第8幕 追憶
甲斐姫は、今の忍城で公開されている御三階櫓を見ながら話し始めた。
「妾がいた忍城は、沼地の中の城で、季節ごとに岸辺で花が美しく咲いておったの」
「確かに持仏堂の曲輪の花はきれいでした」
「切ない思い出よの、連也」
「連也が帰ってから二年後に起きた忍城の戦についてはなにから話そうかの」
「天正18年に石田三成が2万余の兵で攻めて来て忍城の戦いが始まったようで」
「父上様は、妾が敵の足軽どもに捕らえられて恥ずかし目に合わないかと気にしており、くれぐれも城から出るなと言ってから小田原城に詰られた。」
「しかし、城方は2千の兵で猛攻を受けてそれどころではなかったがの」
「それに忍城にも裏切りの内応者がいたらしいのじゃ、父上様は怒っておった」
「敵も攻めあぐねて三成の水攻めもあったがの、逆に堤を切ってやった」
「その後城代泰季様も病で亡くなり、城代には嫡男長親様がなられた」
「そなたと面識の有った吉羽左門が持田口で討ち死にした話もあったの」
「左門が守る出城が真田勢の激しい攻勢にあい左門が討ち死にしたのじゃ」
「左門さんが死なれたのですか! 」
「そうじゃ、他にも多くの家臣達が討ち死にしておる」
連也は脳裏に小太刀を教えた多くの若侍たちの顔が浮かんで来た。
「こちらも、浅野勢が本丸近くまで攻めて来た時には、乱戦になり多くの敵将を妾が薙刀で討ち取ったのものじゃ」
「戦の最後では、妾が千葉十郎殿以下500騎程引き連れて持田口の戦に加勢したときに、佐野勢の三宅高繁という武将が妾を嫁に獲ろうと来たので矢を喉に打ち込んでやったがな」
「幾多の犠牲が出ても、北条殿が降伏した後は、小田原に詰ておられた氏長様の使者が来て開城を説得され、城代長親様が忍城の開城を決められた」
甲斐姫はその後の出来事も話し始めた。
「成田勢は蒲生氏郷殿預かりとなり、蒲生殿が会津移封に伴い会津福井城の守備を成田勢が任されて採地もあたえられたのじゃ」
「蒲生氏郷殿は手厚く扱ってくれましたな! 」
「そうじゃが、今でも妾の怒りが収まらぬことが起こったのじゃ」
「伊達勢が塩川に侵攻してきたために、成田勢も加勢にいったのじゃが、蒲生殿に付けられた浜田兄弟が父氏長様奥方や家臣達を殺して福井城で謀反を起こしたのじゃ」
「妾が逆に浜田弟を成敗して浜田兄は捕らえたが今でも思い出すと腹が立つ」
甲斐姫は充分に戦国時代の誇り高い女子でした。
◇◆◇
秋の晴れた日、京都東山豊国廟鳥居前の駐車場に車を止めて、連也と甲斐姫は、手をつなぎ、阿弥陀ケ峰にある豊臣秀吉公の墓を目指して長い階段を二人は登り始めた。
途中二人は休憩して、用意した床几に腰かけて周囲を取り巻く色鮮やかな紅葉に目を細めながら甲斐姫は話し始めた。
「殿下はおなごにとってはわかりやすい良いお方だった」
「妾の父氏長様を親身になって2万石の大名に取り立ててくれたのじゃ」
「大名に取っては所領の回復こそが家名の誉れになり、烏山の地に再興した成田家に元の家臣達も戻ってきてくれた」
「むろんのこと妾も殿下の16人の側室達の一人にすぎないのはわかっておる」
「殿下は手を付けた女子一人ひとりに、誠実に心配してくれたお方じゃた」
忍城攻めでの武勇で、蒲生氏郷などの推挙により秀吉の側室入りしたが、甲斐姫は連也の目を見ながら、彼女らしくハッキリと言い切った。
「妾は殿下には恩義があり、今でも女子としては好きじゃ」
「妾が怖かったには、三年前の伏見の大地震じゃたの、伏見の城が潰れて、多くの侍女たちが亡なった」
「その前の年に妾の父氏長様も亡くなっており、三年後に今度は太閤殿下がお亡くなりになったのじゃ。」
「16人の側室達も今後の身の振り方を求められるじゃろ、妾もそうじゃ。」
「心の支えも無くなり、このまま鎌倉の東慶寺にでも行き、殿下のご冥福でも祈るために尼にでもなろうかと覚悟していた」
「急に、心の奥底に埋めていた連也との約束が浮かんできてな、今一度連也と残りの人生を普通の女子としてやりなおそうと決心したのじゃ、良いかの・・連也? 」
「甲斐姫様と僕とが出会い知り合い13年の年月が経ちましたが、二人の経験は夫婦になるために必要な時間だったと今では納得できます」
「甲斐姫様の思い出すべてを含めて、僕は受け入れます」
と連也も甲斐姫の目をみて再び誓った。
「妾と殿下との13年間の男女の営みは消せぬぞ、それでもよいのか? 」
「今、生きている甲斐姫様を愛しています」
「そして、太閤殿下の御恩と愛情を忘れないためにも、二人で太閤殿下の墓参りに参りましょう」
「それを聞いて胸のつかえが取れたわ」
連也は甲斐姫の手を取り、登山リュックの中に床几などの荷物を入れて担ぎ、時々休みながら登った長い上がり階段の果てに太閤殿下の墓はあった。
阿弥陀ケ峰にある豊臣秀吉公の五輪石塔墓の前で、甲斐姫は長い時間読経を唱えて焼香して太閤殿下のご冥福を祈っていた。
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