二十話
「では、いただきます」
「ムー」
ムウは別に食べる訳じゃないぞ。
既に餌と言うか飯は食っている訳だし、試食をしてからでも十分だ。
なんて感じでけん制しつつナイフとフォークで肉を切って見る。
お? 焼く前から分かっていたけど肉が凄く柔らかい。
すんなりと刃が入って肉が切れて行く。
筋っぽい所はもう無さそうだ。
断面図は外側は焼き色が入って中は綺麗なピンク色。
程良く火が入って良い感じに肉汁が溢れて……ちょっと溢れすぎじゃないか?
軟化毒だったりしないか肉汁をしっかりと確認。
……うん。しっかりと肉汁の様で何よりだ。
って見た目や匂いを確認するだけじゃ無く、味も調べないとな。
口を開いて一口大に切った肉をフォークに刺して運び、含んで噛みしめようとして……思ったよりも柔らかくて口の中で溶けて行くのを感じる。
これは……前にブラック企業で働いている所為で金を使う当てがないと嘆いて、高級肉を使う料理屋で食べた最高級霜降り肉と同じ食感!?
しかもジュワッと口の中であの時の最高級霜降り肉よりも旨味が溶けだして舌の上で踊っているのがわかる。
なんだコレ? 凄く俺の口に合うぞ。
『んむ? 汝の表現が我からすると美味いと感じられるのかよくわからんのだが……肉とは豪快に噛みちぎって食う物ではないのか?』
ヴェノとは肉の食い方の感覚が異なるようだな。
『ふむふむ……汝が現在体験している味わいを共有したぞ。程良く口の中で肉が溶ける……上質なホワイトバッフを焼き殺した物を食した時と似た味わいであるな。このような安肉で再現出来るのなら悪くは無いのではないか?』
比べる魔物名が何なのか良くわからないがヴェノも理解を示しているぞ。
俺の味覚を共有とかするのか。
逆はやめろよ。倒した魔物の生肉なんて食いたくない。
『わかっておる。しかし、これが汝の世界で言う所の霜降り肉なのか?』
そうだな。
モグモグと肉を食いながらどうして美味くなったのかを分析する。
考えられるのは軟化毒によって肉が分解されて脂身と旨味成分とかに変化した……とかだろうか?
かなりの肉汁を内包しているし、安物の硬い肉でコレなのだから上位の魔物の肉とかを漬ければより、美味くなる可能性がある。
食事に楽しみを見出すって点ではこれは面白いかもしれないな。
後は残った薬草炒めとスープを試食。
うーん……香草としての面が強くてスパイシーな食感。ただ、カレーとかとはやはり違うな。
スープも似た様な味にしかならないのが残念と言えば残念か。
アルリーフさんと採取した時に知ったアング・エルトの根っこ部分が良い感じの歯ごたえがあって美味しくはある。
これから自炊に走るか悩む位には、ここ数日内では良い食事が出来た。
「ムウムウ」
「ああ、ムウの分も作ってあげるとするか。味は良かったから」
「ムー」
「これを食えば、生で食いたいなんて思えない様になるだろ」
『あんまり良い物を食わせるべきではないぞ? 魔物によっては贅沢を忘れられなくなるのでな』
何その猫みたいな性質。
猫って御褒美として特別に高めの餌を与えると今まで食べていた餌を食べなくなる事がある。
昔、親が飼っていた猫がそうだったので覚えている。
まあ、ムウは猫では無くマイコニドだし、生で肉やキノコを食ったりしていたので別の物を食べるのは良い事だろう。
今日は沢山働いていた訳だし。
なんて感じで気前よくムウにミモザワイルドボアの加工肉ステーキを与える。
食べやすい様にナイフでサイコロ状に切って出した。
パクパクとムウは俺の作ったステーキを食べ、目をこれでもかと輝かせながらパタパタと足をばたつかせ、傘の部分の口から大量の涎を垂らしながら喜びを露わにする。
「ムー!」
肉を飲み込んでから喜びの声を上げる。
おお、気に入ってくれたのなら何よりだ。
軟化毒と言う日本の常識的には危ない代物に漬けた危ない肉での料理だけど……美味けりゃ良いんだ!
毒目利きで切った肉の内部を確認をしたけど、軟化毒は全く残っていなかった。
うん。火と熱にとことん弱い性質を持っているようだ。
しかも肉の繊維を分解して旨味成分と脂身に変えられるのだから料理に向いている。
これからの課題は遭遇した魔物の肉の処理だな。
処理が面倒だけどヴェノに食わせるだけじゃ無く、俺達も食えるようになるぞ。
『やったな。これで彩が出る。生き残る為に逃げる事も重要だが、食事をおろそかにしては行かんぞ』
あ、ゾンビドッグなんかの腐肉はヴェノにあげる。
幾ら軟化毒があるからって腐った物はさすがに食いたくない。
毒吸収のお陰で食中毒にならないとしても。
『汝……我はゴミを食う訳ではないぞ! 腐った物も問題なく食えるが汝等の贅沢を見過ごすわけにはいかんからな!』
はいはい。
「ムー!」
ああ、ムウは薬草炒めとスープは飲まなかった。
薬草に混じった殺菌効果で腹を壊しかねないのを察したらしい。
そんな訳でその日の食事は割と楽しげに終わった。
開拓の夢を語った男が剣を振りかぶり、凶悪な魔物に一歩も引かず戦う。
後方では壊滅状態にまで追い込まれたエルフ達の軍団。
開拓の夢を語った男の軍はまだ辛うじて戦う力を残している。
壊滅まで追い込まれたエルフ達を守る様に開拓の夢を語った男たちは戦っていた。
「く……」
剣を支えにし、満身創痍でも尚、魔物の大将に向かって戦意を高揚させて一歩、また一歩と踏み出して行く。
「ここで引く訳にはいかない。お前の身勝手な理由で人類を駆逐させる訳にはいかない!」
「おのれ……私の手をここまで煩わせるとは、絶対に惨たらしく殺してくれる!」
「はああああああああああああ!」
そこから更に長い戦いの末に、開拓の夢を語った男は魔物の大将に致命傷を与えたと思わしき一撃を放つ。
光の矢となったかの如く加速して、敵の懐に入って胴体を貫いたのだ。
「これで終わりだ!」
「ぐふ……まさかここまで追い込まれるとはな……だが、私はこんな所で死にはせん! はぁあああああああ!」
「ピギャアアア!?」
「ギュギャアア!?」
魔物の大将は黒い球体を作り出し配下の魔物達を吸いこみ始める。
吸いこまれた魔物が増える毎に魔物の大将の傷がドンドン癒やされて行くのが見て取れた。
「そんな……!? お前! 自分に就き従っていた者達を!?」
「私の力になれると言うのだ! こんな光栄な事はあるまい! さあ! 更なる力を得た私に瀕死の貴様等が勝てるか?」
余裕を見せつつ、配下を吸いこんで力を増して行く魔物の大将に……魔法とブレスが吐き付けられる。
それは視界の主が放った物だった。
「ぎゃあああああああああああああ!? な、なんだ!? まさか……お前! 魔物の側の癖に裏切ると言うのか!」
「勝手に我を汝等の枠に収めないで貰いたい物だ。我はドラゴン。貴様等矮小足る者達と同列に扱われる事は我慢ならん。それに……貴様はやり過ぎた。配下を犠牲にしてまで勝利を掴もうとしては愚かな人間よりも愚かしい。魔物の為の世界を作ると言ってそれでは本末転倒ではないか」
「何を言う! 私が死んでは元も子もない。配下等、増やせば幾らでも補充が効く者を消費して何が悪い! そんな物、この戦いが終わり、人類を駆逐してからでどうとでもなる。そう、私を始祖とした新たな魔物王国の誕生だ」
「そうしてお前に従う全ての魔物を内包し、力として自身の分身だけで構築された世界とはなんと愚かしい事か……そんな停滞した世界を作ろうとするのならば傍観者であった我も抗うとしよう」
「ふん。あの男に負ける貴様等、私の敵では無い!」
「それはどうかな? 我の手にはこれがあるのだぞ?」
フッと手元に木の苗木が光を纏って現れる。
「そ、それは! だが、それがあるからと言ってなんだと言うのだ!?」
「わからんか? いや、分かっていて言っているのであろう? 世界樹の放つ力と結界が貴様の弱点だとな。その力を我が今、使えるようにすれば良いだけの事だ。そうすれば世界中の世界樹の苗木が呼応し、貴様を殲滅するであろう」
「ふ、ふん! だからどうした! 私を倒したからといってどうなる? また人間共は愚かな戦いをするだけであろう。そんな事をして貴様に何のメリットがある!?」
視界の主は開拓の夢を語った満身創痍の男を優しい目で見つめるのを感じる。
今までの日々……長い年月の中で一際輝く人間たちの生活を見つめた日常を、何よりの宝物だ。
「そんな真似はさせんよ。少なくとも、世界樹が発する力は我の影響を受けて大きく変質する。今まで通りの事など出来ん」
「な、何をする気だ!? まさか危険な事をするんじゃないだろうな! 俺はそんな事を許しはしないぞ!」
開拓の夢を語った男は視界の主にそう言い放つ。
確かに、彼は視界の主よりも強い。それは不服だけど認めるしかない。
そんな彼が起こす夢を、奇跡の芽を……摘みたくないと思った。
「別に危険な事では無い。世界樹を変質させ、力を覚醒させる為の媒体になるだけだ。そうだな……何時頃になるか分からんがきっと我も目覚める時が来る。その時にお前が生きている保証は無いが、約束しよう。愚かな夢を描いた者が居て、その者が作った国が、今ここにある国だと……」
「冗談を言っているんじゃない! そんな事をして皆が喜ぶはずないだろ!」
「分かっておる。だが、これしかもはや手は無いのだ。この国の未来を、我の縄張りを……任せたぞ」
眩い光と共に苗木が胸に絡みつき、視界の主の魔力や力、その全てを吸い上げて行くのを感じる。
そして……魔物が忌み嫌う世界樹の力が解き放たれた。
「ば、馬鹿な! 貴様! 世界中の魔物の未来の芽を摘む事になるのだぞ! 貴様は許されない! 何百年何千年経とうが貴様は世界中から忌み嫌われる! これは予言だ! 絶対である! ギャ、ギャアアアアアアアアアア!?」
僅かに残された意識の中で、視界の主は……魔物の断末魔の悲鳴を聴き……意識を失ったのだった。
残されたのは未来への期待と、人々との思い出……そんな優しい眠りの世界へと……落ちて行く。
夢の中での夢……それは視界の主が思い描く、何事も起きなかった世界。
開拓の夢を語った男が日々世話しなく起こる問題に打ち込み、解決し、みんなで楽しそうに食事を囲んで日々起こった楽しい事などを語っていく生活。
よりよくなって行く国を見つめ、人々が笑顔に包まれながら幸せに日々を生活して行く、そんなささやかな出来事。
その輪に入れなかった事を悲しくも思いつつ、幸せな夢を……夢見ながら長い眠りへと付いた。
ムウが仲間になってから三日経過していた。
何だかんだ言ってムウがいるお陰で戦闘がかなり楽になった自覚はある。
沼地の奥の方にも大分行けるようになってきた。
ただ……何分、俺達の目的はLv上げがメインであって探索では無い。
ここ数日、沼地の魔物を重点的に狩って居た影響なのか、目に見える範囲での遭遇率が下がった。
沼地かダンジョンの奥深くに行くのをそろそろ視野に入れるべきではある。
もしくは他に魔物の討伐依頼が出ている場所に行くか……。
他にも問題点は複数ある。
俺は沼地等に浸かれば疲労や傷を癒やせるのだけど、ムウはそうもいかない。
どうやら一日で戦えるスタミナや自己再生出来る回数に限りがある様なのだ。
長時間戦闘をして敵の攻撃を受けているとスタミナ切れの様に疲労を見せ、目で分かる位、戦闘の継続が困難になる。
タフではあっても回復の手段が必要って事だ。
一応、ヴェノがくれた植物用の栄養剤で継続戦闘は可能な様だけど、いざって時にスタミナ切れをされるとな。
いろんな意味でムウは回復手段が心許ない。




