第2幕 巻姫の初恋
巻姫は居室の蒲団と夜着の中で悩んでいた、悩んでいる相手は連也のことだ。
連也に助けられたことは意識が戻ってから侍女小夜に聞いたが、その後連也から正式に何のあいさつもないのが不満だ。
城内の本丸稽古場では日々連也が若侍相手に小太刀の稽古をつけているのが時折見えるが巻姫を一層いらだつ想いにさせる。
連也は背も高く引き締まった体をしており、顔も端正で容姿もいいのだけれど妾を無視するのが気に入らない。
なんとか妾に振り向かせたい、近頃は異母姉妹ながら姉上の甲斐姫のことばかり眺めている、ますます嫌だ。
子供だから嫌っているのかな、こうなったら直接心根を問いただしてみよう。
連也は素早く足を踏み込んで小木刀で払い、左手で相手の動きを制し、
同時に隙を晒した箇所を小木刀で素早く突く、実戦の中繰り返した技だ。
「参りました!」
倒れた若侍が叫ぶ。
相手の動きは見続けるが踏み込みから打突きまでは瞬速の一連の動作だ。
現在、忍城で連也は小太刀の臨時兵法指南役として教授している。
しかし、正式の兵法指南役には香取神道流の中年の侍が召し抱えられており、
成田家の家臣団に剣術、槍術、薙刀術等を教授している。
今日も若侍達と激しく練習した後で裏手の井戸傍で上半身の汗を拭いているところに巻姫が近ずいてきた。脱いだ剣道衣を着直し、手拭いを隠した。
「巻姫様!お身体はもうよろしいのでしょうか? 」
「その節はお世話になつたの、しかし今回は別の件じゃ」
「どのようなことでしょうか」
「巻は連也が好きじゃぞ、連也は巻のこと嫌いか? 」
と巻姫は直球で連也に話かけてきた
つぶらな瞳を涙にいっぱいためて下から上目遣いで見上げる巻姫を見るといきなり連也は自分が窮地に立っていることを自覚した。王手!
これはフラグが立ったよねじゃね!相手は13歳だぞ、領主の娘でお姫様
たしかに巻姫は可愛いけれども、連也が恋している美貌の甲斐姫の妹!
どちらにしても詰んでます。は~どうしょう・・
砦まで背負って助けた巻姫の初恋の相手は自分みたいだけど・・
「この場所は人目がありますのでこのような話は困ります」
うっ、苦手だ、強く出れない!
「左様か、であれば今宵亥の刻に曲輪の持仏堂まで来て欲しい、いやか? 」
orz・・ますます窮地に追い込まれた、光学迷彩でも着て行くかw
「分かりました。姫も目立たぬ衣装で来られますように」
・・・なにを言っているんだ自分!
「分かっておるわ。約束だぞ! 」
巻姫は懸想の相手である連也は、甲斐姫しか眼中にないとは承知していた。
しかし自分の目の前で連也ら二人の本当の気持ちをハッキリ確認したかった。
この後、巻姫は 思いもかけない斜め上の行動を取った。
連也の甲斐姫への恋心をしたためた筆跡も鮮やかな付文を、巻姫が書き上げた。
恐れを知らない巻姫は付文を他人に見せずに甲斐姫の寝所まで
直接届けるようにと、腹心の侍女小夜に命じて手渡した。
◇◆◇
小夜は主人と同じ様な夢見る年頃で、今回の偽付文作戦の実行担当者でもある。
巻姫を連也様と添わせることが当面の夢でもあった。
小夜は陽気なお節介焼きの性格でもあり、今回のような源氏物語みたいな恋物語は巻姫共々大好きである。
預かった連也様の偽付文を、どうすればあの意地悪な甲斐姫様侍女のお吟の目を盗んで甲斐姫様の寝床に忍ばすことが出来るのか?
侍女お吟は宿老陪臣の息女で、武芸も確かな腕だとの侍女たち仲間での評判だ。
見つかると怖いしと悩み小さな胸を痛めていると、意外にもお吟のほうから屋敷内の廊下で小夜に声を掛けてきた。
「そなたには聞きたい事があるので、大部屋まで来ぬか? 」
ハッ・・これは利用しない手はないw
侍女部屋に入り、木戸を閉めて座ると、さっそくお吟から問われた。
「近頃、小夜は何故、妾を見て落ち着きがないのじゃ? 」
「実はお吟様に懸想されている殿御からどうしたらよいか相談を受けましてw 」
「なんと、まことか!してその殿御の名は? 」
「小沼五郎丸様でございます」
「おお! ・・ 妾と同い年の五郎丸様か、して小沼様はどこにおる? 」
・・・“数え年だと四歳年上だろうが婆ぁ! ”腹の中で小夜は毒を吐く。
「本丸西側土塁の井戸の傍あたりでどうしようかと悩んで居りましたぞ」
「左様か! 今からでも行って風紀を乱した罪で説教をしようぞ、小夜は妾の代わりに甲斐姫様の部屋清掃を頼むぞぇ」
「承知いたしました」
・・・素直じゃないな~うれしいくせにw
お吟が誰もいない本丸土塁に立去った後、小夜は両手を耳の横に当て大好きな
子猫のポーズで"フゥ~"とお吟の立去った方向に向けて威嚇してみた。
小夜がどうしてこんなにお吟が嫌いなのか、自分でもわからなかったw
五郎丸の話はついでに嘘から出たまことになればしめたものだ。
はずれても、当分お吟から小夜は睨まれるだろうが構わないw
いまのうちに甲斐姫様の寝所に懐中の付け文を置くことにしよう。
小夜は懐の文の感触を片手の指先で確かめてニンマリとほほ笑んだ。
後日、巻姫様から今回の騒ぎは甲斐姫様からの体罰と連也様の怯えの視線を受けただけの結果になったと聞いて、小夜は思わずうなだれてしまった。
◇◆◇
甲斐姫が読んだ偽の付文は、頭を絞って巻姫がしたためた文であり、内容は
『甲斐姫様 突然驚かせて申し訳ございません。
連也は甲斐姫様に一目会った時から、美しい甲斐姫様を恋慕っております。
何とかしてこの燃える想いを甲斐姫様に伝えたく、無礼を承知でこの文を命をかけて寝所まで忍び込み差し上げます。
どうか、この連也の強い想いをくみ取り、
今宵、亥の刻に曲輪の持仏堂まで来て頂けまいか、待っています。』
との、連也からの恋文であった。
甲斐姫はこれまでにも幾多の豪族の男たちに付文されても無視してきた。
それが連也の付文だけは無視出来なかった。
甲斐姫の心の隅で連也を気にしていたのだ。
今宵持仏堂に行って本人の口からハッキリと気持ちを聞いてから心を決めよう
甲斐姫は亥の刻まで胸が次第に高鳴るのを抑えきれなかった。
今夜は十三夜の月で歩くには充分に明るい。
問われたら、願掛けにお参りに行きますと説明できる。
連也様はもう来ているのかしら、甲斐姫は曲輪内持仏堂の格子戸をそっと開ける。
「連也様、いらしゃいますか? 」
「はい、おります」
「甲斐です。あの付文は本当の想いですか? 」
「え? 」
「突然でおどろきましたが、妾も連也殿のことは嫌いではありませぬが、いつ他国に嫁がされるか分からぬ我が身なのじゃ。それを分かってて妾に届けたのか? 」
「は? 」
「・・連也様は甲斐のことを本当に慕っているのですか? 」
「あっ!もちろん会った時から甲斐姫様と一緒になりたいと願っていましたが! 」
「今夜は連也様の口からハッキリと本心を聞いてから心を決めようと来たのです! 」
「甲斐姫様を好きなのは本心ですが、付文を書いたのは僕ではありません」
月明りの中、曲輪の持仏堂の格子戸にへばりついて覗いていた小さな人影があった。
いきなり入り口の格子戸を開け、飛び込んできた人影が叫んだ。
「連也の意気地なし! 」
そこには腰に手を当てて、頬を膨らませた巻姫の姿があった。
「武骨者同志を一つ部屋に閉じ込めて、なにか起こるかと期待した妾が愚かじゃた。二人とも絵草子でも読んで男女の色恋を学んだほうがよかろう! 」
二人とも驚いていたが、だんだんと甲斐姫の顔が真っ赤になり肩がブルブルと震えて来た。
・・・怖いっす、冗談抜きに現代に帰りたいです。巻姫!あなたなにやってんのよ~
「巻姫そこに直れ! 」
甲斐姫の迫力のある低い地声が響いた
・・・手打ちはないっすよ
あれ以来甲斐姫、巻姫お二人からお声がかからなくなりました。
氏長様の視線にもやや冷たいものを感じる今日この頃です、連也です。
◇◇◇◇◇◇◇