第5幕 愛の契り
昨日、泰季の叔父上に呼ばれた。
とても辛そうな顔をなされていた。言いたいことは妾にもわかる。
成田家のために秀吉様の側室になれということだろう。
ため息つかれながら言われると応える。
誰でも好きなように生涯を送れたらどんなにいいだろうか
まして連也と伴侶になれたらどんなにいいだろうか。
好きな相手と所帯を持ち夫の世話をしてみたい。
もしも生まれ変われたら連也と一緒になってみたい
こんな妾は嫌いだ。
敵の首を刎ねても、敵の体に矢を打ち込めても、
少しも幸せな気持ちになれない。
答えはもうあるもの
家のために、我が身を犠牲にして、成田の家名を残さなくてはならない
器量良く生まれたのが、かえってうらめしい。
連也への想いは消そう、戦なら負ける気はしないが年老いた親族の顔を見ると、選択肢は最初から出ている。連也とは心の夫として一夜限り契り別れよう・・
伴侶としては添えないと連也に正直に告白しよう。
明日は付文をして曲輪の持仏堂に連也を呼び出そう。・・
◇◆◇
甲斐姫はそっと微笑んで床からはなれた。連也はまだ寝ている。
もう二度と連也とは会えないだろう、しかし妾は後悔などしていない。
朝の小鳥のさえずりが聞こえる。
身づくろいをしてお堂を出て薄闇の中を橋まで歩いていく。
沼池の薄紫色の小さなつゆ草の群生地横を通りすぎた。
樹木の枝の下の昨日の雨溜まりに映った自分の顔を見て、
急にからだの中から恥ずかしさが沸いた。
水に映った顔はもう少女ではなく大人の女性としての顔をしていた。
「貴方は幸せですか? 」
一の曲輪の橋を渡り、二の丸屋敷に戻ればもう連也と逢えない。
甲斐姫は連也と昨夜、一の曲輪のお堂で一夜限りに契ったが、
連也と交わした一年間の己の真実の愛に後悔はない。
たとえこれから秀吉様の側室になろうとも、
心の中では夫は連也だけ。
お堂の入り口は侍女が見張っているので心配はない。
ただ妾の連也への想いはこれで想い出の灰の中で埋め火としょう。
じぶんでも気づかずに頬に涙が流れていた。
◇◆◇
連也は甲斐姫から昨年の上洛時に秀吉に見染められたこと、
いずれは秀吉の側室にいかねばならないこと、
連也だけが好きなこと、
今夜限りの契りであることを甲斐姫の涙と共に昨夜聞いた。
・・・連也は知っている。
日本史は好きな教科だったので秀吉は慶長3年8月に死亡すること。
いずれは秀吉の天下は終わること。
「甲斐姫様! 豊臣秀吉公は63歳で亡くなりますので、後13年間しか生きられません」
「彼が死ねばお家のための側室からは解放されるのです、その時まで、僕は甲斐姫様を忍橋で待ちつづけます」
「連也! 本当にそのような時はくるのだろうか? 」
「来ます、きっと来ます! 」
「連也!本当にその時はそなたの元に訪ねて行ってもいいのじゃな? 」
「甲斐姫様! 僕は明日、自分の元の世界に帰りますが、これからの13年間毎年十五夜の日の亥の刻にあの忍橋の袂に姫に会うために、再び会うために迎えに立っています」
「そして僕の世界で甲斐姫様と夫婦になりたいんです! 甲斐姫様を待っています」
と連也は甲斐姫にくりかえし誓った。
連也は甲斐姫との生涯の伴侶を希望することを真心こめて誓い、再会を約束して、十五夜の夜に出現した時間扉から現代に帰還した。
◇◇◇◇◇◇◇