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廃棄物達の生存術  作者: ラプラス
3/8

逆再生

第三話です。ようやくベルカ登場。

標的の家へ向かった時と同じく、塀をよじ登り、誰かの家の庭を通り抜けようとした時、優慈は家の中から光が漏れていることに気がつく。

 この家には誰も住んでいないことを優慈は知っていた。だからこの家を抜け道として使っていたのだ。


 クロスボウを構えつつ、壁に張り付きながら忍び足で光の方へと接近する。

 息を潜め、室内を覗き込む。

 果たして光の正体は、あの事件の日と同じ、白い画面が映ったテレビだった。

 優慈はこの異常事態に混乱していた。電力網は『事件』の影響でとうの昔に停止していて、電気を扱えるのは発電機を持った人間か、限られたごく一部のインフラを持つ人々のみだったからだ。

 当然この地区はそのようなインフラは回復しておらず、聞き耳を立てても発電機のやかましい音は聞こえなかった。

 第一、貴重な電気を使って、白い画面しか映さないテレビを動かすものなどいるわけがない。

 画面に釘付けになっていると、更に異変が起こる。テレビの画面に波紋が広がったのだ。

 やがて波紋の中心から何かがゆっくりと飛び出した。人のつま先だった。


 優慈の混乱はいよいよ極まった。しかし、同時に好奇心にも強く刺激されていた。

 やがて、炎に引き寄せられる蛾のごとく、優慈はテレビの画面に近づいてゆく。

 窓ガラスを割り、引き戸を開け、室内へ上がりこむ。

 テレビからは今や腰ほどまで出ており、はっきりと人間であることが見て取れた。

 まるで『事件』の時を逆再生しているようだ――

 呆然と見守っているうちに、とうとう全身がテレビから生み出された。同時にテレビの画面も元に戻る。


 床に横になった状態の人間らしきものに恐る恐る近寄り、懐中電灯で顔を照らし、覗き込む。

 明かりに照らされ浮かび上がったのは、月光のように透き通った吸い込まれそうなほど美しく、しかし未だあどけなさの残る少女の顔だった。

 黄色人種からは程遠い、輝くほど白い肌は白人のそれを連想させた。

 理想的に整った顔立ちは、かつて『事件』の前、テレビや雑誌に出ていたどんなアイドルや女優よりも優慈の心を惹きつけた。


 しかし、決定的に人間と違う点は、しばらく手入れされていないであろう、しかし未だその輝きが残る銀髪から飛び出た長く尖った耳だった。

 これではまるで、ファンタジーに出てくるエルフのようだ――優慈は白痴のごとく立ち尽くしていた。

 少女が眩しそうにまぶたを動かした瞬間、優慈は我を取り戻した。

 左手を口の前に近づけ、右手で軽く首筋を触る。呼吸と脈拍を指先に感じ取れた。

 体に目を向ける。体格は中学生程だろうか。顔立ちに合わない粗末な服に包まれた肢体には、目立った外傷はなさそうに見えた。

 とりあえず息はある。気絶しているだけのようだ。

 再び懐中電灯を顔に向ける。すると、今度はゆっくりとまぶたが開き、その碧眼が薄く見える。


 「まぶし……」

 喋った。

 テレビから出てきたエルフのような少女が、日本語を。

 「誰……?」


 驚き戸惑う優慈に少女は再び声をかける。

 優慈は矢庭に懐中電灯を捨て、クロスボウを構えた。

 「そのままだ。動くな」

 突きつけられた鏃に、少女の意識が一瞬で取り戻される。

 「待って!」

 「静かに。言葉わかるだろ」

 優慈は冷たく言い放つ。しかし、内心ではこの少女を撃つことに強い抵抗を感じていた。

 益のない殺しはしない。たとえ食料のために殺人を犯すような非道でも、それが快楽殺人鬼と人間を分ける最後の一線だと考えていたからだ。


 しかし、優慈は生来の人間不信とも同時に格闘していた。

 このまま放っておけば自分のような略奪者になり、獲物を取り合うハメになる可能性もある。そうなればこのように簡単な状況にはならないだろう。

 撃つべきか撃たざるべきか、裕二が思案する中、再び少女が口を開いた。

 「顔を、顔をよく見せてください」

 若干あっけにとられつつ、しかし未だ警戒を解かないまま優慈は答えた。

 「……いいよ。ゆっくり動け」

 その言葉とともに、少女はゆっくりと顔を近づける。

 転がった懐中電灯だけが明かりの暗い室内で、少女は優慈の顔を見つめる。

 「ああ、やっぱり……」

 納得したような表情で、少女が口を開く。

 「アールリム、お迎えに上がりました」

 「は?」


 突如少女の口から出た突拍子もない言葉に、優慈は絶句した。

 「待った。何言ってんの」

 「勇者様。どうか、私の話をお聞きください。およそ信じられない、突拍子もない話とお考えになるかもしれませんが、これから私が申し上げる事はすべて事実なのです」

 優慈は、この少女は現実に耐えきれず、空想の世界に逃げ込んだのかと考えた。しかし、少女の外見、特に長く伸びた耳が優慈の好奇心をくすぐった。

 「……わかった。じゃあ続けて」

 未だクロスボウを構えつつ、手近にあった椅子に座り、優慈は少女の話に耳を傾ける。

 「まず、私はこちら側とは違う世界、我々が『アクサム』と呼んでいる世界から来ました」

 これには、優慈はそれほど驚かなかった。テレビに人が吸い込まれる、という自ら目の当たりにしても到底信じられない現象を説明するには、科学や常識を超えた何かがあると考えていたからだ。


 少女は言葉を続ける。

 「こちら側の世界の人々は、この……幻写板を通じてアクサムへと連れ去られました」

 少女は視線でテレビを示す。

 流暢な日本語の中に聞き覚えのない固有名詞が混ざるということは、何かしらの方法で瞬間的に日本語への翻訳が成されているのかもしれない、と考えた優慈は、少女の口の動きを注視した。

 「連れ去られた人々は異邦人と呼ばれ、アクサムで労働力として強制的に働かされています」

 予想通り、口の動きが発音と合致していない。

 「しかし、それに反対する勢力もあります。それが我々、『エリオドア修道会』。我々は、アクサムのおよそ7割を支配するロフス帝国の人道を軽視した帝国主義に意義を唱え続けていました」

 「ちょっと待って。えーと、『ルカピリム』ってゆっくり言ってみて」

 「……? ル・カ・ピ・リ・ム」

 少女の口の動きが発音と一致する。

 「今度は『はい、わかりました』」

 「ハ・イ・ワ・カ・リ・マ・シ・タ」

 再び一致する。

 「ん、いいよ。また続けて」

 「……よろしいですか? わかりました。では話を続けさせていただきます」

 その言葉を発する間、『わかりました』という単語の口の動きに合う瞬間はなかった。これを見て、優慈は自らの予感を確信へと変えた。


 「我々修道会の抗議は、帝国には全く聞き入れられませんでした。それどころか、修道会への弾圧を始め、多くの信者や司祭が帝国へ囚われました。しかし、我々もただ手を拱いているわけではありません。幻写板を通じて自由にこちらの世界とアクサムを行き来できる『巫女』を育成し、こちら側に残された拉致に反発する力を持つ者の中から勇者を集め、帝国への叛旗を翻す計画を実行したのです」

 「で、その……アールリムが僕ってこと?」

 「その通りです。勇者様」

 「アールリムって何?」

 「修道会の伝承で、アクサムが腐敗と悪徳に包まれた際に、それらから善良なるものを救いだすものの意です。かつて存在した英雄の名前が由来となっています」


 まるで漫画やゲームのようなにわかに信じがたい話も、この異常事態なら納得できた。しかし優慈にはまだ疑問が残っていた。

 「なんで僕が?」

 「それは……選ばれたから、としか言いようがありません。勇者の素質は偶然に生まれ持つものなのです。」

 「日本語を喋れる理由は?」

 「我々の技術により、こちら側の人々が理解できるように翻訳されています。アクサムの技術力は、こちら側のそれより高い水準にある、と帝国は喧伝していました。」

 「だから拉致してこき使っていい、と? 随分周回遅れな思想だな」

 「私もそう思います。その思想が巡りまわって自分たちの首を絞めるになるだろうとも。だからこそ我々修道会はアクサムのためにも、そして『ネラス』の人々のためにも立ち上がったのです」

 先程の淡々とした説明よりも、幾分か熱のこもった口調で少女は語る。

 「で、『ネラス』って言うのがこっち側の呼び方なわけか……そう言えば呼び方で思い出したけど、まだ名前聞いてなかった。君の名前は?」

 「申し遅れました。私の名はベルカ=グクローツ。勇者様をお導きするエリオドア修道会の巫女です。勇者様。あなた様のお名前は?」

 名前を聞かれ、一瞬優慈は偽名を名乗るべきかとも考えたが、結局適当な名が思いつかずそのまま本名を名乗った。

 「玉木優慈」

 「タマキユウジ。素敵なお名前です。」

 ベルカは敬意を込めた、どこか熱情的な視線で優慈を見つめる。

 先程から勇者様、と連呼され気恥ずかしさを感じていた優慈は、真っ直ぐ自分を見つめるベルカの瞳から思わず目線をそらした。

 「えーと、優慈でいいよ」

 「わかりました。優慈様」

 「様もいらない」

 そらした目線の先、窓の外を見ると、既に外がしらじらと明るみ始めていることに気がついた。


 太陽が登ったら狙われる可能性が上がる。その前に家へ帰らなければ。そう考えた優慈は、もう一度ベルカに目を向ける。

 「話の続きは家に帰ってからしよう。ここは危険だ」

 興味深い話も聞けたし、敵対する意思もなさそうだ。

 何より、この少女の話が本当ならば、この地獄そのものの世界から抜け出すチャンスが有るということだ。

 食料のために殺し合い、明日の見えない夜の街を虫のように血眼で這い回り、かろうじて腐っていない食品を口にする。

 信じる価値がある。いや、今はそれしか考えられない。優慈はそう判断した。

 「わかりました。優慈……さん」

 一瞬、また様を付けそうになったベルカに、どことなくくすぐったさを覚えつつ、ベルカを先導し、優慈は再び帰路についた。

 

 ベルカを先に室内に入らせ、周囲を警戒しつつ静かに玄関のドアを閉める。

 ドアに鍵とチェーンを掛け、出るときよりも、略奪した食料で随分重くなったバックパックを居間まで持っていくと、優慈は一つ大きく深呼吸をした。

 一晩で四人も殺した、今までで最大の戦果を振り返り――

 

 暴走。

 優慈の意識は、『事件』後、初めての殺人を犯した時の記憶に支配された。

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