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 江差に向かった先鋒の額兵隊、それに衝鋒隊は快進撃、十一月十三日には途中にあった大滝の陣屋を瞬く間に落とした。


 その間俺たちは何をしていたかと言うと、トシの本隊に組み込まれ、板倉さま、それに渋沢と一緒に完全にトシの監視下に置かれていた。


「おめえらは自由にさせると何するかわからねえからな。」


「もう、ちょっとした出来心じゃん! 」


「そうだの! これはあんまりじゃ。」


「土方さん、我らは十分に反省した。汚名返上の為、江差では先鋒を! 」


「だめだ! どうせ、乗り入って金目のもんでもくすねる魂胆だろ? 見え見えなんだよ! おめえらが俺の説教ぐらいで改心するはずもねえ。んなことくらい百も承知だ。」


 図星を突かれ、俺たちはシュンとする。


 江差に着いたのは十六日。そこはすでに乗り付けた榎本艦隊の旗艦、開陽の海軍兵たちに占拠されていた。まあ、それはいいのだが、問題はその開陽。幕府の最新鋭艦であり、この船があるから官軍にも睨みがきく。その開陽は昨夜、十五日の夜、突風にあおられて座礁。どうにもならない状況に陥っていた。

 高台にある檜山奉行所に陣取った俺たちはその開陽をただ眺めるだけ。開陽に乗ってきた榎本はトシと難しい顔で話をしていた。


「ねえ、渋沢さん、あの船っていくらぐらいするのかな? 」


「どうでしょうね。板倉さまならご存じなのでは? 」


「あれはおおよそ十九万両じゃな。オランダで造られ、世界を半周してやってきたのじゃ。」


「じゅ、十九万両って! 」


「そうですか、やはりそのくらいはするのですね。」


 その十九万両の開陽を救うため、回天、神速、などと言う船が駆けつけたがその神速も座礁。数日の時をかけて開陽、神速は沈没した。


「あーあ、もったいないね。」


「そうだの。」


「あの船一隻あれば貿易もできたでしょうね。」


 そう言う俺たちとは別に、トシは榎本と涙を流して口惜しがっていた。


 結局江差では得るところもなく、十一月の十五日、俺たちは五稜郭へと凱旋を果たした。とにもかくにも蝦夷は俺たち旧幕府勢により平定されたのだ。港の軍艦や砲台からは祝砲が打ち鳴らされ、蝦夷の平定を祝った。


 そして二十二日、アメリカを真似て独立政府の総裁が選挙によって決められる。投票できたのは士官以上、俺の所では俺と一郎、それに安次郎の三人だ。


 開票結果は予想通り榎本が一位。俺たちはトシが投票してくれと言うのでトシに入れた。結果は六位。榎本の百五十六票に対しトシは七十三票。ま、よくやったほうだろう。トシが勝手にライバル視している大鳥さんは八十六票だった。


「なあ、トシ、総裁なんかになりたかったの? 」


「いや、そうじゃねえが大鳥さんには勝っておきたかったな。いいか、旦那。入れ札で決めるとなりゃ、誰が総裁だろうがそこそこ票を取った奴を軽く扱えねえ。なんせ俺は成り上がり。元は百姓だからな。京に入ったころの、壬生浪、あんな扱いされんのはもうごめんだ。」


「ま、今更身分だのなんだのにこだわる奴はバカなんだよ。武士と言っても禄もないんだ。ねえ、板倉さま? 」


「そうじゃの、大名も旗本も関係ない、とすれば金を持つ奴が偉そうにふるまおうの。」


「だから俺たちは金を。ですよね? 」


「「ねー。」」


「はぁ、ま、言いてえ事は判るがあんまし派手なことすんなよ? 渋沢を見ろ、彰義隊でも爪はじき。榎本さんが仲裁に入って、今じゃ数人の仲間と小彰義隊なんて名乗ってやがる。いくら出来がよくても信を得られねえ奴には何も任せられねえだろ? 」


 さて、それはともかく、函館新政府、と名乗ることにしたらしい俺たちは簡単に言えば負けた連中の寄せ集めだ。その中には当然気に入らない奴らもいる。


 まずは榎本さんの組閣で函館奉行となった永井玄蕃。築地にあった講武所に頭でっかちの海軍の連中がやってきたとき、その親玉だった男である。向こうも俺を覚えているらしく、顔を合わせても目をそらし、会話の一つもしていない。

 それに、会津で容保さまに失礼極まりない発言をした西郷頼母。藩の重役だったくせに家族を置いて逃亡してきたのだ。聞いた話ではその家族は城に入らずみんな自害したそうだ。ま、会津では嫌われ者だった、と言う事だろう。


 そして函館新政府、閣僚の顔ぶれだが、総裁が榎本、副総裁が松平太郎、そして俺たちに関わりのある陸軍奉行には大鳥さんが就任。まあ、選挙結果を踏まえた順当な人事である。

 そしてトシは陸軍奉行並、これはいいとして函館市中取締り裁判局の頭取にもなっていた。大丈夫なの? なんせトシは何でも切腹、それしか知らないからね。


 そして陸軍では大鳥さんとトシで話し合った結果四つの列士満レジマンが設けられた。この列士満と言うのはフランス語で連隊を意味するregimentと言う言葉に当て字をしただけ。普通に連隊と呼べばいいのだろうが、教官であるフランス人士官に慮ったらしい。

 ま、要はかっこつけだ。その列士満は二つの大隊からできており、八人の大隊長が選ばれる。その中には伊庭八郎や大川さん、それに額兵隊を率いて大活躍をした星恂太郎などもいた。

 それらを率いる歩兵頭として伝習隊の本多幸七郎、それに衝鋒隊の古屋佐久左衛門の二人が選ばれた。


 そして俺たちは陸軍奉行付き、と言う事になり、編成からは外されている。


「ま、当然だの。」


「なんでさ。板倉さま。」


「編成に加えたらお主に言う事を聞かせねばならん。それができる奴がおらんから土方付き、そう言う事じゃ。」


「ひっでえの。」


「歩兵頭の二人とてお主に何か物を言うのは無理、逆にお主を指揮官にしても指揮能力がない。実に面倒なものよの? 」


「まあ、確かに軍を率いてどうこうなんて無理な話だけど? 」


「西洋かるたのババみたいなもんじゃな。ははは。」


「よく言うよ、自分だって似たようなもののくせに。」


「わしは違うもん! 」


「いいや、いっしょですぅ。榎本だってどう扱っていいかわからないんだよ、板倉さまの事。なんせ元ご老中だもんね。」


「そ、それは榎本に器量がないだけの話じゃろ? わしだって何か役目を与えられれば相応に。」


「嘘だね。榎本の言う事なんか聞けないくせに。」


「あーっ! そう言う事言う? だったらお主はどうなんじゃ! 」


「聞けるわけないじゃん、頭でっかちの海軍野郎の言う事なんて。」


「ふふ、お主はそんなもんじゃ。言っとくがわしは、利のある役目であればこう、頭を畳に擦り付けてでも拝命する。」


「そりゃ俺だって。」


「そうなるとやはり函館奉行の永井かのう? 」


「けどあいつ苦手なんだよね。昔喧嘩したし。」


「しかしあ奴も勘定奉行を務めたとはいえ、こうした町の差配などは慣れぬ仕事であろうよ。松坂、わしと一緒に手伝ってみぬか? 」


「えーっ? 」


「どうせ暇なのじゃろ? あ、渋沢も誘うかの。あ奴はいろいろと才長けておる。それに。」


「それに? 」


「いざと言うときバチを被るものが必要であろう? 」


「さすが板倉さま! 」


 渋沢は松前の金を強奪した一件でみんなから嫌われ、爪はじきにされていた。それでも榎本は有能さを認め、器械頭と言うよくわからない役目を与え、軍制でも小彰義隊を率いる小隊長としていた。無役の俺とは大違いだ。

 その渋沢を誘って小雪降る函館の町に繰り出した。


「もう、それがしはあれ以来、針の筵ですよ。」


「まあ、そう言うでない。」


 俺たちは異人向けのカフェに入り、そこでコーヒーを頼んでそれを啜る。


「松坂、それに渋沢よ。この函館はそうは長くはもたん。」


「そうだね。」


「ですな。」


「で、あれば我らはその先を考えねばならん。死ぬ気がない以上、この身に飯も食わさねばならんし、寝床もいる。そしてそれはいいものでありたい。で、あろう? 」


「そうね、うちの連中の身を立つようにしなきゃならないし。」


 そんな話をしていると渋沢はうーん、と考え込んだ。


「どうしたのじゃ? 渋沢よ。」


「いえ、それがしの実家はいわゆる豪農でありましてな。作物の他、藍玉、それに養蚕も。藍葉の仕入れ、生糸の販売と常にそろばんを弾いてきたので、そうした事業で身を立てる事が叶えば、と。」


「そう言えばお主の従弟は慶喜公の弟について外国にわたっておったの。」


「ですね、栄一と諮って、なにか新しき産物を。そのための資金が欲しくて。」


「うーむ、そうじゃな、わしや松坂は金はあるがそうした知恵は。渋沢、お主らが事を起こす時には声をかけよ。内容次第では出資することもできようからの。」


「けどさ、それならもっと稼がないと。けど、もう蝦夷には。」


「そうだの、それを今からするのだ。まずは奉行の永井に話を聞かねばな。横浜もそうであったが外人との取引にはいろいろと揉め事がつきものじゃ。それをわしらが解決しつつ取れるところはしっかりと、と言う訳じゃな。」


「しかし、板倉さま、外国の商人を刺激してはいろいろと。」


「ははっ、渋沢よ。そんなことになって困るのは新政府。そうであろう? ヒュースケン、それに生麦、異人を斬ったのは薩摩じゃが、賠償したのは幕府。今はわしらがしでかした事の後始末は新政府がする立場、わしとしては一向にかまわん。」


「そうだよね。俺も全然かまわない。いざとなったら異人の十人でも斬るつもりだったし。」


「なるほど、目から鱗とはこのことですな。」


「けどさ、それなら今井さんも混ぜたほうがいいね、あの人神奈川奉行所務めが長かったし。その辺の事よく知ってるはずさ。」


「「いいねえ。」」


 新たな金儲け、その目算が付いた俺たちはふふふと笑ってコーヒーを飲み干した。渋沢に今井さんを呼んできてもらい最強編成となった

俺たちは永井のいる奉行所を訪ねた。


「Vraiment, il est d'apprendre a etre la chance ensemble pour officier Wagamama? A venir ce pays etranger a un salaire pas cher. En outre, il est la guerre? Guerre.」


 そこにはフランス人下士官のカズヌーヴが居て、言葉の達者な永井になんか愚痴っぽいことを言い募っていた。


「ああ、これは板倉さま、ようこそおいでに、って、松坂? 何の用だ。」


 この違いである。それを聞いたカズヌーヴは面白そうに口を歪めた。


「いや、永井も慣れぬ役目で困っておろう? わしらはその手伝いに来てやったのじゃ。」


「そうだぞ、永井、感謝しろよ? 」


「あ、いや、その、函館はまずもって平穏で。その、あははは。」


 そう言って額に汗を浮かべながら永井は手を叩いて俺たちにお茶を出すよう申し付けた。


「嘘、ですね。永井さん、私は神奈川奉行所勤めでした。外人との取引での揉め事がそれこそ山のように。」


「はは、今井? 横浜とここでは違うのだ。そりゃいくつかは揉め事もあるが。」


「なるほどの、ではそのいくつか、とやらを聞かせてもらおうかの? 」


 板倉さまがそう言ってずいと詰め寄ると、永井は仕方なしに口を開いた。函館にはいろんな国の店がある。その中でも新政府押しのイギリス商人は露骨に値をあげたり、代金を踏み倒すらしい。文句を言えば治外法権。殴られて泣く泣く帰ってきた地元の商家もいるし、直接品を持ち込んで買い叩かれた農民たちもいるようだ。


「それはいかんの。治外法権、それは函館の我らには関わりない。新政府との取り決めであろう? 」


「そうですが、同じ日本人の我らが破るわけには。」


「我らは日本人ではあるが、新政府の内にはおらぬ。よって奴らと結んだ条約は無効。そうではないか? 」


「いや、そもそもは幕府が。」


「その幕府はもうないのじゃ。そして我らはどの国とも条約を結んでは居らぬ。もっともフランスは別であろうがな。」


「オーgrand! 素晴らしいネ、イタクーラ! ワタシも同感ヨ! Anglais、イギリス人、ワルイ、ワッルイ奴らネ! ワルイ奴は討伐すべきネ、Probablement? 」


 カズヌーヴは突然そんなことを言い出した。永井は驚いた顔をしてフランス語で何か言ったがカズヌーヴは聞く気がない。


「それじゃ、イキましょ! 決めたら即行動ネ! 」


「おー! 」と俺たちは答え、カズヌーヴと共に外国人居留地に。


「ウェイト! ウェイト! ちょっと待ってクダサーイ! 」


 なんか榎本みたいなじゃべり方をするイギリス人店主。それを押しのけて店に奥に行き、刀をちらつかせて金蔵を開かせる。そこには洋銀、それに小判のぎっしりと詰まった箱や樽がいくつも並んでいた。


「ヘイ、ユー! ダーディーなビジネスはほどほどにね? 」


 俺が適当に英語を交え、そう言うとその店主はぐぬぬっと顔を真っ赤にして英語で何やら捲し立てたが、刀を突きつけると両手を挙げておとなしくなった。


「これはペナルティだからね? わかる? ペナルティ。」


 そう言うと店主はイエース、イエース、と頷いた。


 近くにあった荷車に根こそぎ金を積み込んでいく。


「しかしさすがですね、新さん。流暢な言葉、流石は五月塾の塾頭です。私も神奈川奉行所にいる頃はいくつか言葉を覚えましたけど、文書ならともかく、話すことなど。」


「そうじゃな。わしも洋学をしたが外人と話すとなれば戸惑うの。」


 そんな話をしながら荷車を前回送金してもらったアメリカ商人の元に運び入れる。ここには日本人の通訳もいて意思の疎通には困らない。その商人の話では小判、それに洋銀合わせて三万両。五人で分ければ六千両ずつだが、板倉さまは六等分にしようと言い出した。


「なんで? 」


「そりゃあ、わしらは異国の商人に阿漕な真似をされて、困っておる民の為、働いたのじゃ。民に一枚の銭も戻らぬとあれば差しさわりがあろう? それに市中取締りはあのうるさい土方だしのう。」


「なーるほど、流石元ご老中! 」


「こうしたことは加減が重要じゃからな、松前ではちとやりすぎたからのう。渋沢? 」


「そうですな。ちと匙加減を間違えたようで。」


 ともかくそんな話となり、分け前は一人五千両。俺たちは横浜に、そしてカズヌーヴはフランス商館に行って本国に送金した。


「いやあ、人助け、正義の味方っていうの? こういうのって気持ちいいよね。」


「そうじゃな、我らは侍であるからな。悪を滅し、民を救うのが務めでもあるの。」


 俺たちはどや顔で奉行所に戻った。するとそこに鬼が居た。


「あー、こりゃ、どういうことだ? 旦那、板倉さま。」


「えっ? なにが? 」


「エゲレスの商人から訴えがあった。金蔵の金を根こそぎ奪われたとな。」


「へえ、そうなんだ。でもあそこは治外法権だからね。あっちであった事にこっちの法は通じないの。わかるかな? トシ。」


「そうじゃの。我らは異人に騙され口惜しき思いをした民の為、金を取り返してやったにすぎぬ。」


 しれっと俺と板倉さまがそう言い返す。ふと後ろを振り返ると今井さんと渋沢はすでにいなかった。


「ほう、見上げたもんだな。まあその金は永井さんから民に。」


「うむ、しかと。」


「んで、おめえらには聞きてえ事がある。裁判局まで来てもらおうか。」


「アッ! ワタシ日本語よくわからナーイ! そろそろ訓練の時間ネ、アデュー! 」


 そう言ってカズヌーヴまで逃げてしまう。


「ま、奴らはあとでたっぷりしごいてやる。なんたって俺は陸軍奉行でもあるからな。さ、おめえらはこっちこい! 」


 トシに耳を引っ張られて裁判局なる建物に連れていかれる。


「ねえ、ねえ、ここ寒いんだけど! 」


「そうじゃ! 暖かいコーヒーくらい差し入れぬか! 気が利かんのう。」


「寒い? コーヒー? 今のてめえらは罪人同様。容疑が晴れるまではここで暮らしてもらう事になるぜ? 」


「そんな! 横暴だ! 」


「そうじゃ! 松坂はともかくわしは年寄りなんじゃ! もっと労らねば死んでしまうぞい! 」


 そんな俺たちの抗議を無視してトシは椅子に腰かけ足を組んだ。


「さって、早速取り調べを始めようじゃねえか。」


 そう言いながら自分だけキセルに火を入れ、小姓である新選組の少年隊士が持ってきたコーヒーを啜った。


「んで、いくら儲けた? 」


 いきなりこれである。


「な、なにいってんのかな? ねえ、板倉さま? 」


「そうじゃ、わしらは民の為に働いたにすぎん! 」


 そう言う俺たちをトシは目を細めながら見て、キセルの煙を吐きつける。


「おいおい、伊達に長い付き合いじゃねえんだ。あんたらがそんなことの為動くはずねえだろ? なあ、正直に言えよ。俺に黙っていくら儲けた? 素直になりゃコーヒーだろうが熱燗だろうが用意してやれるんだぜ? 」


「五千両じゃ、五千両。ほれ、言うたぞ。わしはコーヒーがええの。」


「なるほど、五千両、一人頭千両か。ま、それぐらいならいいだろ。素直に吐いたって事で見逃してやるよ。」


 トシはそう言ってにっこり笑うと、俺たちを寒い取調室から暖かなストーブのある部屋に連れて行ってくれた。


「おう、鉄、二人にもコーヒーだ。後なんか菓子ももってこい。」


「はい! 」


「はぁ、あんたらも大概にしてくれよ? 俺も取締りの役目上、いろいろうるさく言わなきゃならねえ立場だ。だが、民に半分返した、となりゃ見逃さねえわけにもいくめえ? ま、今回はよくやった。そう言うことにしておいてやる。」


「はは、そうだよね、俺たち頑張ったもん。」


「そうじゃな。」


 板倉さまと目を合わせてほっとする。トシはいいように勘違いしてくれた。これが一人五千両とばれれば烈火のごとく怒りだすに決まってる。


「ま、とはいえ見せしめは必要だ。残りの三人にはきっつい訓練を受けさせてやらなきゃな。」


「うむ、けじめは必要じゃからの。」


「そうだね、陸軍奉行が舐められるわけには行かないもんね。」


 市村鉄之助と言う、トシの小姓を務める新選組隊士がコーヒーと菓子を持ってきてくれたので、俺と板倉さまはそれを頂くとそそくさと裁判局を脱出した。


「危ないところじゃったの。」


「ほんとだよ。けど、ばれないかな? 大丈夫だよね? 」


「わしらは千両、それ以外は渋沢が。そういうことにすれば問題ないの。」


「はは、そうだね。前科もあることだし。」


「評判と言うのは大切じゃの。」


「だよねー。」


 函館新政府になり、俺たちにも役に応じて給金が配られる。俺も板倉さまも形の上では無役だが、上級士官並の給金はもらえた。

 年が明けて明治二年。盛大な祝いの後、みんなもらった金を手に函館の街に繰り出していく。この町は貿易港だけあって食べるところも飲むところも、遊ぶところもいろいろある。それも洋風と和風の二通り。

 うちの連中は食べることと飲むことはするが女は買わない。みな、妻や婚約者がいるのだ。一人を除いて。


「一郎もさ、町に出て女でも買えばいいじゃん。」


「僕はそんなのは嫌なんどす! 愛し合った人と契り合う! そうやなかったらダメなんどす! 僕が偉うなったらこの国からいかがわしい女郎屋なんぞは全部なくしたるのに! 」


「ははっ、そうなんだ。」


 ま、一郎はともかくとして、俺もトシや仲間と一緒に町にでて写真を撮ったり、外国人居留地で向こうの料理を食べたり、酒を飲んだりとそれなりに楽しく暮らしていた。函館の冬は寒いが異国情緒があり、物珍しいのだ。少し外れの村まで行くとアイヌ文化の産物や料理もある。アイヌでは熊は特別なものらしく、熊肉は絶対にほかの肉とは一緒に料理しないらしい。そして狙い目は冬眠明けの熊。仲良くなった現地の漁師と春先に熊狩りに行く約束をした。


 そして休みの日には決まってみんなで温泉に出かけて行った。


「蝦夷も馴染んでみりゃいいとこじゃん。」


「まあな、だが金がなきゃきつかろうぜ? 」


「そりゃどこでも一緒さ。」


「そうじゃな。しかし、わしの育った白河や、藩主を勤めた備中松山も悪くはないの。何もないところではあるが。」


「そうだな。俺もなにもねえが生まれ育った多摩は嫌いじゃねえ。」


「やだやだ、田舎者はこれだから。俺は生まれも育ちも江戸だしぃ。」


「板倉さまよ、この旦那はきれいな嫁さんがいて上野に立派な店までもってやがるんだ。それでいっつもいちゃつきやがって。」


「許せんの。」


「だろ? 」


 そう言って二人は俺に湯をかける。持たざる者の嫉妬、それを受け止めるのも満たされし者の役割だろう。



藍玉……藍染めの染料を突き固めて運搬をたやすくしたもの。渋沢家は埼玉県の深谷ですがこのころはまだ深谷ネギはなかったみたいですね。とはいえ深谷ネギをブランド化したのは渋沢栄一の甥、渋沢治太郎みたいですけど。

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