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廃棄物達の生存術  作者: ラプラス
8/8

かくれんぼ

第8話です。書き溜めがが尽きたので、更新ペース遅くなるかも。

「勝手に外に出るなっていったよね?」

 アパートに帰還した一言目に優慈の叱咤が飛んだ。人通りは少ないとは言え、何事もないうちにベルカを発見できたことは幸運だった。

 「……」

 ベルカは目を伏せたまま、黙して答えない。

 「ルールって言っただろ? 明るい間に一人で外を歩かれたら身を守りきれない。コミュニティの連中が外の人間に何するか知らないだろ?」

 「……」

 見つけてから一言も口を開かないベルカに、優慈は音を上げかけていた。

 「……ごめんなさい」

 ようやくベルカが沈黙を破った。謝罪の言葉とともに、ベルカの目が潤む。

 「私、ネラスがどんなところか知らなかったんです。荒れ果てた、厳しい状況だということ以外は」

 ベルカの口から次々と堰を切ったように言葉が溢れ出る。同時にその目から涙もこぼれおちていた。

 「でも、荒れた風景でもどんなところでも、見てみたかったんです。私達の世界とは、アクサムとは違う世界を、この、部屋の、外」

 それ以上は言葉にならなかった。ベルカの目から頬を伝い、大粒の涙が流れる。

 優慈はただ呆然と立ち尽くしていた。もう随分と長い間、人とまともなコミュニケーションを取っていなかったせいで、自分が人と関わっていはいけないクズだということを忘れていた。

 挙句の果てに、年端もいかない少女を無自覚に監禁とは、つくづく自分が嫌になる。

 「……ごめん」

 喉の奥から、ようやく一言絞り出した。

 「外は危険だからここにいたほうがいいって、ベルカの気持ちも考えないで、俺……」

 どうにか謝ろうと、つながらない言葉をしどろもどろに言い出す。謝罪の言葉さえ満足にしゃべれない自分に苛立つ。

 クロスボウで自分の頭を撃ち抜くべきではないか、その考えさえも、どうせ出来もしないことを自分の居心地悪さを誤魔化すための方便だと考えていた。

 「あ、あの……謝らないでください、ユウジさん」

 少し落ち着いたベルカが、目頭から涙を拭いながら、優慈に答える。

 「外に出たいなら、そのことを先に相談するべきだったんです。なのに私、ルールを破って勝手に外に出てしまって……ごめんなさい」

 「僕の方も……いや、もうやめよう。謝るのはお互いここまでにしよう」

 涙を拭いたベルカを見て、優慈もどうにか落ち着きを取り戻す。

「ルールを新しく変更する。まず、外に出た後の敵からの隠れ方を教える。それと、明るいうちは外に出ない。なるだけ遠くに行かない。明るくなる前に家に帰る。それでどう?」

 「はい。異論はありません。今度は必ず決まりを守ります」

 「よし、それなら早速隠れ方を教えようか」

 カーテンの隙間から完全に日が落ちた外を一瞥し、押し入れの中からカーキ色のジャケットを探し始める。

 「え、今からですか?」

 「疲れてる? 早いほうがいいかと思ったんだけど」

 雑然と積まれた衣類の山から目当ての物を引っ張り出し、ベルカにそれを手渡す。

 「いえ、そんなことは。今からお願いします」

 優慈のジジャケットは、ベルカにはかなり大きく、手は袖を通っておらず、裾は膝上まで覆っていた。

 ベルカの服を――できれば隠れるのに適した色合いの服を――探して持ち帰ることを記憶にとどめ、優慈はベルカを連れて玄関をくぐった。

 

 「まず、隠密の基礎は3つある」

 アパートの外に出た二人は、拠点周辺の比較的安全な地帯で『隠れ方』の実践を行っていた。

 「『身体を晒さない』『音を立てない』『動かない』この三つだ。まず、『身体を晒さない』から始めよう」

 「はい」

 だぼだぼのジャンパーの身につけたベルカが、真面目な表情で優慈を見ている。

 「とにかく第一に相手の視界から逃れることだ。塀の影、建物の隙間、側溝の中。隠れる場所はどこにでもある。特にベルカは身体が小さいから、その分隠れられる場所も多いだろうね。」

 「側溝の中……ですか?」

 ベルカがいかにも嫌そうな顔でつぶやく。

 「汚れることを嫌がってちゃ生き残れないぞ。どうせ奴らに捕まったらそれ以上に汚され――おっと」

 デリカシーのない言葉を押しとどめ――元よりデリカシーのある話題でもないが――話を続ける。

 「とにかく、服なんていくらでも調達できるし、汚れも落とせる。でも命は一つきりだ。これに限ったことじゃないが、想像力を働かせるんだ。高低差、光源とその角度、自分ならどうするか、どんなところが気にならないか、そこに体を滑り込ませる」

 ふむふむ、とベルカは熱心に聞いている。優慈も他人に得意分野を講義するという久しぶりの経験に、興が乗っていた。

 「そして滑り込んだ後は、『音を立てない』。これはそのままだね。特に今のような環境では、音を立てる物は少ない。必然的に音の立つ方へ探す側は向かっていく。これを逆手に取ったテクニックもあるけど……その辺はまたおいおい教えていこう。とにかく今は基本だ」

 「逆手に取ったテクニック……わざと別の方向に音を出して、そちらに引き付ける、とかですか?」

 「飲み込みが早いね。そういうこと。でも下手にを狙おうとすると墓穴を掘る事になる。人間の五感はそれほど馬鹿じゃない。どうしてもやるなら、道具を使ってトラップを作るのが一番かな。これもまた今度教えよう」

 「わかりました。想像力、想像力」

 「で、最後に『動かない』暗闇で隠れる時は特にこれが重要だ。人が暗闇でものを認識する時、ものの輪郭を見る。つまり、これを隠すと暗闇での視認性はぐっと低くなる。具体的に隠す方法はっていうのは……」

 「動かない、ですか」

 「その通り。特に、今着てるようなカーキ色などの迷彩色なら尚更いい。逆に、暗闇でも黒はよくない。暗闇の黒と服の黒は色が微妙に違う。結果、輪郭が逆に浮き上がる。まぁ、その辺は僕が持って帰る服を選べばいいからそんなに気にしないでもいいかな」

 「服、ですか。そう言えば、こちらの服装は、今ユウジさんが来ているようなものが一般的なのですか?」

 言われて、優慈は自分の服装を見る。Tシャツの上から黒いパーカー、更にその上にベルカに渡したものとほとんど同じジャケット。下は軍の払い下げ品の――『事件』前から愛用していた――カーゴパンツとスニーカー。

 優慈は自分にファッションセンスがないことを自覚していた。もっとも、『事件』以降は外見に機能性以上のものを求めるものはいないだろうとも考えていた。

 「うーん……まぁ、今はみんなこんなもんだと思う。オシャレはアクサムに帰ってからってことで」

 「はい、わかりました」

 やはり女の子は世界が違ってもそういうことには興味があるのだろうか、と思いつつ、話を戻す。

 「どこまで話したっけ……輪郭云々までか。だから、同いても動く時はできるだけゆっくり動く。素早く動くと輪郭がぶれて見つかりやすくなる」

 「わかりました。『身体を晒さない』『音を立てない』『動かない』これでぜんぶですね」

 「最後にもう一つ。これに限ったことじゃないけど、『平常心』もだね。相手が目の前を通り過ぎてもパニックを起こさない。環境のすべてを利用する冷静さと、『もし俺を見つけ出したら首の骨へし折って殺してやる』って考える自信。この二つを併せ持つこと」

 「は、はぁ。首の骨を」

 「あくまでたとえだから。そう言うぐらいの気合ってことで。そもそも相手の人数と隠れる場所の広さによるけど、相手が5~6人程度で、この辺一帯ぐらいの広さだったら、まずこっちは見つからない。向こうが探してる間に遠くに逃げる隙が必ずできる。そのことも念頭に置いておくといい。それじゃ、今まで教えたことを実践してみようか」

 「実践、ですか。どのように?」

 「僕が20数える間に、ベルカが自由に隠れる。30分見つからなかったらベルカの勝ち……いや、待って」

 そこまで言ってふと気がつく。そもそもこちら側とアクサムの時間感覚は同じなのだろうか?

 優慈はふと思い立ち、バックパックの中を漁る。食料や包帯の奥、バックパックの底の方に、いつだったか外して入れっぱなしにいていた腕時計があった。幸い電池はまだ切れていないようだ。時計に内蔵されたタイマー機能を30分に設定し、ベルカに手渡す。

 「このボタンを押して、音がなるまで逃げ切れたらベルカの勝ち。音がなったらここに戻ってくる。このルールで行こう」

 「わかりました。それじゃ、隠れますね」

 後ろを向いて目をつぶった優慈を背に、ベルカが駆け出していく。

 「……18、19、20」

 数え終わった優慈が、閉じていた目を開け動き出す。

 比較的大きい通りから取り掛かり、裏路地、民家の庭と一つ一つ『適当に』探していく。

 優慈にはあまり本気で探すつもりはなかった。いかにも隠れそうな、目立つところだけを探し、後は適当に動き回って探すふりをしようと思っていた。

 先ほどベルカに言った通り、隠れている相手を探し出すのは人手があってもかなり

難しいのだ。ましてや、指定した範囲もかなり漠然としている。

 うまく優慈から隠れさせて、自信をつけさせよう――そういう腹づもりだった。

 やがて、30分が過ぎた頃アパートの前に戻る。すると、喜色満面のベルカが既に待っていた。

 「私の勝ちですね。ユウジさん」

 勝ち誇った笑みで優慈を迎える。

 「全然見つけられなかったな。どこにいたの?」

 「家の下に潜り込めるところがあったんで、そこに入って隠れてました!」

確かに、よく見るとジャケットには擦れたような土汚れがついている。

 「いい隠れ場所を見つけたみたいだね。そんな感じで外に出る時は警戒しながら進むように。それじゃ、今日から外出していいよ」

 「はい!」

 嬉しそうなベルカとともに一度アパートに帰り、置いていたクロスボウを持ち出す。そして、再び優慈は昨日のマンションへ向かった。

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