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 明治二年(1869年)五月十一日。


 元新選組副長、今は函館政府陸軍奉行並の土方歳三は一本木の戦闘において、敵弾に倒れ死んだ。その遺体は官軍に見つからないように埋めてきた。そんな作り話をこしらえて、俺はそれを政庁にいる榎本に伝える。


「そう、彼もまた、グレートなビーストだったんだよね。松坂さん、このフェスティバルもいよいよクライマックスなんだよね。いつまで続けられるかはわからないけど、ラストまで、トゥギャザーしようぜ?」


「ははっ、そうだね。」


 相変わらず何言ってるかわからないし、すっげえうざかったが榎本はまだ、折れてはいない。なら、最後までトゥギャザーしてやらないと。男谷の男として先に降りるわけにはいかないのだ。トシも、一郎たちもアメリカ商館にいれば安全だ。そして俺は一人であればどんなことがあっても生き残る自信もあった。


 政庁を後にして自分の宿舎に戻る。五稜郭からは援護の大砲が打ち鳴らされていたが、ここで俺のできることはない。とりあえず風呂に入って飯を食った。


 次々と諸隊が五稜郭に撤収してきて、夕方になると今井さんたちも戻ってくる。


「はは、もう駄目ですね、さすがに。あれ、みんなは?」


「ああ、アメリカ商館に逃がした。トシの馬鹿が撃たれてね。」


「ええ、聞きました。一本木で戦死されたと。」


「まあね、土方歳三はあそこで死んだ。けど、俺の友達のトシは一郎たちと一緒さ。」


「なるほどですね。ま、みんな無事ならなによりです。それで、新さんはなぜここに?」


「沈む船に最後まで男谷の旗を。健吉にもそう約束したからね。榎本が降伏、そう決めるまでは降りないよ。」


「そうですか、相変わらず強いですね、新さんは。」


「ま、残ったところで何もできないんだけどね。官軍がここに切り込んでくるならいざ知らず。それに俺の上官はトシだからね、他の奴の言うことを聞く筋合いもない。」


「あはは、そうですね。それで、榎本さんが降伏、そうなったときは?」


「そうなりゃ付き合う義理もない。江戸に帰るさ。今井さんは?」


「私は、一応函館政府の閣僚ですからね。姿を消してはいろいろと差し障りが。」


「そっか。」


「あの時、江戸城で勝さんが余計な事言わなきゃ新さんと一緒に、そうできたんですけど。」


「ははっ、海舟は余計な事しかしないからね。うまく江戸に戻れたら文句の一つでも言ってやるといいさ。」


「ですよね。」


 その夜は今井さんお手製の鍋を二人で食べた。


「こうして二人だけ、と言うのもずいぶん久しぶりですね。覚えてます? 横浜に二人で行った事。」


「あはは、そうだね。ピストル買って、受け取りごまかして。」


「懐かしいですね、講武所。男谷先生がいて、榊原先生も。新さんたちが海軍の永井達をぶん殴って。私はね、あの時に榊原先生の弟子になろう、そう決めたんです。新さんはちょっと怖かったですし。」


「それが正解さ。健吉は今じゃ剣聖と言ってもおかしくない。俺はね、ずっと健吉の背中を追ってきた。今でも剣では健吉には敵わないさ。」


「私もです。でも、新さんは戦うとなれば。私も新さんに鍛えられたおかげでこうして今も戦える。剣術と戦う事の違いを教えてくれたのは新さんですよ。」


「あはは、それでもさ、親父殿には敵わない。その永井たちをぶっちめたときさ、俺も健吉も一瞬でやられたもの。もうね、すごいの。気っていうの? こう、体中から蒸気が噴き出してる感じ。」


「新さんと榊原先生を一瞬ですか。さすがは男谷先生、っていうか想像つきませんよ。」


「健吉はね、親父殿の剣を継いだ身。あそこまで追いつかなきゃいけないって。」


「それも大変ですね。それにしてもあの頃は佐々木さんがいて、山岡さんがいて、いろんなことが。」


「そうだね、けど俺たちはまだこれからさ。あの世で只さんのふくれっ面を見るにはまだ早い。ここが落ちれば幕臣としての務めも終わる。あとは自分の人生さ。」


「そうですよね、まだまだこれから。」


 翌日になると、海岸から五稜郭に激しい艦砲射撃が撃ち込まれる。その砲撃を受けて今井さんの上官、衝鋒隊隊長の古屋佐久左衛門が重傷を負った。そして脱走するものも相次いだ。

 その夜、函館病院の高松凌雲先生の仲介で官軍から降伏勧告がもたらされる。榎本は士官以上を政庁に集め、その対応を協議、俺も一応士官なので今井さんと共に出席した。会議は紛糾したが、榎本は降伏を拒絶。十四日に使者に榎本が大事にしていた洋書を持たせ、官軍に返答した。

 そして十五日、永井を指揮官、新選組の多くが配置された弁天台場の240名が降伏する。その翌日、千代ヶ岱陣屋の指揮官、中島三郎助は官軍からの降伏勧告も、榎本からの撤退命令も拒否、その配下であった渋沢さんは手勢とともに湯の川に逃走した。そして一時間ほどの激闘で壊滅。中島親子以下、ほとんどの者が討ち死にを遂げた。


 その日、官軍の陸軍参謀、黒田了介の名で榎本が送った洋書の返礼、酒樽五樽とマグロ五匹が届けられた。榎本はその返礼と翌朝までの休戦を官軍に申し入れ、了承された。政庁の首脳部で会議が開かれ、ついに降伏が決定する。俺は幹部ではないのでそこには参加せず、今井さんに結果を聞いた。


「さって、これでここもお終いだね。」


「ですね。」


「って事はだ。ここにある軍資金も、もはや無用って事だよね?」


「ええ、そういうことですよ。さ、さっそく榎本さんのところに行きましょうか。」


「だよねー。」


 そういうことになって、その夜俺は今井さんと連れ立って政庁の榎本を訪ねた。政庁の中はすっかりお通夜ムード。みんな自室に籠ってしまったのか人影もない。

 榎本の執務室を訪ねるとそこではコントが行われていた。


「ドントタッチミー! 大塚さん! ミーはここでハラキリするんだよ!」


「榎本さん! あんたは死ぬべきじゃない! これからの国にあんたは必要な人だ!」


「シャラップ! 責任者は責任をとらなきゃいけないんだよね! フェスティバルはもうジ・エンドなんだよ!」


「えっと、何やってんの?」


「あ、松坂さん! 松坂さんからも言ってくださいよ! 榎本さんは腹切るんだって聞かなくて!」


「ふーん。で、あんたは?」


「見てわかるでしょ! 止めてるんですよ!」


「つか、誰?」


「彰義隊の大塚! 大塚霍之丞! 元見廻組! 江戸でも会いましたよね?」


「そうだっけ? 今井さん、知ってる?」


「さあ、私は。」


「ちょっと! どうなってんの? 松坂さんのみならず今井さんまで! 京でずっと一緒だったじゃないですか!」


「ヘイ! ユーたち! 今どういうステージかわかってる? ミーがファイナルを飾ろうとしてるよね? もうムードもなにもクラッシュだよ!」


「あ、ごめん。んじゃ俺が介錯してあげるよ。三枚おろしがいい? それとも開き?」


「オー、ウェイト、ウェイト、ミーはフィッシュじゃないからね? そんなクッキングされても困るんだよね。」


「そうなの? 贅沢だな。」


「もういい! もう、ハラキリのファイトなくなったからね。」


「お二人とも、私は大塚! 大塚霍之丞! ちゃんと覚えましたね!」


 そう言ってその大塚は床を踏み鳴らして出て行った。


「ところでユーたち、何の用だい?」


「あ、そうそう、大事な話があるんだった。」


 榎本は短刀をパチンと鞘に納め、椅子に座り、俺たちにも座るよう勧めた。そしてパチンと指を鳴らし現れた側役にコーヒーを用意させる。


「えっとさ、ここは降伏すんだろ?」


「イエスだけど、それが?」


「だったらさ、ここの金とかもういらないわけじゃん?」


「パブリックゴールド? 確かにそうだけど、ユーたちも降伏するんでしょ?」


「私はそうするつもりですよ。一応閣僚ですから。」


「俺は降伏しないよ。だって俺はただの旅行者だし。」


 そういうと榎本と今井さんは「えっ?」っと顔を見合わせる。


「あははは、新さん、すっごいこと言い出しますね。そう、新さんは旅行に来たんですもんね。」


「そうそう、そもそも函館政府に参加するとか、ひとっことも言ってないし。トシがどうしてもっていうからここにいた。けどそのトシも死んじゃったしね。」


「えっと、デッフィカルトすぎてよくわかんない。けどもうどうでもいいんだけどね。それで?」


「だからさ、帰りの旅費が欲しいかなって。ここの金は残しておいても官軍に没収じゃん。それに元々大阪城と江戸城にあったやつだろ? あいつらにやるのはもったいなくね?」


「けどそれじゃユーだけが得してるよね。」


「いいや、今井さんともちゃんと分けるよ。幕府の金を幕臣の俺たちが使ってやろうってんだ。問題ないじゃん?」


「そうですよ。」


「けどパブリックモラール的にどうなのかなって。」


「何言ってんのさ。官軍が幕府の金を奪うよりよっぽど正しいことじゃん。国際法でもそうなってるよ?」


「え、そうなの?」


「そうそう、俺は佐久間象山先生の五月塾、あそこの塾頭だったからね。そのへんはあんたや海舟よりも詳しいさ。」


 もちろん大嘘であるがそう言ってやると榎本はニヤリと口を歪めた。


「思い出した! そうね、ユーの言う通り。万国公法にも書いてあった、うん、そうだよね。幕府のゴールドは幕臣が使わなきゃいけないよね。」


「そうそう、もう、榎本もこんな大事なこと忘れるなんて。」


「ソーリー。ケアレスなミスなんだよね。で、どうすればいいの?」


「そうね、俺はうちの連中と蝦夷に旅行に来てた。そこを凶悪な新選組の元副長、土方歳三に脅されてしかたなくここにいた。けど、その土方は死んじゃったから俺は元の旅行者に。榎本はそんな哀れな俺たちを保護してた。だからあとは官軍で保護してやってくれ。了介の奴にそう言ってくれりゃいいさ。」


「了介って黒田さん? オーケー、そう言っておくよ。で、アフターの事なんだけど?」


「わかってるって、あんたが斬首、そんなことにならなけりゃ三等分。これでいいね?」


「グッド! なにせ、フリーになれたとしてもワーキングプアなんだよね。ファミリーもいるし。」


「で、いくらぐらいあるの?」


「それがね、ここのところの物価高でさ、三万ゴールドくらい? フランスのカンパニーに為替にしてもらってるんだけど。ミーもね、官軍に取られるのはちょっと、って、いざとなったら証書をファイヤーするつもりだったし。」


「ならちょうどいいね。三人で一万づつ。江戸についたらあんたの家族に渡しとくさ。」


「ファンタスティック! いいね、それで行こう。」


「なら新さん、私の証書も。」


「うん、解放されたら鐘屋に。」


「ええ、その時には。」


「それで、松坂さん? ユーのビーストたちは?」


「今はアメリカ商館にいるよ。」


「うーん、なら、しばらくユーは湯の川のスパにいた方がいいね。しばらくは官軍のパトロールもきついだろうし。ほとぼりが冷めたころ、タウンに。」


「そうですね、新さんに万一があれば困りますし。」


「そうそう、そうなんだよね。ミーも黒田さんにモアベターに話しておくから。」


「なら、明日の朝、ここを出るよ。」


「うんうん、それがいいね。」


 榎本から為替証書をもらい、宿舎に帰った。


「それにしても旅行者ですか、うまいこと言いますね。」


「そうそう、悪いのはみんな死んだ土方歳三って事。」


「けど、わざわざ官軍に話を通さなくても、アメリカの商船に乗せてもらえば。」


「それだと後で追われることになるかも知れないじゃん? それにね、そういうこそこそしたマネはできないさ。事に当たっては堂々と正面から。」


「あはは、そうですね。」


「それに、トシの事もあるからね。、了介にはあいつの事も認めさせる。」


「黒田さんって京であったあの人ですよね。坂本の時の。」


「そうそう、だからね、今井さん、あんたの事もうまくやっとくさ。龍馬の一件は土佐がこだわってるみたいだし、薩摩が黒幕、それが判れば了介たちも困るはずさ。だから今井さん、その件に関しちゃ聞かれても慎重にね。」


「ええ、そういうことでしたら。」


「ま、あんたを殺させやしないさ。古い付き合いだし、友達だもんね。」


「新さん。ええ、そうですよ、私はずっとあなたの友。今までもこれからもね。」


 翌十七日、俺は地元の民に身の回りの物と、みんなの荷物をアメリカ商館に届けてもらい、身辺の整理を済ませて五稜郭を出た。



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