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慶長3年の道行き  作者: あずき甘酒
想いは時空を超えて
7/8

第7幕 再会

 


 


 今年も三条件で時空移転の蜃気楼みたいな時間扉が出現する時が来た。



 第一条件は毎年十五夜の夜に出現する時空の歪みであること。


 第二条件は亥の刻(午後9時から午後11時)の一刻限りの時間扉であること。


 第三条件は武蔵野国の忍橋の袂に時間扉は揺らめき現れて消えること。


 天正の忍橋は木造だが、平成の忍橋は鉄筋石材でも問題なく現れる。



 いままで毎年、十五夜に“忍橋待機”を繰り返してきた。


 今年の十五夜は10月4日で、13回目の“忍橋待機”となる。


 今年はむこうの時間経過で13年目で、秀吉没年の十五夜となり、会える可能性が高い。


 今日は夜に“忍橋”近くの駐車場まで乗用車で来た。



 連也はすでに剣道着を着て、足元はスニーカーを履いている。


 車で一緒に持ってきた竹刀袋の中には氏長様拝領の脇差が入っている。


 もちろん「所持許可証」も車の中には持ってきている。



 今年はむこうの土地で亥の刻のギリギリまで待機時間を過ごしてみよう。


 松軒の妻小鹿に矢を射られた野原で甲斐姫を待とう。“忍橋”への通り道だ。



 移転した連也が立った見通しのいい草原は、初秋の草花が咲き乱れていた。


 草と土と樹木の香りがして、月明りの中で小さな黄色い花弁の野の花が咲いていた。



 目を閉じたが、連也の剣士としての感覚がかすかな異変を感じ取っていた。


 誰かが襲われている気配がした。三~四人が争っている。


 近くの松林の中のどこかだ。



 連也は脇差を剣道着の帯の左腰に差し込み、下げ緒を帯に巻き付けた。


 音源の方に走り始めた。


 草原から東に下った斜面から女の声が聞こえた。



「退きやれ!」


 と若い女性の声が今度はハッキリと聞こえた。



 満月の光の中、木立の間から争う男女の姿が見えて来た。アッ



「甲斐姫様!」


 連也は声を掛けて飛び出し、甲斐姫の傍に駆け寄った。



 三人の柿渋色の忍び装束の男たちと、上﨟衣装で旅姿の甲斐姫がいた。



「連也!」


「間に合ったみたいですね」


 甲斐姫は連也の後ろに隠れた。



◇◆◇

 


「邪魔をするな、われらは豊臣家の命により、甲斐姫様を護衛する者だ! 」



「父の墓参には妾一人で参ると言っても離してくれぬのじゃ」



「こればかりはお役目なので、力ずくでも止めますぞ」



「どうやら話しても、無駄なようだな」 



 連也は脇差を抜き、左半身で中段に構えた。



 月光の中、乱波の三人も腰を屈めて忍刀と吹き矢と棒手裏剣を構えた。


 満月は明るかったが、雲が月に流れてきて斜面には闇がかすかに濃くなってきた。



 甲斐姫の逃避行を妨害する豊臣家五奉行差配の監視役の乱波3名は、この場で切り捨てるしかないと覚悟を決めた。


 生かして返すと石田三成に察知されて、烏山藩への報復が不味い。



 左の乱波が跳躍して真っ向うから切り込んできた。同時に残りの二人の吹き矢と棒手裏剣も連也の立ち位置めがけて放たれた。



 連也は身を投げ出すように前に踏み込み、落ちてくる忍刀よりも早く下から乱波の右小手を切り離し残りの二人の間に飛び込みざま吹き矢男と棒手裏剣男の太腿付け根をそれぞれ連続打突きした。


 時間的には二呼吸もない速さだった。



 しかし忍刀男はなおも目潰しを左手で投げつけてきたので、素早く入り身して喉に突き入れた。


 苦しんでいた二人の乱波にも止めを刺した。



 甲斐姫は連也と同時に身を翻して、乱波達の攻撃を避けていたので無事だった。


 刀身を手拭いで拭い鞘に戻した。



「連也! 」


 甲斐姫が連也にしがみついて来た。


「どんなに会いたかったか 甲斐姫様! 」


「妾もじゃ! 」


 二人は抱き合った。



 時は過ぎ、亥の刻の終わりが近ずいている。時間扉がもう消えそうなので・・


 二人は忍橋を目指して松林を急ぎ足で歩き去った。



 闇の中、松林東の斜面草叢には柿渋色の乱波達の死骸が転がっていた。



◇◆◇



「そろそろ、結婚報告にいきませんか? 」


「はい、連也! 」


 甲斐姫は黒のフォーマルワンピースを着て手に水晶の数珠を持っていた。


 二人は生花などを持ち墓前に歩き出した。



 10月の晴れた日に、連也は妻と上之の龍淵寺りゅうえんじの成田家代々の墓に墓参した。


 夫婦となった連也と甲斐姫の二人は成田氏長の墓前で結婚報告をした。



 今は千葉甲斐と名乗る甲斐姫にこの現代社会で起こる様々な出来事の背景と仕組みなどを折に触れて教えている。


 甲斐姫も今までの側室生活や忍城時代などを思い出しては話してくれている。


 もちろん自発的に話せば聞くというスタイルだ。話せる部分だけだね。



 甲斐姫の27年間の人生にも思い出はあり、無理に心の中には触れない。


 互いにいたわり合い、残された夫婦としての人生を癒して過ごすために。



 彼女は知り合いの一人もいないこちらの世界に来てくれた。


 孤独なのだ。



 頼れるのは僕しかいない、全て包んであげよう。


 両親と甲斐姫はなごやかに家族として接してくれている。



 今は、連也の母親から料理を習っているみたいだ。


 どうやら僕に自分が作った料理を出したいらしい。


 猫たちともうまくやっているみたいだ。



 連也は13年間待ち続けて甲斐姫を得た。


 もう離さない・・待つのが長すぎた。


 430年間の時空のはざまを超えて、連也と甲斐姫二人の初恋を夫婦という形にした。


 慶長3年から平成29年への長い時の道をたどり、道行きの終着駅に着いたのだ。


 奇跡の物語の終わり、そしてこれから始まる二人の夫婦としての人生・・





◇◇◇◇◇◇◇




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