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慶長3年の道行き  作者: あずき甘酒
想いは時空を超えて
3/8

第3幕 連也三番勝負

 





 巻姫は甲斐姫に連也の前でお尻を叩かれた件で悩んでいた、妾は絶体悪くない!


 いくら考えても妾の悪い箇所など見つけられない!


 これは姉上様が悪いのだ!



 ならばどうするか?


 決まっておろうが、甲斐姫と連也双方ともに脳筋猿じゃw



 父上様の御前でどちらが強いか競わせればよいのじゃ!


 連也は強い、姉上様の誇りを衆目の前で砕くのじゃ!フッ



 巻姫はニタ~と悪い笑顔になつた。



 父氏長や親戚筋、重臣、甲斐姫、巻姫、敦姫(あつひめ)、侍達とズラリと居並ぶ前で



「薙刀と小太刀は戦でどちらが役に立ちますので、妾にご教示して下され? 」


 と巻姫が豪胆に口を開いた。



「それは見物じゃな! 」


 と居並ぶ方々が口々に興味を示した。



 娯楽のない時代で尚武を尊ぶのは坂東武士の気風でもあった。


「是非、姉上様と連也様の勝負を見たいものじゃ! 」


 とまたしても巻姫が煽りたてた。



「望むところ! 」


 と甲斐姫が潔く答えて御前試合が決まった。



 早速、霜月1日吉日に本丸曲輪の広い鍛錬場が試合会場となった。



 甲斐姫は白樫七尺の稽古用薙刀を携えて出場し、連也は1尺8寸の白樫の木刀で出た。


 周囲はグルリと氏長様と親戚筋、重臣、巻姫、敦姫、侍達が見物人だ。



 試合は香取神道流の剣術指南役の合図で開始された。



 甲斐姫の攻撃は素速く、右脛払いから面打ち喉突きと多彩な技をくり出してきた。



 連也は脛払いは足引きして、面打ち喉突きは払いで躱すが早くて入り身に入りずらい。


 連也は薙刀を打ち払い、そのまま入り身して甲斐姫の左小手を打とうとした。



 小手をかすった感触はあったが、石突きで右胴を払われて間合いを外された。


 甲斐姫は連也の間合いには身を置かなかった。



 甲斐姫が連也を攻めたてて、連也は土塁まで追い込まれて左手に回り込もうと


 したところを突かれて喉先に刃先は届いていた。



「そこまで! 」


 剣術指南役の声が響いた。



 見物人達はどよめいた。


 連也は背中に汗をかき、甲斐姫の軽妙な連続技の前に敗退した。



 連也は甲斐姫の薙刀捌きの前に己の未熟を自覚した。


 巻姫はまたも甲斐姫のまえで頬を膨らませて退出した。



 この話は城内に留まらずに城下町にまで流れた。



◇◆◇



 霜月1日の御前試合の話は忍城下町で話題になったが、ある日、


 橋たもとに高札が立てられた。



『成田家兵法指南役千葉連也殿との兵法勝負を望む者なり


 天正十五年霜月十五日


 天下無双 天明流鎖鎌てんめいりゅうくさりがま荒波松軒(あらなみしょうけん)


 高札の傍に武芸者風の濃い顔の六尺五寸程の大男が立っていた。



 娯楽に人々は飢えていた時代であっという間に城中まで聞こえた。


 城の出入り口の橋たもとの高札なんて効果は抜群!


 人の娯楽になるこの話は氏長様の耳に届くまで時間はかからなかった。



 頼んでないのに、互いに代理人が立ち日時や場所が打ち合わされて決まった。


 使用する獲物は真剣と松軒側から希望が出された。


 ・・・僕は闘技場の剣闘士とたいして違わんらしい、真剣勝負だよ!



 天正15年師走の月1日未の刻までには城外空地1本松下に竹矢来が組まれた。


 竹矢来の周囲には近郊の農民や城下の商家の者や城の侍たちで溢れていた。



 松軒は房州出身漁師上がりで足腰は強いらしい、数々の試合で評判の武芸者だ。



 当日、連也が矢来に入ると松軒は正面奥に床几に腰かけていた。



 姿は茶筅結びの蓬髪で、皮の陣羽織と派手な小袖に野袴、手甲脚絆に皮足袋と草履で、手には黒光りする大鎖鎌を持つていた。



 やがて、松軒は鎖鎌を持つて立ち上がつた。


「拙者は天明流荒波松軒と申す武芸者でござる、貴殿は高名な千葉連也殿とお見受けいたす、いざ勝負! 」

 


 大鎖鎌は木柄で4尺はある。八角分銅付の鎖は1間ほどか、武芸者が動くとジャリジャリと鎖の音がする。



 やがて松軒はヒュンヒュン八角分銅付の鎖を右手で小さく回し始めた。


 だんだん鎖の長さは伸びてブン~ブン~とスピードを上げてきた。


 最初はゆっくりと右手縦回しから勢いをつけて頭上大回しに・・



 頭に当たれば即死間違いなし! 楽に死ねそうw


 なんて呑気に考えている場合じゃねーか!



 飛び込める隙は一度だけ


 何人の武芸者を倒してきたんだ。・・



 連也は脇差を抜いて左半身中段に構える。


 松軒の総身から殺気が噴き出してきた。



 この相手は強い!


 間合いが取りずらい、命のやり取りになる。


 連也の額と脇から冷汗が出てきた。



 短剣道部顧問に聞いたことがある、善人や正直な人は人を斬れないと、人を欺して人を斬るのだと。



 二人の距離はまだ四間あった。


 松軒がゆっくりと右手に回りだした。遠心力を考えればそうなるか。



 日はまだ高く、竹矢来内を容赦なく照らしている。



 ほぼ半周したときには、真昼の日光は連也の顔に正面から照らそうとしていた。


 二人の距離は二間に縮まっていた。



 松軒の顔は翳りに入り暗く、目の動きが読みずらい。


 松軒の片方の口角が笑いを含んで上に引きつれる。



 連也は脇差の柄を握る手を少しだけ寝かせると日光を刀身に反射した。


 日光を刀身に反射させて松軒の目に当てて目潰し状態にした瞬間、


 松軒の八角分銅付の鎖が唸りを立てて連也の顔面に飛んで来た。



 今も思い出せるのはブンと唸りを上げて分銅が連也の左頬をかすり反れたこと、


 無意識に体が飛び出して入り身になり左手で相手の鎌の柄を抑えて、


 右手の脇差の切先が松軒の喉に突き刺さりうなじに抜けた手の感触があつた。



「ギャ!」


 松軒はそのまま暫く白目を剥いて鮮血を喉から泡と一緒に吹き出して立っていたが


 やがてドゥと仰向けに倒れた。


 相手が死んでいることを確認できたのは残心の構えを解いてからだった。



 竹矢来の周囲の群衆は、いっせいに歓声を上げて手を叩き連也をたたえた。



◇◆◇



 師走1日の荒波松軒との試合から三日程経った頃から連也は外出時に、誰かに付けられている感じがしきりにしていた。



 師走の月七日に左門さんの砦に泊まりがけで、小太刀指南の為に行く用事があり、徒歩で出かけた。



 未の刻から申の刻になろうとする頃に、途中の村に入ろうと蛇行した道で小さな雑木林を曲ったところで、連也は足を止めた。



 十間ほど離れたところに、日焼けした武芸者が立っていた。



 武芸者は(あわせ)に野袴をはき、革の袖無し羽織を着ていた。


 足袋に草鞋をしっかりと結びつけていた。



「荒波松軒を殺したのは、そのほうか? 」


「正規の試合での結果だ、なぜ狙うのか」



「連也という仇を殺さない限り、兄者の恨みは晴れない! 」


「血族に遺恨なしと言っても無駄か」



「我が名は荒波善鬼と申す、いざ! 」



 身長は松軒と同じく6尺を越える大男だった。兄弟でマッチョ男かよw


 盛り上がる肩と胸の筋肉はすごい、太腿とふくらはぎも盛り上がる肉の山だ。



 善鬼ぜんきは四尺あまりのかいなたで削り出した木刀を手に近ずいて来た。



 重い木刀は手首が伸びるので見た目より見切りが難しい。


 まともに受けると刀が折れる。



 三間の間を取って対峙する。



 双方ともに中段に構えて、擦り足で近ずく。


 善鬼という武芸者が先に動いて間合いに入る。



 善鬼の木刀がブンと音を立て横一文字にいでくる。


 当たれば骨は砕けるだろう。


 木刀の風圧が凄い。



 人並以上の腕力があるのだろう。


 手首が引っ張られて腕が伸びている。


 しかし、太刀行きは早いが拍子が単調に過ぎ、力に頼り過ぎだ。



 今度は、善鬼が左袈裟斬りにビュと木刀を振ってきた。



 連也は身を躱し、善鬼の横に飛び入りすれ違い様脇差で左小手を斬り


 落とした。



 善鬼は木刀を構えようとするが、己の左手首は木刀を握ったまま下に


 落ちていた。



「おのれ! 」


「早くひもで左腕を縛れ、命だけは助かるぞ」 


「礼は言わん」



 左腕を抱えて善鬼は街道に座り込んでいた。



 冬の陽は暮れるのが早い、連也は曲がった道を村の中に入っていった。


 陽も傾いている、砦まで急いで歩こう。





◇◇◇◇◇◇◇


 

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