薬草を混ぜあわせつつ、干した何か魔物の肝臓や心臓を一緒に混ぜ合わせて行く。
それを蒸留したり煮たりと色々と難しいプロセスを続けて行っている。
そんな作業の合間にアルリーフさんの家で、寝込んでいるアルリーフさんの母親に出会う。
「はぁ……はぁ……」
「お母さん。待っていてくださいね」
アルリーフさんが母親の脂汗をタオルで拭ってから額に絞ったタオルを載せて頭を冷やそうとしている。
俺はアルリーフさんの母親の様子を盗み見る。
アルリーフさんに良く似た美人の母親だ。
鎖骨辺りに赤い……一枚の花弁が見えた。
一枚……ヴェノの話では花弁が消えると死ぬと言う話だったはず。
これはシャレにならない事態になってるぞ。
ここまで病状が進むまで気付かなかった……訳ではないんだろうなぁ。
とりあえず、アルリーフさんの両親が薬を服用して元気になる事を祈りながら、アルリーフさんの父親が薬を完成させるのを待とう。
見張りって訳じゃないけど、調合の手伝いをする。
どうやら薬の材料に別の薬を作る必要がある様だ。
そんな感じで数時間程、アルリーフさんの家で手伝いをしていると……。
「後少しで完成だ」
アルリーフさんの父親が仕上げとばかりに咳を堪えながら呟く。
『不可解であるな……アレでは進行を止めるだけで根絶は出来んぞ? 感染者の生命力に期待するのか?』
何!?
どうしてそんな薬しか作れないんだ?
ヴェノの話だと薬を服用すればすぐに良くなる病なんだろ?
『この男の手付きを見るに、ブラッドフラワーの治療薬に関して知らないと見るのが正しいか……ふむ、まだ人間共は見つけておらんと言う事なのであろうな』
ちょっと待て、ヴェノ。
ブラッドフラワーの治療薬って、作り方が知れ渡って居ないって事を言っているのか?
『あれで完成とするのならば間違いはない。知らんのだろう』
……そう言えばヴェノは魔力を回復させる効率的な薬の作り方も知っていた。
『もしくは、この薬屋一家はブラッドフラワーの中途半端な治療薬で金儲けをしているのかも知れんぞ? 一時的に症状の緩和は出来るであろうからな。後は永続的に患者から金を得る事が出来る』
いやいや、さすがにそれはありえないだろ。
自身は元より、自分の妻まで感染しているんだぞ?
そんな死神的な商売をするにしたって辻褄が合わないだろ。
『どうだかな。人間は欲深い。自らの血縁者を煩わしいからと治療出来なかった、しょうがなかったと見捨てる、なんて事を平気でする生き物でもあるであろうが。例えば、他に妻にしたい女がいるので前妻は邪魔だとかな』
お前なぁ……どうしてヴェノの中では人間が面倒臭い下賤な生き物としての認識なんだ。
普段は好奇心が旺盛な奴で、割と親切に教えたり推測をしてくれると言うのに……。
『……』
俺の嘆きを聞いて尚、ヴェノは黙っている。
どっちにしてもヴェノ、ちゃんとした治療薬の作り方を知っているんだろ?
なら教えろ。俺が進言する。
『ここで汝との不和を招くのは我からしても避けたい所ではあるが、汝……ここで力を貸すと言う事のリスクの重さをしっかりと認識しておるのか?』
……それはどう言う意味だ?
『手伝ったが努力の甲斐も無く、不幸な結果に終わるならしょうがないで済む出来事だ。我等がする事は村から離れるだけに過ぎん』
滅茶苦茶後味悪い事を言いやがるな。
救う事が出来るのに何もせずに不幸な結果になるのを傍観するだけってどう言う事だよ。
『患者の生命力に依存した治療薬だ。もしかしたら生き残れる可能性が無い訳ではない。悲観的になる必要は無いであろう』
何処までも冷淡に、自己の生存を優先する提案に若干の苛立ちを覚える。
『汝……その感情を我も否定はせん。とても尊い物だ。だがな……人間と言う生き物の愚かさを我も見聞きしておるからこうして助言しているのだ』
だから! しっかりと理由を説明しないとこっちだって理解できないだろ。
『はぁ……しょうがない。ここで我の助言を聞いて汝が救いの手を差し伸べたとしよう。その際に生じる責任を汝はしっかりと背負えるかと何度も我は尋ねておる。そして短絡的な行動は慎めと言っておるのだ』
短絡的?
『そうだ。他者を救うと言うのは相応に責任を背負う。やり遂げられないのならば人間共は容易く手の平を返し、我等の正体等関係なく殺しに来るのだ』
そう言ってヴェノは説明を始める。
流行り病の根絶の為に尽力した人が努力の果てに数人を助けるだけの薬の調合に偶然成功し、身近な人物を救った。
そうして助けてもらった人達は一応に感謝の言葉を投げかけたが、残念ながら所詮は偶然。
流行り病の根絶には届かない。
救われた事例を耳にした者達が藁にも縋る思いで再現出来ない薬を欲して、その人へと群がる。
当然、薬はもう手元に無く、偶然救えただけなのに話は一人歩き、助けられるはずもない。
そんな僅かな希望に頼り、願いが叶わなかった人達が次にする行動は余りにも短絡的だとヴェノは嘆く様に呟く。
この流行り病を広めたのはコイツなんじゃないか?
助けられた奴等は大金で命を買ったんじゃないか?
そうだ。アイツ等はグルになってこんな悪さをしているに違いない。
魔女……いや、悪魔に違いない!
アイツ等を殺せ! 魔女狩りだ!
俺達が審判を下してやる!
無数に現れる病で死んだ者の身内達が、憎むべき対象として薬を作った者と助かった者達を断罪しようと武器を持って私刑に走る。
自らの不幸を救おうとした人達へと魔女の汚名を被せて……。
『……昔、我に様々な薬の知識を記した物をくれた者が寿命で死ぬ際に懺悔するかのように話した事だ。偶然はやがて確実な治療へと結びつくはずなのにも関わらずな……人間とはそう言った、不幸を他者の責任に転嫁して鬱憤を晴らそうとする生き物なのだ』
……ヴェノの言う事もきっと、一理あるんだと思う。
人間は時に愚かな事をする。
原因を強引に導いて無実な人を傷つける。
『であるから、この病を治療する為の薬の作り方を提案すると言う事は、しっかりと責任を背負わねばならない。そんな余裕を我等が持っているか、するべき事なのかを見極めよ』
……中途半端な治療はするべきではない。
もしもやるのならしっかりとやり遂げろ。
『我は汝を気に入っている。であるからして、汝が不必要に傷付く所を見たく無いのだ』
ヴェノの言葉に嘘は無いと思う。
実際、そういう可能性は存在する。
下手に希望を持たせたら実現出来なかった時が怖い。
それに、所詮は他人だ。
見知らぬ異世界で偶々近くにあった村の人達でしかない。
「……」
ふと、俺の脳裏にこの世界に来てから今までの出来事が脳裏に過る。
アルリーフさんに助けられ、依頼を達成し、宿を安く斡旋してもらった。
閑散とした村だけど、人々は冒険者として俺をしっかりと受け入れてくれている。
少なくとも俺に対して何か困った事は無いかと親身に接してくれていた。
そこで生存を優先して壁を作って居たのは俺だ。
元より追われる身、この村に滞在しているのは力を蓄える為に過ぎない。
毒の沼地の立地が良かったから……ただ、それだけだとも言えるけど……それでも、俺は良くしてもらっている。
俺はヴェノに向かって軽く笑って見せる。
『なんだ? 何がおかしい』
どうせ俺はお前の所為でお尋ね者なんだ。
何か問題があったからと言って、良い事をして追われる立ち場が無くなる訳じゃない。
なら俺自身が子供っぽい正義感を満たす為に手を差し伸べたって良いじゃないか。
ヴェノの薬で助けられないなら結果は変わらない。
変わるなら大いに結構、どうせ理不尽に追われているんだ。
何もせずに後悔するよりも、俺は何かをして後悔したい。
『まったく……まあ、我等もそこそこ強くはなった。汝の納得出来る様に努力するが良い。だが、人間共が愚かな行動に出るようなら汝も我の指示に従うのだぞ? 降りかかる火の粉は払わねばならん』
ヴェノの言葉にはしっかりと強い意志が込められているのを俺は感じていた。
仮にヴェノの言う愚かな行動を村の人達がしてしまったら、俺は生き残る為に後悔する事をヴェノは命じ、実行しろと強要するつもりなんだろう。
そうならない事を祈る。
『ではブラッドフラワーの治療薬の作り方を教えてやる。しっかりと従うのだぞ』
わかった。
俺はアルリーフさんの父親が仕上げとばかり鍋から薬を取り出そうとしている腕を掴んで抑える。
「それじゃあ病を治せない」
「は? 何を言ってるんだ、コーグレイ?」
「ユキヒサさん?」
怪訝な表情でアルリーフさんの父親は俺を睨み付け、アルリーフさんは心配そうに俺達を見つめる。
「アンタもわかっているんだろ? それはブラッドフラワーの進行を一時的に止めるに過ぎない。後は患者の生命力次第って薬でしかないって」
「……ああ、だが、ブラッドフラワーにはこれしか効く薬はねえのは有名な話だろ」
「俺はブラッドフラワーの完全な治療薬の作り方を知っている。まさか広まって居ないとは思わなかったから驚いた位だ」
「何言ってんだ。ふざけるなら出て行って――ゲホゲホゲホ!」
アルリーフさんの父親は横槍を入れた俺の顔を見て見る見る顔を赤くさせて怒りを露わにして怒鳴った直後に咳込む。
その隙をついてアルリーフさんの父親の胸元を開く。
そこには血の花弁が一枚。
寝込んでいるアルリーフさんの母親と同じくらいに症状が侵攻しているのがハッキリと見て取れる。
凄いな。普通は起きてなんていられない。
ヴェノの分析する病の進行状況ではそう語っている。
「お父さん!」
アルリーフさんが咳こむ父親の背中をさすりながら声を掛ける。
「ゲホゲホ――アル、リー……ゲホ」
アルリーフさんの父親は俺を指差してどうにか退かせたいとばかりに咳こみながら指差してくる。
「ムー……」
「まさかお父さんの症状がこんなに重くなっているなんて……」
アルリーフさんも自身の父親の病状の進行具合にオロオロと目を泳がせている。
強引な手段で俺を退かす等の行動に出る気は無い様だ。
「そんな、夢の様な薬が――ある、わけ……」
「良いから見てればいい。今から仕上げとして少しばかりの追加をするだけで完成するんだからな」
俺はヴェノの指示を耳にしながらアルリーフさんの父親がやっていた薬の調合を引き継ぐ。
目の前に……毒草ポーニュクが出現。
服用すると呼吸困難になる厄介な毒草だ。
『まずは毒草ポーニュクを薬研ですり潰してから中和剤を入れ、水薬にする。そしてジーテトロダケの胞子を一つまみ混ぜよ』
ヴェノの指示通りの材料を調合する。
『後はこれにマルフィーナから絞った毒水を5ミリリットル混ぜる。先ほどの製作工程からして足りん』
俺が混ぜようとしている化合物を確認する。
混ぜてる物の大半が毒物だ。
なあ、これってどう見ても猛毒にしか見えないんだが、本当に大丈夫なのか?
『良いから我の言う通りに調合するのだ。ここから先が一番の難関であるぞ? 薬屋が作ろうとしていた薬の全体比率からして5%の割合で今作った物を混ぜよ。これより少ないと効果が無く、多いと服用した者は死ぬ』
く……なんて厄介な薬物の調合を命じやがる。
毒物目利きで完成した物が毒かどうかは判別できそうだけど失敗したら目も当てられん。
震える手を抑えつつ、ヴェノの指示通りに5%程になる様に――。




