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慶長3年の道行き  作者: あずき甘酒
想いは時空を超えて
6/8

第6幕 脱出行

 


 


 連也は甲斐姫と一夜をすごした曲輪内持仏堂を出てから、曲輪内長屋内の割り当てられた部屋を汚れのないように拭いて清掃した。



 暦や十五夜関連資料も整理して片付けたし、1年間自活した愛着ある1部屋だった。



  連也は氏長様のいる二の丸屋敷にお伺いして、


 “兵法指南役を致仕して元の世界に帰る” 旨言上した。



 氏長様は甲斐姫とのことも薄々知っているようで、幾分ホット した顔をされていた。



 甲斐姫と巻姫は挨拶にはお出にならなかつた。


 最後に連也は甲斐姫に一目だけでも会いたかったので、ちょっと切ない・・



 砦までなら使用していいという条件で番頭から栗毛馬1頭を貸してもらえた。


 馬の鞍の鐙に足を掛けて上に乗り、剣道着姿でバックを背負い、スニーカーで跨った。


 辰の刻までには忍城から橋を渡って出発できた。



 乗馬不調法でも馬の機動力で未の刻には砦に無事に到着した。



 砦の責任者の吉羽左門さんに再会した。


 左門さんに城から馬を借りた経緯を説明して、馬を馬小屋に入れた。


 そして左門さんに最後の挨拶を告げてから申の刻に砦を出た。



 あとの行程は自前の足だけが頼りだ。


 早めに砦を出たから亥の刻限までには忍橋まで行けるだろうと確信していた。



 実際、歩き出すとなんか背中に視線を感じる。


 誰かに後をつけられてるみたいだ。



 1時間ほど歩くと木立が切れて手頃な野原みたいな開けた場所に出た。


 後ろを振り返ると、三十間ほどの距離から小袖に野袴をはき足袋に草鞋


 履きの若い女性が弓に矢をつがえて連也を狙っていた。



「千葉連也だな」


「誰の恨みだ? 」


「松軒の妻小鹿だ」



 理由はどうであれ人を殺せば、恨みの連鎖は繰り返すのだな。



 連也は相手の動きを見つめながら、バックを背後に落として脇差を抜いた。


 連也は突然、相手に向かってジクザクに駆け出した。



 二本の矢を受けたが、一本目は斬り落とした。二本目は剣道衣の袖に刺さった。


 三本目の矢をつがえている所で相手の腕をひねり足払いして倒した。


 矢筋は見えていた。



 松軒の妻と名乗る小鹿は斬らない、恨みの連鎖はもうたくさんだ。


 連也は弓の弦を切り、膝と手で小鹿の動きを抑え込んだ。



「正規の試合での結果だでな。なぜ狙うのか? 」


「松軒は乱暴な奴だったが、殺された夫の仇を打つのだ! 」


「あきらめろ、そなたでは僕を討つことは出来ない」



「命を助けてくれるのか? 」


「当然だ、小鹿はまだ若いからやり直しができる」


「お前が一緒になってくれるのか?」



「いや、僕はいまから行かねばならない所がある」



 腕をはなし膝を外して小鹿を立たせた。


 小鹿は連也を窺ったが、何もしないと分かるとペコリと頭を下げて、弦の切れた弓を持ち、走り去った。



 もう酉の刻だ橋まで歩いて行こう。


 気持ちを切り替えて“忍橋”まで歩いて、時間扉出現の亥の刻には間にあつた。


 橋の周囲に揺れている光の幕は健在だった。



 やはり、十五夜の日と亥の刻とこの場所が鍵の時間扉だ。


 13年後の十五夜にはこちらの松林まで甲斐姫を迎えにこよう。



 1年ぶりの帰宅に両親には泣いて怒られました。


 久しぶりに大好きな家の手料理を食べて、今度は自分が泣きました。



 学校は失踪までの授業態度を考慮して、原級留置処置にして頂きました。


 理数系の授業は猛勉強が必要でしたし、短剣道部では当分雑用係になりそうです。



 警察署ではタップリと絞られて、時間移動では病院収容されそうなので、1年間の全国放浪ということで始末書を書き、注意されて終わりました。



◇◆◇

 


「おい、連也w まだ遠距離恋愛の彼女とつきあっているのか? 」


「好きになったら仕方ないだろう! 」


「職場の独身女性でおまえのこと好きな人もいるよ~どうするの? 」


「お・こ・と・わ・り・します」


「本当、お前はいい男で資産家なのに、もったいないよな~」


 と職場の男友達が連也に冗談ぽく言った。



 “遠距離恋愛男”確定で同僚たちにバカにされ続けているが気にしない。



 平成17年に15歳で行方不明になり一年後に帰宅した連也は甲斐姫との約束を守り、毎年十五夜の亥の刻に忍橋の袂に立つ事が現代に帰還してからの生きがいになつていた。



 自動車免許も取得した。忍橋まで荷物と共に移動する空間は便利だった。



 甲斐姫と再会を果たせぬまま、高校と大学を卒業して県の職員になったが、やはり、職業選択でも忍城周辺からあまり離れたくなかった。



 仕事は現実に住民の生活に役立って面白いし、同僚とのつき合いもたのしい。



  当然、まだ独身で休日などの自由時間には市内の短剣道道場に通っている。


 今では短剣道道場でも古株になり、昇段審査の結果、六段になれた。

 

 

 連也は、最近の交流試合で古流薙刀と好んで異種競技対戦をする。


 甲斐姫の使う薙刀にはまだ勝てると思えないからだ。



 現在、いつのまにか13年間過ぎて、連也は27歳になっていた。



 秀吉が死ねば、徳川家に政治権力は移動する。


 甲斐姫が我が身を犠牲にして豊臣家に残る意味はなくなる。


 13年間の忍耐の果てに今なら姫の幸せも許されるはずだ。



 15歳の自分は、自己中心的で他人を思いやることが出来なかった。


 甲斐姫と出会えた事で他人を想いやる事が出来る様になつた。



 今ならわかる、甲斐姫がどんなに自分の想いを殺して家に尽くしたのか。


 今なら彼女のどんな過去も受け入れることができる。



 連也の話し方や考え方が180゜変わってしまった。



 連也は、甲斐姫を待ち続けることを選んだ事に後悔はない。


 

 行田市図書館で甲斐姫のその後を知るが、甲斐姫への想いは消えなかった。



◇◆◇

 


 そういえば、千葉家のご先祖に千葉十郎という侍がいて成田家と縁があったんだとか死んだ爺ちゃんがよく自慢して話してたのを思い出した。



 千葉家は旧家で市外にあり、敷地だけは広く部屋も多いので姫のこちらでの生活に支障のないように仏間や茶室そして二人の新居となる離れも改修し、床、畳、天井、内壁、水回り系、空調設備等も改修や更新をした。


 むろん外構の庭、そして竹林や垣根等も植木職を呼んで新しく手入れした。



 例の成田氏長様から拝領した脇差は研ぎに出した時に銘が判明した。


 美濃鍛冶、二代目“和泉守兼定〃の脇差だった。


 姿は寸詰の高く棟の重ねは薄く姿よい造り込み刃寸法1尺8寸の平脇差だそうだ。


 銘は「之定」の二字が刻ってある。時価評価は言われてもピンとこなかった。


 今は離れの床の間に置いた刀掛台に「登録証」と共に置いてます。




 実家は家作もあり生活に心配はなく、父母や猫たちと伴に日々暮らしている。


 さすがに最近では僕に好きな人がいるのが分かり、縁談の話もしなくなった。



 職場から帰ると、異世界での真剣勝負の数々を想い返して小太刀を研鑽して、坐禅ざぜんを組み静思黙考で丹田を練り続けている毎日です。



 


◇◇◇◇◇◇◇


 

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