二十一話
「ん?」
ふと、村の広場にある掲示板で違和感に気付いた。
出ている依頼に対して受注した冒険者の数が減っている様な気がする。
何か日に日に村の空気が重くなっていると言うか、閑散具合に拍車が掛かって来ているとでも言うのか?
そういや宿屋のおかみさんが咳をしていて体調が悪そうだった。
『確かに……目に見えて冒険者の気配が減ってきておるな』
ヴェノも俺の意見に同意する。
やっぱりそうだよな。
『しかも妙に咳をする者が増えておる……』
うーん……ちょっと遠目のダンジョンとかに遠征に行ったとかか?
掲示板で目的地を確認するとそう言った依頼も何件かあった。
そう思えば冒険者が減っているのも納得は出来るが……。
ちなみに薬屋からの採取依頼はここ数日無い。
覗きに行ったら忙しそうに店の奥で何か調合しているアルリーフさんの父親を見た。
必要な物は大体俺が買い取ってもらった所為だろう。
採取が簡単な奴は帰って来たアルリーフさんに行かせているとかか?
それとなくアルリーフさんを冒険に誘いたいんだけどな。
ムウを見たらどんな反応をするか興味がある。
『ムウを見世物にするのは感心せんぞ』
別に見世物にするって言っている訳じゃないだろ?
仲良くして欲しいだけだよ。
異世界に来て、追っ手がいるって所で清涼剤になる様な人がアルリーフさんなだけなんだ。
ペットと戯れる美少女を見たい男の願望くらい認めろ。
『開き直った……呆れて物も言えん』
「なんとでも言え」
「ムウ?」
まあ……元々閑散とした村だし、依頼もそこまである訳じゃない。
こんな日くらいあるか……なんて思いつつ、その日は毒のストックとバリエーションの増加に勤めて狩りもそこそこにして休んだ。
そんな日の晩の事。
宿屋の部屋でムウと一緒に武具の手入れをしていると……コンコンと扉を叩く音が聞こえてきた。
「はい?」
おかみさんかな?
なんて思いながらノックに答えて扉を開ける。
するとそこにはアルリーフさんが困った表情で立っていた。
「アルリーフさん? どうしたの?」
「夜分遅くすいません。ユキヒサさん」
とりあえず部屋に入る様に出迎える。
「何か話? 立ち話も何だし無骨な部屋になって来てるけど、入るかい?」
「あ……はい」
「ム?」
ムウが部屋に入ってきたアルリーフさんを見て首を傾げている。
「こんばんは」
「ムー」
「お父さんから話は聞いてます。ユキヒサさんが人造生命を作って配下にしている様だって」
「う、うん。コイツはムウって言うんだ」
一応、そう言う風に吹聴したっけ。
アルリーフさんはムウの視線に合わせて腰を落として手を差し出す。
「私の名前はアルリーフと言います。縁あってユキヒサさんと知り合いなんですよ」
知り合いという言葉に少しばかりのダメージを受ける。
うん。わかっていたさ、わかっていたけど地味に効くね。
まあ……そんなに接点無いもんね。
異世界生活初日にそこそこ話をしただけだし、知り合いの域は出てないか。
「アルリーフさんは確か……近くの村々に行商に行っていたんだっけ?」
「はい。お父さんの作った薬を届けに周って……薬に必要な素材の買い付けもしていました」
「それで今日はどうしたの?」
客観的事実として、俺とアルリーフさんは知り合いという関係だ。
歳だって大分離れているし、俺の部屋を尋ねる理由なんてそうないだろう。
採取の依頼だってアルリーフさんの父親がおかみさんにでも言えば俺に伝わるし、アルリーフさん本人が俺の部屋を訪れる理由は想像出来ない。
「はい……実はユキヒサさんにお尋ねしたい事がありまして」
お尋ねしたい事? なんだろう?
『まさか勘付かれたのではないか? そうなったら口封じをするか逃げるかしかないな』
結論が早すぎる。
ヴェノが広範囲に気配察知を始める。
それすると俺の視界に無数に情報が強調表示されるからやめてほしいんだが……。
「レッドデスファイアという毒草を持っていませんか? 急遽必要になりまして……ユキヒサさんは沼地の奥地へよく出かけるとお父さんから聞き、訪ねさせて頂きました」
なんかアルリーフさんの顔色が暗い。
「え?」
レッドデスファイア? そんなの持っていたっけ?
『レッドデスファイアならば持っているぞ。この前ダンジョンで見つけた物ではないか』
「持っているけど……」
「そ、それじゃあ、買い取らせてください! お金は出来る限り工面しますので!」
「えっと……かなり危ない毒草だよ? せめて何に使うのかを教えて欲しいな」
何分、如何わしい毒草類の買い取りばかりして来る薬屋からのお使いだ。
幾らアルリーフさんが良い人に見えても危険な毒草を安易には渡せない。
ヴェノの問題だけでなく、俺が原因で事件が起こったらたまったものじゃないし。
「それは……もう冒険者の皆さんもご存じの事実になっているのですが、この辺りの村々で流行り病が発生しておりまして、日に日にその範囲が拡大しているんです」
「え!?」
そう言えばおかみさんが昨日辺りから咳が酷くて辛そうにしていた。
風邪かと思ったけど、もしかして……。
しかも冒険者はその気配を察して足早に逃げ出したって事なのか?
だから今日は冒険者達が少なかったのか。
「お父さんの店でも出来る限り歯止めをしようと薬の生成をしていたのですけど、材料が足り無くなってきていまして……それに……お母さんが……」
気丈に振る舞っている様子だったアルリーフさんが手を震わせて絞りだす様に言う。
どうやらアルリーフさんのお母さんが流行り病で倒れてしまっている様子。
アルリーフさんの父親である薬屋も必死に薬を作っているけど材料が足りないのか。
そういやアルリーフさんは材料の買い付けに行っていたって話だったっけ。
おそらく、その流行り病に効く薬を急いで買いに行っていたんだろう。
「三日前位には割と平気そうな顔をしていたのに……」
「急に症状が進行して……」
「もしかして、この宿のおかみさんも患っている?」
……宿屋のおかみさんも似た感じに体調を悪くしている。
ムウが宿の仕事を手伝っている位に弱ってしまっているのだ。
「……はい。立地上、元々この村は病が多い方でしたけど、ここまで厄介なのは珍しいです」
うーん……。
「わかったよ。じゃあレッドデスファイアを提供するけど、それでみんな助かるの?」
俺の質問にアルリーフさんの表情は晴れない。
「おそらく、としか言い様がないです。お父さんの話ではこれで治る時は治る、後は神様に命運を任せるしかないと……」
ちょっと不安に感じる答えだなぁ。
ヴェノ、レッドデスファイアって本当にそう言った薬の材料になる訳?
『ああ、危険な毒草ではあるが、しっかりとした処理をすれば薬にもなる。この娘が言っている事に間違いはないであろうな』
なら安心だな。
そういう事なら断る理由はない。
「じゃあレッドデスファイア以外にも必要になる物があるかもしれないから、手伝わせてもらっても良いかな?」
何だかんだ言ってこの閑散とした村を拠点にしてしばらく経っている。
愛着って訳じゃないけど、みんな、俺に親切にしてくれているのだからそんな人達が流行り病で死なれるのは勘弁願いたい。
アルリーフさんのお父さんは材料さえあれば効く薬を調合出来るみたいだし、足りない材料が出てきたら即座に動けるように近くで待機しておいた方が良いだろう。
それこそレッドデスファイアの追加を取りにいったって良い。
「ですが……」
「宿代を安くさせてもらっているし、色々とさ。ダメかな?」
「……わかりました」
俺は立ち上がって出かける準備を始める。
「今からで良いよね?」
「はい。じゃあ一緒に来てください。お父さんにお願いしてみます」
「ムー!」
そんな訳で俺達は足早にアルリーフさんの家でもある薬屋へと足を運んだ。
いつも通りの店内、ただ……妙に静かだ。
昼間聞いた薬を調合している音が聞こえない。
休憩中?
アルリーフさんが眉を寄せて店の奥へと入って行く。
「お父さん!?」
声に俺も続いて行くとアルリーフさんのお父さんである薬屋が仰向けに倒れていた。
辺りには薬の材料が散乱している。
俺がここ数日で集めたマルフィーナなどの毒草もあるようだ。
『あの頃から、病を見越して準備をしていたと言う事か……なるほど。確かにマルフィーナも使い方によっては薬になる。辛い症状の緩和にな』
「お父さん! 大丈夫!?」
アルリーフさんが駆け寄って抱き起こして尋ねる。
「あ、ああ……アルリーフか。ゲホゲホ! く……こんな時に病の発作が来ちまうなんてよ。すまないが起こしてくれ。急いで薬を調合しなくちゃならねえ」
「で、でも……」
「村の薬師が真っ先に倒れちゃどうしようもねえだろ。ゲホ……」
ゼェゼェと息を荒立てながらアルリーフさんのお父さんは必死の形相で調合作業に戻ろうとしている。
そこで俺の事に気づいて顔を上げた。
「ああ、コーグレイか」
「他にも入り用の素材があるかもしれないから、と来てくれたんです」
「そうか。すまねえな。金はまだ無事なアルリーフから後でもらってくれねえか?」
「わ、わかりました。これですよね。必要な物は」
俺はレッドデスファイアを取り出し、布に包んでアルリーフさんのお父さんに渡す。
「ああ……これがあれば薬が出来る。この……ブラッドフラワーには……これが効くはずだ」
『……ブラッドフラワーだと?』
ヴェノがここで反応して声を出した。
知っているのか?
『人間共が患う伝染病の一種として有名だ。この病を患った者は、主に胸辺りに血を連想する花の様に目立つ痣が出来る。やがてこの花の花弁が一枚、二枚と散って消えて行き、全ての花弁が消えると同時に死に至る。別名、花弁散とも呼ばれる致死率の高い病だ』
おいおい、伝染病ってかなりヤバイ病なんじゃないか!
日本生まれ、日本育ちの俺には今一実感が湧かないが、それが危険な状況なのはわかった。
『感染性も高くてな、死に至るまでのプロセスもそこそこ長い。目立つ症状である花弁が出てからしか病を特定し辛いのが更に厄介な病でな。死を告げる血の花と比喩される』
かなり症状が侵攻しないと出て来ないのかよ。
『元々閑散とした瘴気が立ちこめる沼地近くの村だ。患う者がいても何の不思議も無い。まあ、薬を服用すれば驚きの速度で治る病だ。警戒は不要であろう』
ちなみにドラゴンは掛かるのか?
『我がその程度の病を患うとでも?』
平気なのか。
まあ毒のドラゴンがこの手の状態異常にはならないよな。
『我が病を患う事は無い訳ではないが、まず掛からんな。我としては汝が感染するか実に興味深いぞ? 死活問題なのでな』
幸い、毒一覧にブラッドフラワー由来の毒は出現していない。
俺は感染していないって事かもしれないな。
まあ、感染した場合、毒吸収に期待するしかない。
『その場合は、間違いなく感染はしないであろうな』
……? なんでそこまでわかる?
『それはな――』
なんてヴェノが説明しようとする途中でムウが心配そうに声を上げた。
「ムウウ……」
事態は一刻も争うと言うのが伝わってくる。
ムウが俺の方を見上げた。




