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一話

「うううう……」


 ゾンビのような声を出しながらキーボードを叩いて仕様通りに構築して行く作業を続ける。

 今日で徹夜何日目だったか?

 デスマーチなんて言うけどそんな次元を軽く超えている。


 この前、隣の部署の社員が電車に飛び込んだのが記憶に新しい。

 明日死ぬか今日死ぬか……そんな考えが何度も脳裏を過る。

 くそ、現代社会で奴隷なんていないんじゃなかったのか?

 会社の奴隷とはこれ如何にって位だぞ。

 サービス残業がなきゃ会社として成り立たないとか社長が死んだ社員を黙とうする際の言い訳をしていたが、サービス残業をしなきゃ成り立たない段階で既に成り立ってねえんだよ! 俺の転職先が見つかってから会社潰れろ!


 一体どうしてこんな会社を選んじまったのかな……さすがにもう限界だぞ。

 俺の名前は小暮幸久。

 社会人四年目を過ぎた26歳。ブラック企業に就職してしまったSEだ。

 いや、元々黒い仕事が多いのは知っていたさ。

 だけど大学に居た頃に面接で受かったのが揃いも揃って、ブラック臭の香る会社ばかりだったんだよ。


 大学仲間で俺が内定をもらった会社に行った奴と話もしたが、あっちもたいして変わらない。

 どこもブラック企業ばかりな世の中が憎い!

 提出期限ギリギリで仕様変更を言い渡すクライアントも俺達平社員に仕事を丸投げして定時退社する上司も、平社員よりも給料をもらっている時がある派遣社員もアルバイトもみんなくたばれ!

 仕様変更するならしっかりとその分の金銭を上乗せしろ! ボケ!

 てめえはどこまで主体性の無いカスなんだ!

 殺意を抱きながら最後の締めとばかりのエンターキーを叩いて仕様変更を終わらせる。


「ふー……うー……」


 ぐったりとパソコンの前で俯いて声を漏らす。

 辺りは俺と同じ様にデスマーチ中の者達が多数。

 各々抱えている仕事に追われて他人の事など見る暇は無い。

 一応、俺と同じ管轄でやっていた奴は俺に合わせて死んだように机に倒れ伏している。


「お疲れーうー……」

「お疲れ様ーあー……」


 その言葉に力強さは無い。

 徐に頭を上げて時間を確認する。

 うげ……もう早朝の五時じゃねえか。帰って休む暇も無い。

 八時出社の我がブラック企業では遅刻は厳禁とされている。


 どうせ、出来上がった物を納品しても次の仕事が待ち受けているんだと思うとウンザリした気持ちが湧いて来る。

 次の締め切りが迫っているんだ。

 過密スケジュールをどれだけ強いる気だこんちくしょー!


 いい加減、体を壊してドロップアウトをしてしまうんじゃないかと思う程に肉体も精神もボロボロだ。

 どうにかしてこの環境から脱出する術が欲しい。このままでは死んでしまう。


「……」


 まだ三時間あるだけマシか。

 机の下に入れてある寝袋を取り出して机の下に潜り込んで横になる。

 三時間寝られるだけ儲け物だ。

 衣服は昼間の休み時間に仕事用カバンから交換して、コインランドリーで洗濯して……夕方には会社近くの銭湯で三日おき辺りの開いた時間で入浴を済ませる。


 そう言えば……俺、いつ家に帰ったっけ? 

 なんて思えるほど短い睡眠時間を利用して……カチャカチャとゾンビのうめき声が聞こえる戦場で俺は一仕事終えた戦士の様に寝入ったのだった。

 ああ、横になると凄く楽。ずっと寝ていたい。



「見つけたぞ! ドラゴンめ!」

「……どこまでもしつこい者達だ」


 愚かなる人間の軍団が空を飛ぶ我に向けて言い放っていた。

 我からすれば人間など容易く葬れる存在だ。しかし、我は興味が無い。

 わざわざ顔の近くに飛んでくるハエのように邪魔をしなければ極力係わり合いになろうとも思わん。

 だが、人間共は空を通過している我に何かをするつもりのようだ。

 魔法で作られた障壁が我の通行の邪魔をする。

 ……殺す、まではいかないが少々驚かせてこの邪魔な結界を破壊させてもらう。


 まったく、人間とは何処までも面倒な生き物ぞ。

 我を倒して何を得るというのか。

 羽ばたきをやめて人間の先頭に立つリーダーらしき者に前に降り立つ。

 戦闘魔法式を展開。


 幾重にも魔法陣を展開させる。主に人間共に死者を出させないための守護魔法だ。

 ……面倒な戦い方だ。


 しかし、我との戦いで死者を出させるわけにはいかん。

 幾らわずらわしいと言っても人間は執着が強い。

 下手に死者を出させると争いの火種は燃え上がり、人類全てと戦わねばならなくなる。

 幾ら我でも人間全てを相手にするのは手間が掛かる。

 高威力戦闘魔法『メギドの火』灼熱の炎を吐き付け人間共の鎧を焼く。


「グアアアアアアアアア!」


 先頭にいた兵士共に、多大な損害を与えた。

 辺りには肉の焼ける匂いが充満していく。

 火力を調節した我の炎は鎧を着たものにのみ多大なダメージを与え、辛うじて死者を出さずにいられるのだ。


「おのれドラゴンめ!」


 先頭にいたリーダー。

 純白の全身鎧を着た、勇者とも思える代表が対魔法を施された剣で我の魔法を切り裂いて防いでいた。しかし、後方の仲間達の損害を見て怒気に満ちた声を発していた。

 自分から喧嘩を売ってきたにも関わらず被害者ぶるとはどういった了見か……この輩は話すだけ無駄だ。

 どうせ自分達の正義しか語らん。


 我にも生活があるし死にたくもない。

 それがわからぬのか、人間共は。

 とにかく、我はここから早く逃げ出したい。調べたいものが山ほどあるのだ。

 脅しが利かないのならこの結界を形成している魔道士達の軍団に向けて『天空の雷』を落とすまで。

 加減しているという事を知れ!


「だがドラゴン。この結界に囚われた時点で貴様に勝機は無い! その命! 貰い受ける!」


 勇者が我に向けて剣を振りかざす。

 ドラゴンである我の皮膚を切り裂くには英雄の剣が必要だ。同族の皮膚から作り出した剣であろうとも我の皮膚を切り裂くことは叶わない。

 しかし目の前の勇者が持つ剣は英雄の剣ではないし、英雄の剣は殺すべきドラゴンを選定する。

 我はその殺すべきドラゴンではない事は自負できる自信がある。


 防御の必要性すらない。

 勇者の攻撃を我は素直に受ける。

 敵は後方の魔術師なのだ。天空の雷を打つための魔力をチャージするのに専念する。

 勇者の剣は我の皮膚に触れて火花を散らす。


「かかった!」


 何!?

 勇者の剣が折れて中から光り輝く水晶のようなものが現れる。

 しまった――これは最近同胞さえも無傷で殺す魔法式。


「これで終わりだ! ドラゴン!」

「ぐぬぬぬ……」


 我は魔力を放出し、発動する魔法式に抗う。



 ……なんだこの夢? 疲れから随分と変わった夢を見ているなぁ。

 しかも現実感の無い、完全にファンタジーな夢だ。

 良いな。下手に仕事をしている夢なんかよりも遥かにマシだ。

 夢は時間の感覚を麻痺させてくれる。

 一週間くらい感じさせる長い夢だと起きた時の寝ぼけた感覚と、リラックスした感じがしてより良い。

 とはいえ……視点がドラゴン側だからあまり状況は良くなさそう?

 人間共を嫌な会社の連中に見立てて無双したいけど出来ないかな?



 魔法式が我の張った防御魔法を侵食し、我の全身に走って行く。


「人間を舐めるなよ! これで終わりだ!」

「ぬおおおおおおおおおおおお! はあ!」


 我は持てる限りの力を放つ。

 それに呼応するように我の体と辺りの地形に赤い大きな線が走っていく。


「な、何――!?」



 ん……? なんだ?

 夢を見ている俺も錯覚するほどの浮遊感と、重力を感じる。

 ジェットコースターとかで感じるアレだ。

 俺の……ドラゴンの視界が光に包まれ……宇宙に飛び出しそうな高さまで上がった後、赤い光を放ちながら流星の様に落ちて行く。

 うおおおおおおおおお……!?


「お、おのれ! ドラゴン! 逃がさんぞ! どこまで逃げようと私は貴様を逃しはしない――」


 光が視界を覆い飛び上がる直前、相手がそんな事を口走っていたのが聞こえた。

 そうして……俺の意識は完全に遠のいて行った……。



 ゴポ……ゴポン……。

 そんな不気味な物音が響いて来る。

 だけど同時に凄く気持ちが良い気がしてくる。

 ああ、温泉に浸かってるみたいで凄く気持ちが良いなぁ。

 ザバッと何か水音が聞こえて来るぞ。


「大丈夫ですか!?」


 ん……まだ意識がしっかりしていない。

 寝ぼけていると言うよりも疲れから金縛りになっているに近い状態で、誰かが俺を引っ張っている様な感覚を覚える。


 誰だ? というかなんだ?

 もう少しだけ寝かせてくれないかなー……それとも新入社員か何かがいきなり配属されて机の下で寝ている俺を叩き起こそうとしてたりするんだろうか?

 会社の職場での光景が周りの音に重なって目で見ていないのにイメージされる。

 余計な御世話だから、もう少しだけ寝かせてくれ。


「もう大丈夫ですよ! げほっ!」


 ザバァっと風呂っぽい所から引っ張り出されて声を掛けられる。


「もしもし!? 意識はありますか!?」

「ん……もう少し寝かせて……」


 絶対に起きてやらない。体の思い通りに動かないし、寝る!

 そんな決意表示に近い意志を見せながら、俺は再度寝なおした。

 何か声が小さくなっている様な気もする。


「ぐー……」


 それからしばらくしたのかな?

 目が覚める独特の感覚と共に目を開ける。


「あー……良く寝た。ん?」

「あ……」


 起き上がって辺りを見渡すと、そこには見覚えのない女の子が俺を見ていた。

 手元には……薬とかを調合する時とかに使われる薬研って道具で何かをしている様に見える。


「目が覚めたんですね。大事が無くて良かった」


 心配する少女を余所に俺は盛大に混乱していた。

 だって、俺が寝ていたのは会社の机の下だぞ?

 衣服を確認しても寝る前に着ていたYシャツとズボンだ。

 とりあえず辺りを確認する。


 何か紫色の沼地みたいな場所の畔で焚き火が焚かれており、木々は禍々しい形をしていて、空は若干どんよりで靄が掛かっている。

 山奥って感じな怪しげな場所だ。

 あれだ。どこかのキャンプ地か?


 夢か、はたまた誰かの悪戯か?

 とりあえず現状を把握する為に目の前の少女に事情を聞いてみる事にしよう。


「毒消しと気付け薬を服用させようと思ったのですが、目が覚めて良かったです」


 ……ん? なんかこの子、言葉がおかしい様な錯覚を覚えるぞ。

 言ってる言葉は理解できるんだけど、発音が違うって言うのかな?

 少なくとも耳に入る音は日本語じゃない。


「えっと、つかぬ事を伺いますが……ここは?」


 俺も何か違う言葉をしゃべっている様な……? 気の所為か?


「……記憶に混濁があるのですか?」


 心配そうに声を掛ける少女。

 どう説明したら良いのか迷う。

 素直に言えば良いのか? それともドッキリでも仕込んでいるのか?

 もしくは未だに俺は夢でも見ているのか?

 夢の中で頬をつねっても痛いだけで夢かどうかわからないなんて話は多い。

 何を隠そう、俺もそういう夢を見た事がある。


「その、いきなりで混乱していまして……」

「そうですよね。毒の沼地で倒れていたんですもの……しかも瘴気に当てられてしまっていたでしょうし、不思議じゃないです」


 毒の沼地?

 ああ、有毒ガスが湧く危険な場所って事かな?

 日本にそんな所、未だにあるんだ?

 くそ、まさかブラック企業め、俺に給料を支払うのが嫌でそんな犯罪にまで手を染めやがったのか?


 にしては手口が杜撰だな。

 こんな美少女に発見されては全てが水泡に帰して……。

 ん? この女の子、日本人にしては顔の作りが良い様な?

 目の色も黒じゃないし……紫っぽい青って言うのか?

 いや、問題はそこじゃなくて、格好も日本とは違う。


 こう……西洋のドレスって程じゃないけどフリフリの可愛い感じの服で、頭にはスカーフを巻いていてかなりオシャレな感じだ。

 うん……かなりLvの高いコスプレに見えなくもない。

 年齢は……高校生くらいかな? 女子高生のコスプレを見てしまった。

 良いね。凄く似合ってるよ。


 で、大きなカゴを背負っていた様で、近くに置かれている。

 俺がマジマジと少女を凝視していると、少女はハッとなって胸に手を当てて微笑む。


「自己紹介がまだでしたね。私の名前はアルリーフ。薬師をしています」


 アルリーフさんね。

 自然派の人ってのとは何か違う様な気もする。


「俺の名前は小暮、幸久……」

「コーグレイさん?」


 なんで俺の名字を妙な呼び名に変えるのか。

 しかし、コーグレイ……ね。響きがファンタジックだな。

 ちょっとムズムズするけどさ。

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