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明治二年(1869年)三月
榎本やトシたち、函館政府のお偉方は連日のように会議を開いていた。お偉方でも何でもない俺たちは板倉さまと一緒に春の熊打ちの話に夢中。一応役職者のはずの今井さんもなぜかここにいた。会議を終えたトシはむっつりした顔でやってきて椅子にどっかりと座りこんだ。
「なあに、トシ。不機嫌な面して。」
「新さん、偉い人には色々とあるのですよ。」
「そうじゃな。それよりも熊じゃ! 熊肉は何にして食おうかの。」
「やはり鍋でしょう。たっぷりのお野菜と一緒に味噌で。」
「もう、今井さんそればっかじゃん!」
「あのな、新政府の奴ら、幕府が亜米利加に頼んでた甲鉄艦を受け取ったらしい。んで、そいつを含めた艦隊が北上中だ。海戦で勝負掛けようにもこっちは頼みの開陽が沈んじまった。このまんまじゃやべえんだよ。」
「ふーん、大変だね。でもさ、やっぱり熊肉は火であぶって塩がいいかな。ゆずなんか絞りかければなおいいんだろうけど。」
「そうじゃの、わしもそれが。」
「板倉さまはお年ですし、焼いた肉などは硬くて噛み切れないのでは? やはりここは鍋でしっかり柔らかくなるまで煮込むべきかと。」
「言うておくがな! わしは松坂よりも十年上に過ぎん! まだ四十代だの!」
「えー! マジで? でも人生五十年。年寄りには違いないよね。自分でもそう言ってたし。」
「ちがうもん!」
そんな話をしているとトシはイラだった顔をして、函館のアメリカ商人から俺が買った紙巻きたばこ、シガーを咥え火をつけた。
「あー! お前、それ、俺の!」
「んなこたぁどうでもいいんだよ! それより、俺の話聞いてたぁ? このまんまじゃ俺たちはやべえの! 熊がどうとか言ってる場合じゃねえんだよ!」
「だって船の事なんかわかんねえし。そもそもそういうのは海軍の仕事だろ?」
「そうかもしれねえが俺たちみんなの問題だろ? それを呑気に熊がどうとか! 普通はよ、こうもっと危機感とかあるべきじゃねえの?」
「はぁ? 危機感もへちまもお前が指揮官ってのが一番やべえんだけど? なんせトシは負け続けだからな。」
「んだと! 宇都宮でも松前でもしっかり勝ったじゃねえか!」
「まあまあ松坂、聞くだけでも聞いてみらねばの。で、土方、その甲鉄艦とか言ったかの?」
「ん、そうだ板倉さまよ。その船は榎本さんが言うにはだ、化け物みてえな代物でな、こう、船全部が鉄で覆われてんだとよ。そんな船相手にしちゃこっちには勝ち目がねえ。なんせ大砲の玉すら弾かれちまう。」
「たしか、それは亜米利加が仏蘭西に作らせてた船じゃの。それを幕府が亜米利加から買い受けたはずじゃ。」
「そうだ、幕府の買ったもんだからこっちによこせって榎本さんも交渉してたが、亜米利加は新政府に渡しちまった。開陽が沈んじまった俺たちは亜米利加からもお見限りって奴だ。」
「ま、そうじゃの。亜米利加の判断は当然じゃ。今は好意的な仏蘭西とていずれは。」
「板倉さまの仰る通りでしょうね。で、土方さん? 会議ではどのように?」
「それが決まらねえからこうして毎日話し合ってんだ。今井さん、あんただって役持ちなんだから会議ぐらい出てくれよな!」
「そういわれても。」
「そうだの、今井は会議に出るべきじゃ! 熊打ちの事はわしらに任せて。」
「そうやってすぐ私をのけ者にして!」
「その話はいいって言ってんだろ? 今はそれどころじゃねえんだよ!」
トシはすっかりおかんむり。ぶすっとした顔で二本目のシガーに火をつけた。だからそれ、俺の!
「ま、トシはバカだし、榎本たちも頭でっかちの海軍だ。だからそんなつまんねえことをいつまでもグダグダと。」
「ほう、旦那にゃいい案でもあるってか? ま、なんせ五月塾の塾頭様だ。俺なんかとは頭の出来が違って当然だろうよ。んで、その案とやらをとっくりと聞かせてもらおうじゃねえか? ああ?」
「んなもんはさ、ほしけりゃかっぱらってくりゃいいじゃねえか。船で乗り付けて乗り込んじまえばそれで終わり。帰りはその船で帰ってくりゃいいさ。その甲鉄とかいう船がそれだけすごけりゃこっちの船が一隻二隻沈もうが勘定は合うんじゃねえの?」
そう言ってやるとトシも板倉さまも今井さんも腕を組んで黙り込んだ。
「――そりゃ、いいかもしれねえな。さすがは旦那だ、五月塾の塾頭は伊達じゃねえってか? 俺は榎本さんに今の案を諮ってくる。」
「それはいいけど俺たちは行かないからね! なんせ熊打ちの約束がある。」
「ははっ! ま、いいさ。なんもかんも旦那にやらせちゃ陸軍奉行の名がすたる。そっちは熊でも何でも好きにしな。」
そう言ってトシは上機嫌で立ち去っていく。俺のシガーを箱ごと自分のポケットにしまい込んで。
「あー! あいつ!」
「まあまあ、いいじゃないですか。それにしても船をかっぱらう、ですか。」
「無いものはあるところから取ってくる。ま、基本だの。それよりもじゃ、この函館もいよいよ、というところじゃの。」
「ですね。私たち、どうなるんでしょう?」
「榎本は松坂が言うように頭でっかち。最後の一人まで戦う、なんてことは思いもするまいよ。適当なところで降伏、おそらくそうなるじゃろうな。」
「そうなれば私は捕虜の身ですか。」
「だろうの。今井は幹部じゃからな。問題は、わしらじゃな、松坂。榎本に最後まで付き合って捕虜になるか、」
「ははっ、冗談。」
「で、あればいろいろとやるべきことがあるの。」
「ほう、興味深いお話ですね。」
「今井は捕虜じゃから関係ないが、榎本が降伏、となれば大阪城と江戸から持ち出した金は当然、」
「俺たちのものだよね。」
「あー! 私も混ぜてくださいよ!」
「仕方ないの。あとは渋沢かの? やはりいざというときにバチを被るものが必要じゃからな。」
「ですよねー。」
トシの案は榎本たちに採用され、さすがは元新選組の副長よ、と誰もがトシをほめたたえた。
「んでな、その軍艦かっぱらうってのは国際法上も認められた立派な戦法なんだとよ。アポルタージだかなんだかそんな名前だ。とにかく俺はその甲鉄って船をかっぱらってくる。それができりゃあと一冬ぐれえはここで。」
「俺はそろそろ江戸に帰りたいんだけど。」
「そうじゃの。」
「けっ、あんたらはいいよな、帰るとこがあって。」
「お前だって多摩に帰りゃあのおたまじゃくしみたいな顔のお琴が待ってんじゃねえか。」
「おたまじゃくしじゃねえよ! あのな、俺は捕まりゃ間違いなく近藤さんと同じで斬首ってとこだ。なんせ悪名高き新選組の副長だからな。んでそんなのは冗談じゃねえからここで死ぬまで戦ってやるさ。旦那、板倉さまも悪いが俺に付き合ってもらうぜ? 脱するものはすべて死罪、なんせ俺は裁判局の頭取でもあるからな。」
トシは吐き捨てるようにそういうと部屋を出て行った。榎本達もそうだが、最近のトシからは悲壮感に似た焦りが見え隠れしているのだ。
「ま、わしらは好き勝手にするしかないの。」
「だよねー。」
そのトシを乗せた艦隊が函館を出港したのは三月の二十日、深夜の事だ。ようやく寒さもひと段落。雪は降っても小雪程度、そんな頃だった。
じっくりと睡眠をとった俺たちは鬼の居ぬ間になんとやら。朝早くから熊打ちに出かけていく。板倉さまを除いては全員軍服。板倉さまは綿の入った羽織をつけていた。そして俺は持ってきた臙脂の陣羽織をトシと同じようなボタンのたくさんついたチョッキに仕立て直してもらい、コートの中にそれを着込んだ。一郎と敏郎には海舟にもらった最新式の後込め式の銃を持たせてある。
「たぶん、この辺に巣穴があるはずだけんど、したっけお侍さん方よ、ここらの熊はでっけえかんな、やべえと思ったらすぐに逃げてもらわねえと。」
「ふっ、われらに逃げるなどあり得ん。ですな? 隊長殿。」
鉄砲を抱えた地元の猟師に安次郎がそう景気よく答えた。
「ま、熊なんぞは僕にかかればイチコロや!」
自信ありげに一郎がそういうと、隣の敏郎も当然、といった顔で銃を構える真似をした。
「ほれ、あっこにいる。いっか? おらが一発で仕留めきれねえときには一目散に逃げな。熊っちゅうのはキムンカムイのお恵みだ。けどうまくやらねえとカムイの怒りを買っちまう。熊を倒せねえような役立たずはこの世にはいらねえって。」
このあたりの人はアイヌの教えを信じている。すべてのものにはカムイが宿り、そのカムイとは人のできない様々な恩恵とともに災厄ももたらすもの。要は神様だ。だがカムイは人とは対等で、互いに支えあう存在でもある。
熊はそのカムイが肉と皮を纏ってこの世に現れたものであり、それを倒したものに恵みを与える。そして倒せないものには災厄をもたらすのだ。そして猟師の指さす先にはキムンカムイ、ヒグマがいた。
「今は昔と違って鉄砲なんて便利なもんがある。うちのミチなんかの頃はクーで狩るしかなかったかんな。でっかいキムンカムイ相手の時は二人か三人はやられちまってたんだ。」
薄く雪をかぶった藪の中、ヒグマは根っこでも掘り返しているのかこちらに背を向け丸い尻を突き出していた。そこに猟師が狙いをつけてパン、と鉄砲を撃ち放つ。ヒグマは一声低くうなると攻撃した相手を見つけるべく立ち上がる。
「うっは! でっけえ!」
そう、そのヒグマは3mはあろうかという巨体。あちこち見まわしてフルフルと首を振り、俺たちを見つけると再びうなりを上げた。
「ねえ、これってやばいんじゃない?」
そう言って振り返るとそこに猟師の姿はなく、みんなと一緒に一目散に逃げていた。
「ちょ、ちょっとまって!」
そう言って俺が走り出すと熊も俺を追うように四つ足で走り出す。やっべ! すっげえやっべ!
「「うわぁぁぁ!」」
誰もかれもがそう叫び必死に足を動かした。
「ほ、ほら、一郎! 敏郎も! なにやってんのさ、早くアレを仕留めないと!」
「あ、あかん! あないなごっついの仕留めきれるわけないですやん!」
「そうですよ! 世の中には無理なことってのがあるんです!」
鉄砲を持った二人がそういってさらに足を速める。
「や、安次郎! お前、逃げないとか言ってなかった?」
「し、しりませんな! あれから逃げない? 無理無理!」
とにかく俺たちは走った。こういう時普段から鍛錬している俺たちは強い。体力もあるし、足も速いのだ。だがそうでない人もいる。
「あっ!」
そんな可愛らしい声を上げて足がもつれた板倉さまがすっころがった。それを見た熊は足を緩め、のそり、のそりと板倉さまにロックオン。
「ま、松坂! たすけてぇ!」
これが可愛らしい少女とかなら話は別だが声を上げたのはおっさんだ。しかも相手は熊だし、ちょーでっかいし。さすがの板倉さまもポーカーフェイスどころかガタガタ震えながら涙と鼻水を垂らしていた。
「うん、今のうちに!」
「はいな!」
「ちょ、ちょっと松坂! 絶対、絶対、死んだら男谷殿に言いつけてやるから! 松坂は友であるわしを見捨てて逃げたって! うわぁぁぁ!」
くっと俺の足が止まる。男谷の男は友を見捨てて逃げたりしない。男谷の矜持が呪いのように俺に逃げることをやめさせる。
「ええい! ままよ!」とどこかで聞いたようなセリフを口走り、俺は夢粋の刀を抜いて熊に向かって走り出す。グォォォ! と超恐ろし気なうなりをあげて立ち上がり、板倉さまにその腕を振り上げた熊。何しろ相手は3mの巨体、のど元や首などの急所には刃が届かない、ならば、とばかりに俺はその脇腹を存分に切り裂いた。つもりだった。
「あれっ?」
これが人なら胴体を断ち切るほどの手ごたえ。なのに熊は平然とした顔で俺を見る。その切り裂かれた脇腹は血がにじんでこそいるが明らかに浅手。
「キムンカムイっちゅうんはあの毛皮と、その下の分厚い脂肉で刃物なんかはみんな止めちまうんだ。仕留めるには眉間をアイで打ち抜くか罠にかけるっきゃねえべな。」
猟師がしたり顔でそんなことを言っていた。そういうことは早く言って! お願いだから!
熊は完全に俺にロックオン。安次郎たちが泡を吹いて気絶した板倉さまを引きずっていった。あとは俺がこの熊を、って無理じゃね?
ともかくも俺は熊に向き合い刀を構えた。相手は自分の倍もある相手。高さだけでなく、当然横幅も。その熊の腕が俺に向けて振り下ろされる。その先には当たればただで済まないことを予感させるごっつい爪がついていた。グォォ! グォォ! とうなりをあげながら右、そして左とふっとい腕を振り下ろす。俺がそれを避けると熊の腕は後ろにあった木に当たり、その木をメリメリっと倒しやがった!
うわぁぁぁ! やっぱり無理ぃ! そう思っても安次郎は気絶したままの板倉さまをおぶってる。逃げるには無理があった。
「くっそぉぉぉ!」
そう叫んで俺は熊に向かって突撃する。斬れないのであれば突けばいいのだ! 熊の繰り出すワンツーをかわし、俺は跳躍する。狙うは喉元! 外せば俺は確実にやられる! まさしく不退転の決意をもって熊に突きを繰り出した。
ブツン、と固いものを貫いた感触があり、そのあとはずぶずぶと刃が埋まる。熊と目が合い、そのうなじまで刃先が抜けた。これでっ!
「グゴホゴォォォ!」と熊は血を吐きながらも暴れまわる。危険を感じた俺は夢粋の刀を手放して、素早く後ろに跳んだ。だが、その俺を追うように熊の腕が迫る。目に見えるすべてのものがスローモーションに変わった。ぐっと開かれた熊の掌は当たれば簡単に俺の頭を砕くだろう。だめだっ! ヤラレル! そう覚悟を決めたとき、パンパンと二発の銃声。熊の掌が一瞬止まり、その分俺は後ろに逃げる。そしてその爪の先が俺の頬を削った。
「隊長はんっ!」
一郎の声が聞こえたが振り返る余裕のない俺は、親父殿が授けてくれた脇差、大慶直胤を抜いた。一郎たちの銃撃は熊の足の付け根に当たり、熊は立ち上がれない。その低く下がった頭にかつて親父殿が兜割りに成功した大慶直胤を振り下ろす。パカン、と音がして熊の眉間に刃が入った。
熊はそのまま地に伏せるように崩れ落ち、時折ビクン、ビクン、と痙攣する。俺は大慶直胤を鞘に納め、夢粋の刀を熊の喉元から引き抜いた。
「は、はははっ。」
なぜか笑いがこみ上げて、その場にくたくたっと座り込む。自分よりはるかに強大で膂力優れた相手。そんな相手と戦った。そのことに対する満足感と、絶対に一人では勝てなかったと言う敗北感。そして死の恐怖。圧倒的な力を持つものに対する畏れ、とでもいうのだろうか。かつて越後の五十嵐川で死を覚悟したことがあった。しかしあの時とは違い、目の前で死骸をさらすこの熊にはある意味敬意さえも抱かせる怖さがあった。そう、かつての小吉、それに親父殿のように。
駆け寄った一郎たちが何かを叫んで俺の頬に布を押し当てる。そんなことがどうでもいい、そう思えた。
「おらたちアイヌにはにはイオマンテっちゅう祭りがある。こうして熊の姿になっておらたちにその皮と肉の恵みをもたらしてくれたカムイ。それをカムイの住む、カムイモシリに送り返してやんだ。山のカムイ、キムンカムイ。海のカムイ、イソヤンケカムイ。それにイソポ、エレクシ、カルシにキト。生きるために必要なものはなんでもカムイが授けてくれる。それがおらたちの生き方だ。町の連中はこの鉄砲みたいに便利なもんを手に入れてくれた。けど、それがなくてもおらたちは。」
「そっか。」
「したっけ、こーんなでっけえキムンカムイはおらも初めて見たなぁ。おらたちも何度もシサムとは戦ってきたっけど、ニシパみたいな強いんは初めてだな。ニシパはサッポロ、いんやヤウンクルどころか|カラプト《樺太)まで行っても誰よりも強いかもしんねえ。」
「そうだな、隊長殿は誰よりも強い。」
「ま、そうどすな。」
「ははっ、けどさ、勝負としちゃ俺の負け。一郎たちの撃った鉄砲がなきゃ死んでたのは俺の方さ。」
そう言って尻をはたいて立ち上がるとみんなあきれた顔をした。
「あたりまえですやろ? あんなんに一人で勝つとかありえへんもん。気持ち悪い。」
「うむ、一郎の言うとおりだな。あれを一人で? それはもう人ではない。気持ち悪い。」
一郎と安次郎がそういうとみんなと猟師がうんうん、と頷いた。
そのあとみんなで熊の死体を猟師の村に運び入れ、その村の女たちがさっそく熊を解体していく。俺たちはエカシの家に招かれて、そこで酒や料理をごちそうになった。ルイペという冷凍保存した鮭の切り身やウサギの肉の煮物、それらを肴にトノトと呼ばれる濁った酒を飲む。
そのうちに手の空いた若い娘が俺のそばでかわるがわる酒を注いでくれた。彼らの言葉は半分もわからなかったが陽気で楽しい連中だ。やがてメインディッシュの熊肉が料理され運ばれる。この時だけはみな厳かな顔つきで、長老が熊肉に口をつけるとまたわいわいと騒ぎ出す。そのころには気絶していた板倉さまも加わって、楽しそうに酒を飲み、熊肉をつまんだ。熊肉は焼き物だけでなく乾燥させた行者ニンニクと一緒に汁物にもされる。野趣あふれる味、とでも言うのか、それはそれなりにうまいもの。
やがて宴席が佳境に入るといやらしい顔で猟師がやたらにサマンぺだのチエだのと言いたてて、娘たちが頬を染める。板倉さまが我慢強く話を聞くと、どうやら強い男である俺に、娘を。そんな話であるようだ。俺は律がいるから、と板倉さまに断ってもらう。長老たちも娘たちも残念そうな顔をしていたが、話が複雑になる前に彼らの村を出た。
「お主も奥方は怖いのかの?」
「いや、そんなことはないけど。」
「ふふ、律儀なものじゃて。のう、一郎?」
一郎はいつもなら「右手がぁぁ!」とか暴れだしそうなところだが、今回は苦笑いをしただけだった。うん、そうだよね。だって、あそこの娘たちは確かに若くて健康的だったけど、顔がみんな朝〇龍みたいだったもの。いわゆるモンゴル系?
そんなこんなで日が暮れるころ、函館に帰った。トシに巡回を申し付けられ同行できず、ブスくれる今井さんの出迎えを受けて。
アイヌの言葉って今もしっかり残ってるんですね。サッポロがアイヌの言葉、そう知ったときはちょっとびっくり。けど北海道の地名って独特ですもんね。